迫り来る幼女
オツ姫さんが、ステージの人々に俺を紹介する。
「世界初の男性アイドル、タクマくんよ。みんなご挨拶しましょうねぇん」
と、言われても子どもたちは困った顔をして動かない。
どうやら男と接した経験がないらしい。全員父親がおらず、精子バンクによって産まれたのか。
「ほらほら、お姉さんと一緒に挨拶しよう。こんにちはーって。いい?」
歌のお姉さんは、突然の男の登場に対しても自分の職務を忘れず、子どもに声を掛ける。
やはりプロだ。うちのダンゴたちに爪の垢を分けてくれませんか?
「こんにちは~~」
「「「こ、こんにち、は」」」
「はい、こんにちは! タクマお兄さんですよ」
俺は膝を曲げ、視線を女の子たちと同じ高さにして、一人一人の目を見て挨拶した。
それが巧を奏したのか、周囲の警戒心が薄まった気がする。
「お兄さん、今日はみんなと一緒に踊りたいんだけど、いいかな?」
「「「いいよ」」」
「ありがとう。とっても嬉しいな」
よし、言質取った。
「じゃあ、お姉さんとお兄さんとみんなで、もう一度最初から踊りのおけいこしましょうね」
明るいBGMが鳴り出し、お姉さんが振り付けを見せる。
実に単純な踊りだ、アイドル事務所でダンスの練習をしている俺は苦もなくマスターした。
お姉さんと熊のマスコットがステージの中心に立ち、その周りに子どもたち。
俺は全体を見れる斜め後方に位置して、リハーサルを何度か行った。
踊っているうちに女の子たちがどんどん俺に懐いていく。俺の隣で笑いながらぴょんぴょんジャンプする姿は、なんだろう、父性本能ってやつが刺激されているみたいに心が温かくなった。
「いいわぁ、男女が一つのステージに立ってぇ、朗らかに笑い合う。まるで楽園ねぇ」
フロアディレクターもこれにご満悦なようだ。
さすがにカッターシャツの俺が本番に出演することは叶わなかったが、初仕事への不安は晴れ、気力が高ぶるひとときだった。
収録が終わり、子どもたちが帰っていく。
子どもの出演者はみんな素人、毎回ナッセープロダクションの募集に応募した人の中から抽選で決められるそうだ。
だから、次週はまた別の子どもと踊ることになる。
「ありがとうございます。この子は男性に縁もゆかりもなくて……今日の出来事はきっと一生の思い出になります」
一人の母親が泣きながら、お礼を言ってくれた。
「お兄ちゃん、またね~」
そう言う女の子は、次の収録に参加出来ない。それでも俺は――
「ああ、またね」と答えた。
会うなら別に番組の収録の時でなくても良いんだ。
「この調子ならぁん、次の収録から参加してもらってもいいのよぉん」
「そうやな。拓馬はんがいいなら、デビューを前倒すけどええか?」
「はい! 次の収録までにもっと練習して、子どもたちが楽しんでくれるよう頑張ります!」
こうして、俺は『みんなのナッセー』の新レギュラーとして不知火群島国で芸能界デビューを果たした。
テレビをつければ男が観られると、『みんなのナッセー』の視聴率は天井知らず。
もちろん打ち切りの話はなくなり、スタッフのみなさんは喜び合っていた。
だが、俺はまだ満足していない。
やるぞ、必ず俺はトップアイドルになる! そして日本に帰る!
俺はようやく登り始めたばかりだからな、この果てしなく遠いアイドル坂をよ!
俺の芸能界生活はこれからだ!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
――と、いう妄想をしたんだ。
オツ姫さんに連れられステージに上がるまでに。
えっ……現実はどうだって?
そりゃあ――
「きゃあああああ!! おとこおとこ!」
「ほんもの? おかあさんのベッドのしたにあった、うすいえほんといっしょ」
「ねっ! ねっ! だっこして、だっこ!」
「チュウしよ~」
「おにいちゃんのにおい、くんかくんか」
「おしりぐるぐる」
両手に華ってレベルじゃない。
両手両足、それに首に幼女共がまとわりつく。
やめろ、首はやめろ。折れるから! 死んじゃうから!
それに尻をなで回すのもやめろ。なんか手つきがイヤらしいぞ!
襲撃は俊敏であった。
俺がステージに立って。
「みんな、こんにちは。タクマおにいいいいぐぅああぁぁ!!」
と、挨拶を始めた時点で決行された。恐るべし幼女共。
「三池さんになんて羨ましいことを! 子どもでも許さないわよ」
「だから言った。女は生まれながらにして女」
ダンゴの二人や黒服さんが直ちに駆けつけ、幼女たちを引き剥がす。
乱暴な手つきだが、怪我はさせていないようだ。
ようやく解放されて、俺はフラフラになりながら呼吸を整える。
「ごめんなさあぁいい! まさか子どもたちが、こんな危険な反応をするなんてぇ」
オツ姫さんが平謝りしてきた。
「はぁはぁ……ま、まあ子どものやったことですから」
子どもに対し、本気で怒るのはみっともない。
まだ男性への接し方を知らないようだし、ここは怒るのではなく、二度とこんなことをしないよう叱るべきだ。
見学ブースから母親たちが駆けつけ、未だ落ち着きを取り戻さない我が子を捕まえる。
「こらっ! どうして超絶美形の男の人にあんなことをしたの!」
「だってぇ」
ムラムラしてやった、後悔はしていない。と、言いたげな女の子。
まだ思春期には十年近くあるというのに、異性への関心がすごぶる高い。
どうやらこの世界の女性は種を次世代に遺すため、生まれながらに男を求める強い本能を持っているようだ。
子どもだからと言って舐めてかかれば、股間が痛い目を見る。
「次に同じことをやったら許しませんからね。気をつけるのよ!」
そうだぞ、そこのお母さん。きちんと悪いことだと子どもに言ってきかせな「やるなら中途半端はダメ! 男性と会える機会はごく僅かなんだから、一気に既成事実まで持っていくの!」
「きせいじじつぅ?」
「それはね、男性のパンツの奥にある――」
ちょっとスタッフ! 情操教育の現場で性教育を始めたあの母親を早くつまみ出して!
その後、リハーサルは再開された。
妄想通り、ダンスの振り付けを覚えた俺はステージの後方端の方で踊る。
中央には歌のお姉さんと、この番組のマスコットである熊っぽい着ぐるみ。
子どもたちは前後左右に均等に配置され、楽しくダンスする……はずなんだが。
リズムが流れ、しばらくすると、子ども全員がにじり寄る感じで俺の方へ近づいてくる。
まんべんない陣形だったのに、ステージの中央が閑散とし端の方はギュウギュウだ。
傍から見なくてもイビツである。オツ姫さんが何度も注意して、子どもたちを元の立ち位置に戻す。
けれど、時間が経つとまた子どもたちは俺へ接近してくる。
それどころかたまに「ヒャア! もう我慢できねえぇ!!」と踊るのを放棄し、俺に抱きついてくる子までいる。
これではリハーサルにならない。
「タクマくんには悪いけれどぉ、収録終了の予定時刻が迫ってきているのぉん。リハーサルはこれくらいにして本番いかなくちゃあ。だから今日の参加はこのくらぁいにしてねん」
お前がいると仕事になんねーんだよ、という意味のカマ言葉を受け取り、俺は「ありがとうございました、ご迷惑をおかけしました」と敗北したボクサーのようにステージを降りた。
「おつかれさん。しんどかったなぁ」
苦笑いで真矢さんが迎えてくれる。「うちのミスや。拓馬はんに会わせた時の子どもの反応を予測しきれんかった」
「真矢さんのせいじゃないですよ。子どもをコントロール出来なかった俺の実力不足です」
不知火群島国に来てしばらく経つのに、この世界がどれだけ男性に飢えているのか分かっていなかった。
分かったつもりだったけど、それでも甘かったんだ。
『みんなのナッセー』。
この仕事、一筋縄じゃいかないぞ。
どうすれば興奮した幼女たち相手にリハーサルを無事乗り切れるのか……次週の収録までに突破口を見つけなければ。
予想外に難題となった初仕事。
俺は気を引き締め、本番が始まるステージを食い入るように見つめた。




