Task8 ジルゼガットを誘い込め
朝焼けが窓から差し込むログハウス。
まさに古式ゆかしい、西部開拓時代から連綿と受け継がれてきた生活空間だ。
――ただひとつ、俺がミニチュアサイズでテーブルの上にいるという事を除けば、だが。
目の前には、俺の何十倍も大きなジルゼガットが、テーブルに頬杖をついている。
奴がデカいのか。
俺が小さいのか。
どっちだって変わらんだろうね。
その大きさの差を埋めて勝たなきゃならないっていう点では、同じだ。
パチンッ!
煙の槍を浮かべる。
だが、その瞬間に――
コツンッ!
ジルゼガットがテーブルを指の爪で小突き、煙の槍は砕け散った。
「ここ、腐っても私の領域なのだけど?」
「だったら、出入り口に注意書きを書いておくべきだぜ。例えば“こちらから危害を加えますが大人しく受け入れてください”みたいなものをね」
「無駄よ。後にも先にも、来客はあなた達だけだもの」
達だとよ。
俺の他に誰を連れ込んでくれやがったのかね。
「そこを頼むよ、セニョリータ。お互い、最後に見送る時くらいお行儀よく済ませたいだろう」
「もう会わなくて済むならそれこそ気遣い無用だと思うけど? まあいいわ。それで? 魔王軍四天王の力は回収してこなかったの?
機を見て返してもらおうと思っていたのに、あのクソ皇帝ってば勝手に持ち逃げした挙げ句に誰かが殺しちゃったのよね」
「仕事先の元締め連中がやってくれちまったのさ」
「あのカテゴリに保険おりないの知ってるでしょ?」
「ああ、もちろんだとも。そして、ここにゃあ裁判所も弁護士もいないって事も当然この俺様はよく理解しているぜ」
「そうね。だって裁判をするまでもなく、私もあなたも死刑だもの。だから、殺すわね?」
そりゃあいくらなんでも気が早すぎるってもんだぜ。
人はおろか星々のいくつかが寿命を迎えるくらいの年数をクレイジーに過ごしてきたお前さんからすりゃあ、一瞬の出来事だろうに。
まあ、構わんさ。
もとよりどちらかがくたばらなきゃならんというのが今回の依頼だった。
可能な限り、望み通りにしてやるべきだろう。
「どうぞ好きにしてくれよ。ただ、お前さんが自力で戦ったところを俺は見た記憶がないんだが、果たしてどこまで頑張るのかね」
「本当は怖いくせに、私を挑発しようと必死なのね? ああっ、まったく可愛らしい。貴方が子犬だったら抱えて撫でる事もできたのに!」
「だが現実は、こうだ。俺はマダガスカルオオゴキブリくらいの大きさしかない。そもそもお前さん、口にこそ出しちゃいなかったが、大の男嫌いじゃないのかね」
「ご明察。他の世界の男もすべて、すべて、女に変えてしまいたい。あぁ、実際にそれを古の存在が試してみた世界もあったわね? 意外とうまく行ったみたいだけど、あなたも試してみない?」
「やれるだけやってみてくれても構わんが、お前さんが想像する以上につまらないと思うぜ」
「――じゃあ、や~めた♡」
どこからともなく現れた斧が振り下ろされる。
ジルゼガットの一撃は、容赦なくテーブルを叩き割った。
口の両端を吊り上げて、嬉しそうな笑みを浮かべてやがる。
「その小さな身体で逃げ回るのはさぞかし骨が折れるのでしょうね!」
どうかな。
――パチンッ
煙の槍を使えばハエみたいに飛び回れる。
だがやっぱり、ジルゼガットが指をスッと動かすと、煙が散り散りになった。
「無駄よ。丸裸にしてやるわ」
つかもうとしてきたジルゼガットの手を撃ち抜く。
ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!
「うッ!? ――あぁぁあああッ、痛、何、この……」
ふははははは!
左手の指を全部ドーナツにしてやったぜ。
「開通おめでとう! その穴にイルカでもライオンでもくぐらせていいぜ!」
「こッ……の……ッ!」
唇を強く噛んで、顔を赤くしてご立腹だ。
あのジルゼガットが!
そんな馬鹿な。
ありえないぜ!
「いい表情だぜ、ジルゼガット! お前さん、指が何本か吹き飛んでもヘラヘラできる神経をお持ちじゃあなかったのかね!
ああ、いや、いい。理由はそこじゃなかっただろう。きっと、魔法みたいな銃だって使える筈がないと踏んだんじゃないのかい。
で、完封したと思っていたのに、指が貫通させられたのが気に食わない――という推理! どうかね」
そうら図星だ。
ますます顔が赤くなってやがるぜ。
「ペットのインコに指をついばまれるよりも、テーブルに足の小指をぶつけるほうが頭に来るだろう! ふははははは!」
「くそ……どうやってブチ殺してやろうかしら……待ちなさい! 待てったら!」
フライパンが頭上をかすめていく。
テーブルや壁に、フォークやナイフが刺さる。
次々と投げつけられたグラスが、あちこちで破裂した。
「アハハッ!! 逃さないんだから!!」
何も機関銃まで持ち出す事は無かろうよ。
俺を棺桶に放り込みたいなら、その両手で充分だった筈だぜ。
「ねえ、ダーティ・スー。本当の正義なんて、見つかると思う?」
「お前さんの言う“本当の正義”なるものが、よくわからん。それは何だね。現実か真実かで言うと俺は後者だと、そう言いたいのかね」
「ほら、自分でもよくわかってない。いや、曖昧なままで続けてきている。
結局あなたは目立ちたいんでしょう? 気に入らない人を邪魔して、陥れて、いたぶって、弱っているのを見て悦に浸っているだけ」
そう見えちまう事については、俺だって決して自覚的じゃなかったわけじゃなかった。
むしろそう見えるように振る舞って、ふるいにかけた。
「俺の人生に観客がいるとしたら、お前さんはその観客たりえなかっただけの話じゃないのかね」
「嫌なら見るなって? それこそお門違いだわ」
「そんな野暮を言うつもりはないぜ。嫌なら書き足せばいい」
「いいの? 私にそういうこと言ってしまって」
「手に入れたなら、お前さんの物だ。それとも何だね。観劇の途中で腰を抜かしたのなら、どうぞこの係員めの手を取るがいいさ。今すぐにでも尼寺送りにしてやるぜ、オフィーリア」
「アハハ! そんな小さな手にすがりつくほど落ちぶれちゃいないわよ、かわいいハムレットさん――はい、捕まえた」
よし、俺を握りしめたな。
それじゃあ条件成立だ。
今、お前さんの脳裏には何かしらのアイデアが浮かんでいる筈だぜ。
俺が発動させたのは、特定の行動がスイッチになるスキル“アイデア効果限定・不特定テレパス”だ。
今回は――俺を握り潰そうとしたその時にアイデアが浮かぶようにする、というものだ。
相手の脳味噌が複雑怪奇であればあるほど、条件付けには時間がかかるらしい。
だから、何かと時間稼ぎが入用だったわけだが……果たしてそれは上手く行った。
「あ、いいこと思いついた」
「なにか素敵なひらめきがあったのかい」
「ええ。私の今まで受けてきた痛みを、あなたに追体験させてあげる」-
「そりゃあ楽しみだ。気が狂うほど楽しませてくれ」
「望み通り、魂の根っこから狂わせてあげるわ」
口の中に放り込まれた俺の意識は「ガリッ」という音と共に、吹き飛んだ。




