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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
四章 深愛なるあなたへ、正念場の黒一点アイドル
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三池拓馬の正念場

『お姉さま、お久しぶり……で、いいのかな? お姉さまったら名前を変えて、何度もわたしに会っていたんだね。ぜんぜん分からなくてビックリしちゃった。やっぱりお姉さまはすごいなぁ、スパイみたいでカッコもいいし。それに『トカレフ・みりは』の舞台の時は陰でわたしを助けてくれたんだよね? 本当に本当にありがとう。わたし、うれしい。お姉さまって昔から不思議ちゃんで、わたしに関心がないと思っていたんだ。だから、なおさら、うれしいです……えへへへ。ねえねえ、わたし、お姉さまとおしゃべりしたい! こんなのをつもる話っていうのかな、お姉さまに聞いてもらいたいことがたくさんあるんだ。それに、お姉さまがどう過ごしてきたのかもいっぱい聞きたいなぁ……特にタッ君の関連を……んん、お姉さまはもう天道家じゃないけど、そんなのどうでもいい。愉しくおしゃべりしたいなっ、うふふふ……でね――――』



『あっ、っと……あ~うぅ~あ~ん~う~~ん……メイド、ここカットしておいて。姉さんが観ているんだ、って意識すると柄にもなく緊張するわ。姉さん相手に無様を晒したら、あたしが一向に成長していないと思われかねない。そこんとこはキッチリ避けないとね。す~は~す~は~……リテイクよ。準備いい、メイド? じゃ、いくわ――――姉さん、ご無沙汰しています、紅華です。さっき祈里姉さんからあなたが家を出た理由を教えてもらいました。こんな大事なことを黙っているなんて、あのヘタレ姉め……って恨み言は後でたっぷり吐くとして、姉さん! あたしは誤解していました。姉さんは天道家始まって以来の天才で、努力も苦労もせずトップに立った才能だけの人。特に思い入れのなかった芸能界に飽きて、無責任にもブラブラ旅へ出たものかと……勝手にそう思い込んで姉さんを目の敵にしていました! あたしが馬鹿でした! 申し訳ありません! こんなダメな妹ではありますが、挽回の機会を与えてくだされば無上の喜びです――ちょっとタイム。メイド! あんたさっきからニヤケ過ぎ、プルプルしてんじゃないわよ! あたしは滑稽かもしれないけど大真面目なの! あんたも真面目にやんなさい! 今のところは当然カットね。続き、やるわよ――姉さん。つきましたら――――』




咲奈さんと紅華は、姉がなぜ出奔したのか知らされていなかった。

演じる技能に恵まれた故、精神を病んだ天道歌流羅。

(一応は)格式の高い天道家の醜聞になるので、先代か現当主の祈里さんの判断で黙秘案件にしたのだろうか。

あるいは、未成熟な三女と四女にはショッキング過ぎる話だと考え、伝えるのを保留していたのか。


ともかく――

今回、椿さんが体調不良となった。原因は、天道家と深く関わってしまったためだと思われる。との見解を俺は祈里さんに伝え、ビデオレターの撮影協力を頼んだ。


「あの子の病気を承知しておきながら、自分の婚活のために頼ってしまった。タクマさんとの伝手を求めてあの子を『歌流羅』と呼び、接触してしまった。つくづく愚かな姉ですわ。厚顔無恥、ここに極まれりですわね」


自嘲を挟みつつ「ご依頼の件、天道家一同、謹んでお受けいたします」と了承してくれた。


そんな祈里さんがビデオレターの最後を飾る。


『あなたは私の顔なんて見たくないかもしれませんが』


細く美しい眉を下げ、懺悔でもするかのように祈里さんは喋り出す。

妹の一大事なのに病気を放置して、天道家を抜ける決断をさせてしまったこと。新しい人生を歩き始めた妹の足かせになることばかりしてしまったこと。再発した病気を察知できず、ここに至るまで何のアクションも起こさなかったこと。


身勝手な己を悔いて、祈里さんは何度も頭を下げる。


『私は怖かったのです。自分より遥かに実力のあるあなたが……嫉妬や畏怖の感情が、姉妹間のコミュニケーションを疎かにしてしまった……当主としても姉としても失格ですわ。あなたの気が済むのなら幾らでも愚姉をサンドバッグにして、リバーブローでもガゼルパンチでもお好きに叩き込んでください』


ビデオレターの中で、祈里さんは椿さんを『歌流羅』と一度も呼んでいない。ずっと『あなた』と称するのは、今さら姉面できないと思っているからか。

そう言えば、咲奈さんと紅華も『歌流羅』という単語を使わなかった。

もしかしたら三人は、椿さんの中の『自我』に語り掛けているのかもしれない。時に天道歌流羅だったり、時に椿静流だったり、時に何らかキャラクターを演じる彼女の中に潜んでいるはずの『自我』。ソレに天道家の姉妹たちは自らの想いを訴えている気がした。



「…………」

ビデオレターの上映開始時はタブレットから顔を背けていた椿さん。

しかし妹らの真摯な気持ちが届いたのか、今はまっすぐ画面を観ている。目はいつものジト目でどんな感情を抱いているのか察するのが難しく、もどかしい。



『私も紅華も咲奈も、あなたの意思を最大限に尊重しますわ。治療に必要となるのなら資金や人手の助力を惜しみません。逆に重荷に感じるのでしたら、これ以上の干渉は避けますわ……』


まだまだ伝えたい事がある、謝りたい事がある――との意思を窺わせる祈里さん。しかし、相手のプレッシャーになっては元も子もないと引き際を弁えているようで。


『こんな愚姉の話に付き合ってくれて感謝します……また……いえ、失礼しましたわ』


もの悲しい顔の祈里さんが、頭を下げたところで映像は終わった。

最後に祈里さんは『また会いたい』と言いかけたのか。でも、厚かましい願いだと我慢してビデオレターに幕を降ろしたのだろう。


掲げていたタブレットを脇に置いて、俺は椿さんの様子を窺った。




椿さんは――



「…………うっ……うっうぅ……」


閉じた目の端から涙を流し、嗚咽を漏らしていた。



「……祈里姉さんも……紅華も……咲奈も……私の方がみんなと向き合わずに……勝手に消えたのに……」


三姉妹の想いが『自我』に届き、ロボットと自称する椿さんの心を解放したのか?


「……こんなに、温かく迎えてくれるなんて……私、幸せ……っ」


両腕を縛られているため、涙は拭われることなく頬を伝って倉庫の床へ落下していく。

こんな泣き顔の椿さんを見るのは初めてだ。セクハラの罰として定期的に行われる南無瀬組リンチの時の涙と違って、静かに滴り落ちている。



ここで「椿さんの中には、姉や妹を想う心がちゃんとあります。決して管制室の指示で動くロボットではありません。少しずつで良いですから、実家との交流を再会してはどうですか?」などと優しく語りかけ、ハンカチで涙を拭えば、それはそれは感動的な締め方になるのだろう。


けれど、俺は警戒した。

一年の大半を共にしてきた椿さんとの思い出が『椿静流は、天道歌流羅は――その奥に潜む『彼女』はこんなもんじゃない』と訴える。




「感心します。誰が見ても本物の涙です」



「えうぅ……うぅ……――――――ふむ、しかし三池氏は誤魔化せなかった」


(ことわざ)に『今泣いた烏がもう笑う』とあるが、そんなレベルではない。一瞬にして椿さんの涙は止まり、ケロリとした無表情に早変わりする。

芸達者にもほどがあるだろ、ちくしょう。



「ビデオレターの内容は確かに感動的だった。私の胸は震えた。しかし、それは真に私の感情なのだろうか――ただ、一般常識に照らし合わせて管制室から『ここは泣いておくべき』と指示を受け遂行しただけかもしれない」


「……んな事を言い出したら、椿さんの全てが作りものじゃないですか!」


「さっき言ったよね、タッくん。わたしはロボットで感情はぜんぶ作られているんだよ~」


「っ! 咲奈さんの真似を」


すげぇ、いきなり目の前にブラコンが召喚された。十歳以上年齢が離れている人物をここまで模倣してしまうなんて。


「だっから、お涙頂戴作戦であたしを説得しようなんて無駄無駄! いい加減諦めなさいよ、タクマ」


「今度は紅華を……」


ブラコンが出来るのだからファザコンだって無問題か。勝気な声が俺を怯ます。

恐ろしいのは手足を縛られて身振り手振りが出来ない状態でキャラを変えていることだ。声と表情だけでこんな芸当が可能なのかよ。


「タクマさんや南無瀬組の方々のお心遣いには感謝申し上げます。ですが、私なんぞに骨を折るのは――むむ、ちょっと疲れた。やはり体調不良の時に無理するのは禁物。ご覧の通り、三池氏。私は簡単に感情を操れる。人を騙すことが出来る。故に潮時。私の治療という徒労は止めて、縄を解いてくれると感謝感激」


「そうはいきませんよ!」


物心ついた頃から『演者』だった椿さん。この人は、いま抱いている感情が自分のモノなのか、役柄のモノなのか区別がつかない。

何となく理解していたが、それにしても頑な過ぎるだろ。



ビデオレターによる第二作戦も失敗だ。

椿さんに『自我』を認めさせるには、姉妹の絆を超えるインパクトが必要なんだ。



――と、なれば第三作戦しかないのか。


この『正念場』。


打破するにはアレに賭けるしかない。出来れば使いたくなかったが……





俺は荒ぶる感情を必死に抑えて、口を開いた。


「一つ、訊いていいですか?」


「三池氏は諦めが悪い。どうぞ」


「ロボットだって主張するのなら、俺たち南無瀬組と居た時も作っていたんですか? 感情を、椿静流というキャラを?」


「――肯定する。全ては管制室が決めていたこと」


「じゃあ、『あなた』自身は何も感じていなくて、ただ上からの指示に従っていただけだと?」


「『あなた』とは自我のこと? 仮にソレが存在したとしても中身は空っぽ。何も感じていない――だから、三池氏」


椿さんはもの悲しそうに「――実の家族や親しき仲間を何とも思わない、こんな気持ち悪いロボットは早く遠ざけるべき」と自分を(さげす)んだ。



「ありがとうございます。決心がつきました」



迷いはなくなった。

付け焼刃のカウンセリングでどうにか出来るはずがなく。

姉妹の絆という他人の力を借りるのは虫がよすぎた。


椿さんを本気で助けたいと思うのなら、まず俺が本気にならなくてはいけなかった。手段を選んではいけなかった。倫理や常識に縛られてはいけなかった。

一肌脱いで(・・・・・)全力を尽くす決意が、何よりも重要だったんだ。




そう、一肌脱ぐんだ。



だから、俺は――――






「ファッ!? 三池氏、な、ナニを……!?」






俺は――――







裸になることにした。

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