Task6 スナージと戦え
長らくお待たせいたしました。
ようやく完結までの段取りが整ってきたので、投稿を再開します。
――タァンッ
「か、かはッ」
おや。
皇帝陛下殿が狙撃されちまった。
こりゃあ参った。
喉に風穴ぽっかり開けて、ひゅうひゅう虫の息と来りゃあ、どうしようもないぜ。
背後から、砂利を踏みしめる音が聞こえる。
「――残念だが、お探しの魔王様とやらは、実在しない。ジルゼガットのペテンだ」
スナージの声だ。
まあ今更、驚く事でもあるまいよ。
いつ来てもおかしくはないし、こいつの話の内容だって、ごくありきたりだ。
「わかりきった事さ。だが、こんな世界じゃその気になりゃあシラを切り通せるぜ」
「この映像データを。こいつを、俺の協力者が流す」
俺は投げ渡されたスマートフォンの液晶をタップして、動画を再生する。
その間にスナージはジッポライターで煙草に火をつけていた。
へえ、どれどれ。
……。
ああ、確かにペテンの仕込みの証拠がバッチリだ。
どこでどう集めたのかは知らんが、何のひねりもない。
公開したところで、
(時間稼ぎも兼ねてやがるな。こいつが一人で来るとも思えん。伏兵は探っておくとしよう)
「ケチな映画の予告編のほうがまだ楽しめる」
スマートフォンを投げ返す。
「違うかい、スナージ。魔王が本物だろうが偽物だろうが、この世界にとっちゃあ些細な問題だ。
なにせ現実に、人は争い合って、坊さん連中の懐は今やスーパーカーが買えるほどに膨れ上がってやがる。
誰かが魔王を演じてようやく、三割くらいがまとまるかどうかだ」
俺も小瓶の中身を口にした。
しばらくは味わえない。そんな予感がした。
「その魔王をお前が演じるとでも? ダーティ・スー」
この俺の役割を、魔王と名付けるならば、そう呼んでいいだろうよ。
だがそれは望ましくない筈だ。
「何だね。そんな器じゃないとでも言いたげじゃないか」
「だからそう言ったんだよ、俺は」
……。
見つめ合う。
「どうせ俺を枝に吊るしてジルゼガットが飛んできたところをまとめてしょっぴこうって魂胆なんだろうさ。歓迎するぜ。俺はね」
「……わかってる。お前の連れ合いには手出ししない」
「助かるよ」
俺は、バーボンの残っていない小瓶を高く放り投げる。
「――悪は生まれた。正義は何処だ」
と、スナージ。
血のように暗い赤色の炎に包まれたかと思えば、パワードスーツに早着替えだ。
両目を覆い隠す、VRゴーグルみたいなバイザーがなんとも洒落てやがる。
「――俺の正義を“検証”してみろ」
と、俺。
いつもの黄色いご機嫌な怪人へと、外装を纏っていく。
「スナージ、もとい――影狗十三番隊“青薔薇隊”隊長、ジェイソン・ジェレマイア・オースティン! 規定に従い、ダーティ・スーの討伐を開始する!」
――パリンッ
高く放り投げたビンが、ようやく地面にぶつかった。
砕け散るガラスを跳ね飛ばしながら、俺達は一気に距離を詰めた。
いや、そうせざるを得ない。
さっきまで俺達がいた場所と駆け抜けた場所は、数秒の間をおいたあとすぐに、ガトリングガンの銃弾やら光の塊や煙の槍やらで滅茶苦茶になっちまった。
俺達が二人で、同じように物を考えて、トリガーに指をかけて、そうして赤茶けた土を真っ赤に灼き尽くした。
誰だってそうだ。
一発で仕留められりゃあ、それに越したことは無かろうよ。
両手と両手。
互いに絡み合った指は少しも動かせない。
「ジェイソンとジェイナスたあ、贅沢じゃないか、スナージ!」
「るせェ! おふくろが付けた名前にケチ付けンな!」
時間差で、真横にガーゴイルが墜落する。
彫像じみた岩の身体が、落下の衝撃で砕け散った。
さっきの撃ち合いで巻き込んじまったらしい。
オー、かわいそうに!
続いてワイバーンやらインプやら、はたまた空飛ぶ幽霊船やらも次々と地上へ真っ逆さまだ。
巻き込む気は無かったが、いつも以上に余裕が足りないのもある。
とてもじゃないが、これだけよく動き、正確に狙い撃ってくるような奴を相手にして、いつでも周りに気を配れるほど俺は強くない。
「なぁ、ダーティ・スーよう! 本当は、お前だってヒーローになりたかったんじゃないのか?」
「あいにく、そっちの才能は無かったよ。前世で死ぬほどよくわかった」
「お前の冗談は――」
どっちが先に手を離したかは、よく見えなかった。
次の瞬間には、お互いの頬に拳をぶつけた。
「――笑えねぇ!!」
「嘲笑ってくれてもいいんだぜ!」
こっちは煙の槍で押し返してやった。
「く――ッ」
「ふははッ!」
ズドン!
ズドン!
奴の足元にプラズマ弾頭をブチ込む。
バイザー越しじゃあ目くらましにもならんだろうが、足場を悪くしてやったほうが何かと遊び甲斐があるってもんさ。
「例えば“授業中にテロリストが教室を占拠したら”――なんて妄想をするヤツはごまんといると思うがね」
「俺もそのクチだ。テロリストにでもなってクソ先公をブチ殺す妄想をした」
「ああ、そうだろうね」
俺はぜんぶひっくるめて笑い飛ばしていた側だったよ。
「ビヨンドなんてもん自体、神サマ連中からすりゃあヤクザみたいに見えるだろうよ。
手前らで作った世界の枠組みを、神サマじゃない奴らが飛び越えてくるわけだ。
そして、そのヤクザもんなりのルールに、俺は背いたと」
「よくわかってるじゃねぇか。忠告もなしに切り捨てようとしているのは悪いと思ってる」
「謝るなよ。そうじゃなきゃあ、ビヨンドでもないのに世界の枠組みを超えて勝手に飛び回る薄気味悪い女をしょっぴくのも時間がかかりすぎるってもんだ」
だが同時に組の不始末は組が片付けなきゃ、筋も仁義も通らないってか!
ふはははは!
難儀だねえ!
「話を戻すが……俺はね、テロリストを倒すという妄想自体を笑ってきた。いつか、日常に異物を招き入れる浅はかさを呪えばいいと、ずっと思ってきた」
「浅はかなのはお前も同じだ。その“日常”が平和とは限らないだろうが」
「だったら、なおさらだぜ」
靴をゴミ箱に放り捨てられるだの、財布の中身を引っこ抜かれるだの、そういう穏やかじゃない毎日を過ごさなきゃならん連中が本当に必要なのは、てめえの手でその平和を脅かすクソ共を叩き潰す成功体験だ。
「拳の痛みを知らないまま復讐が大団円を迎えても、心臓に溜まった灰は燻り続ける。
背後に敵を残したままヒーローになっても、いつかはケツが燻っていく。
その燻りは驕りであったり、あるいは満たされない想いであったりする」
……はて。
俺は、俺の人生しか歩んでこなかった筈だが。
どうしてこんなに、何人もの人生を見てきたかのような悟りを開いちまったのかね。
いや、野暮な物思いは止しとこう。
さんざっぱら気取った生き方を目指してきたんだ。
悟ったふりが今更ひとつふたつ増えたところで、何も変わりはするまいよ。
スナージの放つガトリングガンの弾幕が、俺と奴との間に距離を作る。
毎分2000発の凄まじい連射速度は、煙の壁でも吸い込みきれないかもしれん。
じゃあ俺も対抗して、インベントリからガトリングガンを取り出そう!
こっちはパワードスーツでの運用を勘定に入れていないから、スナージの物より連射速度が低い。
それでもいいさ。
何発かは煙の槍を混ぜて弾道を弄ればいい。
そうら、銃口に弾が詰まりゃあそれで終いだ!
3!
2!
1!
ドカンッ!!
スナージのガトリングガン、ここに眠る!!
「くそッ!」
で、スナージは早々にガトリングガンを捨てちまった。
ゴロンゴロンと転がっていったそれは中で悪い方向に火を噴いたのか、爆発して飛び散った。
スナージの手勢はこれだけじゃあない筈だが、ちっとも姿を見せない。
よっぽど苦戦しているように見える。
それならそれでいいがね。
もとより、マキトとの決着まで耐えられるかは賭けだ。
さて、ロナと紀絵は元気にしているのかね。




