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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
二章 南の島の黒一点アイドル
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彼女が獣に至る理由

「ほな、拓馬はんは動きやすい服に着替えて来て。出来るだけ肌が見える方がええ」


「了解です」


一度、自分の部屋に戻る。

この国には男性用のタンクトップはないので、半袖のTシャツとハーフパンツを選ぶ。

ちなみに男性用のハーフパンツというのはほとんど出回らない商品らしく、南無瀬組の人たちには無理をさせてしまった。


ちゃちゃっと着替え、また武道場へ。

中に入ると、折りたたみ机の上にゴテゴテの計測器が置かれ、黒服さんたちが調整をしていた。

どうして計測器を当然のように用意出来るのか……それは訊かないようにしよう。俺は賢明な人でありたい、凶悪犯の尋問で使ったりするのかな、とかヤブ蛇なことは考えないのだ。



「おっ、戻ってきたみたいやな……って、うわぁ。拓馬はん、もろ薄着やん」


真矢さんが俺を見て、慌てて目をそらし、何回かチラチラ見たり見なかったりして、最終的にゆっくりと視線を合わせてくる。せわしないな。


「脈拍、血圧共に上昇!」


黒服さんの報告は武道場内によく響く。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」


報告通り、被験者の状態は通常ではなくなっているようだ。先ほどまでは服にビッチリな自分の身体を隠して俯いていたのだが、そんなこと今は重要ではないとばかりに俺をガン見している。


「ふむふむ、やっぱ視覚効果は大きな要素なんやな。じゃ、拓馬はん。これからBGM流すさかい『みんなのナッセー』同様に踊ってくれへん?」


「分かりました」


「音無はんは拓馬はんの隣な」


「はぁはぁはいはぁはぁ」


了解の言葉を荒い息でサンドイッチにして、音無さんが俺のすぐ傍まで来る。すでに血走った目をしているけど、このまま実験していいのか?


俺と音無さんは横並びに立ったところで陽気なBGMが流れ出す。それに合わせ、俺は軽快なステップを踏み出した。

音無さんの方は振り付けが分からないようで、突っ立ったままだ。身体は正面を向けているが、首を横にしてひたすら俺を注目している。踊り辛いことこの上ない。


「脈拍、血圧さらに上昇」


「予想通りやな。男性が元気に動く様は見ていて気持ちええ(意味深)からな」


「真矢氏、それだけではない」


「どういうことや?」


「凛子ちゃんの視線の先は、三池氏の腹部に行っている」


「あれは……なるほどな」


「チラリズム。三池氏はラフなシャツ姿。それが飛び跳ねることでめくれ、三池氏の腹筋が見えそうになっている。が、なかなか見えない。そのジレンマが余計に興奮を誘う」


「脈拍、血圧、危険域に近づいています!」


「おっと今度は目線を上げたで。狙いは首元から垣間見える拓馬はんの胸やな。ありゃたまらんわ」


「三池氏は男性用ブラジャーを付けないタイプ。あんな美しい胸を隠そうともしない、度しがたいほどのサービスっぷり」


「ほら、音無はんが徐々に拓馬はん側へにじり寄っとる。もっと近くで観察したいんやろ。幼女たちと同じ行動やな、多分無意識や」



冷静に解説しないで、この性獣を止めてくれ。

すでに「はぁはぁ」の時は過ぎ「グルルル」とケダモノまで退化しているぞ。


音無さんが、リハ中の子どもたちよろしく「ヒャア! もう我慢できねえぇ!!」と俺へダイブしようとした……その直前。


「喝」

「きゃん!」


いつの間にか背後に回り込んでいた椿さんが、同僚へ慈悲なき一撃を加えた。

彼女の手には長く平べったい木の板のような物が握られている。

寺で座禅をする時、住職が肩を叩くのに使う棒に似ている。名前は警なんたら、と言ったが思い出せないので煩悩滅棒と名付けよう。



「あたしは、しょうきに、もどった!」


煩悩滅棒をくらった音無さんはそう自己申告したが、目の焦点が合っていないということで、あと三発ほどいいのをもらっていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「音無はんの自業自得な自己犠牲のおかげでええデータが手に入ったで。よっしゃ、この調子で次や」


「今度は何をするんですか?」


「服装を厚着に変えるで。肌の露出は首から上以外禁止ってことでよろしゅう」


と、いう真矢さんの注文で、俺は長袖のジャージ姿に衣装替えした。


不知火群島国は日本と同じく四季があり、今は夏真っ盛りの七月。

エアコンという軟弱な文明機器が武道場にあるはずもなく、そんな中の厚着はキツいものがある。


「男性にこないな苦行をさせるのは心苦しいけど、拓馬はんが番組で活躍するためや。うちは鬼になるで」

と、真矢さんは苦渋に満ちた声で言う。


しかし、そう言いながらもスポーツドリンクや冷やしタオル、それに扇風機など俺の体調を気遣う品々を用意してくれているのだから、優しい人である。



「脈拍、血圧、若干の上昇」


厚着の俺を見た音無さんの反応は、薄着の時より弱いものだった。


「ふむふむ。視覚による刺激を抑えれば幾分冷静になれるみたいやな」


「やだなぁ、真矢さん。あたしはいつだって冷静沈着に三池さんの護衛をしていますよ」


虚言癖のある音無さんの言葉はこの場にいる全員からスルーされ、実験は再開された。


BGMに乗って俺が踊り出す。隣の音無さんは、というと――


「三池さんの踊りって、アイスクリームが湖面を滑るようでステキです」


ワケの分からない感想をこぼす程度には我を保っている。ちゃんと人語を操っているし、今回は大丈夫なようだ。



「ジャージということで、チラリズムの入る余地が少ない。凛子ちゃんの豆腐並みの理性も何とか耐えられる。これなら番組に出しても問題なし?」


「と、思うやん。けど、話はそう簡単やない」


真矢さんの不穏な言葉の意味は、それから数分して判明した。


「脈拍、血圧危険域。イエローゾーン突破!」


「……はぁはぁはぁ」


なぜだ! また音無さんに発情期が到来している。

ずっと踊っているので俺の服装に少しの乱れはある。が、肌は露出していないはずなのに。



「真矢氏、これは一体?」


「フェロモンや」


「フェロモン!?」


「拓馬はんの顔をよく見てみ、額に汗が浮かんどるやろ。夏の盛りにあの厚着、そして数分に及ぶダンス。汗をかかん方がおかしい。それによって拓馬はんの上質なフェロモンが周囲に拡散されとるんや」


「なっ、なんてこと。そんな物を間近で受けたら凛子ちゃんではなくても平静を保てない」


「視覚がダメなら嗅覚で。ほんま拓馬はんは女殺しやで」


すいません、人の体臭を分析するのは止めてください。

それと、性獣の駆除を早急にお願いします。



この後、椿さんの煩悩滅棒が数回振られて実験は終了となった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「ほな、実験結果をまとめるで」


武道場にホワイトボードが持ち込まれ、真矢さんが成果を箇条書きしていく。


「まず子どもたちの暴走の原因やけど、一回目の実験結果を見るに視覚的要因が大きい。男を見る機会は少ない世の中で、肌を晒し煽情せんじょう的な服装のイケメンが目の前にいたら、とりあえず一発襲っとくか、ってなる」


そんな気軽に襲われたらこっちの身がもたねえ。


最初のリハーサル、俺はカッターシャツで腕まくりをしていた。そのまくって見えた腕が幼女たちの野生を刺激したわけだ。

二度目のリハーサルで着たスポーティーな格好は論ずるまでもない。


「で、一回目の反省を含めた二回目の実験な。肌を露出させず、拓馬はんの鍛えられたボディラインが出ない厚着にさせた。これによって音無はんは実験開始直後にある程度冷静でいられたんや」


「しかし、時が経つに連れ、三池氏のフェロモンが散布されるとお馴染みの性獣形態へと移行」


「視覚刺激を防ぐことによって嗅覚刺激が増してしもうた。これをどう解決するかが問題や」


「あたしに良いアイディアがあります!」

音無さんが挙手した。期待できねぇ、とみんなの目が言っている。それにもめげず、音無さんは発言した。


「人間、匂いのキツい所にいても数分で慣れるものです。だから、三池さんの匂いを常日頃楽しめるシステムを作っちゃえば」


「俺としては消臭剤や芳香剤を使うべきだと思います。カイロみたいに身体に貼れるものを用意するのはどうですか?」


「う~ん、拓馬はんは番組中動き回れるからなぁ。貼っても落ちるかもしれへん。匂い消しを収納出来るよう衣装に専用のポケットを作った方がええかもな」


「そもそもフェロモンが出るほど三池氏の身体が熱くなっているのが良くない。男性の負担は極力抑えるべき。体温が上がらない工夫が必要」


「うう……みんな、あたしを無視しないで」


ごめん音無さん。この話し合い三人用なんだ。

今日は実験で疲れただろうから、ゆっくり自室で休んでいてよ。


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