表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/270

Extended4 再起の時まで

 今回はマキト君視点です。


「のう、マキトよ……此度の依頼は、儂らには荷が勝ちすぎていたと思うか?」


 ブロイは木の根っ子に腰掛けて、そう問いかける。

 僕はゆっくりと頭を振るしかなかった。


「判らないよ……僕には戦いの才能も無ければ、権謀術数を見抜くだけの勘の強さも無い」


 イスティは泣いていたし、リコナはむくれていた。

 リッツは今まで見たこともない怒った顔で黙り込んでいた。

 まともに話ができそうなのはといえば、僕とブロイくらいだった。

 でも……。


「果たしてそうであろうかの……お主には少なくとも、戯れ言に皮肉で返せるだけの冴えた弁舌がある」


 でも、僕はいじけていた。


「それだけで渡り歩けるなら、冒険者はボロい商売だよ。みんなを纏められるだけのリーダーシップも無いし、結局……」


 死力を尽くして臨んだ筈の戦い、意表を突く為に必死に考えた筈の策。

 そんな抵抗は虚しく、そして殺す価値すら無いとまで言われてしまった。


 僕は……本当に続けるべきなのだろうか。

 魔法使いというのは、便利屋としての仕事を請け負う人達もいる。

 商人の荷馬車に同乗して、肉や魚を冷やし続けるとか。

 日暮れ時に家々を回り、湯沸かしをしていくとか。

 戦えるだけの魔力を持たない人達は、そうやって稼いでいる。


 いや、そこまでやらなくたって、ダーティ・スーと関わらなければ別に問題ないのだ。

 あの戦いの最後、僕は朦朧とした意識の中で一つの思念を受け取った。

 サイアンからの念話だった。


『ボクなら大丈夫だから。操って、ごめんね』


 それから、幾つものイメージが注ぎ込まれた。

 サイアンがどのように生まれたかという概略。

 ジョジアーヌ・エヴァン・ドラクロワという貴族への憑依に始まり、戦いの日々から転落……彼女が奴隷達を解放したのは、実は魅了で操っていただけという事実。

 何一つとして、僕は真相に辿り着いてなどいなかった。

 あれが正しければ、サイアンが追われたのは自業自得だったのだ。


 そうとも知らず、あまつさえ、僕自身が操られていた事にも気付けなかった。


「僕は、引退したほうがいいのかもしれない」


 急に空気が変わった。

 驚いたのかな。

 今更、驚く事でもないと思うけど。

 イスティだって、さっき言っていた。


『私は降りる。ここで暮らせば安息も得られよう。森教への宗旨替えも悪くない。

 私など、女らしく子を産み育て、絵本を読んでいればいいのだろう……』


 と、涙ながらに。

 僕も便乗して辞めるだけだ。

 正直、残った三人に加えて新しい魔法使いでも雇えば、それほど不足のあるパーティでもないだろう。


「わたくしは……続けますよ」


 僕の目を見据えて、リッツは唇を噛んだ。

 勝手に続けてくれればいい。

 足手まといの僕がいるより、少しは上手くやってくれるだろう。


「……止めたって無駄だよ。僕は心が折れた」


「そうですか? これを見ても?」


 そう言って見せてきたのは、何やらきな臭い内容の命令書だった。

 麻薬の栽培?

 村に持ち込んで中毒者を増やして、宗旨替え?

 麻薬を理由に村を殲滅?

 ……武力で制圧するよりも、よりいっそう悪辣なやり口だ。


「でも」


「でも?」


「それに抗えなかったら、それまでだ」


「まあ、なんて冷たい!」


 リッツは目を丸くした。

 リコナは逆に、眉間にしわが寄りすぎて目を細くしている。


「おい、マキト。これが本物かどうかは、詳しく調べりゃ判る。後ろで何が動いているかも」


「だから、僕と何の関係が?」


「ダーティなんちゃらはとりあえず放っといて、こっちを調べる価値があるんじゃないかって話だよ」


「才能のない僕なんかで、力になれるの?」


「アンタ……っ!」


 リコナは黙りこんだ。

 両目には今にも溢れんばかりに涙が溜まっていて、僕は顔を逸らそうとした。


「ああああああ、もう! めんどくさいな!」


 そして、僕は思い切り顔を引っ掻かれた。

 今までそんな事、一度もなかった。

 じわじわとやってくる痛みで、思考が少しずつ冴え渡っていく。


「リコナ。仮にも私のフィアンセだぞ。嫁入り前の顔に傷をつけるとは!」


「アンタそういう柄じゃねェだろ! いいから聞けよッ!!」


 顎を掴まれた僕は、リコナから目が離せなかった。


「才能云々とか、持って生まれた何かを理由に不貞腐れてんじゃねぇよ!

 アタイも昔はそうだったけどよ! でも、そのドン底に手を差し伸べて、日の当たる所に連れてってくれたのは誰だよ?」


「誰だっけ」


 ずい分昔のように感じる。

 ……あの時は確か、僕はスリの犯人を追いかけていた。

 犯人は、リコナだった。

 彼女はその街での収穫をリーダー格の奴に上納していて、僕達はその組織に喧嘩を売って壊滅させたんだっけ。

 リコナは晴れて自由の身。

 いざこざを起こした以上は街にいられなかったし、解放のお礼も兼ねて僕達に同行してくれた。


 けれど……本当にそれで良かったのかは、今にして思えば疑問が残る。

 もっと根本的な解決方法があったかもしれない。

 貧困が原因でスラムと盗賊ギルドが生まれたなら、貧困をどうにかすべきだった。


 だから僕は、敢えてぼかした。


「すっとぼけんなって。昔のアタイは、あの街でずっと腐っていくだけなのかなって、それしか考えられなかった。

 マキト。アンタだろ、アタイを真っ先に見付けてくれたのは。その……嬉しかったんだよ……?」


 彼女はもう、泣いていた。

 くしゃくしゃになった顔を隠そうともしないで、まっすぐに僕を見据えて、リコナは続ける。


「今でも、お、思い出して、泣いちまうくらいにはさ、は、ははっ……」


 そう言って、リコナは僕の胸に顔をうずめた。

 滴り落ちる涙がローブに染みこんで、ひんやりとした感触が広がっていく。

 そのせいで僕は、余計に胸が苦しくなった。

 泣かせてしまった罪悪感のせいで。


「私以外の女を泣かすとは、紳士の風上にも置けん奴だな」


「だろ? アンタもそう思うだろ? イスティ!

 だからさ、助けてくれよ! 放っておけば何処に行くか解らないアタイらの手綱をしっかり握ってくれよ!」


 みんな……。


「……ごめん」


「あー、そうですよねー、知ってたよ。引退の決意は固いんだろ? いいよ、じゃあリッツとブロイの三人でおっかなびっくりやって――」


「――そうじゃない。心配かけて、ごめん」


 そっと、リコナの肩を離す。

 僕は目を逸らさず、しっかりと彼女を見た。

 対する彼女は、すっかり目を丸くしていた。


「おーい? 変わり身早過ぎるだろ! 手の平にからくりでも仕込んだのかよ!」


「そうではない。確かにリコナの言う通りだ。謎を野放しにしたままでは、私もマキトも枕を高くして寝られん」


 横合いからイスティの声が掛かる。


「では、ご一緒して頂けますね?」


「無論。そうだろう、マキト」


「……うん」


「アンタら、ほんとに調子いいな!」


 静かな森に、笑い声が響き渡った。

 ひとしきり笑ってみんなが落ち着いてきた後も、ブロイだけは肩を揺らしていた。


「まったく、泣き落しとは随分と初歩的な手に頼るのう」


「うっせぇ、ジジイ。アタイの涙は安かねぇんだ! 見物料はしっかり頂くかんね!」


 まったく、どうかしてた。

 強いかどうかじゃないんだ。

 能力はともかく、思い出に代わりなんて無い。

 僕は、僕でしか在り得ない。


「では、公約通り酒でも呑み交わすかのう」


「ねえ、リッツ。珍しくブロイが自分の言葉を覚えてる。明日は雨かな」


 僕はリッツに問いかける。


「いいえ、晴れですよ。酒と鉱石に関しては、誰よりも覚えが良いのですから」


「それもそうだね……ぷ、くく……あははは!」


「マキト!? 何も笑う事は無いじゃろうに! あぁん、イスティ、マキトが酷い!」


「自業自得だ! 酒を寄越せ! 今夜はとことんまで呑んでやる! 村長共に不穏だ何だと誹られようと、知ったことか!」


 もう少しだけ、自分の可能性に賭けてみよう。

 僕はそう、決意した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ