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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
FINAL MISSION: 彼こそが、ダーティ・スー
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Extend 06 彼女の選択肢


 エウリアと紀絵が戦っている時、ボクは両者に憑依魔術を使用していた。

 今回は夢を見せる魔術。


 正確には、夢を通じて精神の奥底へと潜り込む魔術。

 複数人にかけると、同じ夢に他の人達も存在するようになる。

 そして精神の奥底の心象風景は複数人のものが混じり合う。


 エウリアも紀絵も現実のほうでは理性を失っているから、この能力を使っていても動きは止まらない。



 エウリアのそれは、暗く湿っていて、またひどく肌寒い。

 本人の精神状態が強く作用しているのもあるだろう。

 あと、生まれる前に死んでいった赤子――水子達の魂が融合しているのもあるだろう。


 本来は、それまでの過去とその当時の心境をハッキリ見る事ができるのだけど……

 錯乱しているからなのか、部分的にしか見えない。



「はぁ、はぁ、はぁ……ッ、ははは、はははははははは、あははははは」


 エウリアの姿は現実世界よりもだいぶ幼い。

 乾いた笑みを浮かべて、ぬいぐるみのお腹にナイフを何度も突き立てている。

 よく見るとぬいぐるみは、エウリアを模しているようだった。



 ボクは、エウリアの肩に手を置いた。


「本当にごめんなんだけど……キミの中身を少しだけ見させてもらった」


「ははは、あははははは……あぁ。あなたは、あの時の」


 そうだね。

 ボクらは、闘技場で戦ったことがある。

 エウリアは手を止めてこちらに向き直り、地面に座り込んだ。

 クマの多いその両目に、光が宿っているようには見えない。

 エウリアの周りに、赤子のような姿の影がいくつも漂ってくる。


「この子達は、生まれる前に死んでいった子供――水子の霊。

 この子達に感情は殆ど感じられないし、わたしが勝手に怒っていただけだけど、この子達がそばに来てくれたから、わたしはわたしの怒りを肯定できた」


「ボクの知っている人も、そういう人だった。この世界の理不尽、人間の引き起こす惨たらしい何もかもに嫌気が差して、大きな何かを作る事で、そういったものに手当たり次第に復讐をしようとしていた」


 ボクの知っている人――ナターリヤがそうしたかったきっかけが何なのかは結局ちっともわからなかったけど。

 けど、真っ黒に焦げ付いたような心は、キミによく似ていた。

 きっとボクも、部分的には似ているのかも。


「まったく同じ道は歩めないかもしれないけれど、手を取り合うくらいはできる。ボクもキミも、その傷跡はよく似た色をしている筈だよ」


「わからないよ……わたしの何を知っているっていうの……ここから見える範囲じゃ、たいした事はわからないでしょ」


「わからないから、これから教えてほしい」


「話をして、何の意味があるっていうの……」


 ボクは返答に困った。

 大義名分は、いくらでもある。

 キミを助けるためだとか、困った人は見過ごせないとか。

 よく似た生き方をしているとか。


 やっぱり、そのどれもが空虚なのかな……

 結局ボクは、魅了の異能を使わないと振り向いてもらえない、ただの怪物なのかな……



「話をする意味――もとい価値は、あとから決めたらよろしいのではなくて?」

 ――人が、ふわりと上から降りてきた。


「臥龍寺、紀絵……」


「お久しゅうございます。その節はお世話になりました」


 そう言って、紀絵は優雅な所作でカーテシーをした。

 お嬢様らしいや。

 エウリアは、膝を抱えたまま微動だにしない。


「……ふたりとも、わたしの事なんてほっといて、他の人を助けに行ったほうがいいよ。それと、カズ君とタケ君とマットに伝えてほしい。わたし、ちょっと頭を冷やさないと」


 ……頭を冷やすとは言うけれど。

 それは正確な表現じゃない。

 彼女は、死のうとしている。


「頭なら、今ここで冷やしませんこと?」


「……」


「わたくしも、何もできず閉じこもる事しかできなかった時がありました。

 もちろん、あなたほどの深刻な理由ではありませんけども。少し、愚痴話に付き合ってくださいまし」


 紀絵は、今度は手元から椅子とテーブルとお茶とお菓子を出した。

 なんでそんな使いこなしてるの!?


「え、待って!? キミ、どうやったの、それ!?」


「明晰夢の応用でしてよ。現実のお腹が膨れるわけではなくとも、こういうのは気分。そう、気分が大切ですわ!」


「まぁわからないでもないけど……エウリアさんも、こっちにおいでよ」


 それから、ボクと紀絵は今までのいきさつを語らった。

 愚痴をたくさん聞いた。

 時には怒ったり、泣いたり。

 笑ったり、喜んだり。


 そうこうしているうちにエウリアも、少しずつ口を開き始めた。

 やっと、打ち解けてきたかな。


 合間にご主人様(ダーティ・スー)について、二人がどう思っているか、とか聞いてみた。

(要点をまとめると紀絵にとっては手のかかる隣人で、エウリアにとっては得体の知れない恩人って感じ)


 そして、エウリアの今までを、エウリアの口から聞いた。


 横転――商家の娘として転生し、議会騎士の家に嫁ぎ、生まれた子が盲目で……

 暗転――子を満足に産めぬ身体ゆえに放逐され、冒険者になっても従属を強いられ……

 好転――“真実の愛”という目標や信頼できる仲間との出会いが、破滅を望む“声”を退け……

 捻転――人の身で為せる限界への無力感と失意の真っ只中で、ボクと戦い……

 一転――知人の手によって、エウリアにとって望ましくない形で娘が視力を回復した。

 逆転――そして娘が子を宿していたのは、やはり知人……デュセヴェルの仕業だった。

 空転――エウリアは世の歪みを“糺す”という目的に突き動かされ、ついに狂気に呑まれて竜と化した。


 意識のハッキリした彼女から聞かされた、これまでの人生は……凄惨で壮絶だった。

 ずっと、彼女は道具である事を強いられていた。

 身分こそ奴隷ではなかったとしても、奴隷のような日々を過ごしていた。


「デュセヴェルは、わたしを未亡人と言った。かつての夫にすら、わたしは復讐しそこねたという事。でも、それは諦めた……それより、わたしの娘の、出産どうしよう。もうあの大きさじゃ中絶は……」


 ひどくノイズだらけだったけど、娘の名前は見た。

 けど、エウリアの自罰的感情が、娘の「この人には呼ばれたくない」という言葉に引きずられていた。


「……異世界にアフターピルって無いんだよね。ほんと馬鹿みたい」


「マジそれなー!! ……コホン。甚だ同感でしてよ。わたくしが依頼でご一緒した人も、度し難きクソ野郎のせいで望まぬ妊娠を。その人は結局、産む選択をしましたけれど、今でもわたくし、どちらが幸せなのかわかりません」


 名前を明かさないあたり、思慮深い。


「あの子は……産みたがっていた。今でも、ふざけんなって思う。どうして、あんなクソ野郎なんかの子供を、あの子が産まされなきゃならないんだろう、って」


「それは、ボクも同感だ。けれど……当人が産むと決めた以上は、産ませてあげるべきだとボクは思う。ナターリヤの残した技術には無痛分娩もあった筈」


 ボクが意見を述べたのは、失敗だったかもしれない。

 エウリアの表情が、にわかに暗くなる。


「そうだよね……子を産んだ事が無くたって、その程度の事は知らなきゃ駄目だよね」


 紀絵は一瞬だけ目を見開いて、それから、神妙な表情でエウリアの手を握った。


「完璧な母親なんていません。わたくしの親も、およそ完璧とは言い難い人でしたもの。

 そして、わたくしが仮に母親になったとしても、やはり理想の親を演じられる保証はない」


「うん……」


「でもね。エウリアさん。わたくし、あなたの友達にはなれましてよ」


「はっ……ともだち、ね……」


「そ。なんとも軽薄で、理想主義的で、生ぬるい言葉でしょう? でも、そんな吹けば飛ぶような綺麗事であっても、気休めであっても、良いではありませんか。乾いた喉には、朝露の一滴だって染み渡るものでしょう?」


 なんかすごくご主人様の語彙に影響されているっぽい。


「もちろん、憎悪も大切に取っておきましょう。繋がった心を見て知った。あなたの持っている怒りは、間違ってなんかいない」


「そう、なの……?」


「確かに、生まれる子に罪はありませんものね。けれど、わたくしもエウリアさんと同じ立場なら、同じように憤慨します。

 だって、許せませんもの。いくら娘さんが望んでいたとしても、それは恣意的に狭められた環境の中での意思でしょう?

 “傍目に見て騙されているのは明白なのに気づいてもらえない”という事がどれだけ心に虚しさを募らせるかは……他人の不正の片棒を担がされ、切り捨てられたわたくしにも、よくわかります」


 そう。

 紀絵も、理不尽な攻撃に晒され、失意のうちに死んだ人だった。

 ボクもさっきお互いの身の上話をして初めて知った事だけど。


 会社から渡された線画データが、インターネット上から違法ダウンロードした他社のゲームのイラストをトレース加工したものだった。

 急な仕様変更とシナリオ変更でイラストレーターが人手不足となり、納期に間に合わせるために会社が無茶振りをした結果がそれだった。

 紀絵は……社会的信用を失って、やがては過労で倒れた。


 死後数年が経って、やっと名誉を回復できたという。

 並の神経なら怨念や悪霊か何かに成り果ててもおかしくない。

 けど、今ここでエウリアの両手を握る紀絵からは、微塵もそういった雰囲気を感じない。



「ははは。かなわないな……ほんと」


 口をついて出るボクの独り言に、エウリアもうなずいた。


「……ね」


 エウリアは悲しげだけど、憑き物が落ちたような面持ちでもあった。

 これで紀絵がドヤ顔でカーテシーをしていなければ、もう少ししんみりとできたのだけど。


「ふふ。それほどでもなくてよ。わたくし、狂い果てて怪物になったのは今回が初めてではありませんもの。人間に戻った時、スッキリしていますわよ。

 ところでサイアンさん? この精神世界の時間の流れって、現実と同じくらいでして?」


「そうだよ。だからボクらがこうしている間にも、キミ達の身体は怪物に変化したまま暴れ続けている。あれだけの体積じゃ動きは止められなかった。

 でも、周りはとっくに避難を終えていたから人的被害はゼロだよ。マキト達が抑え込んでくれている。それに、ロナちゃんも」


「では人命に被害が出ていないので、どうにかお咎めなしにしてもらいましょう。せめて、あなただけでも」


 紀絵は、エウリアの両肩を軽く掴む。


「どうしてそんな事を……?」


「伊達と酔狂、ではいけませんか? 大丈夫。まかり通らせてみせますわ。わたくし達には、他人の濡れ衣を取り払うプロフェッショナルが付いていますもの」


 ……何故か、謎の説得力があった。

 周りにいる人のせい、なのかな。


 何にせよボクも仕事を終えたんだし、精神世界から現実に戻りたい。

 ボクを待ってくれている、かわいい赤毛の恋人がいるから。




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