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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
一章 誕生、黒一点アイドル
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【私の陽だまり?】

本日は二話投稿します。こちらは二話目です。

「うちは弱者生活安全協会 南無瀬支部の副支部長を務める南無瀬真矢って言います。どうぞよろしゅー」


私は最大限の笑みで三池拓馬君に挨拶した。

普段は作り笑いが多い私だが、この笑顔は余計な成分が入っていない産地直送の純100%だ。


だって、彼ったらメッチャ男前。

私は仕事柄他の女性より男性に会う機会が多い。

「うち、これまでに百人を超える男の人と会話したことあるんやで」

「「「きゃ~~うらやま死ねぇぇ!!」」」

と同窓会で自慢出来るほどだ。


そんな目の肥えたうちから見ても、拓馬君は規格外だった。


男性と言えば、陽之介兄さんのように小食のためナヨナヨした体型か、運動不足でぶくぶくとした体型かに分けられる。

しかし、拓馬君は腕やお腹回りがきちんと引き締められ、シャツ越しでも感じ取れる肉体美を誇っていた。


キリッとした眉、凛々しい瞳、スリムな線を描く鼻、潤いがきらめく唇。

高級食材をふんだんに集め、贅沢の限りを尽くしてデコレーションしました、と言わんばかりの顔立ちだ。

濡れる、拓馬君を五秒以上見つめていたら妙な気分になってくる。これ本当に濡れる。



この時ほどジャイアンの職員になって良かった! と神に感謝したことはない。


だが、拓馬君は敵意ある視線を私に寄越した。


「君が三池拓馬はん?」


「そうですけど、何の用ですか?」


「はっはっは、そう睨まんで。こないなごっつ男前の男性に注目されたら、うちドキドキしちゃう」


ドキドキじゃない。泣いちゃう、私号泣しちゃう。

どうも彼、ジャイアンは悪い組織だと吹き込まれているようだ。

なんて事をしてくれたんですか、妙子姉さん!

南無瀬組と私との協力関係を隠すため、表面上仲が悪いよう見せなければならない。分かっている、分かっているけど、それでも拓馬君に嫌われたくない。

くそぉおおお、これもすべてぽえみのせいだ。ぽえみ、許すまじ!



拓馬君をジャイアン支部へ案内しようとしたら元気なダンゴたちが邪魔をしてきた。

いいな、若いな、青春だな。うん、嫌いじゃないよこのノリ。


拓馬君はお世話になったダンゴたちにきちんとお礼を言っていた。

外見だけでなく、中身もイケメンだと……っ!


いけないわよ拓馬君。こんな短時間で私の好感度をカンストさせる気なの! いいわよ、どんどん上げてちょうだい! カモンカモンよ!




ぽえみとの会談の時は、奴が拓馬君にセクハラしそうでハラハラした。

もし、セクったらその場でテメェの脂肪という脂肪を引きちぎってやる!



無事、ぽえみを退け、拓馬君を宿舎に連れていく。

二人きりで会話していると、妙子姉さんが言っていた『特殊』というのが嫌になるほど伝わってくる。


彼がアパートで一人暮らしをしたい、と言いだした時はさすがに説教してしまった。この人は自分が持っている価値にまったく気付いていない。

拓馬君がどこぞの馬の骨に貞操を奪われたら、私はぽえみ以上の犯罪に手を染めてしまうかもしれない。

彼にはこの世界の常識を徹底的に叩き込まないとダメだ。



拓馬君への教育資料を作るため、遅くまで残業し、最後にもう一度拓馬君の様子を見ようと宿舎まで行く。すると、部屋の前で拓馬君と職員が何やら話をしていた。


聞けば、胃腸薬を支部長室に忘れたので入室したいとのこと。


胃腸薬? 本当に?

妙子姉さんからはそんなパーソナル情報はもらっていない。

代わりに私が胃腸薬を取りに行くと言うと、拓馬君はあからさまに動揺した。


もしかして、薬云々は嘘で、彼の目的は支部長室に入ることでは?


と、疑問を抱く。

しかし男性に危険なことはさせられない。


ダメよ、拓馬く「――俺、いきます」きゃあああ!! そんなことを間近で放たれたら、ふつつか者ですが一緒に行きましょうって言うしかないじゃない!


はっ……いけない。肉食になったらそこらの犯罪女性と同じよ。


私は「そっか」とクールに納得した顔をする。

うんうん、拓馬君もぽえみの犯罪を調べようとしているのだ。指示を出したのは妙子姉さんか。男性を協力者にするのは盲点だった。

勝ち気な性格だが男性への対応は丁寧な妙子姉さんらしからぬ手だけど……まあ、私がしっかり守るからね。命に代えても!



拓馬君と支部長室に入り、何か証拠はないか探す。

と、拓馬君はトロフィーを地面に落とし、中の記録ディスクを見つけ出した。どうしてトロフィーに目を付けたのか、訊きたいところだけど時間がない。


記録ディスクには盗撮写真のデータが入っており、ぽえみの関与は決定的となった。

後は妙子姉さんに連絡を入れ、ぽえみを逮捕してもらおうとしたのだが……どうやら敵の方が動きは早かったようだ。


部屋に押し入ってきた集団に私は拘束された。危険な展開だけど、拓馬君だけは何とか逃がせて本当に良かった。


「あなたももう少し欲望に忠実なら声を掛けたのに、残念だわ」


「はっはっは支部長、耄碌したとちゃいます? うちは強欲やで。盗撮するだけで満たされるあんたらよりずっとな」


私は『陽だまり』が欲しいのだ。盗撮はそれを汚す行為。ポカポカなんて得られるわけない!



ぽえみ達に連行され、車に乗せられようとした時はもうダメかと思った。男性と結婚できず、こんな惨めな目にあって……せめてもう一度拓馬君に会いたかった。



だが、天は私を見捨てていなかったようだ。

車がパンクしており、立ち往生している間に南無瀬組が駆けつけ形勢は一気に逆転した……かに見えた。



「私共はこれから警察に向かうつもりでしたの。身内の恥を晒すのは赤面ものですが仕方ありません。ここにいる南無瀬真矢は、男性の裸を盗撮し、それを裏で売りさばくという悪辣非道な犯罪を起こしていました」


「うー、うー!?」


「今夜、盗撮データを編集していた南無瀬真矢を発見したところ、彼女は逃亡を試みたのでこのように拘束したのです」


「う、ううー!?」


ぽえみは往生際悪く、自分の罪を私に擦り付けようとしている。

誰かこの猿ぐつわを取って! そしたらぽえみの脂肪を噛みちぎることが出来るから! お願い誰か!


「待ってください!」

夜なのに怒りで真っ赤になった視界に拓馬君が入った。

逃げ出したんじゃなかったの!?


「こいつを見てください。男性の盗撮データです。ぽえみの部屋から見つけました。真矢さんじゃない、盗撮して売りさばいていたのはぽえみの方です!」


た、拓馬君。

男性が私のために本気で怒ってくれている。私のために……ああ、もう死んでもいいや。



拓馬君の指摘、それをのらりくらりかわすぽえみ。

両者の争いの解決策として妙子姉さんは何か思いついたようだ。


「真矢も来ると良い。お前をさんざん苦しめた上司の醜態が見られるぞ」


「妙子姉さん、メッチャ楽しそうな顔しとるね」


ようやく猿ぐつわを外してもらい、私は一心地をつくことが出来た。


「忘れないうちにこれを渡しておく。今から三池君に歌をうたってもらうんだが、女性には危険なものだ。耳栓を必ずしろ」


「歌!? 男性の歌!? なんでや、うちも聞きたい」


「お前、性欲は枯れているか?」


「何ゆっとんねん。うち、まだ二十代やで。性欲はバリバリあるわ」


「じゃあ、絶対に耳栓しろ。絶対だ、フリじゃないぞ」


なぜそこまで耳栓を強制するのか?


理由は、拓馬君が歌いだしてすぐ分かった。

ぽえみの様子が急変していく。あの苦しみ方は溢れ出す性欲を押さえつける時のものだ。


ぽえみはジャイアンとマサオ教で成り上がった女である。感情のコントロールなど一般人よりずっとけているはずなのに。

そんな奴が拓馬さんの歌で、自身を制御出来なくなりつつある。


一体どんな歌なんだ!?


気になって仕方ない。

妙子姉さんからはあれほど止められたけど、ちょっとだけ聞いてもいいでしょ。ちょっとだけだから。


私は好奇心のままこっそり片方の耳栓を取った。



次の瞬間、私は『陽だまり』にいた。

身体中がポカポカする。六月の夜とはいえ、こんなに暖かいはずはないのに、ポカポカだ。


これが拓馬君の歌なの?

まさに新感覚。人生最大の幸福感が身体の内からだだ漏れし、私はあらがう気にもなれずただ身を任せた。



はぁ……ポカポカだ。


ポカポカ……日向ぼっこしているようで心地いい。


ポカポカ……どんな辛いことでもへっちゃらな気になる。


ポカポカ……世界中の幸せを独り占めしているみたい。


ポカポカ…………ってあれ? 


ポカッボガ……なんか変……あっ


ボカッ! ガッ! あ……あつ…………あつぅ







あああっっつつぅぅ~~~~~いいぃぃ!!


『陽だまり』なんてチャチなもんじゃないわ! 

太陽よ、拓馬君はすべてを焼き付くす太陽だったのよ。

暑い、いや熱いぃぃぃ!!



風邪で高熱が出たように、身体が、頭が熱い。

ああ、なんだか思考が鈍ってくる。


メノマエノ、ダンセイヲ、オソイタイ。

タクマクン、タベタイ。


はっ! な、何を考えているの私! しっかりするのよ!

歯を食いしばって耐えるの!


「ぎゅっとあなたをハグしたい~~」


えっ何? 拓馬君。そんなに私をハグしたいの?

来てよ、ベリベリウェルカムよ。はよ私を抱きしめて、心行くまで堪能して!


「そして、巡る季節の中を君と~」


ねえ、歌っているだけでどうして私の方に来ないの?

あ~恥ずかしいのね。私ってばウッカリ。男性はシャイなんだからこっちから仕掛けるのがマナーよね。


南無瀬真矢! いっきま~~す! ウヒヒヒィィ。




私が彼に向けて一歩踏み出そうとした時。


「ぶぶぅぅひひいいいいい!!」


ぽえみが暴走し、拓馬君へ突っ込んだ……が、あえなくダンゴ達によって鎮圧された。


ぶたああああっ!! 私の拓馬君になんてことをおおおお!!




……あれっ!? 私は今まで何を? 

拓馬君の歌が止み、頭が冷えていく。それから自分がやろうとしていたことへの恐れで身体の芯まで冷えていく。


私もぽえみと同じく拓馬君を襲おうとしていた。あと僅かでもぽえみが辛抱強かったら、ダンゴに抑えられていたのは私だったかもしれない。



「なんにせよ、これにて解決ってことでいいんすよね? いやぁ、一時はどうなることかと思いました。ねえ、真矢さん」


「えっ!? あ、ああ、そうやな」


「ぽえみが捕まったことだし、男性を盗撮したっていう俺と真矢さんの疑いも晴れますよね」


「……うん、そうやね」


自分が男性を襲うはずがない。

そう高を括っていた私は、恥ずかしさのあまり顔を伏せ、拓馬君の方を見ることが出来なくなった。


自分を自分でなくす拓馬君の歌が、拓馬君の存在が、怖い。

私にとって男性は『陽だまり』のような存在だと思っていた。でも拓馬君は太陽だった。それも人を開放的な気分にさせる『真夏の太陽』だ。



私は彼に恐怖を抱く、しかし同時に大きな可能性も感じていた。


私はジャイアンで働きながら様々な人を見てきた。

人間不信になった男性たち、婚活に破れ自棄を起こす女性たち。

極度に偏った男女比は、世界を暗く閉塞的にさせた。

こんな世界でいいのか? そう問題提起する人はおらず、みんな嘆くのを日課として日々は過ぎていく。



だが、真夏の太陽なら。

太陽は世界中を問答無用で照らし、至る所に陽だまりを作るだろう。そして、閉じられていた人々の心は無理矢理こじ開けられ、嘆き以外の感情の入り込む余地が生まれるんじゃないのか。


拓馬君にはそれが出来る。

彼の歌を聞いてアチアチにトリップした私が言うのだから間違いない。

それに歌だけじゃなく、彼の一挙手一投足に私はときめいた。彼がドラマに出て、甘く囁く演技でもしようものなら何人の視聴者が昇天するか分かったものではない。



拓馬君、あなたならこの世界の救世主に……





後日。


私は南無瀬邸を訪れ、拓馬君と向かい合っていた。

突然の来訪に困惑気味の彼に、私はこう告げる。



「なあ、拓馬はん。うちらと、この国の芸能界に殴り込まへん?」

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