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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
四章 深愛なるあなたへ、正念場の黒一点アイドル
166/343

突きつけられる実力差

あけましておめでとうございます!

本年もよろしくお願いします。



続刊のためにも、書籍版も何卒よろしくお願いします(ボソッ

オーディションは、エンターテイメントテレビ局から車で三十分離れたスタジオで行われる。


移動の車内で、俺たちは寸田川先生から提供された資料に目を通していた。


「オーディションのドラマやけど、ジャンルはラブストーリーやな」


「ラブストーリー……寸田川先生の脚本ですよね。大丈夫なんですか? その、放送倫理的に」


「せやなぁ」

助手席の真矢さんがパラパラと台本の束をめくっていく。


「……いろいろ際どいシーンはあるけど、さすがや」

読み終えた真矢さんの声からは認めたくないが、認めざるを得ない悔しさがにじんでいた。


「なんちゅうか、うちらのツボをごっつ押す内容やねん。こらヒットするで」


「ほへっ! 際どいってどれくらいなんですか! 放送コードの先へ逝っちゃっている系ですか!?」


音無さんの目の色が変わった。


「そこまではな……一応、ゴールデンタイムの全国放送やし」


「なんだぁ。成年指定ソムリエのあたしとしては、もっと頑張ってもらわないと困ります」

音無さんが言わなくてもいいカミングアウトしながらガッカリする。


「せやけど、ここまで練られた幼なじみ物は見たことない」


「幼なじみ物!?」


今日の音無さんはアップダウンが激しい。再び食い気を帯びて、後部座席からガシッと助手席の背もたれを掴む。


そう言えば、音無さんは『幼なじみ物』に目がなかったな。前に音声ドラマをやった時も、熱烈に幼なじみをしていたし。


「ストーリーはこんな感じや」


真矢さんがドラマのあらましを教えてくれた。


主人公は一般家庭出身で、特筆すべき事のない平凡な少女『花』。しかし、彼女の隣の家には、なんと同じ歳の男子『太郎』が住んでいた。

花と太郎は小さい頃から遊ぶ時も、食事をする時も、お昼寝する時も、いつも一緒で絆を深めていく――


やはりドラマだ。ストーリーに夢が盛り込まれている。


不知火群島国の一般家庭の女子は、たとえご近所に男子が住んでいたとしても接触の機会はまったくない、と聞いたことがある。

男子の親がどこの馬の骨とも分からない女子の接近を許すわけがないのだ。


が、ドラマに必要なのは世知辛い現実ではなく夢と希望なわけだから、これで良いのだろう。


「ありがちな設定」


「いやいや静流ちゃん。これこそ王道なんだよ!」


「あの変態女が凡百な話で終わらせるわけない。ここから捻りが入っとるんや。仲の良かった二人やけど、やがて太郎は親の都合で引っ越してしまうねん。そして――」


真矢さんがストーリーの続きを喋り出した……と。

車が減速を始め、スタジオらしき大きな建物の前で止まった。


「話はここまでやな。みんな、行くで」

真矢さんの号令で、俺の両端に座っていた音無さんと椿さんや、随行する黒服さんたちが動き出す。先に車外へ出て、周囲の安全を確かめている。


「状況オーケー。三池氏、素早く移動を」

「了解です」


俺は帽子を目深まぶかに被って顔を隠すと、路上に降り立った。


「うっ」


一瞬にして、視線の矢が降り注いでくる。

中御門のセンター街から外れた場所だが、それでも行き交う人と車の波はある。


「見て見てあそこ、久しぶりの男っ!?」

「顔は見えないけど、あのプロポーションにオーラ。特上物ね!」

「あれ? 待って、もしかしてあの人って……っ!」


「三池さん、早くこっちに」

音無さんを始め南無瀬組に囲まれながら、俺はスタジオのドアをくぐった。

以降、関係者以外が通れないように黒服さんが二名、スタジオ入口に陣取り、門番と化す。


この辺りの連携や役割分担は、中御門に行く前に何度も打ち合わせして練習したので慣れたものだ。


「やっやっ、物々しいね。世界に一人の男性アイドルともなると、なにをするにも大仰になるわけか」

先にスタジオ入りしていた寸田川先生が、ロビーにて俺たちを歓迎した。


「先生、今日は勉強させていただきます」


「そんなに固くならなくて大丈夫さ。タクマ君がオーディションに出るわけじゃないんだからね――今は」


寸田川先生が、おどけた調子で言う。

でも、こちらからすれば、今後ライバルになる役者たちが集うオーディションだ。敵を見据えるべく気合と緊張で身体が強ばるのは仕方ない。


寸田川先生の先導の下、俺たちはオーディション会場へと進んだ。


その道中で。


「先生、ご無沙汰しております」

一人の女性が、先頭を行く寸田川先生を呼び止めた。


「おっ、ジュンヌ君。きみもオーディションに出るんだったよね。調子はどうだい、ってジュンヌ君には愚問かな?」


「コンディションは万全です。先生の素晴らしい脚本を体現すべく全身全霊で臨みます」


あれは、兵庫ひょうごジュンヌ。

俺と同じくらいの年齢ながらテレビで観ない日はないほど、男役で引っ張りだこの女優だ。


テレビ越しでも感じたのだけど、実際会ってみると余計に響いてくる、彼女の類まれなる色気が。

普通の女性が持つ色気ではなく、どちらかと言えば男性的な魅力。されど、男性が持ち合わせない妖しくも淫美なフェロモンを醸し出している。


しっかりワックスで固めたボーイッシュなショートカット。

キリッとした目元に、スッと通った鼻梁。

まつげは異様なほど長く、全体的に彫りの深い顔立ちである。

女性らしいレッスン服を纏っているが、その肢体は伸びやかで、綺麗や可愛いより格好良く映る。


男性にしてはあまりに作られ過ぎている。しかし、虚構の男性としてならば、彼女ほど最適な見た目はないだろう。


「そちらは……」

ジュンヌさんが、黒服集団の南無瀬組の方を見る。「もしかして、男性アイドルのタクマ君ですか?」


ジュンヌさんの目に好奇の色が浮かぶ。だが、それだけじゃない。どこぞのファザコンほどではないが、敵意らしき色もある。


俺は、その視線に負けないよう毅然とした表情で、帽子を脱いだ。


「はじめまして、兵庫ジュンヌさん。タクマです。今日はオーディションの見学に参りました。どうぞよろしくお願いします」


「ご丁寧に。見学ですか……と、いうことはいよいよ中御門に進出を?」


「ええ、これからバリバリ活動する予定です」


「やる気は十分というわけですね……そうですか」ジュンヌさんの視線が厳しくなる。


これまで不知火群島国に男性の役者はいなかった。だからこそ、男役をする女優に需要があった。

だが、俺は正真正銘の男だ。ジュンヌさんは、俺を自分の地位を揺るがす敵と認識しているのかもしれない。


「本物の男性に見学されるのは面映おもはゆいですね。ですが、有意義なひと時となるでしょう。タクマ君、自分としてもあなたから多くのものを学びたく思います。よろしく」

ジュンヌさんが白い歯をキラリと輝かせて笑う。


ぐっ、何と言うエレガントさだろうか。気品、優雅、優美、それらを持ち合わせながらキザな感じが欠片もない。

兵庫ジュンヌ……男役のトップスターなだけはある。


「では、自分はこれで。先生、タクマ君、みなさん。失礼します」

ジュンヌさんが踵を返す。そのターンのキレキレっぷりと、凛とした去り姿に、俺は彼女が遠い存在のように思えてしまった。


「タクマ君の登場に、ジュンヌ君の中で火がいたようだね。これはオーディションが楽しみだ」

寸田川先生がニマニマとする。


「あれが、大スターのジュンヌはんか。なんや、テレビで観るのと印象がちゃうやん」

「素と違うからこそ役者」

「ギャップがあり過ぎて、最初本人と思えなかったね。役者って凄いんだ」


南無瀬組の人々のコメントを聞きながら、俺は一層気を引き締めて、オーディション会場へと向かった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





会場はレッスンルームに椅子と机を運び込んでセッティングされていた。

ドラマの監督やプロデューサーらしき大物感のある中年女性たちが、備えられた椅子に腰をかけている。あそこが審査員席か。

彼女らの前には十分な空間が広がっており、そこでオーディション参加者が演技をすることがうかがえた。


「ああ、やっと来ましたか。お待ちしておりましたよ、寸田川先生……って、おや? その男性は!?」


中年女性たちが俺へと即座に関心を寄せる。


「察しの通り、タクマ君だよ。男役の演技に興味があるようでね、同席させたいんだ。みんな、いいかな?」


俺は、ドラマ制作の中心人物たちに「はじめましてタクマです。急な申し出ですみませんが、よろしくお願いします」と誠意をもって挨拶をした。


「タクマさんが……おっふ、もちろん大歓迎ですよ! さあさあ、私の隣へ」

「ちょ監督! そんな狭い所にタクマさんを押し込むだなんてイケません。それより私の傍にご着席を」

「あ゛っ? お前、私に意見するなんて随分偉くなったもんだな」

「あ゛っ? いつまでも自分の時代と思ってんのか? 世の中は日々、下克上やぞ」


早速、審査員席が殺伐としているが、ともかく俺がこの場にいる事は容認された。


「新参者で部外者の俺は端っこが似合いですから」と激戦区を避けるようにして、審査員席の隅に着座する。

音無さんと椿さんは俺の後ろに立ち、真矢さんや黒服さんたちは会場の壁際に佇む。


そうして、時が少し進み。


「では、審査員の皆様。これより最終オーディションを始めます」と司会が宣言する。


書類審査の一次、自己紹介と軽い即興劇エチュード審査の二次、その関門を突破した数名が、この最終オーディションに辿り着いているらしい。

つまり、これから俺の目の前で演技する者は、全員優秀ということだ。


「一人目。兵庫ジュンヌさん、どうぞ」


「はいっ!」


いきなりジュンヌさんか。

司会に呼ばれた彼女が、入室して審査員席の前に立つ。

審査員たちの値踏みする目に晒されながらも、ジュンヌさんは物怖じ一つしていない。貫禄がある。


「これより、ドラマの一シーンを演じてもらいます、緊張せず、持てる力を存分に発揮してください」


最終オーディションでは、ドラマの重要な場面――

数年間、離れていた幼なじみの太郎が主人公の花と再会するシーンを実演する。

偶然、街角で巡り合う二人。久しぶりの再会に太郎は喜びを露わにする。感動的なシーンだが、演技力に大きく左右するシーンでもある。役者の腕の見せ所だ。


審査員側が用意した主人公役のスタッフから、ジュンヌさんは三メートルほど距離を取った。

そして――「っ!」


司会が開始を告げる前の刹那、ジュンヌさんは瞳だけを俺の方へ動かした。


『実力の差を見せてあげるよ』

そんな挑発的な目……だのに、保有するエレガントのためか、嫌味はない。


くっ……ああ、じっくり見て測らせてもらうよ、兵庫ジュンヌ。あんたと俺を隔てる壁の高さを。



全員が沈黙して、ジュンヌさんを注目すること五秒程度。


重々しい会場に、

「始めてください」司会の言葉が響いた。


合図によって気高き男装の麗人・ジュンヌさんは――








「あ~~!! 花タンだぁ~~」


萌えキャラに一変した。


トテトテと転びそうになりながら、主役のスタッフに近寄って抱き着く。


「ずっとずっと、会いたかったんだからね~」

相手の頬に自分の頬を擦り合わせて、糖分多めの甘ったるい声を出す。

キリっとしていた表情の痕跡は絶無で、フニャフニャだ。精神年齢が十歳は下がっている。


「おい、さっきまでのエレガントどこ行った?」とツッコミたいこと山の如しだが、これが男役トップの実力者・兵庫ジュンヌの真骨頂だ。


「もぎゃ」

と、背後の音無さんが声を殺しきれず噴き出すように、彼女の演技は不知火群島国の女性のツボをダイレクトアタックする。


なにしろここは、男性に飢えた女性たちが住む国。日本とは理想とする男性像がまるで異なる。

不知火群島国で支持される男性は、女性を恐れず、愛らしい仕草で、庇護欲を掻き立てる存在だ。

そんな奴いねーよ、と言うほど女性にサービス精神たっぷりの男性キャラが、大きな人気を呼ぶのである。


「わっふ~ん」「きゅるる~ん」

狂った擬音を口にしながらジュンヌさんは、幼なじみとの再会に歓喜している。


需要があるとは言え、果たして俺にあんな演技が出来るのだろうか。

まざまざと見せつけられる彼女との実力差。その壁の高さを感じながら――「この壁、乗り越えたくねぇな」と俺は思うのであった。


活動報告に、昨年末に行った人気投票の結果を発表しています。

ぜひ、ご覧ください。


アドレスはこちらです。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/36596/blogkey/1923956/

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