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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
3.5章 せいなる夜の黒一点アイドル
153/343

さらば、いやらしのダンゴ (完結編)

桃源郷とか理想郷とか、楽園を語る言葉は色々あるけど、この快楽の溜まり場を言い表すには弱い。


あたしが居るのは、そんな所だ。

ちょっとでも気を緩めると、意識を残さず下半身に持って行かれる。


負けない!

最終試験を突破すれば、監察官お墨付きのダンゴになれる。そうなれば安泰! 安心して三池さんの傍にいられる。


監察官の存在は早々に気付いていたから、最終試験をやり過ごす方法があったと思う。

でも、あたしと静流ちゃんは楽な道を選ばなかった。監査を利用して三池さんの匂いを楽しむ道を選んだ。

当然だよね、誰だってそーする。あたしもそーする。


一分が経って、自動的にボックスのドアが開いた。

残念、もう少しここにいたかったのだけど。


あたしはボロ雑巾のような理性を振り絞って、外に出た。

離れた所で三池さんが不安そうにあたしを見ている。


そんな顔をしないでください。平均台なんてすぐにクリアして戻ってきますから。

あなたの凛子が! あなたの隣に!


横のボックスから静流ちゃんが這い出てきた。過呼吸になっているけど、その瞳には僅かな理性が輝き、自分を保っている。

そうこなくっちゃね、相棒。


「過去なんて忘れて、椿静流で生きればいいじゃない。で、良かったら一緒にダンゴになろう!」って、静流ちゃんを訓練校に誘ったのはあたしだもん。一緒に監査を合格しなきゃ嫌だよ。


ふらつく足も、定まらない視界もなんのその。

あたしと静流ちゃんは、己の矜持きょうじと欲望を燃料に平均台を渡った。


途中何度も落下の危機に瀕し、やっとの思いで終点へ到達すると。


「やりましたね、音無さん! ついでに椿さん」

感動しているのか鼻声の三池さんが、あたしの方へ走り寄ってきて、

「俺、信じていましたよ!」と全力で抱きしめてくる。


その温かみを骨の髄まで感じながら、あたしは抱きしめ返した。


「三池さんが応援してくれているんです。無様なところは見せられません」

「音無さん」

「あ、すみません。抱きついたままで……あたし、ダンゴなのにまるで夫婦みたいなことを」

「構わないです! むしろ見せつけてやりましょう! みんなに俺たちの熱々ぶりを!」

「やだっ、三池さんったら情熱的!」


「おめでとう。やっぱり凛子ちゃんと三池氏はお似合いのカップル」

あたしたちから一歩引いた位置で、静流ちゃんが拍手を送ってくれる。

その他にも――


「おめでとう」組員さんたち。

「おめっとさん」真矢さん。

「めでたいな」監察官さん。

「「おめでとう」」妙子さんに陽之介さん。


全員があたしたちを囲んで祝福する。


「ありがとう、みんな! あたし、幸せになります!」


不遇だった我が半生。それを帳消しにする幸福の中、あたしと三池さんは顔を寄せ、笑い合うのだった……




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



「えへ……へげ……こ、この流れなら……いける。ベッドまで……ごー……」


音無さんが、他人様ひとさまには見せられない顔でニヤついている。

さらにその横では。


「……ごめん、凛子ちゃん……これ、二人用……へやのそとで、まってて……ことが終わるまで……むにゅふふ」


同じく奇怪な笑い方をする椿さん。


二人は、冬風が荒ぶ空き地に転がされている――簀巻すまきにされて。


自業自得としか言い様がない。

逝き揚々とタク臭ボックスに入った彼女たちだったが、外に出てきた時には、人間の殻を破ってケモノに成り果てていた。


平均台には目もくれず、飼い主の所へまっしぐらに駆け寄るケモノ二匹。

人類を超越した不可解な敏捷さを前に捕縛は難航したが、最終的には南無瀬組のチームワークが勝り、害獣はお縄についたわけである。


発情に関しては一流とかホザいていたのは何だったのか……


このまま保健所に連れて行った方がいいのでは、と南無瀬組の間で議論が交わされていると。


「いい加減に起きなさい」

池上さんがバケツに水を汲んできて、それをダンゴたちにぶっかけた。


「びゃあ!?」

「ひぃんひん」


水も滴る良い女となった音無さんと椿さん。

湿った服の上から二人の下着やら身体のラインがうっすらと見えてしまい俺はドキッと――したかったが、それより真冬の屋外でびしょ濡れになった姿が痛ましく思えて、ろくに興奮も出来ない。


「お目覚めですか。自分たちが男性身辺護衛官として、如何に恥ずべき行為をしたのか覚えていますか?」


池上さんがオカンムリだ。

護衛対象を守るはずのダンゴが我を忘れて対象を襲おうとした。激怒するのも無理からぬことだろう。


音無さんと椿さんが顔を青くしている。

よっぽど水が冷たかったのか、それとも現在の状況を把握したのか。


「音無はんと椿はんを、どうする気なん?」

「男性身辺護衛官の資格を剥奪して、警察に突き出します。これほどの無法を見逃すことは出来ません」


真矢さんの質問に、憤然とする池上さん。


まずいことになった。

そりゃあ、多少のペナルティ(・・・・・・・・)は仕方ないとしても、俺の体臭のせいで音無さんと椿さんがムショ送りになるなんて最悪の展開だ。一生物の後悔になりかねない。


二人の方を見ると、お決まりの戯れ言をぬかす余裕もないのか唇を震わせ、顔面蒼白になっていた。


どうすれば助けられる?

池上さんの怒りは相当なものだ。

梃子てこでも動かないぞ、という気迫の彼女を揺さぶるくらいのカードが俺にあるのか……


自分のポケットに手を突っ込んでみる。

役立つ物があればと儚い希望に縋った行為で、期待はしていなかったのだが――


「……あっ」

希望は胸ポケットに入っていた。


強力なカードだ、池上さんを説得できる可能性は十分にあるだろう。

しかし、強力過ぎる。こいつを使えば、間違いなく場は荒れる。俺は仕切れるだろうか。


「男性身辺護衛局と警察に連絡をしますので、少し席を外します」


「その必要はありません!」

ヘタレている時間はない。ダンゴたちの危機だ。切り札を切ってやる。


「タクマさん……何か?」一般人然とした池上さんだが、監察官だけあって視線は鋭利だ。


「音無さんと椿さんを連れて行くのは止めてください。二人は俺にとって……た、大切な人なんです」

ん、これって告白も同然じゃね?


「三池さん」「三池氏」

冷えきっていた二人が、熱っぽくねちっこく俺を見つめてくる。


「音無、椿、両名とタクマさんの仲が良好なのは確認しています。ですが、甘い態度を取れば取るほど、この者たちはあなたとただならぬ関係を結ぼうと画策するでしょう。危険の芽は早めに摘むべきですよ」


「それが余計なことだって言っているんですよ、これを見てください!」

俺は胸ポケットから切り札を二枚取り出して、池上さんに突きつけた。


「な、なんと……っ!?」

池上さんが息を呑んで、『写真』を凝視する。

音無さんと椿さんが「使ってください」と無理矢理押しつけていた、あの『水着写真』を。


音無さんは大きな胸を強調するポーズを、椿さんはスレンダーな脚を前面に押し出して、俺の劣情を稼ぐ。日本のグラビア雑誌に載るクオリティに、ちょっとジョニーがムクムクしてしまって敗北感である。


「なぜタクマさんが、両名の写真を?」

「それは――」

ああ、言いたくねぇ。でも、取り出してしまったからには後に引けねぇ。けど、言いたくねぇ。

俺は半分投げやり気味に言った。


「俺が、音無さんと椿さんを、毎日オカズにしているからですよ! 性的な意味で!」


その時、世界が止まった。

池上さんも、真矢さんも、ダンゴたちも、組員さんも、みんなが固まったのである。


十秒は経っただろうか。


「えぅ、いつのまに……わたし、知らない……」

真矢さんがエセ関西弁から素に戻ってショックを受けている。他の組員さんも同じような反応だ。

事前に根回し出来なかったのが悔やまれる。後で、しっかり説明せねば。


「意味が分かりません。音無と椿は危険人物なのですよ、彼女たちをネタにするなんて」

「俺は性欲旺盛なんです! 音無さんと椿さんは俺の好みにドストレートで、ムラムラするんです! それで色っぽい写真を撮らせてもらって、夜な夜な使っていました。本当はもっと先まで進みたいんですけど、俺が特定の女性と突き合っているとファンの耳に入れば、大変なことになります。だから写真で手を打ち、自己鍛錬に励んでいるわけです」


……いっそ消えてしまいたいと思う。

嘘とは言え、自分の性事情を大勢の前で暴露する。俺の精神的なダメージは計り知れない。


「わたしは、のけもの……やっぱり、拓馬君にとって、わたしはオバサンなんだ……」

あかん、視界の端で俺以上に精神を病んだ真矢さんがいる。暗いよ、闇堕ちしかけているよ。


「三池さんったら、あたしをエッチな目で見ていたんですね。いやん、言ってくれれば、何回戦でもするのに」

「三池氏は私の脚に興味があると! 超有力情報、任せて欲しい。私は長所を伸ばすタイプ」

簀巻きにされているダンゴたちが、不自由ながらも身体をモジモジさせている。


くそっ、このダンゴ共! あなたたちを助けるための芝居だよ、気付けよ! こんな時だけ察しが悪くなってんじゃねえぞ!


「ともかく、二人については大目に見てくれませんか? 彼女たちのセクハラは不快ではありませんし、いなくなると俺の下半身事情が困窮します」

「う、ううむ……」

池上さんの長い監査経験から言っても、このケースは初めてなのだろう。どうしたものかと、たっぷり迷った後で彼女は言った。


「監察官は、護衛官と護衛対象の間の特殊な関係には極力口を挟まないことにしています。両名とタクマさんが納得して結んだ関係ならば、私がしゃしゃり出ることはありません」

「でしたら」

「ええ、監査は合格としましょう」


池上さんの言葉が出るや否や。


「やったーーっ!」

「勝った、監査編、完」

「三池さん、弁護ありがとうございます! もちろんお礼はしますよ、三池さん好みのこの身体で!」

「今夜は布団の上でフェスティバル」


地面を転がるダンゴたちがうるさい。


「合格を出したのは私ですが、本当によろしいのですか?」

池上さんが不服そうに尋ねてくる。


「まあ思うことはありますけど、さすがに逮捕や解雇は……」

「ならば、訓練校に監禁して地獄の再研修一週間コースはいかがでしょう? どんな狂犬も従順になると評判のコースですよ」

「え……じゃ、それで」


「ほへっ?」

「なぬっ?」

「あっ」


上から音無さん、椿さん、俺の上げた声である。

どうも俺は自覚している以上にストレスが溜まっていたらしい。

「じゃ、それで」などと反射的に、俺中毒のダンゴたちへ俺から一週間離れろ、と死刑判決を下してしまった。


「今のはその、場の流れでつい……」

「賢明なご判断ですね。男性身辺護衛局が責任をもって、彼女らを真人間に更生します」

「は、はぁ」

真人間になるなら、それに越したことはないか。


「私も指導員として随行しましょう、久しぶりに腕が鳴ります。『せいなる夜』までに仕上げてみせますよ」

池上さんが今日一番の笑みを浮かべた。彼女も相当ストレスが溜まっていたと見える。


ところで、最近耳にするのだが『せいなる夜』ってなんだろ?


やがて、応援として到着した男性身辺護衛局の職員たちによって、音無さんと椿さんは簀巻きのまま運ばれて行った。


「い、いやああああ!! ごめんなさいごめんなさい! 調子に乗ってすいませんでした! 反省します、モロしています!」

「ご再考を、お慈悲を」


天高く澄む冬空に、ダンゴたちの慟哭が響いた。


さらば、いやらしのダンゴよ。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



翌日。


音無さん、椿さん。

君たちが拉致されて、部屋がガランとしちゃったよ。

でも、すぐになれると思う。だから、心配しないでね。


――とか、思いながら部屋で伸び伸びしていると。


「た、拓馬はん、邪魔するで」

赤面した真矢さんが訪ねてきた。後ろ手に何かを隠してソワソワしている。


「どうかしました?」

「こ、これ! うちと思って使って。ほ、ほんなら!」

渡す物だけ渡して、真矢さんは逃げるように去って行く。


彼女に押し付けられたのは、『写真』である。


見慣れたレディスーツではなく、艶やかな紅色の着物姿の真矢さんが足を崩して壁にもたれるように座っている。

着物のあちこちがはだけて、胸元や太ももが見えているのがとても色っぽい。

表情が固いのは撮影に緊張したからだろう、そんなところもあざといぜ。


昨日、男性身辺護衛局の職員らが帰って――俺は組員さんたちに、事の次第をきちんと説明した。

あの写真は、買い物に出かけるダンゴたちから無理矢理渡された物。当然、オカズとしては使っていない。


組員さんたちはホッとした表情になり、誤解は解けた――かに思えた。

だが、今日になって。


「またか」


俺は真矢さんからもらった写真を、丁寧な手つきでテーブルに置いた。テーブルの上には、他にも多数の写真が載っている。

全部、組員さんたちのセクシーショットだ。


みんな今朝から「使ってください」とプレゼントしてくるのだが、どうしろと?


「だが、雑に扱うのは非道。出来ぬ」

俺はシリアスに独り言を出して、自室に誰の目もないことを確認し、一枚一枚丹念に観察するのであった。

書籍版の作業が大詰めになってまいりました。

ああ、発売日が近づくにつれて、胃が痛い。

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[良い点] 年頃の男子だからね。仕方ないね
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