【マサオ様が遺し】、俺が見つけた物
由良様との話し合いは続く。
「もう一度確認いたします。式典では拓馬様に役割を課さない。間違いございませんね? 儀式への参加や余興として歌唱させる等、まさか計画してはいませんね?」
「そのような計画は白紙も白紙、ビックリするくらい真っ白です! タクマ殿が式典の場に居るだけで例の集団への牽制になります。それ以上は望みません」
「ですが、あの御方は率先して渦中へ飛び込む癖があります。人々のための自己犠牲。至高の尊さですが……ワタクシは心配で……心配で……もう気が狂いそうで……」
ゴゴゴゴゴゴゴォォォ!!
「ゆ、由良様! 小生にお任せください! タクマ殿が決して無茶を働かないよう目を光らせます! マサオ様より与えられた『クルッポー』の名に懸けて!」
由良様の背から純黒のモヤが漏れ出し、周囲の風景が歪み出す。由良様はお気持ちが狂うと、自然界に狂いを生じさせるらしい。
さすがマサオ様の血脈! 神と見紛う超常現象! やはりマサオ様は神そのものだった!
――と、興奮したいのに恐怖が先に来てしまう。小生もまだまだ修行不足か。
「拓馬様の北大路行きに関して、ワタクシごときが意見を言える立場にはありません……が! 拓馬様の心と身体の安寧は、まくる様に掛かっています。ゆめゆめ御忘れなきよう」
「は、はいっ! 肝に銘じます!」
由良様がタクマ殿に懸想しているのは、色恋に疎い小生でも気付いていた。しかし、ここまで強い思いを抱いていたとは……
タクマ殿、男性にしては行動力と影響力がズバ抜けており、一角の人物なのは認める。
だが、歴史の流れを変え、世界をより良い方へと転換させたマサオ様と比較すれば力不足は否めない。
ま、まあ噂に違わぬ美声や美臭や、(小生が妄想する)マサオ様に比肩する美貌持ちなのは認めるが。
ともあれ、20代半ばになっても浮いた話の一つもなかった由良様。てっきり小生がマサオ様に身を捧げるのと同様に、国に殉ずるため結婚をしないのだと思っていた。
なのに、タクマ殿への入れ込み様と言ったらどうだ。なぜ由良様はタクマ殿に想いを寄せているのだろう? 小生の知らない魅力が彼にあるというのか……?
「では次に、北大路滞在中の拓馬様のお住まいについて。拓馬様をマサオ教の式典にご招待するのですから、お忍びの来島とはいきません。新興勢力の力を削ぐべくそれなりの宣伝をするはず……そうでございましょう?」
由良様の推測に、黙って首肯する。
「北大路領にとって拓馬様の来島は初めて。興奮した島民が、あの御方の滞在拠点に襲撃をかけるのは必然でございます。安全な逗留地の手配はお済みでしょうか?」
「もちろんです。タクマ殿には我が北大路の家でお休みいただくよう準備しています」
「あ゛っ?」
「ヒィィ!?」
「――あらあら、ワタクシったらはしたない。つい驚かすような反応をしてしまいました。申し訳ございません、うふふふ」
驚かすと言うより、脅すようなお声とお顔だったような……いや、清楚な由良様に限ってありえない。どうも島と島をハシゴした疲れで、小生の視力は弱まっているらしい。きちんと休まなければ。
「巡礼で訪れるマサオ教徒が北大路の観光業の主要客です。海外のVIPを招く中御門や、多くの若い男性が住む東山院と異なり、北大路の宿のセキュリティはどこも万全とは言えません。ですので、曲がりなりにも領主の家である我が北大路邸が最も守りに適していると判断したため……タクマ殿の住まいにと」
理由を述べながら由良様を観察する。「あ゛っ?」のような不機嫌さはナリを潜めていらっしゃるが、まだ納得に至ってないご様子。
「そ、それに領主の家にお泊りいただくのは、由良様を参考にしての事で…………っ!?」
思わず「由良様もタクマ殿を屋敷に住まわせているんだから小生がやってもセーフ」と不敬な言動をしてしまった。
「…………」
ああっ!? 由良様がお黙りに! やば!やば! ねぇ小生やば!
どうすれば斜めになった由良様のご機嫌を真っすぐ出来るか、混乱する頭を必死に動かしていると。
「……まくる様には本当にご迷惑をおかけします」
なぜか由良様の方が頭をお下げになられた。
「マサオ教はワタクシの先祖が始めたものですのに、何もかも北大路家に放り投げて……本来でしたら彼の血を引くワタクシが先頭に立って事態の収拾に臨まなければなりませんのに」
「お顔を上げてください! 由良様は不知火群島国の長。国家運営のために身を粉にしているのは、国民の誰もが知るところです。どうかこれ以上の荷を背負うのはお止めください。此度の問題は小生が命に代えても解決し、不知火群島国に無用な混乱を招かないことをお約束します!」
「まくる様っ」
感極まったのか、由良様が小生の両手を取って包み込む。
ほわぁ~。
武骨な小生の手が清楚な温かみに覆われて感激! ああ、なんてすべすべて柔らかい御手。
人の性格は手に表れると言う。この感触からして、由良様は虫も殺せないほど慈悲に溢れた御方なのは確定事項!
分かり切っていた事実だがホッとする。先ほど荒ぶっていた由良様は小生の見間違えで聞き間違えの五感間違えなのは確定事項!
「まくる様の献身、どれほど感謝を述べても足りません。マサオ教が今日まで継続し、人々の心を救ってきたのは北大路家の尽力あっての事。世間がどう言おうと、ワタクシはあなた方を応援します」
「ありがとうございます。必ず由良様のご期待に応えます!」
「お困り事がありましたら、遠慮せずにワタクシへお知らせください。謙遜はいけません。絶対にご報告してくださいね」
「承知しました!」
「――特に拓馬様関連は仔細漏らさずお願い致します。よろしいですね?」
「りょ、了解です」
「他に――マサオ教に傾倒するまくる様の事ですから過ちは起こらないと信じています。信じていますよ? ですけど、念のため。拓馬様へ過度に接触したり関心を持つのはおススメしません。まくる様の、これからも変わらぬマサオ教生活のためにも」
「は、はぁ……分かりました」
由良様の御言葉には、だんだん不純物が混じっていくが気にしない。気にしたら危ないと思った。
由良様との語らいは、過去にないほど濃密なひと時となった。
尊敬する由良様とこれほど長時間言葉を交わせるなんて小生幸せ! ――なはずなのに半端ない緊迫感で半端ない疲労感である。
話が一段落したところで、場の空気を換えるべく小生はこんな話題を振った。
「時に由良様。本日は邸内で貨物車をよく目にしますが、新しい御屋敷を建てたのですか?」
由良様に目を合わせるのが怖くて、頻繁に窓を見ていたので印象に残った。
「そうではありません。宝物庫の中身を運び出しているのです」
「宝物庫!」
「なにぶん歴史ある建物ですから、あちらこちらに不備が生じていまして。雨漏りで国宝の数々が濡れてしまえば偉大なる先人たちに申し訳も立ちません。この機会に大規模な改修工事をいたしております」
「な……なんですってっ!」
小生は正座を解いてグッと身を乗り出してしまった。由良様がビクッと身をお引きになられておられるが止む無し。
なにせ宝物庫。不知火群島国の歴史が形となって保管された重要施設だ。と、いうことは――
「マサオ様のお作りになられた品々も運び出されているんですね! 是非、一目でも良いので小生に観覧の許可を!」
「申し訳ありません。大半は中御門博物館の倉庫に一時保管しましたので、すでに邸内には……」
「な、なんと! ぐっ、無念」
宝物庫は年に一度、換気や防虫剤交換のための『開封の儀』でしか開けられない。その時にチラリと観られれば幸運で、いくら領主の家系だろうと自由に見学することは出来ないのだ。
ああ、宝物庫の中のマサオ様グッズを堪能すれば、謎多きあの方に近付けるやもしれないのに。
悔し過ぎる。マサオ様の妻である『中御門由乃』様が情報を秘匿しなければ、小生のマサオ様ライフはもっと充実していたものを!
あまりに意気消沈する小生を不憫に思ったのか、由良様はおっしゃった。
「宝物庫の中でも特に重要な品は、現在この中御門本邸で管理しています。監視は付けさせていただきますが、それでよろしければご覧になられますか?」
「誠ですか! ありがとうございます! あっいや、ですがよろしいので? 小生が言えたことではないのですが、初代『由乃様』から部外者への情報公開は控えるよう命じられているのではありませんか?」
「構いません。あの人が遺した指示など私怨に基づくものばかり……後生大事に守るほどではないのです」
由良様は眉をひそめて言い切った。前々から察していたが、由良様はご先祖の由乃様がお嫌いらしい。きっとお優しい由良様には好き勝手に生きた由乃様が許せないのだろう。そういうところも清楚で小生感激!
「――そういえば、まくる様。北大路邸にもマサオ様の遺品がございましたね。ワタクシの記憶ですと、木彫りの像が数点と書物が」
「その通りです! 当時、マサオ様が滞在した時にお作りになられた動物の像と日記らしき書物があります。ただ、書物の方は未知の文字で記されていますので内容は分からず……由乃様の厳命もあって大々的な解読作業も出来ていません」
長年個人で解読を試みているが、如何せん使用されている文字の種類が膨大で遅々として進まない。なんて難しい言語をマサオ様は操っていたのだろう。そんな知性の高さも素敵!
「日記らしき書物ですか……そんな場所に拓馬様は御滞在するのですね」
「由良様?」
マサオ様の遺品の話題で、どうして急にタクマ殿が出てくるのか?
不思議に思ったが、物思いに耽る由良様に小生は疑問を投げかけることが出来なかった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
どういうことだ?
不知火群島国に迷い込んで約一年。
奇々怪々な日常を送ってきたが、これほどの意味不明にぶつかった事はなかった。
「タクマ殿にも伝わりますか? マサオ様が遺した品々の素晴らしさが!」
北大路領に来島した初日。
宿となる北大路邸のガイドを買って出たクルッポーが、真っ先に案内したのは展示室だった。
マサオ様の遺品がショーケースの中で厳重に保存されている。
クルッポーはマサオ様作の木彫りを前にして、精巧さや歴史的価値を熱弁してくれている……ものの、俺の目はマサオ様が書いたとされる日記に釘付けとなっていた。
『不知火群島国・航悔記 48巻』
端に破れた箇所がちょこちょこあり、褪せて元の色は分からず、所々黒ずんだ表紙。そこにインクで書かれた題。
間違いなく日本語であり、『航海記』ではなく『航悔記』と誤字になっていた……誤字だよな?
手書きのタイトルからは負の感情が読み取れる。字の一つ一つの終わりが右下へと消えていくように書かれており、俺の心を不安にさせた。
「ほう、タクマ殿は書物の方に興味ありですか? お目が高い。しかし、見ての通り未知の言語で記されています。マサオ様が何を思って書いたのか不明で、歯がゆいものです」
「……お、俺……読め……」
「嫁?」
「あっ、いえ何でもありません」
慌てて「俺、読めますよ」の言葉を呑み込む。危険予知センサーことジョニーが『ここで選択を誤ればバッドエンド直行ゾ』と警告したのだ。
「つ、つかぬ事をお伺いしますが、マサオ様ってブレイクチェリー女王国の出身じゃなかったんですか?」
「世間ではそう誤解されがちですね。マサオ様が文献に初めて登場したのがブレイクチェリー女王国であって本当の出自は分かっていないのです」
ま、マジかよ……
「じゃ、じゃあですよ。この本を読める人がいたら、マサオ様と同郷ってことに……」
「そうなりますが……」
クルッポーは鋭い顔つきになる。自作のマサオ像とキャッキャしていた変態と同一人物には見えない。
「書物を解読するために小生は全世界の文字と言う文字を漁りました。しかし、類似するものすら見つけられなかった始末です」
そりゃあ、異世界の言語ですからね。
「そこで小生は考えました。もしやこの言語、マサオ様が独自に作り上げた代物ではないかと。不可能だと思いますか? いやいや聡明なマサオ様なら十分に可能です。当時の男性軽視の社会や、国主の夫としての精神的重圧。マサオ様が置かれた状況は過酷だったに違いありません。その中で、己の心を己にしか明かさないよう独自言語で記録し続けたマサオ様……何という孤独! 何という悲劇!」
クルッポーってマサオ様の事になると早口になるよね。
妄言の域まで達する解説。
これには黙って聞いていた南無瀬組のメンバーも引き気味だ。
さすがに発想が飛躍し過ぎっすよ――と、ツッコミを入れるほど俺は迂闊ではない。自分で作り上げた悲劇に、顔を覆いながら嗚咽を漏らす教信者。うん、腫れ物を触るように接しよう。
クルッポーが悲しみに暮れること数分。
「そうそう、先ほどの質問ですが――」
ようやく覆っていた手が解かれると、そこには『マサオ狂い』の異名に恥じない狂気顔の変態がいらっしゃった。
「小生の見立てでは『書物を読める=マサオ様の生まれ変わり』となります。誇大妄想に聞こえるかもしれませんが、小生の直感が訴え続けるのです。マサオ様はお亡くなりになる前に、こう願いました。いつか、ご自分が革命した世界で今度こそ自由奔放に生きたいと。ううぅぅ……これほど崇高な願いがあるでしょうか! マサオ様が現代に蘇ったとすれば、小生は四六時中お守りします! たとえ世界中を敵に回そうとも打ち勝つ心意気です!」
ヒュー、やはり年長者と下半身の忠告は聞くに限る。
危うくとんでもないモンスターを生み出すところだった。
天道家に勝るとも劣らない変態性、そして一般肉食女性が持ち合わせないドス黒の狂気。素質ありありのクルッポーを覚醒させてはいけない(戒め)!
せっかく巡り合った日本帰還へのヒント。だが、狂信モンスターの爆誕と隣り合わせの状況。
さらには衰退のマサオ教と、タクマを旗頭にする謎の勢力。
俺は自分が混迷のド真ん中に居ることを否応なく自覚するのであった。
北大路に来て早々『ギチギチギチィィ』って胃がご機嫌に唸るぜぇ(白目)!




