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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
一章 誕生、黒一点アイドル
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早まった契約

何ということだろう、って言うかなんてこった。


ジャイアン支部長として、マサオ教徒として、それなりの貫禄と威厳を持っていたぽえみが、今やジャンキーの禁断症状のごとく暴れている。

人間的な理性は微塵も感じられない。ただの獣だ。



「しゃーらっぷ」コキャ


「ぐひっ!………………」


椿さんの手によって騒音は鎮められた。コキャッという可愛らしい音に反して、そのやり方は非常にえげつなく、俺の口からは描写するのもはばかれる。こわっ!


「大物ぶっていた支部長殿もご覧の有様だ。君の歌の力、分かってもらえたか?」


「と、とてもよく」


「考えてもみな。この国の女たちは男性の歌どころか会話もしたことのない連中ばっかりだ。そんな相手に歌を、しかも愛を囁く歌を間近でぶっ放すんだ。そんなことしたら辛抱たまらず犯したくなるに決まっているだろ」


決まってるのかぁ。犯すのは決定事項なのかぁ。


「ほんと危なかったですよ。三池さんの歌を二番まで聞いていたらあたしも性犯罪者になってました」


音無さんは脳内ピンクで腕っ節がある。襲われたら俺もジョニーも明日の朝日を拝めるか分からない。


「じゃあ、ライブ会場から二人が出て行ったのって……」


「南無瀬家の周囲を走って火照ほてっていた身体を冷ましていた。そのせいで、三池氏が連れ去られるのに気付くのが遅れた。あの時は焦った」


そっか。音無さんも椿さんも俺の歌が嫌で出て行ったんじゃなかったのか……って、なんで盛大にホッとしてんだ俺。


「にしてもな、あのライブの時、君は本当に危なかったんだぞ。あたいがライブを中断させなかったらどうなっていたことやら」



どうなっていたんだろう……想像してみる。


理性をプッツンさせた屈強な南無瀬組のお姉さま軍団 + 獰猛なダンゴ二人が俺を四方から囲み、押し倒し、そして――



ピギェィィィッ!?

その時、俺は確かに聞いた。

いきでイナセなジョニーの悲鳴を。彼はパンツの中で鎖国政策を取りだした。もはやトイレと風呂の時しか顔を見せない絶対防御体制だ。



「支部長殿。少しは落ち着いたかい?」


「わ、わたしは……こ、こんな、しったいを。う、うそよ、このわたしが」


「んー、まだ話を聞けるほどじゃないみたいだねぇ。強漢ごうかん未遂をやっちまったんだ、敬虔なマサオ教徒としてもジャイアン支部長としてもおしまいさ。それだけにショックが大きいんだろ。まっ、かしはしない。時間ならたっぷりあるし、聞かなければいけないこともたっぷりある」


あっ、妙子さんが悪どい顔をしている。

そういえば刑事ドラマで観たことがあるな。


地位が高い被疑者を警察が逮捕する時は、車の速度超過など軽い罪で警察署に呼び、それから尋問で本当に捕らえたい罪状を吐かせるとか。

今回の場合、強漢未遂による逮捕は本命を攻めるための最初の一撃だったのだろう。


グッバイぽえみ。やすらかに。




「なんにせよ、これにて解決ってことでいいんすよね? いやぁ、一時はどうなることかと思いました。ねえ、真矢さん」


「えっ!? あ、ああ、そうやな」


「ぽえみが捕まったことだし、男性を盗撮したっていう俺と真矢さんの疑いもきっと晴れますよね」


「……うん、そうやね」


なんだろ、真矢さんが静かだ。

ぽえみが捕まった後から妙に影が薄い。またエセ関西弁に戻ったというのに、関西弁キャラが口数少なくていいの、と心配になる。

まあ、事件が終わって気が抜けたところで疲れが一気に来たのだろう。顔がちょっと赤いし、体調が悪いのかもしれない。


「よし! 今日はもう遅い。三池君さえ良ければ、また南無瀬組に来ないか? 夜が明ければジャイアン支部は騒がしくなるだろう。そんな所で男性を休ませるわけにはいかんしな」


「そうですね……」


ぽえみは逮捕されたが、俺に宛てられる新居の件や嫁さん候補のことはお流れになっていないかもしれない。なら

「じゃあ甘えさせてもらいます。よろしくお願いします」と南無瀬組に避難した方がいいだろう。


「決まりだ。組の奴に車を用意させるから、それに乗って」


「じーー」

「じーー」


「三池君は先に帰ってくれ。あたいの旦那も君を今か今かと待っている」


「じーー」

「じーー」


「と思うから、今日の愚痴とかあれば旦那に吐き出すと良い。男同士でしか言えないことも」


「じーー」

「じーー」


「あるだろ。っておい、さっきからなんだ。大の大人なら言いたいことはハッキリ言え」


「じーー」という擬音をわざわざ言葉に出し、半眼で俺と妙子さんを見るダンゴが二人。


「妙子氏、約束」

「あたしたちが南無瀬組に協力したら、何をしてくれるっておっしゃりましたっけ?」


「あ~~、そのことか」

妙子さんがなぜか同情的な目を俺に向けた。やめてよ、嫌な予感しかしないじゃないか。


「おほん。三池君、昨日今日と南無瀬領で過ごしてどう思った? 領主として申し訳ない限りだが、男性に対する治安は悪いだろ」


日本人的には「そんなことないですよ」と相手を立てるべきかもしれないが、ここはダメ過ぎて擁護すればあからさまなお世辞になってしまう。なので俺は正直に答えた。


「アウト、それ以外の言葉が見つかりません」


「は、ハッキリ言われると堪えるな。厳粛に受け止めようじゃないか。でな、君はこの国の男性ではないかもしれないが、この国にいる以上男性身辺護衛官を付けた方が良いと思うんだ」


ダンゴ二人と妙子さんの間で交わされた約束の内容が見えてきたぞ。


「はい! と、いうことでダンゴがいなくてお困りのそこのあなた! 今だけの大特価! あなたが肯くだけでダンゴ二人が漏れなく付いてくる。こんなサービスめったにないよっ!」

「でもお高いんでしょ」

「いやいやお嬢さん。ダンゴを雇う料金は国から出るし、紹介しているダンゴ二人は無駄遣いのない出来た人間だからお客さんの懐はいっさい痛まないよ!」

「まあお買い得」

「もちろん護衛の腕は天下一品だ! こんな幸運二度とない。今だけ、今だけの大セール。さあ! ユー! 契約しちゃいなYO!」


なんつー出来の悪い宣伝だよ。深夜の通販番組が可愛く見えるほど不審だぞ。

これで雇う気になる人がいるのか?


……けど、昨日今日と助けてもらって、恩義はあるわけだし。

二人とも人格はアレだけど、腕っ節は確かに凄い。多少のセクハラも、少し行き過ぎたコミュニケーションと思えば耐えられる……と思う。


それに何より。

俺がこんな変な世界で寂しさと無縁でいられたのは、この慌ただしい二人が間近にいたからなんだよなぁ。


「おや、まだ雇う気になれない? お客さんは駆け引きが巧いなぁ。ダンゴ二人だけで満足出来ないのでしたらしょーがない、今だけ特別にあたしお手製の」


「あっ、そういうのはいらないです」


「え、あ、そ……そうですか」面と向かって売り文句をブッタ斬ったので、音無さんがしょんぼりとする。


そんな彼女に俺は言った。


「それより今日は本当に疲れました。早く南無瀬家に帰りたいです。道中の警護はお任せしていいんですよね?」


「三池氏!」

「三池さん!」


「色々とお手数かけると思いますけど、お二人とも改めてよろしくお願いします」


俺は深々と頭を下げた。いつまで世話になるか分からない、もしかしたら長い付き合いになるかもしれない。その第一歩なのだ、しっかりと礼をする。


「「承知!」しました!」


音無さんと椿さんの了解の声には歓喜の感情がふんだんに込められていた。

二人の笑顔から滴が落ちる。感極まったのか、嬉し泣きをしている。


「うう、ぐすぅ、やったよ。ついにやったよ、あたしたち。契約成立だぁ」

「本当に、長い就活だった」

「しかもこんなにカッコ良くて優しい男の人の専属なんだよ。諦めずにアピールして良かったぁ」

「勝ち組、圧倒的勝ち組」


あんなに喜び合う二人を見ていると、雇って正解だったと思えるな。


「すまないねぇ、無理言ったみたいで」


「いいんですよ。あの二人を蹴って、今更別のダンゴに護衛をお願いする気にはなれませんし」


「正式な手続きはあたいの方でやっておくよ。なあ三池君、あたいはこれまでいろんなダンゴを見てきたが、彼女たちは身体能力と判断力が秀でている。選んだことを後悔させないさ」


「頼りにさせてもらいます」


そう言い合って俺と妙子さんは温かい眼差しを、雌伏の時を終え本来の使命を得たダンゴに向けるのだった。










「よし! 静流ちゃん! これから頑張ろうねっ!」

力強く声を上げ、ついでに手も上げてハイタッチしようとする音無さん。


「うん」

タッチに応えようとする椿さんだったが、手と手が当たる瞬間に「おっと」と腕を引っ込めた。


「わっわっ、もう急に止めないでよ! ズッコケそうになるじゃない」


「ごめん。ちょっと腕の調子が悪くて」


「腕の? さっきまで普通だったのに……はっ! そっちの手はもしかして三池さんの口を塞いだ方じゃ!」


「ひゅーひゅるー」


「下手な口笛してますます怪しい。どうせ帰ってから、間接ディープキスでもするんでしょ!」


「酷い誹謗中傷。凛子ちゃんこそ、ポケットに隠し持っている物は何?」


「あ、取らないでよ! もう、危ない危ない」


「そのハンカチは匂いからして三池氏の物。どこでそれを?」


「うっ……ジャイアンの職員が持っていたから、奪略おはなしあいをして頂いたんだよ」


「なら早く三池氏に返すこと」


「待って、その前にちょっと使ってから」




わーわーと騒がしいダンゴたち。



「か、彼女たちは、し、身体能力と判断力が秀でているから……な」


「…………」

俺は無言で二人に接近し


「きゃっ!」音無さんの手からハンカチを奪い、それで椿さんの手を拭こうとした。が、よくよく考えればこれはこれで御褒美になるかもしれないので部屋に置いてあったティッシュで拭く「うぐぅ!」


せっかくの獲物を逃し、音無さんと椿さんは肩を落とし、全身全霊で落ち込んでいる。

その二人を見て、俺は思った。





雇ったの絶対早まったわ。


明日は久しぶりの他者視点エピソードを投稿します。

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