Extend 06 臥龍寺紀絵、ブチキレ大変身
「まもなく目的地に到着!」
「ええ、いよいよお披露目ですわね!」
やった!
これで専門外な話を延々と聞かされるダルダルタイムとおさらばだぞ!
ああいうのはね、わかる人同士で話をしたらよろしい!
正面の大型モニターを、他と違うカラーリングの飛行機が横切った。
「あのちょっと禍々しい感じの赤黒い飛行機は、何者ですの?」
「おお! あれこそがナターリヤの専用機!」
赤黒い塗装に金色の装飾とか、しかも専用機とか。
わかるわー……私もそういうのロマンを感じちゃう。
でも、世間じゃそれをどう言われているかというと、こう。
「中二病……の香りを、そこはかとなく嗅ぎ取りましてよ」
今度、詳しく語り合う必要がありそう。
わくわく。
「あー! 扱いが違いますねェ!? なぜワタシの時はNGでナターリヤの時はOKなのか! 似た者同士だというのに!! なんという理不尽ッ! なんという不条理ッ!」
「いやいや。そういうところですわよ」
お互いに向き合うのが会話!!
独り言を聞かせたいだけならね、壁とかAIとかにでも話をしたらよろしい!
「随分と楽しそうだ。私の席はあるかな?」
……!?
「げェー!? あ、アナタはミスター・リヴェンメルロン!!!」
え、いつの間に侵入したの!?
艦内、それも高高度なのに!
「紳士の語らいとあらば、私もご相伴に与ろうかと思ったのだが」
などと、涼しい顔で肩をすくめる。
そして、対するステイン教授はといえば……
「ンンンならばよしッ!!! すぐにでもお席をご用意しましょうッ!!!」
「いや“よし”ではなくてよッ!!」
――バシィッ!!
「ぎゃあ! マジカルハリセン!?」
つい怒りに任せて後頭部に強烈な一撃を浴びせてしまった。
だ~って、しょうがないじゃんネ!
どう考えても敵なのに、のんきにお茶しばいている暇など無いのである!
いっそのこと秘密のスイッチで外に放り出してしまおうか。
そんな便利なスイッチがあるかどうかもわからないけど。
何にせよ、すごい空中空母(確か空母だったよね?)でハイジャックとか笑えないぞ!
戦局をまるごとひっくり返されたら“死”でございます。
ていうかセキュリティどうなってるの……?
「それでは、始めようじゃないか」
「その前に、おひとつよろしくて?」
「何かね?」
「いつも右肩にいる筈のお友達――イヴァーコルさんは、本日おやすみですの?」
「君が休んでいた時、ダーティ・スーにも同じことを訊かれ、そして同じことを私は答えた事を思い出す。彼女なら別件で業務遂行中だよ。今回もね」
「――ッ、まさか!」
その場の空気が一瞬にして緊張に包まれた。
イヴァーコルは肝心なところでポンコツだけど、だからこそポンコツぶりをこんな大きな空中空母で発揮したら……
私達はもちろん、帝都も無事じゃ済まされなくなる!
怪しいシャンプーの長ったらしいクソみたいなCM動画を3度も連続で見させられるよりも悲惨な事になっちゃう!
「いけませんねェ!! これはこれはいけませんよォ! ミス・ガリョージ! ここはワタシが食い止めます! アナタは別働隊を探してくださァい!!」
「あ、これ、クライマックスシーンによくあるやり取りですわね!」
この人のこと今まで苦手だったけど、ちょっと見直しちゃったかも。(私は人並み以上にチョロい)
よし、イヴァーコルちゃんを探して、相手の意図を探ってみよう!
ただ、まぁ……たぶんだけど。
私がどうやったってスー先生は何とかしちゃうというか。
どのルートでも「想定内だぜ」くらいのことは平気で言ってくるんじゃないかな!
謎に千里眼持ちみたいなムーヴをするからね!
そして実際にどうとでも良きに計らえてしまう安心感……
ちょっと頑張ったところで無駄だけど、うっかりさんを負い目に感じなくて済む!
甘え放題だ!
……なんてね。
全面的にサボるところまでは、さすがにできないや。
そう、私は真面目系クズなので!
ほどほどに頑張るとしますか!
……とかやっていたら、あっという間にイヴァーコルを見つけてしまった。
なんと、マキトくん達を捕らえているカーゴルームにいた!
最初に当たりをつけておいて良かった。
というか侵入警報が仕事をしてくれないのis何……
そしてイヴァーコルはどうやら、ロックの解除方法がわからなくて手当り次第にそこら辺の物を壊しているみたいだ。
しきりに首を傾げながら「これかな?」とか「いや、ここか!」なんて言っている。
「見つけましたわよ――」
「――ギャアアアッ!?」
わ、すごい声で飛び上がっちゃった。
しかも、飛び出た配管に思い切り頭をぶつけている。
あ~あ……痛いだろうな……
「だだだだだ誰を見つけたのかしら!?」
「もちろん、貴女ですわよ」
「も~!! いつも、いつも、いつも! どうして! 私のこと、みんなすぐ見つけちゃうのよ!!」
頬を膨らませて地団駄を踏んでもダメです。
「どうか、お気を落とされませんように。誰にでも得意不得意はありましてよ」
「いやいやいやいや! 敵に慰められるの釈然としないんだけど!?」
そんなつれないことを言わないでよ~!
悲しい気持ちに寄り添いたくなる人だって、世の中のどこかにはいるって。
「それで、どこでお困りですの?」
「えっと、この大きな鳥籠が開かなくて……」
鳥籠もとい、マキトくん達が捕らえられている檻を見る。
確かに頭数は揃っているね。
そして、注意深く私達の動向を伺っている。
「な~んだ、そういう事でしたのね!」
じゃあ手伝うふりをして捕まえて――
「――お生憎様だが、君の手口は……」
「あ、れ……?」
いつの間にか、両手に手錠がかけられていた。
「本職の眼には、ひどく稚拙に映る」
声のするほうを振り向くと、骸骨のように起伏のない顔をした謎の男がいた。
「「え、えェェェエエエエ!! 誰!?」」
……。
いや、私はともかくイヴァーコルまでびっくりするのちょっとわからないぞ!
えっと、それで、その……
「――誰ですの!?」「――誰なの!?」
「質問にはお答えできないな。ジェームズ・ボンドでもシャーロック・ホームズでも、或いはアルセーヌ・ルパンでも……好きなように呼ぶといい」
あ、つまりその手の、そういう系統の人ね。
マキトくんは、事も無げに檻から出てきた。
「僕が一人しかビヨンドを召喚しないとでも? スパイにはスパイで。数には数で、腕利きには腕利きで対抗するだけだ」
なんてこった!
私ってば、初歩的な所から見落としていたよ!
あ、でも……この手の駆け引きでマキトくん側が一歩リードするのって初じゃない?
ここは、スー先生の推しが成長しているっていう事実を喜ぶべきなのかもしれない!
やったー!
はぁ……負けた……
当然、脱出成功したのはマキトくんだけじゃない。
愉快な仲間たちもマキトくんの後ろから続けざまに出てきて、口々に私を労ってくれた。
「いま一歩足りなかったな、トーエ殿? 我々を謀った代償、しっかり支払ってもらうぞ」
イスティさんがいつになく清々しい表情。
「悪く思うなよ。アンタも悪党とつるむのは程々にしときな」
リコナさんの正論が耳に痛いけど、私はゴミのような性質だから今更どこにも行けない。
「世界を……こんな世界を、貴女の信じるあの男は、救おうというのですね……貴女も、せいぜい、絶望に狂わないことを祈りますよ。ふふ、ふふふふ……」
リッツさん……次に異形化するのがあなたでないことを祈るよ……。
「儂、いつも思うんじゃが……お主とは、友として会いたかったのう……」
あー、わかるー……私がスー先生の近くにいないくらいじゃ状況は変わらないだろうし。
隣から“すぅ”と息を吸い込む音が聞こえてきた。
「――イスティ。彼女は戦略的に考えて僕達にスパイ活動をしていた。けれどもそれは目的達成を意識しての事だよ」
「だ、だが……!」
「落ち着いて。彼女は、騙す事それ自体は目的じゃなかった。たとえ、ちょっと楽しんでたとしても」
「……そう、だな」
おー。
見事に説き伏せた。
実際、あのとき私は楽しんでいた。
でもそれ以上に、私が自分自身で居場所を潰したくなかった。
役立たずの私が存在価値を証明するためには、色々と試してみるしかない。
「リコナ。少なくともダーティ・スー達は悪党じゃないよ。更にえげつない何者か、だ」
「だったらもっと始末に負えないじゃねーか」
つまり、私はとんでもない人と組んでいるって事かな?
そんじょそこらのチャチな悪党なんかじゃない、世界の命運を左右するような存在と……組む事をスー先生に許されている、ならいいかな。
「リッツ。僕はね、これ以上狂わせないよ。僕が阻止してみせる」
「どうぞご勝手に。わたくしには関係のない事です」
うぅ……怖いよ~……
完全に闇堕ちしてるよ~……
「ブロイ。彼女は、きっと友達になれるよ。けど、彼女らの仕事は多分……君と似ている」
「裏方事務と諜報活動、周りへの根回しと、帳簿とのにらめっこ……替えが利かない割に忙しいという事かの」
「諜報活動と根回しが、この人の担当だ。多分だけどね。こっちも偵察妖精を放っただけだから、何とも言えない」
いつの間に!
この船のセキュリティは、一体どうなっているのか。
もしかして、ザル……?
「えっと、遠江さん、それとも紀絵さん……と呼べばいいのかな」
「は、はい!? はい!!」
急に呼ばれてびっくりしてしまった。
「君は、自分で思っている以上に、僕達にとって脅威になり得る。だから、このまま人質として使わせてもらう」
なんか褒められた。
嬉しいけど結局こうして囚われの身なので、ちょっと複雑な気分。
……と、いうわけで連れて来られてブリッジに戻ってきました。
けれど……――
「――しかし、霊魂がプラズマの塊というのは与太話とばかり思っていたが、幾つかある平行世界の中でごく一部は本当にプラズマと等しいエネルギー体を身に纏っていたとは。実に興味深い」
「いやいやワタシも驚きましたよまさか霊体を観測するための装置の開発に成功しておりしかもそれが目の前にあるというのですからだがしかァしそれもあくまで序章に過ぎず――」
本当にお茶を酌み交わして、和気あいあいと談笑しておいでです。
私、思わず転倒。
えーっと。
……え~~~っと。
あ、イヴァーコルが微妙に困惑しておられる。
「マスター、これは一体どういう事ですか」
「ああ、イヴァーコル。ご苦労だったな。一戦交えようと思っていたが、存外に興が乗ってしまった。君もどうかね」
「はい。ぜひご相伴に与りたく存じます」
おいィ!?
「では諸君らもどうかね。なに、時間はたっぷりある」
――ブチンッ
私の中で、何かが弾け飛んだ。
ブラのホックか!?
ヘアゴムか!?
いや、違う!!
私の堪忍袋の緒だ~~~!!!
「……もう辛抱たまりませんわよ!! お前ら真面目にやれェエエエエエエ!!! ――変身!!!」
そうして私は光に包まれたのだった……




