【メイド、手玉に取る】
『あなたが頼ってくるなんて珍しい。あなたほどの人なら、こちらの助けなど必要ないと思っていたよ』
「短時間で成果を出すために頭数を増やす、それだけの事でございます」
『相変わらずだな。じゃあ、せいぜいこき使ってくれ……で、どんな情報を購入する?』
「東山院市男女交流センターの籠城事件について、特に仲人組織の動きについて教えてくださいませ」
『仲人組織は現在、慎重派と強行派に分かれている。慎重派は粘り強く男子を説得しようとしているが、強行派の意見に押されがちだな。組織トップの東山院杏が強行派というのも大きいようだ』
「強行派の解決案はどのようなものですか?」
『それが面白いんだ。男女対抗戦の『鬼ごっこ』、あの化石のような手をやろうって話が出ている』
「男女対抗戦……全容が見えてきました。大方、男子の決起は強行派がそうなるよう誘導したのですね。そして、男女対抗戦を以て男子の身柄を後腐れなく女子に渡すと」
『さすがの分析力だな。こちらもそう考えている』
「東山院市男女交流センターは男性が暮らすことを前提にした施設でございますね……でしたら、非常用の逃亡ルートが作られているのではないですか?」
『その情報はまだ売れないな、調べが完了していない。言い訳になるが逃亡ルートは超極秘事項、仲人組織のお偉方を突っついているものの、なかなか口を割る者が出ない』
「承知しました。仲人組織の方はそちらに一任します。私は別を当たってみましょう」
『別を?』
「ええ、ですからもう一つ、情報を売っていただけませんか?」
私は携帯を耳から離し、メイド服のポケットに仕舞いました。
今回の騒動は、多くの人物の思惑が交差しているご様子。複雑ではありますが、私と紅華様が介入する余地は残されています。
問題なのは、どうすれば紅華様の負担なくスマートに介入出来るか…………ではなく、どうすれば紅華様が面白おかしく介入出来るか、でございます。
メイドたる者、どんな時でも主人を(矢面に)立てるものです。
「お待たせしました、紅華様」
用意したレンタカーの運転席を開け、すでに助手席に座っている紅華様に話しかけます。
「長い電話だったわね、誰?」
「古い知り合いでございます。情報通な方ですので、今回の籠城事件について色々尋ねました」
「そうなんだ、良い話は聞けた?」
「ええ、それはもう。これから教えていただいた場所に向かいます」
そう言って、私はエンジンをかけ、レンタカーを発進させました。
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「ねえ、交流センターとは全然違う方向だけど、どこに行くつもりなの?」
「東山院建設の元重役様のお宅でございます」
「なんでそんな所に?」
不思議がる紅華様に、安全運転のため視線を前方に固定したままお答えします。
「東山院建設は東山院領で最も規模の大きい建築会社です。東山院市男女交流センターは東山院建設が一手に引き受けて建てられました」
「あっ、つまり建築会社の人なら交流センターに侵入する方法を知っているってこと?」
「素晴らしい慧眼でございます。これから会う方は交流センター建設の際に指揮を取っていました。さらに定年退職をしており、現社員よりも口が軽くなっていると思われます。交流センターの秘密の抜け道を語る人物としては打ってつけでございましょう」
「抜け道……あるんだ。でも、そんな重要な情報をあたし達に教えてくれるの?」
「そこは交渉次第でございますよ」
祈里様や紅華様の醜態を観察するより愉悦度は下がりますが、嫌がる人の口を割るのもなかなか乙なものでございます。
元重役様……割りがいのある口ですと、よろしいのですが。
元重役様のお宅は、田畑の中にポツンと建つ木造平屋でございました。木の香りに包まれるような外観は、セカンドライフを悠々と過ごすシニアの方に向いていると思われます。建築会社に勤められていただけはあって、拘りを感じさせる造りです。
車通りが疎らな道にレンタカーを路駐させ、門前の呼び鈴を鳴らします。
「いきなり訪ねて取り合ってくれるかな?」
「ご心配なく。先ほど電話でアポイントメントを取りました。極上のお土産を持参しましたし、先方は否が応にも出迎えるしかありません」
「お土産?」
紅華様が疑問を呈したところで、門が開き初老のご婦人が現れました。
お顔の皺が、私たちを見ることで深まっていきます。
「す、スゴく歓迎されていないみたいだけど……」
小声で囁く紅華様より一歩先に出て、一礼します。
「はじめまして。先ほどお電話しましたように、私たちは……」
「はん、あんたらの身元なんて興味ないよ」
私たちが何者なのか知りたくない……と。大企業の幹部だっただけはありますね。危険と付き合う時の距離間を心得ているようです。
「用があるんだろ、さっさと中に入んな。こんな所を誰かに見られたら面倒だ」
家主様に案内されて、私たちは上質な畳が敷かれた居間へ通されました。お茶や茶菓子がテーブルに並べられないことに、家主様のツンっぷりが伝わってきます。
「私たちを招いたということは、電話の件を了承した――と考えてよろしいでしょうか?」
「さてね、ババアの暇つぶしに付き合わされるだけかもしれないよ」
家主様は腹芸でのやりとりがご所望なのでしょうか。私は構いませんが、血気盛んな紅華様は堪えられそうにありません。
「困ります! 交流センターにあたしの大事な人が捕らわれているかもしれないんです! すぐにでも助けに行かなきゃ。お願いします! 交流センターに入る方法を教えてくださいっ!」
帽子を取り、深々と頭を下げる紅華様。
一般の方々の胸にはグッと来る真摯な姿勢ですが――
「交流センターに入る方法? そんなもん、正門か周囲の壁をよじ登るしかないだろ」
ひねくれた性格の持ち主には響かないようです。私としても「そういうの良いから」と言いたくなります、真摯な言葉ほど聞いていて退屈なものはありませんから。
意地汚く、飾り付ける余裕もなく、もがき苦しむ中で吐き出す言葉こそ代え難い輝きを放つ……私の持論でございます。紅華様には是非そんな言葉を紡ぐ人生を送って欲しいものです。
「ここは私にお任せください」
まだ何か言おうとする紅華様を抑え、私はテーブルの上にお土産を置きました。
「電話で申した通り、交流センターの情報を教えていただいた場合、こちらの品をお渡したいと考えております」
「これが、電話で言っていた『極上の非売品グッズ』なのかい?」
家主様が怪しんだ目で、テーブルの音楽プレイヤーを凝視します。
「百見は一聞にしかず。どうぞお聴きください」
「う、うむ……」
プレイヤーに繋いだイヤホンを手に取り、それをご自分の耳に付ける家主様。訝しがる表情は、私が再生ボタンを押すことで激変しました。
「ぬぅっ!?」
一瞬でお顔が赤くなり、唇が震えていらっしゃいます。私基準でなかなかポイントの高い反応です。うぷぷぷ。
「…………」
家主様は紅華様や私が居ることを忘れ、意識を聴力に全振りしておられます……が。
「ここまで、でございます」
至福の時間を多く与えるつもりはありません。私は音楽プレイヤーの停止ボタンを押しました。
「ちょ、ちょっとお待ち! もっと聞かせておくれよ! 寸止めなんて酷いじゃないか!」
人を喰ったような老獪な人物はもういません。私たちの前にいるのは、麻薬に犯された中毒者……残念です、もう少し毅然と粘っていただけると面白かったのですが。
「さらなるご聴取を希望するのでしたら、何をするべきか……お分かりでございますよね?」
私はニッコリと微笑みました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ねえ、さっき何を聴かせたの?」
首尾良く交流センターの極秘情報を入手した帰りの車中で、紅華様が尋ねてきました。
「タクマさんのお声です」
「げ、タクマの」
心底嫌そうな顔をする紅華様。タクマさんの名前を聞いて、お顔を歪ませるのは不知火群島国広しと言えども紅華様くらいでしょう。
「あのご婦人に接触した理由は、彼女が交流センター建設のリーダーだったこと、すでに定年退職して現社員より口が軽いこと――そう先ほど申しましたが、もう一つ理由があったのです」
「なによそれ?」
「あのお方が独身だということです。この国の独身者の大半はタクマさんのファン。故にお土産に執着するだろうと読んだ次第でございます」
ちなみに、音楽プレイヤーに入っていたのは私メイキングのタクマさんの喘ぎ声です。
咲奈様とのレッスンをこっそり録音して、タクマさんがレッスンの合間に息を整える箇所を編集して、ハァハァと喘いでいる風にしました。
毎朝毎夜にタクマさんの喘ぎ声を聴くことで、私の生活は彩りを増しております。健康と美容にも良さそうです。
「さっきの人って結構な歳だったよね、ああいう人もタクマのファンなわけ?」
「タクマさんは全年代にファンを持っています。彼の声を聴けば、枯れ木も満開の花を咲かせるでしょう」
あの家主様がどんなに熱心なファンだろうと、プライベートのタクマさんの声を聴いたことはないでしょう。『極上の非売品グッズ』という宣伝文句に嘘偽りはございません。
音楽プレイヤーを聴いてからの手のひらの返しっぷりは見事でございました。
「分っかんない。みんなタクマタクマって、あいつのどこが良いんだか」
「いずれは紅華様もご理解するかと」
「はっ、ないわよ。ないない。あたしにはお父さんがいるんだから。お父さんの素晴らしさに比べれば、タクマなんてその辺の石ころも同然よ」
「そう……でございますか」
ああ、口元がニヤケそうです。
紅華様のお言葉が全てフラグに聞こえて仕方ありません。
もし、紅華様の言うお父さんがタクマさんと同一人物だったとしたら……もし、その事実を紅華様が知ってしまったら……紅華様のリアクションはどんなものになるのでしょうか。
私、気になります。




