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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
四章 深愛なるあなたへ、正念場の黒一点アイドル
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パンツァー堕つ

天道美里。

その名前も容貌についても心当たりがある。

先代天道家の長女であり、今は世界各地の劇場やコンサートホールを沸かせるワールドワイドな女性だ。


祈里さんの母親ということは四十代半ばに差し掛かっているはずなのに柔和な笑みには皺がなく、代わりに隠しきれない大物感がある。圧倒的な場数をこなし、修羅場を超えてきた実績が自信となってあらわれているのだろう。


「拓馬はんの相方が天道美里? どういうことや、寸田川センセが推したんか?」


「違うよ。ボクはノータッチ、美里さんが自分から立候補したのさ」


『不本意』と顔に書いている寸田川先生。その様子を見るに『親愛なるあなたへ』を再採用されたのもまた先生にとっては不本意のようだ。


「あれれ、天道家って今代の邪魔にならないように先代は海外で活動するんじゃないんですか?」


「覇気のあるダンゴさんがおっしゃるように、あたくしとしても祈里たちの活動テリトリーに足を踏み入れたくはありませんでしたわ。ですが、こちらにも事情がありましてね」


「……事情」

椿さんが呻く。なぜか、とても辛そうな顔をしている。


「事情については、きちんとご説明いたしますわ。天道家の恥部を開示するのに心苦しいですけど」


「いえいえ、プライベートでプライバシーなことは家庭の中で話し合うのが一番。わざわざお披露目にならなくても結構です。ほら、俺は部外者ですし」


あきまへんセンサーがビンビンに反応している。事情を聞いたら最後、絶対胃をキリキリすることに巻き込まれる。君子危うきに近寄らず、と言うしここは逃げの一手だぜ!


「タクマ君は慎み深いのですね。でも、遠慮しないで。巻き込まれるタクマ君は知っておく必要がありますから」


えっ、巻き込まれるの確定なの、俺ェ……


「なんや面倒事はごめんやで」


「そう邪険にしないで。南無瀬組の方々にとっては悪い話ではないわよ」


南無瀬流ガン飛ばしもなんのその、美里さんの余裕は崩れない。


「さて、ご説明したいのですけど役者が揃っていませんわね。タクマ君、祈里の電話番号は知っています?」


「ま、まあ一応は」


この間、祈里さんが出没した際に「24時間いつでもウェルカムですわ!」と電話番号の書かれた紙を無理矢理渡してきたのだ。そのまま燃やすことも視野に入れたが、よくよく考えればすでに俺のアドレス帳はファザコンとブラコンに汚染されている。今更パンツァーの一人や二人追加したところで大差はないだろう、と諦めの心で電話番号を登録したのである。


「あら、ご存じですのね。あの子も隅に置けないわ……では、祈里にここへ来るよう伝えてくださらない?」


「いいっ!? そんな危険なっ」パンツァーを自ら呼び寄せるなんてパン殺行為だぞ! 

「そういうのは、ご家族が電話した方が」


「ダメなのよ。あたくしから連絡をすると、祈里、逃げちゃうかもしれないの」


「逃げるって……美里さんの帰国を、祈里さんたちは知らないんですか?」


「そういうことよ。だから、タクマ君から誘ってあげて。ああ、心配しないでね、リスクを負ってもらう代価としてあなたの憂いはあたくしが取り払ってみせますから」


どうしましょう――と南無瀬組の面々に目を向けるが、真矢さんもダンゴたちも声を荒げてまで抗議するつもりはないようだ。突如現れた天道美里の真意を確かめるまで、大きな行動に出づらいのだろう。


「じゃ、じゃあ電話をかけます」


おっかなびっくり祈里さんの番号を押すと――

コール音は一瞬で。


『ふぁいひ、つぇんどうきちゃとですぅ!』

俺の知らない国の言葉が聞こえてきた。


「ええと、拓馬ですけど、祈里さんの携帯でよろしいでしょうか?」


『イヴェス! しょうでぅ、あにゃたのきちゃとでぇしゅ』


噛み噛み過ぎて別言語化しているが、声色からして祈里さんに違いないだろう。

おそらく電話対応の台本を用意しておらずノーガードで喋る羽目になり大慌て、と言ったところか。


「突然の電話ですみませんが、今からお会い出来ませんか?」


『………………』

電話の向こうから音が消えた。


「もしもし、聞こえていますか? 今からお会いしたいんです。時間があったらで構いませんから」


『………………ぱーどぅん?』

たっぷりの沈黙の後、祈里さんが疑問の声を上げた。


「ですから、一度お会いしたいと」


『………………ぱーんつぅ?』

おい、疑問に見せかけて欲望を吐くな。


「お忙しそうなら、無理には」


『秒で参りますわ』


今までの噛み噛みは何だったのか。決意をビッシリ詰めた返事に俺は心から「電話しなきゃ良かった」と後悔した。


「祈里氏は何と?」

チラチラと美里さんの顔を見ながら、椿さんが訊いてくる。


「すぐ来るそうです」

電話に耳を当ててみると、祈里さんの荒い息や疾走音が聞こえてくる。


『邪魔ですわぁぁ! 私の恋路に法定速度はありませんのよぉぉ!』


うーん、誰かと衝突事故を起こさないことを祈るばかりだ。

ところで俺は現在位置を伝えていないんだけど……まあ、パンツァーの事だから把握済みか。


「なら近くにいるんですか。あたしが思うに、テレビ局のどこかで息を潜めていたんでしょ。まったく、これだから欲望に忠実な人間は困りますね」


音無さんの誕生日には、身体が丸ごと写る大きな鏡をプレゼントしよう。

そんな空しいことを考えていると、バンッと控え室の扉が開き。


「お待たせしましたわっ! ハァハァ、天道祈里。タクマさんのお招きによりここに参上です」


祈里さんが到着した。時間にして一分もかかっていない、本当に秒で来た。


「ハァハァ」と呼吸が激しく、流麗な川のようだった髪は氾濫状態で、全力疾走しながら読んでいたのであろう台本が肩から提げたバッグからコンニチハしているが、祈里さんは意に介していない。さらに言うなら母親の美里さんが冷たい視線を向けていることにも、これっぽっちも気付いていない。


「ハァハァ、大切な告白があると聞いて伺いました。ついに私の気持ちに応えてくださるのですね、ハァハァ、この時を一日千秋の思いで待ち焦がれていましたわ。パンツください」


出たぞ、天道姉妹得意の脳内変換だ。俺の言葉を拡大解釈して都合の良いように組み替える手腕は匠の域である。


「おめでとうございます、祈里様。主人の人生の絶頂、と転落(小声)の瞬間、お仕えするメイドとして記録させていただきます」


パンツァーの後ろには愉悦の使者あり。祈里さんと違って疾走の跡が皆無のメイドさんが、愉しそうにビデオカメラを操っている――が胸騒ぎがしたのか、ふと美里さんの方を見て。


「(;゜Д゜)!?」


思いっきり表情を崩した。澄まし顔と愉悦顔がデフォなメイドさんの貴重な一瞬である。面喰らいながらカメラをメイド服のどこかへ収納し、

「き、祈里様。タクマさんとお話しするより先に、少々周りを見渡しては」と生き急ぐ主人をいさめようとするも時すでに遅し。


「随分、女の顔をするようになったわね、祈里」

美里さんが娘に声をかける。怒り心頭だろうに相変わらずの柔和な笑みと声。それが逆に美里さんのブチ切れを表現しているようで、俺の身体が元気に怖気立った。


これには、さすがのパンツァーも性癖を引っ込めて顔面蒼白になるだろう。


「どうしました、タクマさん。そんなに緊張しなくても私の答えは決まっていますわ。いつでも解き放ってください」


おおっと、なんてことだ。

祈里さんったらお母さんをガン無視だ。パンツァーの目には俺しか映っていなくて、耳は俺が立てる物音しか聞き取らないようセッティングしているらしい。


「あらあら、せっかくの再会だと言うのにツレナイ態度を取らないで。あたくし、悲しくなってしまうわ」


「いざいざ二人で熱く語らいましょ。周りなんて気にせず、世界は私たちを中心に回っている感じで行きましょ」


「ちょ、ちょっと落ち着きましょ。俺よりも先に祈里さんとお会いしたい人がいまして」


「そうですわ。あまりタクマ君を困らせるものではありません。あたくしがわざわざ帰国したのも、婚活で迷走している祈里に」


「あのいじらしいメッセージを受け取った時から、私の心は決まっています。タクマさんのお気持ちを包み隠さずご開帳ください!」


「あなたは、妄言を包み隠すことを覚えなさい!」


温和だった美里さんも我慢の限界だったようだ。

娘の脇に腕を入れ、肩に担ぐ体勢から「ふんっ!」と投げた。綺麗な弧を描く一本背負いである。


パンツァーは控え室の畳に受け身無しで堕ち。

「ぎゃふぅ」

猫のクシャミのような悲鳴を出して沈黙した。


小説を書いていると、勝手にキャラクターが動き出すことがあります。

今回のパンツァーは、パンツァーだけに機動力を活かしてよく動いてくれました。おかげで話が進んでおりません――と、いう事で明日も投稿します。

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