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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
FINAL MISSION: 彼こそが、ダーティ・スー
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Extend 04 おかあさんってなんだろう

今回はロナ視点です。


 気がつけば血煙のように真っ赤な積乱雲が、空を重苦しく覆っていた。

 いよいよ魔王軍の連中が本腰を入れてきた?


 はァ~?

 ざ~ッけんなよ~テメ~らよォ~。

 人間の死体が増えても責任取ってくれねぇだろうがよォ~。

 クソが。


 まとめてゴミ箱にポイしたいけど、スーさんの指示で魔物を集めなきゃいけないからなぁ。



 人間も人間で、小競り合いをあちこちで始めるし。


 なんで自分たちで台無しにしたがるのか、未だに意味がわかんないんですけど。

 悪いけど合理性がまっっっったく見いだせない。

 そんなに早死にしたけりゃ、てめーで勝手に死ね!

 邪魔だよ!

 クソが!


 ただでさえ誘導のために撒き餌するのダルいのにさぁ……



 おまけに、進行方向に巨大な魔法陣が出てくるし。


「……あたしヒマじゃないんで。ヒマそうに見えたなら申し訳ないんですけど」


 背後にショットガンを構えながら、あたしは過ぎ去ろうとした。

 でも、肩越しに聞こえてくる、その声は……


「……ちひろ」


「――っ」


 あたしを呼ぶ声。

 聞き飽きた声。

 思い出すのも嫌になる声。


 あたしは嫌な予感を覚えて、ゆっくりと振り向いた。


「ちひろ、ちひろ! あはぁ……! ちひろが、こっち見てくれたぁ……!」


 そら来た毒親実母クソババア

 ……なぜVRMMOゲームのアバター姿なのか。


「――都合のいいニセモノをあたしだと思いこんでいたくせに。元の世界に帰れよ」


「もう一度、やりなおしましょう? ちひろ。どんなに、道を間違えても、やりなおせる。だから、戻ってきて。私達、家族でしょ?」


「もう終わった関係だろ。今更しゃしゃり出てきて、まともじゃないよ」


「私は、あなたを愛してる。今までも、これからも! どうしてわかってくれないの!?」


「……あのさ。話、聞いてました?」


 ていうか、前世だったら接近禁止命令が出るレベルだよ。

(まぁ、あたしもたいがい病んでたから、その発想に気づけたのは死んでからなんだけどさ)



「ちひろ、ちひろ、早く、私と、一つに……一つに、なりなさい、一つに……い、ィ、うぎッ、ぇぅぉ――ッ」


「――うわ」


 なんとクソババアの顔面が溶けて、頭蓋骨を突き破って巨大なイモムシが出てきた。

 こうなっちゃうと、もう人間じゃないな。

 元から人でなしだったけど。



 逃げよう。

 こんなの、相手にしてられない。


 振り向いては逃げて、振り向いては逃げて……それを繰り返す。

 ときどき、無限弾パンツァーファウストをぶっこむ。


「お。お。お。お。お。お。置いていか。ないでないでないでないで」


「うっわ」


 ピンピンしてる。

 なんなんだよあいつ!

 坂道でも疲れ知らずなの意味わからん。


「あらあら。大変ね?」


 横から、よく知る声がした。

 来たぞ我らがジルゼガット。

 山登りする格好で、あたしの真横を並走していた。


「あれ、あんたの差し金です?」


「だから何? 廃人のまま放っておくのも不憫じゃない。愛する旦那さんの所に送ってあげたら? 実の娘である、貴女の手で」


「やめろマジで……悪趣味すぎるだろ……」


「趣味が良かったら、異世界に侵入したりなんてしないわよ」


「ですよねー! ……クソが!」


 やってられねぇ!

 さっさと砦の外壁を飛び越えないとだ。

 そうすれば、ほんの少しだけ対応を棚上げできる。

 いっそ、帝国の騎士にでも押し付けてやろうかな……


「まったく、あたしはもう折り合いをつけたつもりなのに、なんで今更こんな――」


「――あ! 見て、ほら! 骸骨に繭をかぶせて人形を作ってるわ! 器用な事をするわよね!」


 ……おぇッ。

 見ちゃった。



「ちひろ……ちひろ……私だけの、ちひろ……かわいい……」


 繭は少しずつ魔力を流し込まれて色が変わっていく。

 そうして出来上がった人形は、確かにあたしをモデルにしたんだろうなって感じはある。


 けど、その造形は雑だ。

 まるで素人が最初に作ったぬいぐるみ。

(だいたい、あんなにキラキラした目じゃないぞ、あたし)


「ちひろ、いってらっしゃい、ちひろ……うふふ、うふふふふふふふ」


「おぇッ、気色悪ッ」


 ていうか、あの芋虫頭のどこから声を出しているんだろう。

 謎だ。



「………………」


 骸骨と繭で作られた人形は、さすがに声までは出せないようだ。

 無言で、よたよたと近づいてくる。

 生気など感じられない、襤褸のような足取り。

 ……こんなクォリティで、あたしを模倣したつもりじゃないだろうな?


 ダルそうなところはそっくりだ。

 そこだけは褒めてやろう。

 ホントにそこだけは。


 あたしは、背中から青白い霊体翼手を展開した。

 まぁ、できればこの翼手でも触りたくないけれど……仕方ない。


「すっこんでろ!」


 腹に一発ブチかます。

 人形は“く”の字に折れながら、近くの木にぶつかった。

 湿った音と、何かがちぎれる音が響いて、人形は動かなくなった。


「次はあんただ、クソババァ。幼稚園からやり直せ」


 腹を、ぶん殴る。

 吹っ飛んだ。


「痛いか? 痛いよな? あたしから薬を奪った時、同じようにしてきたよな?」


「どうして、ちひろ、どうして……私は、あなたのために頑張ったのに、あなたの身体は、家族の、宝」


「頼んでねーのに勝手に産んだんだろ。責任のとり方くらいてめーで勉強したら良かったのに」


 虫を引きちぎった。


「ぎぴっ――」


 そして、それを握り潰……

 ……つぶ……


 潰せない、硬い!

 なんなんだよ、この並外れた弾力!?

 そこらの頑丈なビニールに詰めたゼリーみたいな感触、最強に気色悪い……

 虫と爬虫類については紀絵さんが愛玩している手前、あんまり悪く言っちゃアレかもだけどさぁ。


 あたしの太ももくらいの太さの芋虫が相手の顔から生えていて、それを握りつぶそうとして握りつぶせない――

 っていうのは、まぁ結構クるよね。


 投げ捨てる。

 芋虫頭は器用に糸を吐いて衝撃を和らげた。


 あたしはすかさず丸鋸を投げつけてやったのに、ぶよっと弾かれて刃は地面を転がった。

 ふざけんな。

 ふざけんなよ!


「子供は勝てないの。ずっと勝てないの。親に勝てないの。ちひろォ」


「うっさいバーカ! 帰れ帰れ!」


「あなただけよ、あなただけ」


「意味がわから――うわっぷ」


 糸を吐いてくるんじゃない!

 ああ、くそ、汚い!


「一つに、ひほつに、ほつに、ほつに、おに」


 頭、何かが入り込んで……――




「始めッぞ、ママさん対決ゥうううううう!!!!」


 今度は、どこから!?

 はッ!?

 上空!?


 ――ズチュンッ

 湿った不快音。

 その主は、芋虫の頭にかじりつく、暗い色の鱗で覆われた小柄な少女だった。


 糸がちぎれて視界がクリアになったから、よく見える。


 ……いや、待った。

 少女っていうか、エウリアじゃん。

 なんでこっちに来てるの?


 というか、頭から触手を伸ばしてうちのクソババアの成れの果てにぶっ刺してるし、絵面が完全にヤバい。

 あたしを置いてけぼりにしている。


「オーケー、記憶読み取りオーケー。事情は把握した……おまえ、親失格……生ゴミは速やかに焼却だ……」


「ぎゃああああああ!!! ちひろ、たすけ、あぇ、ぎぴィ」


 しかも一方的に宣言して、焼き尽くしていく。

 何?

 その触手で記憶の読み取りとかできちゃうんです?


「ちひろ、助けて、たすけ、あつい、あついいいい!! あなた、私の、娘でしょ!! 娘なら親の味方を――」


「――やなこった。とっとと成仏しなよ。こちとら、あんたの股の間から生まれた事すら忘れたいんだよ」


「――ッ!? アアアアアアァァァァァァァァアアアアア見捨てないでェエエエエエエエエッ」


 いや、先に見捨てたのはオメーだろうが。

 ……さて、と。


「キモさを我慢すれば別にあたし一人でも勝てたんだけど、まあ一応、ありがとうございました。何しに来たんです?」


 口の端から湯気をフシュウウウウと出しながら、エウリアは振り向いた。


「……デュセヴェルを、ボコりに」


 両眼が血走っているし、口は裂けてヨダレめっちゃ垂れている。

 とはいえ、デュセヴェルを死守しろという指示は貰っていない。

 あたし個人としても、そんなになるまで復讐したい相手というのがデュセヴェルだという辺りに、これといって異論や詮索を差し挟むようなアレもない。


「あの野郎、わたしの愛娘を風俗に売りやがって……土下座で詫びても赦さねェ……!!! 赦せねェよなァアア!? ただすしか、無ェ~~~~ぇよなァアアアアアッ!?」


 そんな両手を横に広げて天に吠える、怪獣やら怪人やらみたいなポーズ取らなくても。

 ていうか、めっちゃ両眼かッ開いて怖ぇーんですが。


「……まぁ、そういう理由なら、どうぞ遠慮なくやってきちゃったらいいんじゃないですかねぇ」


 訊く前に教えてくれるのはありがたいね。


「オッス。感謝だ! ではさらば! 我は先を急ぐので! あっはははははははは!! 待ってろクソ野郎がァ!! ヒャーハハハハハハハァ!!」


 走り去る暴走エウリア。

 いや、こっわ。

 完全に人格ブッ壊れてんじゃねぇか。


「……で? ジルゼガットさん、あれ(・・)もあんたの計算ですか?」


 ジルゼガットは、いつの間にか塀に腰掛けて両足をぱたぱたさせていた。

 優雅にリンゴを丸かじりなんかして……


「私が仕組んだわけじゃないけど、まぁ想定の範囲内だわ。レヴィリスの因子を、美容とか健康のために他人に使うお馬鹿さんがいるくらいはね」


「……副作用は、もしかして胎児に先天的障害や、妊娠そのものへの異常が出るとかですか」


「御名答。レヴィリスは自分の気に入った者たちの純潔を誰かに奪われるのを極端に嫌がるの。そのために手段を選ばない」


「処女厨のヤバい版……」


「挙げ句、魂の在り方を捻じ曲げて奴隷化しているだけなのに、それを家族だの恋人だのみたいに言い張っているの。いびつで、気色悪いったらないわよね」


「おぇッ」


「そんな奴の憑蝕因子……少量ずつだったとしても悪影響が出るのはわかりきっているのに。なぜか、一部の馬鹿な人達はそれを無視して、花嫁――もっと身も蓋もない言い方をするなら“所持品”をきれいに保つためだけに使う。子供が生まれてからでも遅くないのにね?」


「あたし、ちょくちょく思うんですけど、人間って結構な割合で化け物みたいな精神構造した奴いますよね」


「存外そんなものよ」


 ジルゼガットは、食べ終わったリンゴを宙に浮かせる。

 リンゴの芯は黒い炎に包まれて、灰になった。


「じゃあ、もう行くわね。また会いましょう。あまり待たせないようにと、彼に伝えて頂戴」


「ほいほーい。お疲れ様でーす」


 ……。


 よりにもよって、あたしの母親を出してくるとは思わなかった。

 ……思い出したら、だんだんムカついてきた。


 あとで絶対に嫌がらせしてやる。

 ご飯中にゴルフボールを放り込んでやろうかな。




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