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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
四章 深愛なるあなたへ、正念場の黒一点アイドル
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【壊れた、わたし】

タッくんとグラウンド周りの歩道を進む。

古い施設だけど道はきちんと整っていて、タッくんが足をくじいたり、つまづくことはなさそうでホッとする。


散歩する人もジョギングする人もいない、わたしたちだけの道――でも、それはカメラのフレームの中の話。

本当はスタッフさんや出番を待つ役者の人が、わたしたちを見ている。わたしのタッくんに色目を使って……


「ここに来るのは初めてだよ。スポーツなんて今まで興味なかったからさ」


「じゃあ、きっとビックリするよ。スポーツって見るだけでも面白くてワクワクなの!」


外に出ない兄を心配して、スポーツ観戦に誘う妹。主役チームとヒロインのタッくんを結びつけるための舞台装置。それがわたし……


台本を読んだ時に、この妹はバカなんじゃないかな……って本気で思った。

大切な兄をどこの馬の骨とも分からない人たちに紹介する。うん、頭がどうかしているね。


もし、タッくんがわたしの兄……ううん、わたしの弟だったら、お外に出なくても楽しく暮らせるよう『大事』にするのに。


わたしは何度けいこしても、この役に入れ込むことが出来なかった。

そんな気持ちが表に出てしまったのだろう。



「カァーット!」


監督さんの厳しい声が響いた。


「咲奈ちゃん! なにその気のない演技はっ! もっと心をピョンピョンしながら、お兄さんにスポーツの素晴らしさを伝えなきゃダメでしょ! そんなんじゃ、お兄さんスポーツ観戦をやめて途中で帰っちゃうわよ!」


「す、すみません!」


「……もう一度最初から行くわ。みんな、準備して」


タッくんの前でカッコ悪いところは見せられないのに、またNGを出してしまった。あんなに練習したのに、タッくんと一緒にガンバってきたのに……



「気にしない気にしない、切り替えていこう」

明るい声でタッくんが励ましてくれる。


弟になぐさめられるなんて立場が逆だよ。しっかりしなくちゃ、わたし。



リテイク。

わたしたちはさっきと同じように歩道を進み始めた。さっきと同じ台詞を口にしながら……でも、さっきより強い冬の風が吹き荒れる。


冷たい。顔が固まりそうになる。いや、そんなことよりタッくんは大丈夫なの? 

代わりのない大事な体なんだから温かくしないと……何ならお姉ちゃんと毛布にくるまってポカポカになろう。


そんな気持ちが表に出てしまったのだろう。



「カァャーット!」


また、監督さんが怒った。


「咲奈ちゃん! あなたは自分の役を理解しているの? あなたは無垢むくでないといけないのっ! 視聴者にこの子は敵対者じゃないって安心させないといけないのっ! なのになんなの、そのメス顔! お兄さんをお突き合い対象にしているじゃないわよ、近親相姦は実状はともかく放送倫理に反するのよ! もっと無垢って! ムクムクするの! 性欲なにそれ分かんないくらいの無垢さを捻り出すのよ!」


「す、すみません……」


「もう一度よ! 深刻なまでにピュアになりなさい」


監督だけじゃない、わたしを見る周囲の目がどんどん冷たくなっていく。


今日の撮影スケジュールはキツキツだ。お外に出るのが大変なタッくんの出演シーンを一気に撮りきってしまうらしい。

こんなワンシーンで時間をかけていられない、その苛立ちがスタッフさんたちから昇っている。


他にも『こちとらタクマさんと一分一秒でも早く共演したいのよ。鈍くさい妹は、さっさと役目を終えて退場しなさい』という役者の先輩たちからのプレッシャーをヒシヒシと感じる。



……怖い。でも、それ以上に自分が情けない。

祈里お姉様や紅華お姉様が磨きあげてきた天道家の看板を汚すダメさだ。


妹役なんて、これまでにも何度も行ってきた。

「すごく上手だね」ってみんなから褒められる演技をやってきた。

それなのに、今は何一つ満足に出来ない。


タッくんをお兄さんと見る。それは心と体が引きはがされそうになるほど辛い。とっても甘えてほしいのに、こちらが甘えなくちゃいけない苦痛。

その痛みは、わたしの薄い演技を破り、周囲にもれてしまっている。


このままじゃ、いつまでたっても監督さんはOKを出してくれない。みんなを怒らせちゃう。何より、タッくんに呆れられ、嫌われたら……絶望的な想像でわたしの体は震えた。何とかしなくちゃ、何とか!


わたしが焦りに焦っていると、タッくんが動いた。


「監督、ちょっとよろしいですか?」


「よろしくてよ、タクマさん、どうかしました?」


タッくんの呼び声に、監督さんはわたしの時とは打って変わってネットリした声を出した。おのれ。


「このシーンに関して、咲奈さんと二人で打ち合わせをしたいのですが、時間をもらっていいですか?」


「あら、でもスケジュールが」


「少しだけです……ダメ、ですか?」


「いえいえいえ! タクマさんのお願いならノーチェックの素通りよ。どうぞどうぞ」


「ありがとうございますっ!」


スムーズに話を付けたタッくんは――


「タッく……タクマお兄ちゃん、打ち合わせって?」


混乱しているわたしに向かって微笑んだ。


「他の人より先に、咲奈さんに見せるよ。俺の全力の応援を」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「ふぁっ!? 予定とちゃうやん!」


「咲奈さんを元気づけるためにはアレが一番なんです。他人の目のない所でやりますから」


「しかし、天道咲奈、当人に襲われる可能性がある。警護はさせてもらう」


「分かりました。でも、よかったら――」


「三池さんのお邪魔にならない距離は保ちますよ。まあ、ナニかあったら光の速度で駆けつけますから距離なんて関係ないですけどね」


南無瀬組の輪に入ったタッくんが、組員さんたちとお話をしている。どんなことを喋っているのだろう……とわたしが遠目で見ていると。


「しゃーない、今度だけやで」


渋々といった感じのマネージャーさんが、タッくんに大きな袋を渡した。


「気ぃつけてな。うちらを丸一日機能不全にしたブツや、扱いは慎重に」


「柔軟かつ臨機応変にやりますので安心してください」


「はぁ、ほんま心配やでぇ」


マネージャーさんとの会話を終えたタッくんが戻ってくる、わたしの所に。わたしの所に!


「お待たせ、じゃあ行こうか」


「いくって、どこに?」


「グラウンドに併設されている建物が、ちょうど人目がなくて着替えられる場所らしいんだ。そこで俺のとっておきを披露するよ」


タッくんのとっておき。

胸が弾まずにはいられない。現金なわたしは、自分がピンチであることを忘れて、タッくんと近くの建物にシケ込んだ。




ミーティングルームと書かれた、うす暗くて椅子と机だけの部屋でタッくんを待つ。

さっきまでの不安は完全に消えてしまった。だって、隣の更衣室でタッくんが着替えているのだ。

服のこすれる音やパンツが落ちる音が聞こえそうでわたしの耳はかつてないほど活発になっている。


「咲奈さんのアドバイスのおかげで、俺なりの萌えが見つかったんだ」


「タクマお兄ちゃんの萌え……すっごく気になる! 教えて教えて!」


「まだアイディア段階だからハッキリとは言えないけどさ。やっぱり一番大事なのは『見た目』だと思う。男役の人が男に似せようとしても出来ないもの……俺はまず、そこを追求するよ」


けいこの時にタッくんが言っていたことを思い出す。

男役の人が出来ない、タッくんだからこその『見た目』。それをわたしに見せるべくタッくんは特別な衣装に着替え中だ。

期待と興奮で倒れちゃいそう……



コンコン。


「ふゃ、ふゃいっ!」

ノックの音に思わず変な声が出る。


「タクマです。今から部屋に入るんだけど、一点注意して欲しい事があるんだ」

「な、なに?」

「俺を見ても、決してその場から動かないで」


そ、そこまでの服装なんだ……わたしは生唾をのみ込んだ。


「うん。わたし、耐えるよ。耐えてみせるから」


「オーケー、では――」


ゆっくりと入口のドアが開き、タッくんが姿を見せた。




「くぁwせdrftgyふじこlp!!」

あまりの衝撃に、わたしは声にならない声を上げてしまった。


タッくんの胸に嫌でも目が行ってしまう。嫌だなんてカケラも思わないけど!

こんな冬の真っただ中なのに、タッくんはインナーシャツすら着ていない。大事なところにサラシを巻いて、膝まであるハッピを羽織っただけの格好だ。エロいよ!

あと、頭にハチマキを巻いて、凛々しさが三倍増しになっている。


「だ……ダメだよタッくん! いろんな意味でアウトだよ! セーフになるためにもお姉ちゃんが温めるから!」


あのサラシが悪いんだ。このままじゃタッくんが風邪をひいちゃう。ぎゅーっと抱きしめて、わたしの体温をタッくんにおすそ分けしなくちゃ…………はっ!?

タッくんの後ろからモーレツな殺気が放たれた。南無瀬組の黒い人たちだ。こちらをジッと見ている。今、動けばヤラレル……


「落ち着いてね。これは、俺の地元(・・)の由緒ある応援の正装なんだ」


「お、おうえん……こんなエッチなのに?」


「エッチ云々は置いておくとして、ドラマでの俺の役は、主人公チームのファンになって彼女たちを応援すること。せっかく応援するんだったら本格的にやりたいじゃない?」


いつも全力なタッくんらしい考え方。なんて愛らしいの。


「それに、この軽装は男役の女性では実現出来ないと思うんだ」


「たしかに……男役の人たちは、女性だと意識されないように厚着をするのが基本だもの」


男役の人たちは、たいていスレンダーだ。胸のふくらみを見られた日には、ファンが一気にいなくなってしまう。

性を感じさせない『見た目』にしないといけない。

でも、タッくんならむしろ性をビンビンに感じさせる方がいい。この男であることを強調する服装が、タッくんならではの萌えなんだね。


「あと、これを見て」


タッくんが自慢げにハッピを指さした。目の覚めるような青い生地に、たくさんの文字が書かれている。


「それって、主人公チームのメンバーの名前?」


「そう! ただの名前じゃなくて各メンバーのニックネームを書いたんだ。ヒロインである俺が、メンバーの一人一人に思い入れがあって、一人一人を応援しているんだと示すためにね」


「ふわっとチーム全体を応援するんじゃなくて、一人一人を……すごい、ごほうび」


「ちゃんと『個人個人を見る』、それを徹底するんだ」


怖い。わたしのタッくんが魔性すぎて怖い。

こんな応援をしたら、撮影はどうなっちゃうの……役者のみんなが逝き残れる未来が想像出来ないよ。


「ってことで、まずは咲奈さんを応援する」


「わっ、わたし!?」


「演技について的確なアドバイス出来ない分、精一杯応援するよ、今ここで」


「エッチな格好のタッくんが精一杯……」


怖い。たぶん、タッくんの応援を受ければ、わたしは壊れてしまう。

自分が自分でなくなってしまう。二度と今のわたしには戻れなくなる。


でも――応援されたい。


「お願い、タッくん。いっそ一思いに応援って!」


「っし! では、咲奈さんに気合を注入するべく……いきます!」


タッくんは大きく息を吸い、大きく腕を広げて、応援の舞いを始めた。



それで。


――わたしは壊れた。


子役として活躍していた妹キャラのわたしも。

タッくんに甘えられたいお姉ちゃんなわたしも。


粉々に壊されちゃった……

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