Task2 来客をもてなせ
今は魔王だの何だのという、目に見えてわかりやすい奴だけを相手にしておくべきだ。
人間なんてもんは、こういうわかりやすい危険が迫っている時ですら、てめえの事を優先するために色々な馬鹿げた浅知恵を働かせる。
結果、どうなるか。
坊さんの懐にカネが入り、寺に高級車が出入りするようになる。
どうせ内輪もめを仕出かすなら、宿題を終わらせてからでも遅くはなかろうよ。
喧嘩をしている間にケーキを取られちまったら元も子もないんだぜ、まったく。
未知の病原体でパンデミックっていうわけでもない。
世界的な不況で失業者が出ているわけでもない。
ただ単に、魔王とやらを倒せばいい。
いるかいないかも判らん曖昧な奴だが“魔王軍”と名乗る一大勢力は存在している。
これに関しちゃ答えはシンプルな筈なんだ。
だが、猿は猿。
火を使おうが、弓矢を使おうが、服を着ようが、絵を描こうが、本質はそこらのケダモノと何ら変わりゃしないのさ。
目の前のメシを奪い合うばかりで、今にもケツに噛みつきそうな天敵種の事なんざ微塵も考えちゃいない――そんな奴がわんさか湧いて出てきやがる。
そして揃いも揃って、もっともらしい言い訳をつらつらと並べ立てる。
そういう奴らのせいで、この俺様の認めた本物の英雄が台無しにされるのは――
――いくら温厚な俺様でも我慢ならないぜ!
ふははははははは!
だから、砦の壁にペンキでデカデカと落書きしてやった。
……“人類は滅びる。俺が滅ぼす。クソッタレの魔王は家に帰れ”
この文字を、少なくとも12万人くらいは毎晩のように夢で見るハメになる。
そういうスキルを俺が買って使っている。
この “アイデア効果限定・不特定テレパス”のスキルは、結構高く付いたんだぜ。
あちこちの特定の動きをしている奴に閃きを与えるという特性は、たとえば“眠っている”でも条件に当てはまる。
いい夢を楽しんでもらえたなら、俺は嬉しいよ。
(その間に、ついこの前フリーになったばかりの頼もしい仲間が来る)
さて。
ルーセンタール帝国の宰相派の狙いを、あちこちから調べてみた。
(殆どはロナの協力だ。俺は調べ物があまり得意じゃない)
ずばり、帝国の解体だ。
戦って、果てて、そして路傍に倒れる死骸のように喰い散らかされる。
そんな終わり方を奴らは望んでやがる。
スパイとして放った妖精ちゃん達の情報によれば、マジだ。
(そして妖精ちゃんというのも比喩じゃなくてマジだ。仕込み弾は本当に便利だぜ)
勇者不要論を唱えて、手前の軍隊だけで魔王を倒そうとして、敢えて犠牲を出す。
魔王が生きている間に、他所の国も交えて小競り合いをしながら、ちょうどいいバランスで周りの国力を削る。
最後にゃ帝国は散り散りになって、いつか来る再起の日に備えて語り継ぐ。
――そういう寸法らしい。
なんせ養っていくカネもメシも、国全体で10分の1も無いくらいの貧乏と来た。
だが、やり方が小狡い!
四方八方に格好つけて暴れまわった挙げ句に“うちの子をよろしく”とは、随分と虫がよろしいこった!
麻薬の畑も戦争やらずにカネ稼ぐ方法としちゃあ手っ取り早いだろうが、善人ぶった答えをしたり顔で抜かすにゃあちょいとばかり白線を超えちまっているってもんさ。
そら、見てみろよ。
天井に吊るされたバカでかい鳥籠みたいな檻の中に、リッツもリコナもブロイもブチ込まれてやがる。
こっちのロナと紀絵は元気にスパイ活動中だってのに。
情けないぜ、まったく。
(マキトとイスティは仲良く外から攻略中ってことかね。まあ、面倒が無けりゃあ別に構わんが)
「――で、だ。宰相さん。次はお前さんの手番だが」
目の前に転がしてあるのが、かの名高きルーセンタール帝国のヴィクトラトゥス宰相閣下その人だ!
デュセヴェルと外をのんきにほっつき歩いてやがったから、早々に取っ捕まえてやった。
この宰相閣下ときたら随分と食えない野郎で、まず砦でデュセヴェルがオルトハイム(いつぞやにトイレのクソよろしく流してやった筈だが)とよろしくやりあっていたのを、紅茶を片手に優雅に見物してやがっただろ。
そのあとに、リッツがホムンクルスの軍勢を連れて攻め入ってきた。
戦いが泥沼化してきたら、オルトハイムは皇帝派騎士団を置き去りに、尻尾巻いて逃げようとする。
リッツ達は、本当にあとちょっとでオルトハイムの息の根を止めることができた。
だが乱戦に殴り込みを掛けるには、ちょいとばかり準備が足りなかったらしい。
途中でデュセヴェルの取り巻き連中に取っ捕まっちまった。
で、宰相閣下、配下の魔術師どもに消音濃霧をバラ撒くよう指示を出して、デュセヴェルと一緒に外へ飛び出した。
霧の中で戦い、ぶつかり合う“宰相派”と“皇帝派”の騎士団は少しずつ数を減らしていく。
もちろん俺様は疑問に思った。
――『こいつら、魔王軍を放っておいていいのかね』
と。
だが一方で、紀絵の偵察とロナの情報収集によると、皇帝サマは魔王軍の幹部どもの能力を集めてやがるっていうんだから、放っておくわけにも行かないって寸法だ。
だから、邪魔する。
――『ごきげんよう、俺だ。留守番ご苦労さん。デュセヴェルと宰相閣下は呑気に散歩してやがるらしいね』
――『げ、げぇ!?』
デュセヴェルが戻る前に、まとめて片付けた。
一個師団分を地下室に運ぶのだって、この俺様の手にかかりゃあ5分もいらないのさ。
この野郎は、餌だ。
マキトとデュセヴェルをおびき寄せながらも時間を稼ぐ。
簀巻きにしつつ、右手だけは自由にしてやった。
そうしないとチェス盤をよだれで汚す事になる。
俺は、簀巻きにした宰相とチェスがしたいんだ。
「貴様は碌でもない悪巧みには知恵が回るようだが、チェスはからっきしのようだな。チェックメイトだ」
「こりゃあ手厳しい。ふはは! こっちは初心者なんだぜ。ちょいとばかり手心を加えてくれたって良かろうに」
「断る。片手と両足の自由を奪われ、銃口を突きつけられた挙げ句、言うに事欠いて“チェスしようぜ”などとふざけた提案をされれば、こうもなろう。それで? 我々に何を求めている?」
「クソみたいな計画を立てて俺の邪魔をしたりせずに、部屋の隅でくつろいでいてくれ」
「何を根拠に糞便と喩えたのか、じっくりお聞かせ願いたいところだが……――おっと、客人がお見えだな」
「ああ」
よく気づく野郎だ。
伊達に要職やっちゃあいないらしい。
「気の合う友人が訪ねてくれたら嬉しいのだが」
「そのへんは心配無用だろうさ――ようこそ、マクシミリアン・デュセヴェル管区長殿」
かくして、逆さ吊りでゴーレムに運ばれたデュセヴェルと、感動のご対面だ。
手枷足枷をつけて、目には包帯を巻いてある。
事前情報で目からビームを出せることは調べがついている以上、対策はしておかないとだぜ。
「宰相閣下、ご無事ですか!」
「遅いぞ、デュセヴェル。私は凡百の雑魚を側に置いた覚えなどない」
「見解の不一致でしょうな。そやつの前ではいかなる英雄とて凡百の雑魚が如く捻り潰されるさだめのようで。やはり四大臣どものようには行きません」
「ここにいる度し難いひねくれ者の腸はスープにすればさぞや美味かろうと思ったのだが、残念だ」
「ええ、同感です」
買いかぶってくれるなよ。
「お前さん達ほど深みのある味じゃあないと思うぜ。さて――マキト」
俺は、ほったらかしにしてあったマキトへと目を向ける。
もちろん、マキトの隣にはイスティ。
ふはは!
揃いも揃って、いい表情だぜ!
「……ダーティ・スー。今度は何に付き合えばいい?」
マキト……さては、お前さん。
俺がここに来ることまで織り込み済みだとでも言うんじゃないだろうね。
今ちょいとばかし、俺様は嫌な予感がしている。
いや、まあいいさ!
人間ってのは素直なのが一番だからね!
逡巡おしまい!
指示を出すぜ!
「……帝都で皇帝陛下サマの、ありがた~い御高説を拝聴してきてくれ。内容が気に入らなかったら鼻っ柱を蹴ってきてもいいぜ。
なんだったら、帝国にお住まいのお友達が勢揃いして、宰相閣下サマのために頑張っちまうかもしれん。手遅れになる前に、上手くやってくれ」
「なるほど、そう来たか……まったく、お前はいっつもいっつも……」
ふはは!
マキト、本当にいい目をしやがる!
対するイスティと来たら、ついに俺と目も合わせなくなった。
「マキト。私はもうこいつと会話すらしたくないのだが」
「うん、わかってる。大丈夫だよ、イスティ。僕が交渉する。
それで、ダーティ・スー。僕はお前に、どういう感情を抱けばいいかわからなくなってきた。同情するな、敵対しろ、でも指示には従えと、矛盾した頼み事ばかりじゃないか」
「どうぞ心ゆくまで恨んでくれ。
じゃなきゃお前さんの隣にいるハニーはともかくとして、せっかく留守番していたのに取っ捕まっちまったお仲間さん共が浮かばれないだろう」
まあ、そいつらを牢屋にブチ込んだのはデュセヴェルだがね。
「僕の仲間を牢屋に入れたのは、お前じゃなくてデュセヴェルだろ。本人が言っていたじゃないか」
マキトめ、俺が言わないでおいてやった事を言っちまうとはね。
対するデュセヴェルは、わざとらしくとぼけたツラをした。
「人聞きの悪い。私は“仲間が待っている”と言った筈だ」
パチンッ!
煙の槍で檻を開き、マキトとイスティを放り込む。
「話が進まないから、その辺りにしておいてくれよ」
「いたた……」
「愉快な仲間達がお目覚めになる前に、直送便で運んでやる」
パチンッ。
作り出したのは煙の槍、ならぬ――煙の投石器だ!
バカでかい鳥籠みたいな檻だから、これがまたよく飛んでくれるのさ。
煙の槍で軌道を調節できるし、何かと手っ取り早い。
あとは無線で仕事仲間に連絡すればいい。
ポチッとな!
「ごきげんよう、俺だ。甲板を空けておいてくれ。そっちに積荷が“緊急着陸”する」
『こちら空中空母コシチェイ。ワタシの作品に傷をつけないでくれませんかねェェエエエエエエエエッ!?』
――仕事仲間。
俺は、プラズマ狂いのフランキー・ステインを雇っていたのさ。
「多分そりゃあ無理だ。望遠鏡じゃ下から眺めるしかできん。お得意の秘密兵器で、せいぜい良きに計らっちまってくれよ」
『ならば! 致し方ありません! トラクタービーム!!!』
何か光る腕みたいなものが飛行船から伸びている。
そいつは見事に鳥籠をキャッチして、そのまま悠然と飛び去っていった。
「帝都への直送便で頼む」
『新開発の超高密度プラズマ伝動タービンのデモンストレーションに呼ばれたかと思えば何たる仕打ち何たる暴虐――』
「――ドンパチが始まったら、たっぷり暴れさせてやる」
『約束を違えたら、あなたで試しますが宜しいですよね!?』
「すぐにわかるさ」
どうせ、我慢できない奴らのせいでドンパチは始まるんだ。
せいぜい楽しめよ。
俺の分までね。




