Task1 各地を転戦し、魔王大戦の全体図を把握しろ
ごきげんよう、俺だ。
今回は仕事前に、ロナと紀絵を呼び出す。
「一体どうしたんです? いきなり改まって。まさかこれで最後の仕事だとか言いませんよね? いくら依頼主がジルゼガットだからって」
「ロナさん、変なフラグを建てるのはおやめになって!?」
話が早くて助かるよ。
「そのまさか、かもしれん。今回ばかりは、どうにもね」
「はぁ」「ええ!?」
今更そう驚く事でもあるまいよ。
「あの女はあちこちの異世界に穴を開けて回っていたらしいだろう。そして虫食い穴を作って回る原因を、クラサス大先生がずっとずっと探しておいでだった。ビヨンドの元締めのスナージだって、しばらくダンマリだったが――もうそろそろって頃合いだろうぜ」
「複数の世界が崩壊するリスクをポンポン生み出している意味不明な侵略者まがいなんて、そりゃ管理者側からしたら見過ごせませんもんね」
「でも、スー先生! わたくしが正気を失っておりました折、クラサスさんに宣戦布告をされたようですけど、あくまでもお芝居ではありませんこと!?」
「ジルゼガットが絡むなら話は別だ。あのチョコレート肌のセクシーガイが汗水垂らして決着つけようとしているのを、俺が掻っ攫うワケだからね。それに、スナージの野郎だって、邪魔者を盤上から取っ払うくらいの事は考えている筈だぜ」
「いつも勘がクソ鋭いスーさんの事だから、ありえないとは言い切れないんだよなぁ……」
ロナがうなずく。
俺はいつものように、瓶入りウイスキーを飲み干した。(ロナに取られないよう、一滴も残さず!)
空き瓶を机に置く。
「つまり、お前さん達には選択肢がある。このまま“コレクション”として、下手すりゃくたばるかもしれないギャンブルをするか。
それとも、俺に操られていたって事にして、さっさと忘れて生き延びるか」
途端に路傍の吐瀉物でも見るような目をしやがる。
「それ、紀絵さんの時にやった手口じゃないですか。今更そんなの通じないですし。あたしはついていきますよ」
「ええ。わたくしも。正直やりすぎな所も否めませんけれど、それ以上に――襟を正さねばならない方々が多すぎますもの。スー先生が必要不可欠ですわ」
……長く、付き合わせすぎたのかね。
人間の心ってもんは枠組みが曖昧だから、どんなに閉ざそうとしたって、すぐに溶け合っちまう。
だとしたら俺は、その責任を取る必要がある。
「まったく、お前さん達は! くれぐれも後悔のないように頼むぜ」
* * *
さて、現地についたら肩慣らしだ!
「ロナ。紀絵。相手は魔王軍だ。好きなようにやれ」
「はいはぁい」「よろしくてよ!」
煙の槍で空を飛び、大陸のそこかしこを回る。
人間サマと魔王軍どもが戦闘中のところへ回って、回って、戦って、魔王軍の雑魚どもをいじめる。
それを繰り返すだけだ。
この前の仕事と、筋書きは大して変わらん。
せいぜい、景色が変わるくらいのもんさ。
緑色が増える分、幾らか気分も休まるだろうよ。
それを何度も、何日も、繰り返す。
……魔王軍と人間側の全面戦争という割には、随分とささやかな規模じゃないか。
大陸は他にもあるっていうのに、こんな大陸をブン捕った程度で一体どれだけの見返りがあるというのかね。
せいぜい、テーブルがダンボールから酒瓶コンテナに変わるくらいのもんだろうに。
そんな酒瓶コンテナくらいのものを、奴らは必死こいて奪い合ってやがる。
何人の坊さんの懐に、高級車が買えるくらいのカネが舞い込んでくるのかね。
まるきり見当もつかん。
ふはははは!
だが!
力不足の勇者どもや、勇者不適格のクズども、そして勇者に頼るしか能のない甘えん坊さんども――そいつらの代わりに、この俺様が英雄の真似事をしてやるのも悪くない話じゃないか。
そうさ。
いつだって俺は悪そのものじゃあなくて、善悪の横っ腹にいなくちゃいけない。
戦う覚悟をしない奴、できない奴、しなくてもいい奴、そいつらを狙おうとする魔物は、邪魔だ。
片付けるうち、魔王軍にも居場所がなくなっちまったが、些細な問題だ。
魔王を倒すのは俺の役目じゃない。
取りこぼしをかき集めて、勇者どもに現実の限界を見せつけてやるのが俺の役目だ。
取りこぼしを、どこまで抑えられるか。
走って、走って、必死に戦って、何が得られるか。
何を失わずに済むというのかね。
勘のいいお客さんってのは、別の世界からこの世界にやってきた時、ちゃんと問いかけるもんさ。
――“どうして、こんな力を持たされて、この世界に連れてこられたんだ?”ってね。
誰かさんからの贈り物――スーパーパワーや、別世界で培ってきた知識で周りにチヤホヤされるチャンスを、どうやって活用するか。
単に力を振り回すだけじゃあ、呼ばれた意味がない。
いたずらに知識を広めるだけじゃあ、魔王という共通の敵が消えた時に、くだらん争いがまた増えるだろう。
何せ、魔王を倒せていないうちから現地民の連中ときたら、既に皮算用の真っ最中だ。
気が早いにも程がある。
肉が焼けないうちに齧りつけば、腹を下すってもんだぜ。
――結局は、心が何より大切なんだろうさ。
力は後から幾らでも付け足せる。
だが性根となると、これがなかなか治せるもんじゃない。
そして、ろくでなしに力を持たせるとどうなるかは、もう見飽きるくらいに目の当たりにしてきた。
身にしみて実感したよ。
大抵は煙たくて隅っこに追いやろうとする“心”が、無けりゃあ結局は何も成立しない。




