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死んでもいい

彼女が死んでから、

私は彼女との物語を、

ノートに描き続けてきた。


気を紛らすように。

少しでも彼女の思い出を形にしたくて。


そして、

彼女が夢の中だけでも

表れてくれたらと思った。


彼女の思い出を形にしていれば、

夢の中だけでも会えるのではないかと思ったのだ。


せめて夢の中だけでも、

彼女に会いたかった。



結局、

夢の中ですら、

彼女には会えなかった。

私の小さな祈りさえ、

天には届かなかった。


そんな、

彼女のいない地獄のなかで、

彼女の書いた、

あの虹の書かれたメモを見つけた。


とまどいながらも、

メモを片手に、

色んな場所をまわった。

その間は辛さが和らぐような気がした。

彼女のいない暗闇から開放される気がした。



しかし、

彼女が残したメモの手がかりは、

何一つ見つけられなかった。


メモの意味は

何一つ解らなかった。



こんなものしか、

彼女は私に残してないのか。

こんな苦しみを残して、

彼女は私の元から翔んでいったのか。


卑怯だ。


本当に卑怯だ。


卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。


メモのお陰で

昼間は暗闇から開放されていたが、

夜になると、

絶望がいつも私を包んだ。



すべて、

夢だったのだろうか?


彼女が生きていた、


ということすら、

夢だったのだろうか?



私は全てに絶望した。


絶望し、

ノートを投げ捨てた。


そして、

人生すら投げ捨てた。





そうなるはずだった。





『ピンポーン』


チャイムの音が鳴り、

はっと、

現実に帰ってくる。


手にはカッターナイフが握り込まれていた。

なんとか、

三途の川を渡らずに済んだ。



玄関に出ると、

私と同世代の女性が立っていた。


「久し振りやね。」


「安心院さん・・・

のお姉さん・・・」


「大丈夫?

ひどい顔しとるよ?」

そこまで言われてようやく、

この世にまだいるのだと実感した。



安心院さんのお姉さんを

居間に通し、

お茶を出す。


「今日はどうしたんですか?」


「これを渡しにきたんよ。

あん子がね、

照子さんがね。

あんたに渡してほしいっち。」


それは、

一つの封筒と、

大きなふせんが挟まれた本だった。


「彼女から預かっとったんやけど・・・。

ごめんねぇ。

私も、

妹の事があって、

こんなに遅くなってしもたねぇ・・・。」


私は封筒や本の表紙を見るより先に、

その、

ふせんのページを開く。


そこには、

メモが一枚挟まれていた。


そして、

やぶれた小さな紙がテープで張られていた。


いや、この紙は・・・。



間違いなかった。


その紙の千切れた部分と、

虹の書かれたメモの

右上の端を合わせてみた。



ぴったりとはまりこんだ。


あまりにも

ぴったりで、

『カチッ。』

と聞こえそうだった。


その紙にも、

私の心にも、

ぴったりとはまりこんだようだった。


空っぽな心が

少しずつ埋まっていくような気がした。



私はメモをどかし、

そのページをまじまじとみてみた。



『生きるってのは、

きっと、

誰かと心を通わせること。』


赤鉛筆か何かで線が引かれていた。


そして、その下に


「あなたもそうでいてね?」


と小さく書かれていた。


たしかに、

彼女の綺麗な字だった。

ずっと見続けていた

虹の書かれたメモと同じ、

彼女の字だった。



「あん子、

照子さんな、よく言うてたわ。


きっと私が死んだらあの人孤独死するわー、

だから友達をたくさん作っておいてほしいのよー、


って。」


彼女が

しししと笑う顔が浮かんだ。


彼女の顔を浮かべながら、

もうひとつの、

挟まれていたメモに目を通す。


虹の書かれたメモと同じ、

箇条書きだった。



・公園➡

思い出がいっぱい詰まった一番大切な場所。


・石橋➡

私が助けた男の子がいつも絵を描いたり、掃除をしている。

彼が好きそうな絵を描いてくれる人。


・唐揚げ屋さん➡

彼と初めていった唐揚げ屋さんの息子さんがしているお店。


・結衣せんせい➡

石橋の子が書いた絵が飾ってある。

そして、彼に健康でいてほしい。

まさか裕太を知ってるとは!


・安心院さん➡

できれば私を忘れないでいてほしい。


そして、

その下には、

『どうやって、彼と友達になってもらおうか?』

と書きなぐられていた。


安心院さんのお姉さんが

笑いながら言う。

「それだけ、

お友達がいれば、

生きてられるやろ?」



その笑顔が、

彼女の、

照子の笑顔と重なった。


ああ、そうか。

彼女は私に友達をつくって、

「心を通わせてほしかったのか。」



生きてていいのか。

私はまだ生きてていいのか。


卑怯だ。

こんな伝え方。


本当に卑怯だ。


ぽろぽろと流れた涙は

やがて滝のようになっていた。



私は感情を表に出すような男ではなかった。

私から出た感情があるなら、

きっと彼女がだしてくれていたものだった。


怖かった。

感情をだすことが。

また大切なものを亡くすことが。


人と笑ったり、

楽しんでいても、

その人はいつかいなくなる。

人はツバメのようには戻ってこないのだから。


感情を出すことも、

人と関わることも、

いつしか避けるようになっていた。


私は両目から滝を流し続けた。



彼女が私に感情を出させてくれる。

私の心に春を連れ戻してくれる。


そうか。

人は

笑って、

泣いて、

叫ぶ。

だからこそ人は生きているのだ。



生きている。

私はいま、

ここに、

生きている。

それが、うれしい。


でも、

それを伝える彼女がいない。

それが、かなしい。


こんなの、

卑怯だ。

卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。


色んな感情が私に戻ってきた。


「また、くるわよ。

彼女に会いに。

そして、

あんたに会いに。」


彼女が与えてくれたぬくもりが

私をすっと包んでいった。


卑怯だ。

本当に卑怯だ。




いつのまにか

夜になりかけていた。


「それじゃあ、

また来るわね。」


安心院さんのお姉さんは来たときと同じように

優しく笑った。


私は玄関に出て、

頷きながら、

笑みを返した。



「あんた、

来たときより、

ずっと人間らしい顔しとるよ。」


安心院さんのお姉さんは明るくそう言うと、

しわをいっそう深くさせた。



「そうかもしれませんね。」


私も

しわを深くさせた後、

目線を上にあげる。


彼女が見ていたものと、


同じ、


同じ月を見ていた。



心の中で彼女の言葉が浮かんでくる。


それが聞こえてくるのと同時に、

声がこぼれ落ちた。


「月が綺麗ですね」


月から雫が落ちたように

自然と出てきていた。



「あら?

その言葉って

『アイラブユー』だよ。

って彼女が言ってたわ。」


「知ってます。」


私はししし

と笑い、


「死んでもいい。」


「!あんたねぇ・・・!」

安心院さんのお姉さんの眼が

怒りなのか驚きなのか大きく開いた。


「ロシア語のアイラブユーを

そう訳した人がいたんですって」

「え?」

彼女の肩がすとんと落ちる。


「そう、彼女がいっていました。」


私はさっきと同じように、

月を見ていた。

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