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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
FINAL MISSION: 彼こそが、ダーティ・スー
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Extend 1 蟻地獄の中へ

 今回はマキト視点です。


「マキト。妙だ」


 偵察から戻ってきたイスティが剣を握り締め、耳をそばだてながら遠くを見た。

 なにか、良くないことが起きている……?


「事前情報にあった帝国騎士団の姿が、見当たらん」


 僕らは、魔王軍四天王である異端者オーギュストの死体が、この森に面した邸宅の地下室に保管されているとの情報を得ていた。

 そして、ルーセンタール帝国騎士団の皇帝派が守りを固めている、とも。

 真偽の程はもちろん、その目的すら不明だ。

 情報の筋はあまり確かなものではないから、時間をかけず早々に確認と撤退を心がけたい。


「じゃあ、やっぱり出直す?」


 リコナとブロイ、リッツには、後方で待機してもらっている。

 合流する必要があれば合図を送るという手筈だった。

 別働隊であるフレン達の任務が一区切りつくのを待ってから、合流して再調査という手もある。


「そうだな。作戦を練り直してから出直そう。勇者連合のリーダーを無視などして、規律を乱してはいかんからな」


 なんというか、目覚ましい成長だなぁ……

 具体的に言うと、落ち着いて動けるようになった。

 どんな時も、ちゃんと理論立てて説明できるようになった。


 リッツと一緒に、ナターリヤの地下研究所へ潜入したのがきっかけだろうか。




 *  *  *




 ナターリヤは、リッツの大切なお姉さんだった。

 リッツは決着を付けたいと言っていたけど、僕は僕で別の目的が幾つかあった。

 うち一つが、グレイ・ランサーの身体を元に戻させる事だった。


 リッツは僕達の制止も振り切って、正面から殴り込んだ。

 結果、殺し合いが始まった。

 異形のホムンクルス軍団が、両目から光線、そして手に持ったマシンガンで襲いかかってくる。


 そして――

 リッツの放った矢は、リッツの意図に反して、ナターリヤの肺の辺りに命中した。


 ――『姉さんっ! 嘘、嘘……そんな……!』


 本当なら、僕は駆けつけてヒールをかけたかった。

 けれどホムンクルスに阻まれて、辿り着けなかった。




 僕達は、失意のまま、絶海の孤島にそびえる遺跡に臨まなきゃいけなくなった。

 この島で、ツトム達が離反して僕達を付け狙ってきていた。

 そしてダーティ・スーが、僕を庇って撃たれる。

 グレイ・ランサーは元に戻るどころか、憑蝕竜レヴィリスの依代になってしまった。


 あらゆる状況がめまぐるしく変わっていく中で、少しでも冷静にならなきゃいけなかった。




 *  *  *




「――ッ!!」


 背後から強風が吹き荒れる。

 一体、何が……


「イスティ、こっちだ……ッ」


「ああ……ッ」


 イスティを連れて木陰へ。

 少しずつ、声が近づいてくる。


「ンッフフフフフ。いやはやなんとも。晩餐が台無しでしたなぁ。どうにか追い返せたとはいえ」


「……豚はあと三匹だ。探して捕らえ、調理しろ」


「御意に」


「売国奴の誹りが何するものか。国益を食い潰す豚共こそ、誅伐すべき国賊よ」


 僕は、イスティと顔を見合わせる。

 片方の声には聞き覚えがあった。

 デュセヴェル管区長。



「――お。精が出るね」


 横から、彼の顔が覗いてくる。

 一瞬だ……一瞬で、僕らの隣に……これは、瞬間移動でもしたのか!?


「デュセヴェル管区長!」


 イスティが一拍遅れて、僕とデュセヴェルの間に立つ。

 剣を向けたイスティの眼差しからは、殺意と困惑が感じられる。

 対するデュセヴェルは口元こそ笑顔だけど、その両目は――奈落のような、得体の知れない薄ら寒さがあった。


「一戦交えてきたな? 魔力の残り香がある」


「脱臭ポーションでも取り寄せておけば良かったかな? ああ、楽にしたまえよ。諸君らはともかく、私は今すぐ戦う(・・・・・)理由がない」


 それって、いずれは戦うつもりか、またやる気満々な伏兵が他にいると言っているようなものじゃないか!


「戦う相手は魔王軍だけではない。こと、政治的、戦略的な利害関係というものが、人類種には山程ある。

 まったく、うんざりさせられるとは思わないかね、勇者マキトくん?」


「僕を“勇者”と呼ぶという事は……」


「そのとおり。いずれは、君を排斥せねばならない。皇帝の失策に付き合わされた勇者たちには非常に申し訳ない事だが、枯れ葉を滴る朝露が如き曖昧で心許ない一個人の伝説なんぞに国民感情を依存させるなんて、ますますもって背筋が凍りつくような話じゃないか?」


「……」


「衒学的に過ぎた言い回しだったなら謝ろう――ンフフ、いやはや誠に申し訳ない!

 つまるところは、だ――大衆がどう騒ごうとも、再現性の望めない事物に将来を委ねるなど、愚かしいにも程があると、私は言いたかったのだよ」


「デュセヴェル! よもや、再現可能な老兵に国民感情を委ねろというのではあるまいな!」


「ごく少数の有能な者達によってのみ世界が救えるとの錯誤が蔓延した結果、どうなるか。

 凡百の兵は落胆し、依存し、そうして落伍していくだろう。残った“強い少数者”は激務に追われる。英雄が使い潰される。

 では逆に問う。これを解決しようと奮闘することの何が悪い? 答えてみたまえよ、イスティ・ノイル君」


「くっ……」


 歯を食いしばるイスティ。

 対するデュセヴェルは、わずかに肩をすくめるだけだった。


「代替不可能な、突出した一個人というものは概して、老成より先に増長する。弱者を弱者としか見ていない。己が明日にでもその立場に足を踏み入れるとは微塵も考えていない。その結果、どうなったかは君が一番よくご存知ではなかったかな? ノイル君」


「……」


「ノイル家は君という“かろうじて凡人よりは少しマシな人材”を輩出できたから多少のお目溢しを賜ったものの、そうでなければ……」


 デュセヴェルは、イスティを指差しながらウィンクした。

 言外に“わかるだろ?”というニュアンスを含ませているようにも思える。


「あの皇帝は峻烈に過ぎた。民の半数は強者になどなれぬまま、激動に振り落とされ、斃れた。人は、誰もが強くは生きられぬものだ。

 すべての国家、すべての種族と刺し違えるような国の在り方など、とても国家の運営として健全とは言い難い。狂犬とはすべからく、いつか棘付きマドハンドの罠に足を掴まれ、生きたままその身を焼かれるものだ」


 両手を広げるデュセヴェル。

 僕は沈黙しながらも、できることをした。


 ――“不可視の狼煙(インビジブルシグナル)

 味方にのみ観測可能な狼煙を上げた。

 これは僕が独自に作り出した魔術。

 物によっては、他人の魔術を感知するには、それがどんな魔術であるかについて知っていないといけない。

 遺失魔法(ロストワード)なんかは、特にこの傾向が強い。


 十中八九、デュセヴェルに感づかれるだろう。

 そのものずばりを知っていなくとも、近い系統のものをなんとなく知っていても、感知しやすくなる。


 ……攻撃ではない事は知っているだろうから、そこから先は駆け引きになる。



「何のつもりかね、マキト君。不正は禁止だぞ」


「少しでも条件をフェアにしておかないと」


「……謙遜は程々に。帝国騎士団が束になってかかっても、君なら返り討ちにできよう」


「今までの連中なら、そうかもしれない。でも、あんたの側仕えの実力が、あいつらと同等である保証は? 外向けに敢えて道化を放っていた、あるいは演じていたって可能性について、僕だって考えてこなかったわけじゃない。気配を消して僕達の近くへ来たあんたなら――」


「――考えすぎだ。安心したまえよ」


 僕の両肩に、デュセヴェルの大きな手が乗せられる。

 ――……一瞬だった。

 僕を庇って間に立ってくれていた筈のイスティは、瞬き一つの間に膝をついていた。


 僕の両肩を掴むデュセヴェルの、慈愛の笑みとも取れる表情はしかし、何ら安らぎを与えてくれるようなものではなかった。

 その双眸は、さながら澄み切った湖の底に穿たれた大穴のように、暗い冷たさをたたえていた。


「私が、君と本気で事を構える筈が無いだろう? 本気を出した結果、勝てなかったとしたら、格好が付かないじゃあないか。ッフ、ンフフフフフ」


 その眼が語るのは「これ以上、能力に言及しようものなら、この場で殺す」なのではないか?

 軽はずみに、踏み込みすぎないようにしないと。



「それで、僕達に何を望んでいる?」


「魔王軍の幹部の死骸を、再利用したい。君の協力が必要だ」


「言っておくけど、僕に死霊術(ネクロマンシー)の心得は無いぞ」


「回復の魔術があれば充分だ。諸君らの仲間も待っている(・・・・・)


「……わかったよ」


 待っている(・・・・・)なんて言い方をしているけれど、つまり人質に取っているのだろう。

 ……あの世で、というオチじゃないよな。

 どちらにしろ、狼煙は役に立ちそうにない。


「マキト。この男は……」


 イスティは、よろめきながら立ち上がる。


「ああ。わかってる」


 この状況じゃ、どっちにしたって無視して逃げるわけにはいかない。

 刺し違えてでも、倒すぞ。

 という覚悟をしながら、砦へと連行される。




 けれど。


「――む、これは」


 “ごきげんよう、俺だ”

 と書かれたプレートが正門に釘で固定されていた。


 明らかな挑発だった。

 けれど既に僕達は、あいつ(ダーティ・スー)の術中にハマった後だった。


 両腕の違和感に気づいて視線を落とせば、暗い光沢を放つ黒い手錠が僕らの両手にかけられていた。


 ……でもね、ダーティ・スー。

 これこそが僕の狙いだったとしたら?




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