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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
FINAL MISSION: 彼こそが、ダーティ・スー
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Extend 08 終着・執着・祝着・収着・月の摩女

 前回に引き続きジルゼガット視点です。



 元の世界に戻ってきた筈の私が、目の当たりにしたのは――


 人々が微動だにしない、無音の世界だった。

 空は灰色ですらなく、黒く濁っていた。


 ふと、気配を感じて振り向く。


 ――『誰?』


 真っ白な服を着た、透き通るような肌の女性だった。


 ――『私は、この世界を管理していた女神です。あなたのような厄介な病巣を切除してもなお、この世界は……マレブラニカは、維持、運営が不可能なレベルの打撃を受けていました』


 そして聞かされた。

 絶望をもたらす真実を、余すところなく!


 私は必死に頑張ってきたけれど、女神いわく、それこそがループの引き金だったという。


 私の助けた人が、彼を殺した。

 私が殺した人は、彼の仲間だった。

 “ある目的”が果たされずに彼が死ねば、世界はやり直す。

 そうやって、長い間ずっと何度も何度もやり直してループして、世界が少しずつズレていた。

 目的を果たしやすい世界へと、少しずつ形を変えていった。

 女神が少しずつ、そのように“修正”していた。


 私の親友が、私との記憶だけを失ったのも……

 私の、せいで。


 それでも私が抵抗をした。

 だから私は、追い出された。


 ……どうにも信じられない内容だった。

 だったら初めから教えてよ。

 なんで今まで止めに来なかったの?



 ――『どうして彼の邪魔をし続けたのですか? 彼は救済されなくてはならないというのに』


 ――『……納得いかなかったのよ』


 ――『たったそれだけの理由ですか? 一体、何が引っかかっていたというのです?』


 ――『怒らないと約束してくれるなら、答えてあげなくもないわ』


 ――『どうぞ。今更、偉ぶるつもりもありません。なんでも言ってみてください』


 ――『よそからガキ一人引っ張ってきた程度で、この世界をどうにかしようとしていたみたいだけど、あれの何が良かったの?』


 なんて訊いてみたら……確か、平和な国がどうとか、礼儀正しく我慢強い民族がどうとか、取るに足らない話を延々と聞かされた。

 あまりにも的外れで、無味乾燥な自慢話だった。


 あいつは、はたしてそんなに礼儀正しく我慢強かったかしら?

 それとも元の世界はあれより酷いのがわんさかいたとか?

 そもそもからして、人の性質を決めるのは血ではないと思うのだけど?


 なんて問いかけてみたけれど、女神様は人間などの想像もつかないような思考をお持ちのようだった。

 なにか言い訳じみたことを答えてきた気がしたけど、よく思い出せない。

 やってられないから、話もそこそこに、このボンクラ女神を分解しちゃった。


 ――『どうか、貴女だけでも救われますように』


 などと、あいつは言っていた。


 私は、力をすべて取り込んだ。


 その瞬間――



 地の底へと吐き出した怨嗟が悠久の時を経て逆流し、私を灼き尽くした。

 血肉も骨も魂も焦げ付いて、肉塊からおびただしい数の脊髄が空をめがけて伸びていく。


 脊髄は幾多もの枝となって、頭脳のような形になった。

 枝の先には、脳を模した果実が逆しまに実っていた。


 脳、脳、脳。

 私の、脳。

 すべてが私の脳。

 灰色の地面へと滴り落ち続ける脳漿。


 ほどなくして、枝々枝々枝々枝々枝々は炎炎炎に包まれ包まれた。


 私は、煌々と赤黒く燃える、巨大な世界樹となった。


 投影した思考の大部分は壊れて、支離滅裂な叫び声しか聞こえてこない。

 まるで、ゾンビ化した自分自身を眺めているかのよう。

 こんなに巨大な脳の形をしているのに、私は孤独な思慕にふけることを強いられた。



 ずいぶんな代償を支払うハメになった。


 ……それに見合うだけの価値を、絶対に見つけてやる。

 せめてあの子だけでも、■■■■だけでも、蘇らせないと。


 幸い、残ったまともな脳は、他世界に精神を転移させられる能力を有していた。

 転移先に、人体を一人分作れるだけの素材さえあれば、私の分体が作成できる。

 肉体は、ミンチからのほうが作りやすかった。


 その能力を利用して他世界に忍び込んで、情報や共犯者を集めて、いろいろな実験をした。


 世界を繋げるとか、ホムンクルスを作るとか。

 死者を蘇らせるとか、概念汚染とか。

(ああ、そういえば、私の成れの果てである本体も、いうなれば概念汚染なのよね)


 それらを、私の本体と共有した。



 最初は本当に大変だったわ。


 だってビヨンドというものが存在していた事すら知らなかったのだから。

 逐一、本体に知識を持ち帰らないといけない。

 それに、最初は物理的なものを持って帰る事もできなかった。

 分体の数も2体までしか作成できず、アクセスできるのも2つの世界だけ。



 うち1つがファーロイス世界。


 一部のビヨンドを利用して、彼らに――コンピュータ・ウィルスみたいな役目を担ってもらった。

 異なる複数の世界の、その境界に穴をあけるプログラム――そのキャリアーになってもらったの。

 おかげで、それからはさまざまな事がスムーズに運んだ。



 アクセスできる世界を増やせるようになった。

 能力も拡大できたから、分体も増やせた。

 他の世界から情報を持ち帰って、研究する――その効率が大きく向上した。


 概念汚染を防ぐ方法。

 複数の魂を保存する方法。

 生前の完全な複製を作り、魂を戻させる方法。

 世界の観測者達が全員退去した際、どのような崩壊が発生するか。


 そういった情報をすべて統合して、私は準備を進めていた。

 条件さえ整えば、私は人間を何人か作り出せるくらいには力を得ていた。




 ……でも、それだけだった。

 肝心の、■■■■の魂は復元できなかった。

 もう粉々になっていて、どこかに溶け込んでしまっていた。


 どうやっても、治せない。



 きっと、まずは魂を保存しておかなきゃいけなかった。


 ――『……あはは。なによ、それ』


 もう、とっくのとうに手遅れだった。



 罰も、憐憫も、上辺を撫でた説教も、要らない。

 大それた力も、気が狂うほど長い寿命も、誰かにくれてやりたかった。


 せめて、証明して欲しかった。

 私が受けてきた苦痛に、意味はあったのだと。

 私という代償によって得られたものが確かに存在したのだと。

 この無限とも言える苦痛は対価として正しいものであったのだと。


 けれど。

 きっとそれは不可能なのだ。



 マレブラニカは、既に凍結している。

 万物が時を刻むことを赦されぬまま、そこに在り続けている。

 そして万物は器だけを残して、その内側は朽ち果てていた。


 私を放り出しておきながら。

 私を追放してもなお、何度もやり直しを繰り返しておきながら。


 そんなものは無意味だった、と。

 それをこそ、証明してしまったのだ。



 ねえ。

 私は / わたしたちは

 どうすれば良かったの?

 運命に逆らうべきでは無かったとでもいうの?


 奪われ続けてきたことを、生暖かく笑いながら。

“大丈夫よ。私は怒らないわよ”

 なんて。

 痛くないふりをずっとずっと。


 ずっと、続けていれば良かったの?



 誰か教えてよ。

 もう、疲れたのよ。



 けれども、自死は選べない。

 そういうふうには出来ていない。

 防衛機能が働いて、端末は本体への攻撃がたどり着かない。


 だから、誰かに終わらせてもらうしかない。






 ――……なんてね。



 ははは!


 アハハハハハ!!!


 そんなおセンチになっちゃった時期もあったけれどもね!

 どうせ誰もわかってなんか、くれやしないのよ!

 私の痛みは私だけのもの。

 どんなに取り繕って悲しいふりをしてくれたとしても、奥底では鼻で笑うか、困惑しているに違いないわ。

 そうよ、「馬鹿げた事を」とか「理解できない」とか「こうすればよかったのに」とか、そういう感情は誰もが持っているし、誰もそれを否定できない!


 とにかく。

 此処までが創生録に記される、時空冒涜者・厄銘“虚禍ゼロ”の末路。

 そして、此処からが――



「――ここからが、私の叛逆。私だけの、叛逆」



 私は本を閉じ、椅子から立ち上がる。



 終わらせて欲しいと何度も願いながら、今この瞬間は精一杯、生き延びようと足掻いてみる。

 あまりにも醜悪だけれども、仕方のない事よね。

 私だって、もともとは人間だったのだもの。


 友人の死を乗り越えて、必死に今を生きようとする!

 まあ!


 なんて涙ぐましいヒューマニズムなのかしら!

 調味料を忘れたフィッシュ・アンド・チップスみたいに味わい深いわね!


 不幸のスケールでマウントを取りたがるのだって、きっと私が人間だからなのよね。

 悪いけど私、人間らしさを少しも脱せていないわ。



「神は王が作り出した」


 ダーティ・スー。

 私は確かにあなたを食べた筈だけど。

 どうしてあなたの声が聞こえるのかしら?

 くぐもっている。

 扉の向こう?


「子供が何かをする時、或いは仕出かした時、誰に許しを請うのか。それは、親だ。

 だが、親がいないなら、或いはてめえが人間の中で一番偉くなっちまったなら、誰に許しを乞うのか」


 ……。


「それが、神サマだ」


 彼は。

 私の口をこじ開けて、吐瀉物の塊から湧き出てきた。

 まるで沼から長靴を吊り上げたように。

 泥のような塊は人の上半身みたいな形を作り上げていく。

 やがてそれ(・・)は私と同じ、いや、私より大きな高さになった。

 そして人形の泥は、私が我に返るよりも先に、ダーティ・スーの形になった。


「ごきげんよう、俺だ!」


 まるで何事も無かったかのように!


「ずいぶんと手の込んだ手品みたいだけど、宗教勧誘ならお断りだわ」


「……俺は、神サマにはお前さんの所業に口出しをさせたくない。何故だと思う」


「あなたが、次なる神になろうとしているのね? あまりにも浅ましくて、私、勃起しそう」


「神サマだなんて厄介で曖昧な概念なんざ、無いほうがマシだ。俺が一括管理しちまうのも、悪くない案かもしれん」


「あなたごときに……できっこないわ」


 私の全身が、ざわめいていく。

 肌の色が――絵の具を垂らしたように――青く、マーブル模様を経て、青く、青くなっていく。

 全身に活力が――それと同時に灼けるような激情が、みなぎっていく。


 それは、歌いたくなるような鏖殺の衝動。

 それは、踊りたくなるような撃滅の律動。


 目の前の、お前を、ブチ殺して、弄びたい。

 くだらない、クソみたいな、取るに足らない、雑魚で、醜悪で、矮小で、愚劣な、お前を――お前達を!


 ……粉微塵に、叩き潰してあげたい。





「さ。始めましょうか? 久々に大暴れしてみたいの」


 はははははは。

 アハハハハハはははははははははははははは……



「アハッ、アハハハッ、イッヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィイヒヒヒヒヒヒ!!!!!!!!」


 空を高く飛ぶ。

 背中から大きな翼が、赤い粒子を纏いながら開かれていく。



 鳶のように、彼奴らの上空ぐるりと3週。

 狙いをつけたら一直線。

 切り刻むかまいたちを身に纏い。

 お前の首へと飛ぶ。


 地面 抉れ 砂埃 摩擦 火柱

 轟音 銃声 反射 弾丸 融解


「到着したからハイどうぞ、なんて退屈なだけだものねぇ!?」


 私の用意した結論だけが完璧なの。

 私の提唱した理論だけが正解なの。

 今はとりあえずそれが前提(・・・・・・・・・・)って事にしてくれなきゃ、私の気分が晴れない(・・・・・・・・・)ってもんでしょ!


 言ってみろ、私だけが正しいのだと!!

 言ってみろォオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




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