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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
三章 黒一点偶像と少年少女のお見合い性愛闘争
132/343

ミスター先生の後悔授業

史上最大規模の公開授業が始まった。


この場で愛を説き、最終的に「イイハナシダナー」という雰囲気を作って、世界に男性の夢や自由を認めさせる――凄くふわっふわっした目標だがやるしかない。


大丈夫だ、教壇に立つ決意をした時点で授業の道筋はそれなりに考えてある。


「では早速、皆さんがどれほど『愛』を身につけているか、先生が問題を出しましょう」


「問題?」

唐突な話に男子も女子も小首を傾げる。


こちとら哲学者じゃないので「愛とはなんぞや?」という難題に真正面から向き合うつもりはない。

俺なりのやり方で愛にアプローチしてやる。


「今から一つのシチュエーションを提示し、その中で問題を出します……実際やった方が早いですね」


即興授業にしては、良い滑り出しだ。

どうやらミスターに扮しているのがプラスに働いているらしい。ミスターという役を演じているおかげで、慣れ親しんだ舞台稽古の感覚でいられる。

素のタクマではこう上手くはいかないだろう


俺はセミナー室を見渡し、一人一人に目を合わせてからシチュエーションを語り出した。


「今日は穏やかな休日です。暑くもなく寒くもない気候、空は青々しく晴れ、絶好のお出かけ日和ですね。皆さんはこの日、隣の異性と初デートすることになっています」


デート!?


セミナー室がざわめく。

男女の交際が少ないこの世界において、デートは女性にとっては憧れであり、男性にとっては畏怖すべきものと認識されている。


「時間帯は……そうですね、午後一時としましょう。皆さんは隣の異性と駅で待ち合わせをしています」


俺がそこまで状況を説明したところで、


「ミスター先生!」

最前列のメアリさんが挙手した。俺を先生呼びとは、この少女……実はノリノリなのか?


「何ですかな?」


メアリさんはメガネをクイッと一度上げて言った。

「男性と外で待ち合わせなんてありえないです! 集合場所に行く途中に誘拐される恐れがあります。淑女たる者、相手の家まで迎えに行くのが当然です」


「これは失礼。確かにそうですね、では、午後一時……女子の方が男子の家まで迎えに来ました」


いけねぇ、不知火群島国の常識に沿って喋らないとダメ出しを受けちまうな。もっと考えて授業をしよう。


「護衛としてダンゴが二名、配備されています。安全は確保されているものと思ってください。ちなみに皆さんは昼食を済ませています」


話しながら自分の描くストーリーに不自然がないか頭を回転させる。


初デート。

男子と女子はたどたどしいながらも、ショッピングをしたり軽くお茶をするなどして同じ時を過ごす。もちろん男性用のバリアフリーが完備された店でだ。


そして、夕方になり――


「ここで状況をもう一度確認しましょう。これは初デートです。さらに皆さんはまだ結婚しておらず婚前交渉中、という設定です。これを忘れないでください……さて、長くなりましたが、ここからが問題」


俺は教卓に両手を突いて、全員をマジマジと見つめた。


「夕方六時、夕暮れ時です。今日はよく歩きましたね、お腹もすいてきました……そこで、今からどこへ行くか、次の三択から選んでください」


俺は三つの場所を口にして、

「覚えましたか? それでは今から自分ならどこへ向かうのか手を挙げて答えてください。言っておきますが、周りに流されずにきちんと自分の意志で決めてくださいね」


「はい」と女子は真面目に、男子は弱々しく答える。


「①、有名レストラン。もちろん男性が利用出来るよう作られた所です」


そう提示するが、誰も手を挙げなかった。

うーむ、少しは①を選択する人がいるかと思ったんだがな。


「②、男性の家です。つまりは今日のデートは終わりということですね」


トム君たち男子が全員手を挙げた。見事なまでの意思統一である。対して、女子は誰一人身動きしなかった。

こうなるか……と内心嘆息しながら俺は最後の選択肢を出した。


「③、高級ホテルのレストランコーナー」


言うまでもないが女子は満場一致でここだった。

ちょっと君たち、あからさま過ぎない?



「皆さん、手を下ろしてください。なるほどなるほど、よく分かりましたよ」


「分かったって何がですか?」

メアリさんが問うので、俺はハッキリと言ってやった。


「女子の方々が『愛』を疎かにしていることを、ですよ」


「「「んなっ!?」」」

女子たちが紛糾しそうになるが、それを制するようにトム君に話を振る。


「トム君、きみはどうして②を選んだんだい?」

「えっ……そ、それは」

「お隣に遠慮することはないさ。素のままの気持ちを言ってごらん」


俺の促しに、トム君は横のメアリさんからのプレッシャーに怯えながらも返事をくれた。


「だ、だって……初デートで疲れているから、もう帰りたいなって」

「そうですね。ただでさえ男性は外で注目を浴びて気疲れするものです。しかも初デートとなれば、よく知らない女子を近くに置くことになります。気疲れ倍増ですね……お分かりですか? 今、トム君が言った通りの理由で、この問題の正解は②の男子の家となります」


「何よそれ! 納得出来ない!」

「つ、疲れているのは知っているわよ。だからレストランで休憩しましょ、と思ったの!」

「そうよ、美味しい食事を取れば元気も出るし!」


俺の解説は女子たちに迎えられず、反発を生んだ。


「レストランで休む……まあ、それもアリかもしれません。ならばなぜ、①の有名レストランではなく、③のホテルのレストランコーナーなのですか?」


「「「ぐむぅぅ」」」


「もしかして、夕食の後に『実は部屋を取っているの』とホテルの鍵をチラつかせるおつもりじゃないですか?」

サッと女子たちの視線が俺から逸れた。わっかりやすいなぁ、君たち。


ともかく、このクイズで女子が抱える問題点をあぶり出すことが出来た。

ここまでは男子の肩を持つように話を動かしてきた……が、今の流れだと授業は成功しないだろう。そろそろ切り込むぞ……!


「性欲を満たそうとする女子の皆さんを、先生は否定しません。むしろ応援します!」


えっ!?


女子は突然の援護に、男子は突然の裏切りに、驚きの声を上げる。

特にトム君の驚愕の顔は凄まじく「タクマはん! 何ゆっとんねん!?」と雄弁に語っている。

ごめんよ、でもこれは必要な工程なんだ。


「だからこそ、先生は物申したい! 男子を食べたいというなら、まずは愛を育みなさいと! 短絡的に獣欲を満たすのは止めなさい! 初デートなのですから、焦らず淑女的に男子を家に送ってあげなさい。いいですか、男子とのお付き合いは『ホップ・ステップ・ジャンプ』が基本です。段階を踏んでコツコツと愛を稼ぎましょう!」


大事なところなので声を張る。

やっと男子とのデートに漕ぎつけたのに更なるお預けを喰らうのは女子にとって辛いものだろう。メアリさんたちが苦虫を噛み潰した顔になっている。


「納得出来ないようですね……そんな女子の皆さんにこの言葉を贈りましょう」


いよいよキャッチフレーズを出す時が来た。この言葉で、女子を授業に没入させるのだ。

俺は一度大きく息を吸って、みんなの心に届くように快活に発した。


「『愛は気持ちイイ(・・・・・・・)!!』」


「「「あ、あいはきもちいい……!?」」」


「イエスイエスイエス! 愛は気持ちイイのですよ! 心を通わした異性との合体はそらもう昇天間違いなしです。だのに、女子の方々は愛を育まずに合体しようとしている。これをもったいないと言わずに何と言いましょう!」

だんだんミスターの演技に熱くなってきた俺は、教卓を叩きながら熱弁する。目線をセミナー室の奥にいる丙姫さんのWebカメラに向けて、世界中にメッセージを放つ。


「よく言うじゃありませんか。『愛は最高の調味料』と!」


「ちょちょちょ! ミスターさんっぅつぅ!! それ合ってそうで思いっきり間違った言い方ぁ!」

スネ川君が何か抗議しようとしているが無視だ。


「それなのに君たちは何の調味料もかけずに男子を食べるつもりですか? まったくグルメじゃない。愛を深めた男子の味は格別ですよ!」


「か、かくべつ……」

ゴクリと女子たちが唾を呑み込む。目が捕食が得意な猛禽もうきん類のソレになっている。


これが俺の作戦である。

男性を大切にしましょう。男性の気持ちを考えて、意思を尊重しましょう――なんてお行儀の良いことを言ったところで女性たちが素直に従うとは思えない。

人間はメリットを示すことではじめて他人の話を真面目に聞くものだ。故に、俺はエサを女子たちの眼前にぶら下げたのである。エサとなったトム君たちには後でごめんなさいしよう。


「そんなに気持ちよくて、美味しいのですか!?」

メアリさんが口元の涎を拭き、訊いてくる。


「先生のボキャブラリーでは言い表せない素晴らしい世界が、あなたたちを待っていますよ」


おおおっ、とどよめく女子。

おうおう、と悲嘆する男子。


「ど、どうすれば愛を育めるのですか!?」

「『ホップ・ステップ・ジャンプ』すれば、より高く逝けるんですか!?」

「もっと具体的に教えてくださいっ!」


いいぞいいぞ。女子の皆さんがガッつきながら、俺の話を聞き出した。

キャッチフレーズが、文字通り関心をもぎ取ったのだ。


「まあまあ、また問題を出しながら正しい男子とのお付き合い方をお教えしましょう」





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





それから俺は様々なシチュエーションを示し、男子を気遣いして好感度を上げる方法を伝授した。


「この三択の場合は①が正解ですね。ほら、男子の好感度がチンチロリンと上がる音が聞こえてきませんか?」

なんだか授業の様相が恋愛ゲーム攻略みたいになってきたが深くは考えまい。


女子たちは真剣に授業を取り組みだしたが、何度注意してもホテル関連の選択肢に吸い寄せられていく。本能に染み込んださがなのだろうか。


彼女たちが間違える度に、俺は語気を強めて注意する。


「中途半端な愛で男子に迫るのは下策です。せっかく溜めた愛が台無しだ、これじゃあ『ホップ・ステップ・ドロップ』ですよ!」

「うう、まだ耐えないといけないんですか?」

「愛を溜めれば溜めるほど、最後の『ジャンプ』でより高みに行けます。行きたくないんですか!? 『行きたい』と、言いなさい!!」

(い゛)ぎたいっ!!」

「なら諦めずに先生の授業に付いてくるのですっ!」


こんな感じでセミナー室は白熱し、本題を出しても構わない土壌が出来てきた。

すなわち『男子の夢を支えるのも愛』が受け入れられる空気となってきたのである。


よし、じゃあそろそろトム君たちの冬休みのインターンの件を…………と、そこへ。


「ミスター先生!」

俺の本題に先回りする形で、メアリさんがこんな話をしてきた。

「思いのほか、有益な授業で有り難いのですが、先生のお話は実体を伴っていません!」


ぬっ……辛辣な意見だけど、的を射ている。不知火群島国語に疎い俺の授業は板書がなく、すべて口頭で行っている。文字のような形に残るものがない。

実体を伴わない、という感想を抱かれるのも頷ける。


「そう言うのなら……メアリさんには何か提案があるのですか?」

「はい、『実技』をしましょう」


実技、だとっ!?

ざわざわ……とセミナー室が慌ただしくなる。


「この場で一組のペアに模擬デートをさせて、エスコートに不備がないか先生が口出しするのです。これで視覚的に分かりやすく男子との付き合い方が掴めます」

「し、しかし……それは」


嫌な流れだ。俺の計画した授業ではなくなってしまう。それにメアリさんの表情が頂けない。あれは――


「と、いうことで斗武トム。私とデートしましょう」


あれは『とてもムラムラしています』という顔だ。授業が盛り上がり過ぎて、彼女の中の情欲も盛り上がったと見える。


「ひぃ、嫌だよぉ」

「どうしてよ斗武。昔は一緒にお出かけしていたじゃない? どうして私を避けるの!?」

「だ、だって芽亞莉ちゃんは……ボクの気持ちを……」

「気持ちがなに? 言ってみてよ。心配しないで、私なら斗武の全てを受け止めるから」

「う……ううぅ」


「待ちなさい」

片や攻め立てる、片や逃げようとする幼なじみの二人に割って入る。

「『実技』を学びたいのは大変結構なことです。しかし、模擬とは言え教育を受けていない生徒同士がデートをするのは気が早い。ここは、先生自身が見本になりましょう」

そうしないと、世界中にセクハラ現場をリアルタイム配信しかねないからな。


「ミスター先生が……でも、パートナーが」

いぶかし気に眉をひそめるメアリさん。彼女の言う通り、俺には模擬デートをするパートナーがいない。誰か見繕わないと……


俺はセミナー室の端から端へ目を動かした。


スネ川君、トム君、メアリさん、男子たち、女子たち、丙姫さん、紅華くれか


ううむ、スネ川君やトム君に異性パートナー役をやってもらうと女子から抵抗されそうだ。そもそも男子たちは女子と手錠で繋がっているため、引き剝がせない。

女子の誰かにパートナーをやってもらうのも難しいな……ようやく捕まえた男子を離して、教壇に立ってくれそうな子はいない。


なら丙姫さんは……ダメだな、撮影と配信で手一杯だ。彼女を動かすことは出来ない。

それなら一階の教材倉庫で拘束している陽南子さんはどうだ……いや、彼女の縄を解いてここまで連れて来るのは時間がかかり過ぎる。女子たちが容認してはくれないだろう。あと、変な悟りを開いた陽南子さんと模擬デートするのは危険な気がするし。


なら、残ったのは紅華か……

特定のパートナーを持たず、一人だけ後方の席に座っている赤毛の彼女に目を向ける。


消去法から言って紅華をデートの相手役にするしかないか…………紅華を…………紅華を…………紅華? 



………………………………………………

………………………………………………………

……………………………………………………………

…………………………………………………………………なぜ、ここに、天道紅華ファザコンがいる?



あっ、紅華と目が合っちまった。

紅華は『きゃはっ!』という擬音が似合う父狂いの笑顔で、


「お父さんのパートナー……それは、あたししかいないでしょ!」

大きな声で豪語し立ち上がった。


「く、紅華さん!? どうしてあなたが!?」

驚いているのは俺だけじゃない。メアリさんを始め女子たちも紅華の登場に開いた口が塞がらないようだ。


「あたしがここにいるのは些細なことよ。気にするほどじゃないわっ!」


いや全然些細じゃねえよ! 部外者の紅華が『鬼ごっこ』中の交流センター内にいられるはずがない。

センターの周囲は警察や仲人組織の人員が配備され、関係者以外の立ち入りを禁止している。

お前、どこから入って来た!?


全員が持っている疑問もなんのその、紅華はスキップをする足取りで教壇の俺の前までやって来た。


「ねっ、お父さん。あたしたちの愛の絡みを世界中に見せつけましょ!」


い、いやああああああああああああ!?



こうして、俺の公開(後悔)授業は新たな局面へと突入してしまうのであった。

次回は他者視点でお送りします。

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