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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
二章 南の島の黒一点アイドル
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精神的支柱の依頼

「俺もいよいよCMデビューですか。うわぁ、緊張します」


廊下を歩きながら真矢さんに素直な感想を述べる。


「うちの計画ではもうちょっと活動してからCMにしたかったんやけどなぁ」


「うっ、それって俺の実力がまだ足りないってことですか?」


「ちゃ、ちゃうちゃう! 拓馬はんは今でも十分み、魅力的やで……ただみんなが拓馬はんに慣れてない今、CM効果が高すぎて市場破壊せんか心配なんや」


「市場破壊ぃ?」


「例えばや。拓馬はんが、あるファーストフード店のCMに出たとする。ハフハフとご飯を食べる拓馬はんの姿を放送しようものなら満員御礼、店の外まで長蛇の列は確定や。『みんなのナッセー』のグッズ販売の凄まじい光景を見るに、宣伝効果はバリ高やで」


ぎょたく君グッズがナッセープロダクション史上最高の売り上げを出したってのは聞いた。

凄まじい光景か。お客さんたちがキャーキャー言いながら品物を引っ張り合っていたのかな、バーゲンセールのおばちゃんみたいに。


「拓馬はんを使ったファーストフード店の客足は一気に伸びる。これは間違いないやろ」


「それが市場破壊になるんですか?」


「問題は他のファーストフード店や。客を一気に奪われ、巻き返しをはかって価格を下げたり人経費の削減に手を出すことになる。不知火群島国は資本主義やし、弱肉強食の経済なのは自然なことや。ただ、拓馬はんの影響は強烈で即効性もある。荒れた市場から大量の失業者でも出た日には、拓馬はんへのヘイトが溜まるかもしれへん」


「げへぇ」


「せやからうちは、拓馬はんの物珍しさがなくなるまで、独占寡占が蔓延はびこる営利団体のCMに出さないと決めているんや」


「真矢さんの気遣いは凄く分かりました。でも今回CMの話を俺に届けてくれたってことは、出ても安全なCMなんですよね?」


真矢さんは俺を第一に考えてプロデュースしてくれている。

その気質からして、俺のマイナスとなる仕事なら即座に突っぱねそうなものだ。


「まあ、そうやな。彼女たちは言わば南無瀬領の精神的支柱や。仕事を引き受けたからと言って南無瀬領の市場が荒れる可能性は低いやろ……やけど」


どうも今日の真矢さんは歯切れの悪い話し方をする。この仕事に乗り気ではないのか。


「いったい、どんな団体からオファーが来たんですか?」


「それはな――」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




大広間に入ると、妙子さんと依頼人らしき女性が畳に座り談笑をしていた。


うおっ、と後ずさりしそうになる。


妙子さんと同年代くらいの女性は、見事な肉体を誇っていた。

見事と言ってもグラビアの表紙を飾る方面ではなく、格闘技の雑誌で特集される類の肉体だが。

日焼けしたボディが『らしさ』をより強調している。


それになんだあの髪型は……町中ではまず見ないのにとても見覚えがある。具体的に言うなら日曜日の夕方にテレビで。


総じて異様な圧迫感を放つ依頼者だ。ひえっ!



「おう、三池君。待っていたぞ」


妙子さんに歓迎されるが、早くも俺はお見合いの席の紹介者のごとく「あとはマッチョな二人にまかせて……」と退席したくなっていた。


「ほら、ここに座ってくれよ」


しかし残念、マッチョからは逃げられない。


妙子さんが座布団を用意したことで逃亡は不可能となった。

それにしても昨晩から働きづめなのに意気軒昂な妙子さんである。

これが愛夫料理の効果か、愛って素晴らしいなぁ。作り手の夫は部屋で絶対安静状態だけど。


俺が腰を下ろしたところで、対面の女性がゆっくりと頭を下げた。


「はじめまして、タクマさん。お会いできて感激です。ご活躍はいつもテレビで拝見しています」


あらあら、こいつは意外。

挨拶代わりに『お前のぬるぬるオイルであたいのボディをマッサージしろや』と言い出しそうな見た目に反して女性は丁寧に話し始めた。

優しい声質とゆったりめの口調で、俺の頭に『ゆるふわ系マッチョ』という新概念がもたらされる。



いかんなぁ、人を外見で判断しちゃ。話してみれば全然危なくは――


「あ、自己紹介が遅れました。ワタクシ、フグ野サザ子と申します」


――ゼンゼンアブナクナイ、イイネ?


「サザ子はあたいの古い友人でな、南無瀬漁業組合の代表をやっているのさ。あたいのように親からトップを引き継いだわけじゃなく実力で選ばれたんだ」


「持ち上げないでよ、妙ちゃん。代表と言ってもまだまだ周りに助けられてばかりの未熟者です」


いえいえ、これ以上成熟しないでください、特に肉体的に。

俺は心から思った。



真矢さんから事前に聞いていたが、依頼人は南無瀬漁業組合か。

南無瀬領は漁業で栄えた歴史を持っており、『みんなのナッセー』で首チョンパされた今は亡き初代ナッセー君も魚がモチーフだった。


漁業を取りまとめる組合の役割は、漁師の社会的地位や漁獲量の向上、それに操業の指導、船の燃料や餌の購買など多岐に渡るそうだ。


なるほど、南無瀬漁業組合が南無瀬領の精神的支柱と言うのは適した表現かもしれない。



「はじめまして、タクマです。漁師さんたちにはいつも美味しい魚を穫っていただいて感謝に堪えません。アイドル活動の大事な活力にさせてもらっています」


「まあ! ワタクシたちの魚がタクマさんに食べられているだなんて……組合の者たちが知ったら驚喜乱獲しますね」


さすが不知火群島国の漁師、変わった喜び方だぜ。



「挨拶が済んだところで、うちの方から仕事の説明をさせてもらうわ」


俺の隣に座った真矢さんがこの場の主導権を握ることに、異論を挟む者はいなかった。


「まず、仕事の背景から説明するで。拓馬はんの初仕事になったぎょたく君がえらいウケてな、今の南無瀬領では魚料理が一大ブームになっとるんや」


「あのブームって俺の影響だったんですか!?」


テレビのニュースで「今、魚が熱い」と報道されていたけど、俺が火付け役だったとはな。

世界初の男性アイドルだってのに俺への取材とかなくて、耳に入るのは視聴率やグッズ売り上げの話だけ。

自分がちゃんと世間に受け入れられているのか、街の声が聞こえなくて不安だったんだよなぁ。


「魚を食べると、ぎょたく君を食べるみたいで色々美味しい、と評判ですからね。魚人気でワタクシ共の組合の重要性も増しています」


そんな街の声は聞きとうなかった……


「おほん、そういうわけでや。魚の需要がどんどん増えてな、他国や他領より南無瀬の魚は素晴らしい、って認識する動きまであるんやて。魚の需要に比例して漁師の需要も高まる。南無瀬漁業組合はんとしては、この流れに乗って万年なり手不足の漁師を大々的に募集することにしたそうや」


漁師と言えば日本では3K (きつい、汚い、危険)と言われ、若者から忌避されがちな職業。

不知火群島国でも同様の価値観らしく、若者からの人気はないとのことだ。


「魚ブームの立役者であるタクマさんが漁師募集のCMをやってくだされば、きっとたくさんの人々が集まるはずです。どうか、よろしくお願いします」


前に真矢さんが言っていた。

初代ナッセーの着ぐるみを使うことで、新たな仕事に繋がる……って。まさにその通りだな。


「あたいの方からも頼むよ。南無瀬漁業組合は南無瀬組とは知己の間柄でね。先日もサザ子を通じて大きな借りを作ってしまったんだ。勝手な話だが、出来ればこの仕事を受けて欲しい」


「大きな借り、ですか?」


「ああ、三池君は思い出したくないかもしれないが……あの子らの件で世話になったんだ」


そう言って語り出した妙子さんの口から、久方ぶりに俺はその名前を耳にすることになった。



婚活弱者の少女たちが集まって出来た不良集団。

――孤高少女愚連隊。

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