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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
四章 深愛なるあなたへ、正念場の黒一点アイドル
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俺なりの萌え

「ねえ、お兄ちゃん。算数の宿題で分からないところがあるの。教えてぇ」


「構わないよ。見せてごらん」


「ここなんだけど」


「……小学生にはちょっと難しい問題だね。ここは、この式を使って――」


「ああ! そっかー!」


「理解が早いね。じゃあ、次の問題は自分の力で解いてみようか」


「うん! ありがとう、お兄ちゃん!」


咲奈さんが可愛く頷き、「よ~し」と可愛く気合いを入れ、「よいしょよいしょ」と可愛くペンを走らせ問題集と格闘している。


こういうのでいいんだよ、こういので。


初めて会った頃の咲奈さんにソックリだ。

俺を危うくロリコン道へ導こうとする魔性の少女。それはそれで危険人物だが、自分より年上の男を弟と認定する姉狂いよりはずっと良い。


俺と咲奈さんが兄妹として共演すると判明して――その翌日。


俺たちは、新たに送られてきた台本を持ち寄り、ホテルの一室にて読み合わせを行っていた。


「お兄ちゃんって、頭はいいし、カッコいいし、優しいし、わたしの自慢のお兄ちゃんだよ~」


咲奈さんが台本通りに兄をヨイショをする。

この兄妹のやり取りで、俺の役が人間として素晴らしく、ヒロインとして申し分ないことを視聴者にアピールしているのだ。


「そんな大げさだよ。それより、次の問題は解いたかい?」


「えっへん、ばっちり!」


「どれどれ……おお、正解。頑張ったね」


個人的には頭の一つでも撫でて妹を労いたいのだが、台本の注意事項に『妹との一次接触は厳禁。萌えワードもなしで』と書かれていた。


おそらく、血の繋がった妹だろうと、ドラマの主役以外とヒロインの俺がイチャイチャするのはNGなのだろう。

不知火群島国の闇は深い。


そういうわけで、俺と咲奈さんは兄妹でありながらどこか壁を作った関係で、台本を読み合っている。


「わたし、心配だよ~。お兄ちゃんったらいつも家に居て、お日様の光を浴びてないし。ちょっとはお外に出たら?」


「外ねぇ。疲れちゃうからあまり外出しようとは思わないかな。なにか面白いものでもあれば、別だけど……」


「あっ、それならわたしが応援しているチームが今度試合をするのっ。いっしょに観に行こうよ」


「へえ、スポーツ観戦か。そのチームは強いのかい?」


「すごく強いってことはないけど……最近、いっしょうけんめい練習しているから、きっといい試合をするよ」


やや説明的な台詞を吐く咲奈さん。

ちなみに、序盤が終われば、咲奈さんの出番は一気に減る。

主人公たちとヒロインを結びつける役目が終わればお払い箱の舞台装置いもうと、ストーリーの都合とは言え残酷である。


「わかった。じゃあ、今度の休みの日に応援に行こうか」


「やったー! お兄ちゃんとお出かけ! 嬉しいなぁ……ぁ」


咲奈さんの声が急激にしぼんで、膝からふっくらとしたカーペットの上に崩れる。台本にはない動きである。


俺はすぐに咲奈さんの下へ駆け寄り、崩れ落ちた彼女の肩を持つ。


「お疲れ様。このシーンは、何とか最後まで通せたね」


「……ダメ、こんなんじゃ、また監督に怒られちゃう。タクマさんの前で怒られちゃう」


咲奈さんが俯いたまま嗚咽を漏らす。


「そんなことは……」

ないとは言えない。台本の『お兄ちゃん』を口にするたびに咲奈さんの顔は苦痛に歪み、演技には若干の抵抗が感じられた。

妹を演じることで、彼女のブラコンは確実に着実に傷ついている。


「けど、読み合わせを始めた時は、最初の台詞でダウンしていたのに、今は最後まで言えたじゃないか。このまま練習を重ねれば、きっと上手くいくよ」


「そう……かな?」

咲奈さんが儚きまなこを向けてくる。


「そうさ! 咲奈さんは自分の性癖にもメス臭にも負けない強い子だって、俺は知っているから!」


本当に負けないでほしい。

運命のイタズラとも言える共演。咲奈さんにとっては地獄だろうが、俺はこの事態を性癖改善の場として少し歓迎していた。


咲奈さんのブラコンが不健全であるのは議論するまでもないだろう。彼女の性癖は今後、彼女自身を苦しめ続けることになる。


ならば、ここでしっかり矯正し、あの輝かしくチャーミングだった妹キャラの咲奈さんよ、カムバック! と願わずにはいられない。


「はぁ……はぁ……」


だが、彼女の体力や精神力を無視して矯正に踏み切れば、心がもたない。焦らずじっくりいこう。


「読み合わせは一旦中断しようか」


「わ、私はまだやれるよ」


「根を詰め過ぎても仕方ないさ」


俺は咲奈さんをイスに座らせ、温かいお茶を用意し差し出した。


咲奈さんは顔を曇らせながらも、おずおずとお茶を飲んで――


「……はぁ、私の中に入って来る、タッくんの味」


ぬぅ、無意識に出してしまったのであろう彼女の言葉。それに姉矯正の難しさを痛感させられる。


まあ、咲奈さんの件は焦らずやるとして、俺自身の心配事も疎かにもしていられない。そっちの解決も進めて行かないとな。


「ところで、咲奈さんに相談したいことがあるんだ」


「えっ、相談!」

咲奈さんがグワッと喰いついた。


「う、うん。演技のことでね」


「いいよいいよ! スランプな私だけど、何でもきいて! タッく……タクマさんのためなら頑張って答えるから!」


どうやらこちらに頼られることで、彼女の姉欲が活性化しているらしい。対応が難し過ぎだろ、この子。


俺はなるべく咲奈さんが高ぶらないように注意しながら、萌え演技について悩んでいることを打ち明けた。


「咲奈さんは普段どんなことに意識して、視聴者の心を突く演技をしているんですか?」


教えを請う立場として、また姉弟感を出さないために、畏まった口調にする。


「う~んとね、観てくれる人のジュヨウを考えて演じているよ。子役に求められるのは、純真でテキガイ心のない振るまいだからね」


「け、けっこう大人びた思考でやっているんですね」

てっきりフィーリングだとか、素のままでやっているか、とか答えが返って来ると思ったのに。


「芸能界デビューする時に祈里きさとお姉さまから言われたことなの。前までよく分からない教えだったんだけど、最近になって意味が分かって来たんだよ……タクマさんを知ってから……ね」


最後の言葉には十歳児が吐いちゃいけないつやっぽさがあったが、俺は聞かなかったことにした。


「タクマさんは、これまでのお仕事で強い男性や心の広い男性を演じてきたよね。そういう変化球もいいけど、視聴者のみんなは一度でいいからストレートに萌えさせてくれるキャラクターを観たいって、思っているんじゃないかな? タクマさんにはそれが『こび』と映るかもしれないけど、そういうのが『ジュヨウにこたえる』ってことなんだよ」


咲奈さんの分析力に言葉を失ってしまう。これが、芸能界に君臨する天道家のサラブレットの力か……


「じゃ、じゃあ『きゅっふ~ん』や『くっくる~』と言いながら萌えを振りまけば」


「ううん、それは男役の女優さんの方法だよね。男役の人たちは、女だと意識されないようあえてファンタジーな演技を取り入れているの。どう見ても男のタクマさんが無理にマネすることはないよ……無理しても無理しているって周りにバレちゃうもん」

ハキハキと説明していた咲奈さんが、僅かに下を向いた。


「咲奈さん……」

無理しても無理しているってバレる……か。


「タクマさんはタクマさんのやり方で萌えにアプローチすればいいよ。大事なのは、観てくれる人のジュヨウを意識すること。それだけだから」


変態脚本家の寸田川先生は「『萌え』から逃げるのかい?」と俺をきつけた。

主戦場(萌え)でのやり方を覚えていて損はない」とも言った。だが、「きゃるる~ん」や「ふもっふぅる~」と奇声を上げろとは言わなかった。

俺は直前に見せられた男役の人たちの萌え演技にばかり目を奪われ、思考の幅を狭めていたのかもしれない。


「ありがとうございます、とても参考になりました!」


「えへへ、他にも悩みがあったら何でも打ち明けてね。タクマさんのためなら私、頑張っちゃうんだから」


咲奈さんの包み込むような笑顔を目の当たりにして、彼女が年下なのを俺はちょっと残念に思ってしまった。




本日の稽古が終わり、咲奈さんはメイドさんと共に帰って行った。

エレベーターまで彼女らを見送ってから、俺は自室で考えに考えていた。


どうすれば、需要に応える萌えが出来るのか……


腕を組みながら瞑想すること十分ばかり。


「やっぱ実践で学んでいくべきかな」


これまでの経験上、部屋で一人うんうん唸っていて名案が浮かんだことはほとんどない。

俺を『観てくれる人たち』なら自室の外にいる。

まずは、彼女たちを相手に『需要に応える萌え』を練習してみよう!


理性なら不知火群島国でもトップクラスの南無瀬組。

きっと、彼女たちならこの過酷な練習に耐えてくれる……はず……だよな?


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[一言] …それがタクマ氏の最後の言葉だった()
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