Task3 エウリアVSデュセヴェルの戦いを見届けろ
俺は窓枠に腰掛けて、次のお客さんを待っていた。
簀巻きのヴィクトラトゥス宰相殿はクレーンに引っ掛けて吊り下げておく。
そしてデュセヴェル管区長殿は地べたでお留守番!
すると――
「――ガアァア!!」
エウリアが、ドアを蹴破ってやってきた。
ワーオ!
随分とべっぴんさんになっちまって!
裂けた口から覗く不揃いの牙と、その隙間から小さな雷雲が帯電しながら漏れ出ている。
両手両足は不自然なくらい長く伸びているし、鱗に覆われている。
巨大な爪を生やしちまって、今なら大理石の柱も握り潰しちまいそうだ。
そしてどうやらデュセヴェルも、俺と似たような感想らしい。
「見違えたな、エウリア」
などと抜かしやがる。
対するエウリアは、ありゃあどういう表情なのかね。
「デュセヴェルぅ!!!!! 会いたかったァ!!!!」
ハグをせがむって表情でもないな。
今にも八つ裂きにしちまいそうだ。
「随分とお盛んだね? 君は未亡人だろう。貞淑さは守らねば」
「まずはその粗末なヒノキの棒から肉団子に変えてやる!!!!! わたしの娘をキズモノにしくさりやがって!!!!!!!! ぜっっっってぇ赦さねぇからなァアアアアア!!!!! ブッ殺してやるからなぁァアアアア!!!!!!!」
すごいね。
完全に別人だ。
だが、その気持はわからんでもないぜ。
余計なお世話そのものな寝言を抜かしやがる奴には、鼻っ柱を足蹴にしてやりたくなる。
「世界の命運が掛かっているというのに、娘の心配か」
エウリアは口を開く前にデュセヴェルに飛び掛かった。
馬乗りになって、爪を振り下ろす。
デュセヴェルは片手で器用にいなしていた。
「ンンンンンン!?!?!?!?!? どの口が抜かしやがりますかあああああ!!!!!????? どっちも大切ですけど?」
拘束具に当てさせて、あっという間にデュセヴェルは自由の身だ。
宙返りして、床に転がっていた杖を拾う。
爪と杖がぶつかった!
「私に預けておけば命は保証される。少なくとも、私は棄てないからね」
本当に、いけしゃあしゃあと抜かしやがるよ。
そりゃあ娘を大切に思っている親が聞けば、我慢できる筈もない。
(俺は馬鹿だから、普通の親ってのが何なのかを今ここでハッキリ言えないがね)
「ざけんなよテメーこの野郎!!!!!」
よく吠えるし、雷鳴はいよいよ部屋を埋め尽くした。
壁にヒビが入って、砕け散った。
「棄てたくて棄てたわけじゃなくて、モラハラクソ夫に逆らえないから棄てざるを得なかったんですううううううう!!!!!」
そこいらの雑魚じゃあ初手で挽き肉になっちまうような、ふざけた速度のラッシュのぶつかり合いが始まった!
いや、まったくどうでもいいぜ!
さっさと終わらせちまえ!
そういうのはバトル漫画でさんざん見てきた。
(今まさに目の前で起きているような)掴み合いになって地面がえぐれるとか、衝撃波で周りがブッ壊れるなんてのもベタだ。
「異世界の言葉は、よくわからないな。命に代えても守り通せば良かっただろう」
「抵抗をしたところで、死体が一つ増えただけ。あいつは、そういうヤツだったから」
爪と杖がぶつかり合うたび、空気が揺れた。
マキト達が束になって敵わない腕の持ち主が、たった一人をすぐに潰せないでいる。
見ろよ、デュセヴェルの服に切り傷が次々と入っていくぜ!
愉快な光景じゃないか!
せいぜい踏ん張って、最後に吹き飛んでくれよ。
さて、天井から吊るしておいた宰相閣下に、ご挨拶だ。
「よく見ておけよ、宰相閣下さん。ルーセンタール帝国随一の働き者が、青いドラゴンの女と喧嘩するサマを」
「美しい……まるで、軍神ミストルーネだ……」
あれを“軍神”とは、ね……。
まったく、いいセンスしてやがるぜ。
「いずれにせよ、私はここで死ぬわけにはいかない。宰相閣下との、男と男の約束を果たさねばならないのだ。男の戦いに、家族という個人的な問題を差し挟まないでいただこう!! 神罰光線!」
「ひとの娘手篭めにしておいて約束もクソもあるかぁああああ、この敗北チンコ野郎!!!!!!!!」
ビームの押し合いだ!
赤コーナー、マクシミリアン・デュセヴェルの目からビーム!
青コーナー、怪物エウリアの口からビーム!
大爆発で四方の壁が木っ端微塵になっちまった!
こりゃあ修理費を払うならバカにならん金額になりそうだぜ。
払わないがね。
「出力が、足りないか」
ああ。
とうとう、こいつを生贄に捧げる時が来たらしい。
カビの生えた女神の肖像画に口づけをするような、終わっちまった感性の持ち主じゃあ、どのみち長くは持たないだろうがね。
トドメの時くらいは、俺の理想的なタイミングにしたかった。
「ふぅー……ふぅー……デュセ、ヴェル……」
「やるのかね?」
それじゃあ、祝杯をあげようじゃないか。
祝砲を鳴らそうじゃないか。
パチパチパチ。
そうら喝采だ!
あばよ、クソ野郎!
長年に渡ってもっともらしい正論を振りかざしながら、それでいて“男同士の戦い”だの“男同士の約束”だのと格好をつけながら、楽しく遊んできた、怪僧ラスプーチンも真っ青なクソ野郎!
「象徴としての私に、大した価値などあるまいよ。継承されるイデオロギーこそが、我が血肉。叛逆の種は、まもなく芽吹くだろう。そうして理想主義者共は排され、いずれ秩序は戻る。さて、殺したければ殺すがいい。軍神ミストルーネ様は必ずや私を認めてくださ――」
「――ッるせえ!!!! 絶望しろォ!!!!」
デュセヴェル、蒸発!
肉の焼ける香りが辺りに漂う。
「ならわたしが今から軍神とやらを名乗る事にしようかな!!!!!! どう思う!? どう思うかな、ヴィクトラトゥス!!!!」
ふむ。
デュセヴェルの野郎、なかなか上等な香水を使ってやがったな。
焼けた時に撒き散らされて、吸ったやつの魔力を霧散させるたぐいのえげつない効果を持つ香水だ。
何故この俺様がそれを知っているかって、同じのをショップで買って持っているからね。
「……」
ヴィクトラトゥス宰相殿は、とっくに焼け死んでいた。
エウリアのドラゴンブレスが強すぎたらしい。
「ははは……ははははは……ちょっとひっぱたくだけ? の? つもり? だったの!!!!! 殺しちゃった殺しちゃった、こーろしーちゃーった!! あは、アハッ、ゲヒッ、イヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!! わたしの娘から搾取した罰だ!!!! すっきりした、すっきりした!!」
もう少し粘ると思ったんだがね。
やけにあっさり明け渡しやがった。
殆ど本気を出さずに、ある程度の見切りをつけたらとっとと花を持たせてやることで世間体を繕おう、なんて考えかね。
……いや、もっと気色悪い考え方をしてやがるに違いない。
お別れの間際にクソのような何かを覆っ被せて、まったく別の何かに変えちまうことだってできる。
名を貶めるのか、それとも思い通りに操るためか。
その両方か。
「アハハハハ! あッ……――う、ウゥウウウ、ナに、こレ……ワたしノ、中に……ぐ、ヴ、オォオオオオオオ!!!」
そら来たぜ。
概念汚染で異形化が始まった。
エウリアの口がどんどん裂けていって、両目が飛び出る。
胴体はドラゴンらしくなっていって、角はますます大きくなった。
口の端から垂れ流される粘ついた灰色の塊は、バチバチと帯電している。
……俺は止めないよ。
この時点で手出しをするのは俺の流儀に反する。
まず、気が狂うほどの感情は吐き出しておいたほうがいいってもんさ。
我慢しすぎてこうなったんだ。
だがタイミングが良くなかった。
一瞬、ドアが開いた。
エウリアの娘が入ってきた。
よくもまあ、こんな危ない場所に首を突っ込もうとしやがるもんだぜ。
どう考えてもその腹で登っていい階段じゃなかっただろう。
間抜けが。
てめえがくたばらない保証は何一つ無いっていうのに。
その間にもエウリアの背丈はどんどんと伸びていって、30メートルに大成長!
腕が太く長く伸びながら枝分かれして、完全な怪物になった。
瓦礫が娘のほうに降り注いじまうもんだから、俺は煙の壁で防ぐ。
パチンッ!
「あッ……――」
「縁を切りたいのか、追いかけるのか、好きに選べばいい。先に、腹の中のガキをどうにかしておいで。あばよ!」
「ま、待ってください……!」
やなこった!
お前さんが連れて行ってもらえ!
聞き分けのないお嬢さんには、今ここで俺様のスマートフォンで呼びかけた仕事仲間に付き合ってもらおう。
……呼びかけ、終わり!
ちなみに返事は“クソ喰らえ”だった。
じゃあエウリアと話をしよう。
Knock knock knock!
硬い鱗を裏拳で叩く。
「……さて、次の行き先はどちらかね」
「ォオオオオオオ!!!!!」
ふはははははは!
駄目だ!
流石に何を言っているか判らん!
「じゃ、ちょいと背中を借りるぜ」
背びれがゴツゴツして、道中で居眠りしなくて済みそうだ。
そら、好きなところへ行くがいいさ。
どうせ俺様があとからどうとでも帳尻を合わせてやる。
砦が離れていく。
ぽつんと取り残されたロナが呆然と俺達を見上げていた。




