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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
一章 誕生、黒一点アイドル
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トロフィーの罠

本日も二話投稿します。こちらは一話目です。

マスターキーを使って、支部長室に入る。

真矢さんが壁際のスイッチを押して点灯すると、昼間見た時と変わらぬ光景が目に映った。


……あった!

棚に鎮座するトロフィー、やはり形は日本で見た物と瓜二つだ。

すぐにでも駆け寄りたいが、隣には真矢さんがいる。出来れば彼女の目を盗んで事を起こしたい。


「ええっと、薬、薬」


応接椅子に近づき、柔らかい絨毯に膝をつける。椅子やテーブルの下に顔を入れて、さも胃腸薬を探しているよう装う。実に茶番だ。

意識はずっと真矢さんの方に向け、彼女が隙を見せるのを待っているのだけど……真矢さん?


真矢さんがおかしい。

俺の胃腸薬探索を手伝うことをせず、なぜか支部長の机の引き出しを開けたりしている。しかも指紋が付かないようハンカチを使う念の入りようだ。


あの、何しているんですか?


とは訊けない。真矢さんの動作には一分一秒を惜しむような切迫したものがある。ぬるい質問をしようものなら斬り伏せられそうだ。


だが、これはチャンス。

真矢さんは俺を見ていない。動くなら今だ!


俺はひっそりと立ち上がり、そろそろと棚の前まで行く。目の前のトロフィーは記憶の中の物より少し小さい気がしたが、きっと気のせいだ。

それより……そっとトロフィーを手に取る。



おお、やったぞ!


心の中でファンファーレが鳴った。

これで俺は元の世界に帰れる。


感慨にふけるのは後。

早速「俺を日本に戻してください」と念じる。心の底から腹の底からひたすらにお願いする。



するとどうだろう。


ピカァーと、一見不格好なだけのトロフィーが光り輝く――













――こともなく、そのままだった。




オーケー、落ち着け俺。

まだあわわわわてる時間じゃない。


よく観察してみると、台座に書かれている字が日本語ではない。

ま、まさか別物? いやいやそんなはずはない、と思いたい!



持ち方か? 持ち方がダメなのか?


こっちの世界に転移する時、俺はトロフィーをどう扱っていたか……それを思い出しながらトロフィーを傾けたり、逆さにしたり、ちょっと振ってみたり、回したりと色々試す。

しかし、一向に超常現象が起こる気配はない。


早くしなければ真矢さんに取られる。

その焦りがいけなかった。


いつの間にか汗ばんでいた俺の手が、お笑いでいうところの『おいしい』仕事をやってしまったのだ。


あっ、と思った時にはすべてが遅く――

トロフィーが手を滑り落ち、床に叩きつけられた。


絨毯のおかげで甲高い金属音はなかったものの、真矢さんが視線を寄越すくらいの音は鳴る。


さらに悪いことは重なるもので、落下の衝撃で台座とクネクネ人型が分離してしまった。


や、やべぇ。

それ以外の言葉が見つからない。


「……拓馬はん、何しているん?」

「……」



ご、誤魔化せねば!

でもどうやって?

応接椅子の近くで胃腸薬を探していたはずの俺が、なぜに棚のトロフィーを床に落とすことになったのか。


納得のいく説明が思い浮かばない。

トロフィーにお願いして日本に帰ろうとしたんです、は病院へGOなので却下。

いっそのこと俺は大のトロフィーマニアで、トロフィーを愛でなければ一日が終わらない変態だからムシャクシャしてやった反省はしている、とでも言ってしまおうか。


なんてことを考えていると、つかつかと真矢さんが近付いて来た。

彼女の目線は俺ではなく、横たわるトロフィーの方を向いている。



「拓馬はん」


「は、はひぃ」


「お手柄やね」


「えっ?」


お叱りを受けるかも、と固まっていた俺の肩をぽんぽんと叩いてから、真矢さんは屈み、トロフィーの台座を手に取った。

台座の表面に穴がある。どうやらクネクネ人間と台座は元々着脱可能なハメ込み式だったようだ。

俺が壊したんじゃなかったのか。よ、良かった。


「まさかこんな所に隠してるとは、あのバチ当たりめ。それにしても拓馬はん、よう気付いたなぁ」


真矢さんが台座の穴に指を入れ、底に固定されていた何かを取り出す。


「拓馬はんが探していた物もこれやろ」


それは一昔前に使われていたMDを思い出させる形をしていた。透明な四角のケースに円盤が組み込まれている。記録媒体なのだろう。


「ええ、俺もそれを探していました」


したり顔で、いけしゃあしゃあと答えてみる。

真矢さんが何を言っているのかさっぱりだけど、都合良く勘違いしてくれている。

その勘違いに乗っかることにしよう。そうしないとトロフィーを手にしていた理由を問いつめられかねないし。


「他の職員に見つからんうちに、はよ中身を確認せな」


真矢さんはMDもどきを大事そうに所持すると、台座とクネ人間を再びくっ付け棚に戻した。





「付いてきてな」と言う真矢さんに先導され、支部長室からほど近い一室に入る。




どうやら真矢さんの部屋、副支部長室のようだ。

支部長机と肩を張る上等な机の上にノートパソコンが一台。

真矢さんはそれを起動させ、台座から盗んだ記録媒体を差し込み口に突っ込む。

その表情は極めて固い。



何か異常事態が起こっているのは理解出来る。

副支部長の真矢さんが支部長のぽえみさんの極秘物を盗む、どう考えても危険な匂いがプンプンだ。


「一体何のファイルが保存されているんすか?」

と訊きたい気持ちをグッと抑える。

今の俺は見栄と保身で「すべて丸っとお見通しだ」と豪語した手前、何も質問出来ない。


なので、出来ることと言えば真矢さんの後ろからパソコンの画面を覗くくらいだ。


「今からショッキングなもんが映るかもしれへん、覚悟してな。無理そうなら目をそらしてもええで」


「わ、分かりました」


自慢じゃないが、俺はホラー映画やスプラッター系がてんでダメだったりする。遊園地でもお化け屋敷は華麗にスルーだ。


支部長のぽえみさんが隠していた記録媒体。

中身は何なのか?


詐欺、賄賂、職権濫用。乏しい汚職に関する知識を思い返す。暗殺や悪どい連中を使った暴力行為はないと願いたいけど。



「じゃ、ファイルを確認するで」

真矢さんが記録媒体のファイルを一つ開けた。



ごくり、と俺は唾を呑み込む。


――どうか、ヤバいものが映ってませんように。



そして、俺は目撃した。





中年男性のシャワーシーンという、別の意味でヤバいものを。





三十代くらいのおっさんが、シャンプーを髪に馴染ませている。カメラの角度的におっさんの大事な部分は隠れているが、尻はもろ見えていた。



…………はっ?



「ぐっ!?」


真矢さんが赤面して、パソコンから目を背けた。


「なんちゅー、なんちゅーものを」

真矢さんはぶんぶん頭を振り「けど、うちは負けん。証拠をきちんと確認せんと」と一人言を呟きながら、鼻息荒く次々と画像を開いていく。


どのファイルも男の写真だった。

下は小学生、上は五十代くらいと年齢層は幅広い。


大抵はシャワーか、着替えの様子だった。色々な角度から撮られているが、被写体である男性たちはカメラの存在に気付いていない。隠し撮りか?


「うゃあ!」「ひえっ!?」「ああ、そうなってん?」「……ふぅ」


そして真矢さんが騒がしい。

狡猾な狐、という印象が今では『残念』としか言いようがなくなっている


「あの……真矢さん」

いい加減男の裸を眺めるのが辛くなってきた。もういいだろ、と俺はトリップ中のジャイアン副支部長に声を掛ける。


「ひゃ!? た、たくまはん!? いつからそこに?」

いや最初からいたよ。俺の存在を勝手に消してんじゃないよ。


「ち、違うんや。これは重要な証拠物件であって、うちが個人で楽しんでじゃ」


ああ、これはアレだ。隠していたエロ本を親に見つかった男子中学生の反応だ。

なんだか初初しくて、滑稽で、哀れだ。


「確認はもう十分でしょ」


「あ……あ、ああ。そうやな。拓馬はんの思っている通り、これはジャイアン支部長である丹潮ぽえみの犯罪の証拠や」


「そうですか。じゃあ夜も更けてきましたし、俺はこの辺りでおいとまを」


「ちょちょ待ちぃ。なに帰ろうとしてん?」


いやいや帰らせてくれ。

この世界に来て一日そこらの俺でも分かる。

これは厄ネタだ。関わるとロクな目に遭わないぞ。

トロフィーを使って日本に帰ろうとしたら男の盗撮事件に巻き込まれたでござる、とかなにそれ意味わかんない。

もう引き返せない気もするが、俺は断然逃げるぜ!


「あかんあかん。事ここに至った今、一人で行動するのは危険や」


悲報、どうやら本当に引き返せない模様。


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