Final Task この世界での仕事に決着をつけろ
おそらくレイドボス。
「そら、見ろ。魔王は俺が解体しちまった。どうかね、マキト。俺を、神サマみたいに崇め奉りでもしてみるかよ」
さあ、慣れ親しんだファーロイスの世界への帰還だ。
地平線の向こうに夕日が沈みかかって、ボロボロの廃墟をぼんやり照らしている。
俺は伝えた筈だぜ。
砦の壁にペンキでデカデカと。
……“人類は滅びる。俺が滅ぼす。クソッタレの魔王は家に帰れ”
この文字を、少なくとも12万人くらいは毎晩のように夢で見たと思うがね。
魔王は、家に帰らせた。
どいつもこいつも、うんざりした表情で出迎えてくれているぜ。
怖いか、それとも関わりたくないか、まあ、とにかく。
ロナと紀絵は見当たらない。
ナターリヤも、ステイン教授も。
念話も繋がらない。
予測できていた事だ。
仮におしまいになったとしたら、それはそれで俺がしっかり落とし前をつければいい。
この世界からオサラバした時に、笑って旅立てるものならそれでいい。
そうじゃなかったら、俺が無念を晴らせばいい。
「ダーティ・スー……!!」
俺の名を呼んだな、マキト!
再会を共に喜び合おう!
「ごきげんよう、俺だ」
「まだ暴れまわる元気があるのか? ジルゼガットの亜空間で、あれだけ好き放題やって、まだ……」
帰りを待ちわびてくれてどうもありがとう。
俺の後ろに控えさせたジルゼガットも、震える声で問いかけてきた。
「待ちなさい、どうやって亜空間からファーロイスに映像を送ったの?」
ジルゼガットはここでマキトに“なぜ知っているの”とは訊かず、俺に方法を訊いてくるあたり、いかにも業界人らしいよな。
もしもこいつが既に判りきっている事を訊く時は、たいてい嫌がらせだ。
……つまり、今回は違う!
いいねえ!
痛快っていうのはこういう事だ!
「俺から手品の種明かしをしろっていうのかい。じゃあ料金プランをグレードアップしてくれよな!」
「……まだ足りないの?」
乱れた髪も、汗の浮かぶ青い肌も、潤んだ黒い眼球も、
「俺はね、欲張り屋さんなのさ。それじゃあ、今から料金プランを説明するぜ!」
さて、ジルゼガットから奪った最強にヤバいパワーの一端をお披露目してみよう。
仕込み弾――黄天超来!
天に向かって一発!
ズドン!
空が黄金色に輝く。
俺の周りが、極彩色のネオンみたいなバリアーに囲まれる。
手出し無用って訳じゃあないが、ちょっとやそっとじゃ俺は倒せないぜ。
それでも良ければ乱入はどうぞご勝手に、心ゆくまで試してみてくれ。
名付けてダーティお立ち台!!
俺様の演説に最初にケチ付ける奴は、果たして誰かな!
「レディースエァーンジェントルメェーン!
青空を拝む時代は終わりだ!
お前さん達、ダーティ・スー応援プランに加入してみないかい!
そうすりゃ、この金ピカの空が、これから毎日のように拝めるぜ。
今まで奪い続けてきたヤツから奪い返す時が来た!
奪い返して、ぶん殴って、蹴散らして、みんなで笑ってやろうってガッツのあるヤツは俺がたっぷり応援してやる!
魔王に膝をつかせた、この俺が!」
演説、はじめ。
さてマキト。
お前さんの顔色が青くなっていくのが、よく見えるぜ。
俺は誰とも解り合えない。
そんな権利は俺には無い。
とっくのとうに、俺がゴミ箱に捨てちまったんだ。
だから、終わらせてくれ。
理由なら、俺が用意してやるから。
お前さんには、世界を守るヒーローになってもらわないと困る。
「この世はどんなに綺麗事を並べ立てたって、結局は奪い合いだ。
お偉方は今まで何をしてくれたのかね。
特に、王サマだの神サマだの、雲の上で身動き取れない連中だ。
胸に手を当てて、よおく考えてみてくれ。
お前さん達の苦しみや悲しみに寄り添ってくれたかい。
なんの意味もない、錆びついた正論で前に進む事しか教えてくれなかったんじゃあないかね。
じゃあ、やる事は一つだ」
たくさんの弓が俺に向けられる。
数えるのも面倒になるが、三千人くらいか。
放たれた矢はどれも俺に届く前に、粉々に砕け散った。
煙の槍で跳ね返しちまうだけだ。
――パチンッ
煙の槍を弓兵どもに向けて放つ。
俺を狙う弓兵どもの手持ち武器は、どれもが真っ二つに圧し折れた。
「俺と一緒に何もかもメチャクチャにしてやろうぜ!
俺が、力を貸してやる!
お前さん達に、何でもプレゼントしてやるよ!
カネでも、権力でも、スーパーパワーでもだ!
足りない分は俺が奪ってきてやる。
人間をやめて、人間の世界をブチ壊そうぜ!
俺達全員でブチ抜こうぜ!
輝きの外側から!
あいつらの正義を、俺達が検証しようじゃないか!
人類は滅びる。俺が――俺達が滅ぼす! あらゆる暴虐は俺の名の下において赦す!」
恵まれないから奪う――こんな誘い文句でやってくる奴らは、ろくなもんじゃないと思うぜ。
だがそれでいい。
世界が俺に敗北した時は、俺がこのろくでなし共を管理する。
ルサンチマンの果てに誰かを見下さずにはいられない、人の姿をした怪物ども。
それらの頂点に立つ、新たなる魔王ダーティ・スーというのも乙なもんだ。
そいつらの責任は、俺が一人で背負えばいい。
この世界で出会ったクレフ・マージェイト――その成れの果てであるグレイ・ランサーは、いい見本だった。
別の世界で二ノ前八恵を襲った連中も、参考になった。
煙の槍で人形を作ってみた。
あと、楽器も。
名付けてダーティ・オーケストラ!
俺だけのために曲を奏でてくれる、俺だけの楽団だ。
「俺は帝都でお前さん達の参列を待つ!
いつでもいい。歓迎するぜ!」
そうら。
とっとと茶番を止めに来いよ。
「カルトとテロを肯定しちゃだめだろ!」
よく来たね、マキト。
お前さんが一番乗りだ。
「マキト、その意気だ。じゃあお前さんがしっかり否定しなきゃだよなあ!」
それでいい。
俺はジョーカーみたいに潔くはなれない。
リドラーみたいに賢くもない。
どの世界もゴッサムシティよりずっと歪で、ブルース・ウェインはどこにもいない。
それでも当然、命を賭けて俺を止めてくれるんだろう、マキト!
そうじゃなきゃ釣り合わないぜ。
世界を救うのはお前さんだ。
「僕一人だけじゃない」
どれどれ、ギターソロしながら見てやるか。
……。
ずいぶんと立ち直りの早いこった。
マキトの婚約者の猪突猛進女騎士――イスティ・ノイル!
復讐に生きた末に姉殺しの業を背負ったエルフ――リツェリディエル!
猫獣人――リコナ・ベルルコア!
ドワーフ――ブロイ!
飼い主――フレン!
犬獣人――ドリィ!
復讐代行ビヨンド――ヒイロ・アカシ!
魔物のハイブリッド――サイアン!
呪われたとしか思えないド不幸修道女――エウリア!
アツアツカップル少年の爽やかなほう――カズ!
アツアツカップル少年の不良少年なほう――タケ!
成り行きで度は道連れもはや保護者のスキンヘッドノマッチョ――マットくん!
そして愛しき我らがハンドラーこと――スナージ、もといJ・J・オースティン!
名前のわかるヤツだけ挙げても、ざっとこんなもんか。
こりゃあ壮観だ。
この前の帝都のリベンジとは、胸が熱くなるね。
まさか一つ覚えで頭数だけ揃えたなんて事は無かろうよ。
ちゃんと指示を出せるなら大したもんだと褒めてやってもいいが。
「……リベンジマッチは一度きりだ。僕達全員の勝利で終わらせる」
「この腰抜けさんがよ。遺族に菓子折り持って頭を踏まれに行く覚悟はできているかい」
ナイフとナイフの鍔迫り合い。
「できていなくても、やるしかない!」
互いに弾いて距離を取る。
「正直は美徳だとでも。嘘でもそこは覚悟ができていると言っておけよ」
「味方ならともかく、お前相手にハッタリをする意味がないだろ」
主体性は及第点、と。
状況判断力はどうかね。
俺は煙の竜を作り出す。
図体はワイバーンより大きく、レッドドラゴンよりは小さい。
せいぜい座席が5列あるジェット旅客機くらいの大きさだ。
馬力は段違いだがね。
そりゃあもう、辺りを滅茶苦茶に荒らし回った。
「売れ残りの萎びた野菜に入れ込むのは結構だが、それを食うだけならともかく、高いカネを支払う意味は果たしてあるのかね」
「あるよ。そうしなきゃ誰かが死ぬなら、僕は、僕たちは何度だって備えなきゃ」
煙の竜は塵のようにかき消された。
今回は自信作だったんだがね。
俺は弱くなっちまったのかい。
それとも、お前さん達が強くなったのかい。
なんとダーティ楽団も壊滅と来たもんだ!
残るは俺だけ!
スペル・クラッシュのせいで空も飛ばせてくれない。
鍔迫り合いが続く。
「備えるって言っても、そんなもんは別に、お前さんじゃなくても良かっただろう」
「今回は、たまたま僕が近くにいた。それに、動いていれば死ななかった筈の命を眼の前で失いたくないって感情は、あっちゃいけないものじゃないだろ?」
「助けちゃ駄目な命だってあった筈だぜ。わかるだろう。俺だよ」
「お前を助けた事を僕は後悔してなんかいないぞ」
「ちゃんちゃらおかしいね。俺はお前さんとは解り合えないって言った筈だぜ」
「僕は僕なりにラインを引いて接してきたつもりだし、お前がまとめていなかったら、世界はもっと酷い有様だったよ。その点に関して感謝しているのは本当だ」
「身の毛のよだつ回答をどうもありがとさん!!」
――。
* * *
そこから三日三晩、俺らは戦い続けた。
今まで色々な方向に向けられていた矛先は、やっと俺一人に向けられた。
ナイフは根本から折れた。
無尽蔵さながらの圧倒的な物量を前に、指輪の収納は中身を使い切った。
アイテムも、弾も。
両腕も切り落とされた。
両足は焼けて黒焦げだ。
右目は切られてもう見えない。
回復に充てるリソースは使い果たした。
だが、それでいい。
こうして見回してみりゃあ、俺の愛しい宿敵どもが俺を取り囲んで、思い思いの表情で、俺を……または俺の先にある何かを見てやがるじゃあないか。
そう、俺の知る限りじゃ誰もくたばっちゃいない!
……それでこそマキトだ。
そして、マキトは俺に一番近い場所にいた。
「マキト……この世界を頼む」
「僕一人では、やらないよ。みんなの世界だろ」
だが結局のところ、俺が任せたいのはお前さんだよ。
陽の光が、東の空から上ってくる。
空は、青色を取り戻していた。
ふと横を見る。
マキトは苦虫を噛み潰したような表情で、俺の武器だったバスタード・マグナムを手に取っていた。
残弾を確認して、名残惜しむように言う。
「お前のホームでロナと紀絵とナターリヤが待ってる筈だ」
「なんだ、やっぱり先にやられちまったか。あいつら、強かっただろう」
「そりゃあもう。心が折れるかと思ったよ……でも、これで終わりだ」
マキトは、駆けつけてきたイスティと顔を見合わせる。
そして、イスティが構えたバスタード・マグナムを、マキトが支えた。
銃口は俺の左目を狙っている。
「残り一発だ。よく狙えよ。ついでに、俺に何か言っておきたい事はあるかい」
「「――その敗北を、楽しめ」」
他に言いたい事もあったろうに、続きはまた今度ってか。
いいぜ。
それでこそ、俺の勇者だ。
寿命を迎えてなお俺に未練があるなら――
追いかけて、俺の正義を検証してくれ。
 




