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Task4 一つ屋根の下で結束を深めよ


 ずっとベンチで爺さんの話を聞くのも面倒だったから、俺は場所を移した。

 今いる場所は食堂だ。


 一連のやり取りを終えてからも、爺さんは俺の隣で立っていた。

 一般的なワンルームの一室を四つくらい繋げたような広さは、流石は豪邸って所だな。

 こんな場所で食う臥龍寺家の飯はどんな味がするのか、楽しみだぜ。


「座りたまえ」


 来客用というプレートが置かれたテーブルに案内され、席につく。


「じゃあ、お言葉に甘えて。コートは?」


「預かろう。君、これを」


「かしこまりました」


 メイドがコートを受け取り、端っこの壁に持って行く。

 ちなみに、大浴場からはそんなに距離も無いらしい。

 そそくさとメイド共が準備をしている最中、俺はあと何分くらいでロナ達が戻ってくるのかを予想しながら、爺さんの話の続きを聞く。



 とりあえず、お嬢様の外身(・・)は友達がいないらしい。

 常にあらゆる分野で勝利し続ける事が求められる毎日を過ごしてきたんだと。


 配下とやらの入れ替わりも激しい。

 負けた奴は厳しいお仕置きが待っている。

 その後の猛特訓も。


 ただし見返り……つまるところカネはたんまり手に入るらしいがね。

 とにかく、そういったお高い所だ。

 友達なんざ、むしろ邪魔と思っていても不思議じゃない。

 だが、お嬢様の中身(・・)や、爺さんはその限りでもないって事か。


 ……こいつぁ面倒な事態になったぜ。

 今までを振り返ってみよう。


 間抜けな密輸人の護衛。

 自殺して悪霊になったネットゲーム廃人の憂さ晴らし。

 ハラショーエルフの時間稼ぎに手を貸した、正体不明の人攫い。

 クソッタレ陛下の言いなりで、復讐者殺し。

 ついこの間は、奴隷解放者を奴隷にした。


 ざっと、こんなもんか。

 じゃあ最強最悪のゲストであり、全ての敵役に道を譲らせるエンターテイナーが選ぶ、次のシナリオは……。


 そうだな、お嬢様の罪を乗っ取ってやろうか。


 お嬢様は、本人曰く悪役令嬢とかいう分類らしい。

 だったらその役柄を失わせず、尚且つその上に立ってやろう。

 材料集めは既に始まっている。


 色々とまとまってきた頃合いに、レディ達のおしゃべりが風呂あがりを報せる。


「――で、紗綾さん、あたし思ったんですけどね。あたしが一番、スーさんの事を知っていれば、他の人に貸した時に自慢できると思うんですよ。

 “あのダーティ・スーが、最初に捕らえた女”って」


 たまげたぜ。

 なんて話をしてやがる。


「だからこそ、最初はあたしがヤる。これは譲れません。絶対に」


「素敵なお話ですわね。でしたら、もっと素直になりませんと。でないと、わたくしが抜け駆けしてしまいますわよ?」


「ほぉう……いい度胸ですね?」


 お嬢様の奴、ロナを焚きつけようとしてくれてるのかね。

 正直、ありがた迷惑だぜ。


 ロナには、隣に立つ事は許した。

 相棒扱いしてくれてもいい。


 だが……初めてを捧げるだけの価値が、俺にあるのかい。

 最初に依頼を受けた時あいつの唇を奪ったのは、あくまでそういう役割が必要だと判断しただけだ。


 少しして、ロナと目が合う。


「あ……――」


「あら」


「あいつ、なんでここに……クソが、絶対聞かれた……」


 二人はそそくさと退出する。

 爺さんがその様子に苦笑した。

(ただし、一瞬だけ眉をひそめた後でだ)


「講師殿には驚かされてばかりだ。よもや紗綾お嬢様が、ロナ殿のみならず、お前にまで惹きつけられるとは」


「……解ってて言ってるだろ。顔に書いてあるぜ」


「ふん。おとなしく勘違いして喜んでおれば、こちらも存分にいびってやれたものを」


「残念だったな。俺は女を見たらハニートラップと思うように心掛けているのさ」


 もちろん、嘘だよ。

 独特の“香ばしさ”がハニートラップにはある。

 巧妙に運命の出会いを装って、自然に距離を詰めるのが奴らのやり口だ。


 お嬢様を含めた他の連中からは、それを感じなかった。

 それくらいは、俺にも解る。


 だが、虚像は大きく見せるべきだ。


「とはいえお前さんは、あのお嬢様を美人局つつもたせのタネに使うようなハラじゃねぇだろ。

 最初の仕合でも、空気を読まずに声をかけるくらい心配してやがるんだ。

 どんな裏があったとしても、お嬢様が俺に惚れたなんて言葉を聞けば、少しばかり肝を冷やすに違いない」


「そこまで見抜いていたのか」


 俺が見逃すかよ。

 状況を動かすのはいつだって、誰かの弱みだ。

 そこを見つけた奴だけに、勝利の女神とやらは微笑んでくれる。


「俺の人柄はともかく、能力はこれで信用できると証明したぜ。そろそろ、胡乱げな視線を寄越すのは止してもらいたいんだがね」


「おや、気に障ったかな」


「そうじゃない。仕事がやりづらくなる」


 本音で言えば、そういうのは大歓迎だ。

 お嬢様の話によれば、この爺さんは最初、俺を召喚するのを止めようとした。

 俺を頼るべきか迷っただろうし、特訓の内容にも異を唱えた。

 どれもこれも、お嬢様の身を案じての事。


 裏で手ぐすね引いてお嬢様を陥れようなんて考えが少しでもあるならば、それはそれで、ちょっとくらいは爺さんの手の平の上で踊ってやってもいい。

 俺の企みが一枚上手である事を、お前さん達に知らしめてやれる。


「一体、何を企んでいるかは知らんが……馬鹿な真似はせん事だ」


「止められるものなら止めてみやがれ。それがお前さんのタスクだ」


「若造風情が戯れ言を。紗綾お嬢様の名誉は私が命に替えても守ってみせる」


「せいぜいてめぇを労る事だぜ。狼が最初に襲うのは、いつだってよく喚く家畜だ」


「――ちょっと、何やってるんですか、あんたは」


 ロナの突っ込みが、俺達の親睦会にストップを掛ける。

 どうやらお嬢様とロナは髪の毛を乾かしてきたらしい。

 いつも結っていたロナの髪は、今は下ろしている。

 灰色のワンピースは、部屋着も兼ねているんだろう。


「何をジロジロと」


「よく似合ってるぜ」


「そうですか。褒めても変な笑いしか出ませんけど」


「頭から花でも生やすのかい」


「もっと恐ろしいものかも」


「食事に差し支えない程度に頼むぜ」




 食事は楽しませてもらった。

 爺さんと屋敷中の使用人全員(・・)も交えて、これからのトレーニングメニューを教えてやった。

 俺が何かを言うたびに連中は気色ばんだのには参ったが、奴らが口を開こうとすると決まってお嬢様が手で制す。


「全ては、早草るきなを屈服させる為。いかなる苦難も覚悟の上でしてよ」


 それでこそ、お嬢様だ。

 高貴なる務めノブレス・オブリージュを果たせ。




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