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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
二章 南の島の黒一点アイドル
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【天道家、動く】

不知火しらぬい群島国の中心である中御門なかみかど――の市内から車を北に走らせて一時間弱、そこに富裕層が居を構える高級住宅地があります。

私が通う天道家の豪邸も、長年の日光と風雨を感じさせない美しい姿で軒を連ねています。



屋敷の門前を掃除していると、郵便屋が手紙を持ってきました。

「ご苦労様です」

差出人を確認し、受け取ります。


掃除を中断して、私は屋敷に戻りました。

一刻も早く主に手紙を渡さなければなりません。


扉を開けて、テラスに出ると秋風が頬をかすめました。

お抱えの庭師が丹念に整備した大陸風の庭は、不知火群島国特有の荘厳さはありませんが、赤はあかに、青はあおに、ひたすら豪華絢爛な様相を呈しています。


己のきらびやかさを主張し合う草花を見下ろすテラスに、私の主はいらっしゃいました。


純白のガーデンチェアーに腰を下ろし、これまた純白のラウンドテーブルにティーセットを置き、優雅にお茶を楽しむ彼女……


「あら、どうかしましたの?」


天道てんどう祈里きさと様。


何気ない表情が向けられます。それだけで同性であるはずの私の胸が一跳ねしてしまいました。

毎日何度も顔を合わせるのに、このお方の妖艶さに慣れることがありません。


ブラウンヘアーの長髪は腰に届くほど伸びております。その一本一本に意思統一が図られているのか、癖っ毛は一切なく流麗とした滴り具合です。


黒のタイトワンピースから出る手足はすらっと長く、お腹周りは細く、かと思えば胸やお尻という重要な部分には肉付きがあります。


顔の精巧さについては、私程度が語るのも烏滸おこがましいほどですが……無礼を承知で言えば、唇でしょうか。目鼻もさることながら、最高級の質感を予感させる唇から醸し出される『艶』にはあらがえないものがあります。


天道家に仕えるメイドとして、ある程度の容姿だと認められ、さらに日々の身だしなみに気をつけている私でありますが、祈里様の前では胸を張れるものがなくなってしまいます。


さすがでございます、祈里様。



私は一礼して、持っていた手紙を前に出しました。


「伊集院様からお手紙が届いております」


「そう……読んで」


「よろしいのでしょうか?」


「ええ、吉報はみんなで味わうもの。何も問題ないですわ」


ふふん、と笑みを浮かべた祈里様は、テーブルのカップを手に取りました。


「承知しました、それでは読ませていただきます」


「よしなに」


カップの紅茶を艶やかな唇を通して飲む祈里様――に、私は手紙の内容を読み上げました。


「天道祈里様。先日のお見合いでは、かの有名なあなたにお会いする機会に恵まれ、大変楽しい一時ひとときを堪能できました。ありがとうございます……でも、結婚はやっぱり無理です。すみません、さようなら」


「ブパッァ!?」


祈里様が含んでいた紅茶を盛大に噴き出しました。

ああ、毎回掃除するの面倒臭いから止めて欲しいのに。


「な、なんで!? 今回はかなりの手応えを感じていたのに! なぜにどうしてホワイ!?」


なんで、って当然の返事だと思います。


我が主、天道祈里様はトップアイドルと国から認められ、不知火の像のレプリカを贈呈されたほどの実力者であります。

が、それはあくまで舞台やカメラの前での話。

こと男性の前になると挙動不審のフニャフニャ女郎になってしまいます。


「わた、わたたしはつぇえんどうきさとぅ。よろしゅくございます」


お前は何を言っているんだ?

と、自己紹介の時から役者らしからぬ噛みっぷりを披露した挙げ句――


「まぁあ、伊集ひぃんさまは本を読むのがちゅきなんですのね。わたたしもハマン先生の本を……あ、い、今のはオフレコで」


ハマン先生とは、祈里様の本棚の植物図鑑ケースに隠されている成年本の作者様でございます。


お見合い相手の前で好きなエロ漫画家をカミングアウトし、その上、お見合いに手応えがあったと自己採点するとは……

さすがでございます、祈里様 (冷笑)。


ともあれメイドとして、

「祈里様、お心を強くもってください」

ガーデンチェアを倒し元気に動揺する主をおいさめしなければ。


「で、でも、これで十一回目のお断りですのよ! 我を忘れたくもなりますわ!」


「祈里様。失敗は正確に分析するべきかと、これで十八回目のお断りです。サバ読みすぎです」


「ふうおおおおっ!? うちのメイドが的確かつ容赦なく追いつめてくりゅううぅぅ!!」


「ご安心ください。天道家代々の当主様もお見合いには手こずっておりました。祈里様の連敗記録も天道家の長い歴史を紐解けば特筆するほどではありません」


現時点では……ですけど。


天道家は、不知火群島国が誕生した頃から芸能分野で活躍してきた由緒正しき家系です。

当主ともなれば、次代へ優秀な子を遺すべく夫選びに妥協は許されません。


その高いハードルが天道家の婚活を長期化する一因となっています。

さらに相手となる男性の立場からすると、あの天道家に取り込まれるプレッシャーと、今時珍しい『姉妹制・・・』によって結婚に二の足を踏みたくなるのは無理からぬこと。

加えて、今代の場合は祈里様の男性に対するダメダメっぷりも合わさります。


これは歴代最高難易度の婚活になるのでは……と、密かな期待で愉悦ゆえつしてしまう私を誰が非難出来ましょう?


ああ、頭をガンガン揺らして憤る祈里様も素敵です。


「お、お見合い相手のストックはどうなっていますの!?」


「順調に消化して、あと十名ほどでございます」


「ま、万が一ということもありますわ。ストックを増やしますわよ!」


そうですね、このままですと万が九千九百九十の確率でストック切れになりそうです。


「でしたら、追加としてタクマさんはいかがでしょうか?」


私の提案に祈里様は優美な眉を顰めました。


「タクマさんって……南無瀬領で派手に活動している男性アイドルの?」


「そのタクマさんでございます。男神と見まごうビジュアル、男性なのにアイドルとしてデビューする度胸、そして演技力。あの方ほど天道家の夫としてふさわしい方はいない、そう愚考する次第です」


「それはそうだけど。タクマさんは南無瀬領主が囲っているそうじゃ……いくら天道家とはいえ、領主と事を構えるのは不味いでしょ。それに聞くところによれば、タクマさんは外国人。いずれ自国に帰るかもしれない男性を婿には出来ませんわ」


タクマさんが外国人とは初耳です。

おそらく関係者でもなければ知らないシークレット情報なのでしょう。

誰にお金を握らせたかは存じませんが、祈里様ったら……その情報を知っている時点で、タクマさんに興味津々のようですね。


タクマさんへのアプローチが消極的なのは、南無瀬領主の囲いの件や相手が外国人だから……ですか。

もっともらしく聞こえますが、長年仕えてきた私の目は誤魔化せません。


本当のところは……タクマさんに会うと緊張で無様を晒す、それが分かっているから接触するのを躊躇ってしまうのでしょう。

ここは忠実なるメイドとしてヘタレな主の尻を蹴り飛ばす必要がありますね。


「深刻に考える必要はないと思います。あくまでお見合い候補の一人となるよう、つてを作るくらいの軽い気持ちで行動すればよろしいかと」


「簡単に言ってくれますわね、何か良いアイディアでもあるの?」


「祈里様自身が南無瀬に乗り込めば先方を警戒させてしまいます。ですから、ここは妹様を頼ってはどうでしょう?」


「妹を?」


「はい、妹様をタクマさんのお仕事にねじ込むのです。仕事仲間として接触させるだけでしたら、タクマさん側も断ることは出来ません。一緒に活動すれば、友好を結べるのではないでしょうか?」


「へえ」

よし、食いつきましたね。


「そして、妹様を間に挟めば、祈里様もタクマさんとお知り合いになれます。男性の前ではヘタレ、ごほごほ、上がりやすい祈里様でも妹様を仲介にするのなら、きっと会話も盛り上がるでしょう」


「なるほど……ね」


祈里様はしばらく黙考した後。


咲奈さくなを呼んできて」と私に命じました。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「お姉様、私に用って何かな?」


咲奈様が可愛らしく小首を傾げました。

それに合わせてフラワーレースのワンピースが揺れ、頭のツインテールが傾きます。


はぁぁん、咲奈ちゃんマジプリティ!

と、多くの女性の心を鷲掴みにして握り潰す所作でございます。


天道てんどう咲奈さくな様。

今代の天道家の四女、最年少の十歳の少女です。

お姉様方たちとは違い、華々しいご活躍はまだ少ないですが、今年に入って舞台の主役に抜擢されるなど確実にキャリアを積んでおられます。


「咲奈、最近調子はどう?」


「絶好調だよ! いま、やっている舞台が大好評でファンレターがどんどん来るの」


「それは良かったですわね。日記は忘れずに書いてるの?」


「言われた通りちゃんとしてるって。記憶力が良くなって、自分をきゃっかんし? 出来るんだよね」


「ええ、効果が分かりにくいと思いますけど、きっとあなたのタメになりますわ」


何だかぎこちない会話でございます。

天道家の方々はアイドルとして不知火群島国を西へ東へ忙しく動き回っております。

そのため、姉妹同士が顔を合わせる機会があまりないのです。


「で、ね。咲奈がやっている舞台の件なのだけど、残りの公演場所はここ中御門と――」


「えと、南無瀬だよ。南無瀬島ってあまり行ったことないから楽しみ。あ、そうそう、最近話題のタクマさんに会えればいいなぁ、って劇団のみんなが言っているんだ。私も会ってみたいな」


「ふふ、ちょうど良いわ。ええ、会わせてあげます。私の方でセッティングしてね……」


あ、祈里様の笑顔が深まりました。我が意を得たり、という内心がだだ漏れしておられます。


「ほんと! ありがとう、お姉様!」


対して咲奈様は無垢な笑みで喜んでおられます。

厳しい芸能界で生まれた頃から揉まれていますのに、この純粋さを保っているのはある種奇跡と言えるでしょう。


お姉様方たちのように、どこかポンコツであれば私も愉悦出来るのですが……ちょっと残念です。

まあ今回の場合、咲奈様の純粋さがタクマさんの懐へもぐり込む大きな武器となるでしょうから、良しとしましょう。


咲奈様がタクマさんに気に入られれば、この屋敷にタクマさんが来訪するかもしれません。

ぜひとも頑張っていただかねば。


タクマさんのことを考えていると、身体が疼き始めました。

今日は早めに仕事を終えて帰宅し、裏ルートで手に入れた音声ドラマを聴くことにしましょう。


私は、タクマさん篭絡ろうらくのために話し合う姉妹へ一礼し、門の掃除に戻るのでありました。

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