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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
FINAL MISSION: 彼こそが、ダーティ・スー
250/270

Intro 人類に正義なし

 長らくお待たせいたしました。

 最終章『Final Mission』開幕です。


 ファーロイス世界における大戦争は、混沌そのものだった。

 魔王軍側は、勇者連合の電撃的な侵攻に早くも瓦解しつつあった。


 しかしながら人間側は、勇者連合とその他の勢力の足並みが揃っておらず、魔王軍の単体ごとの強大さを軽視したグランロイス共和国が漁夫の利を獲得せんと暗躍。


 想定以上の成果が得られていない状況下であっても、やはり人類側は団結に至らないのだ。

(どの世界であっても例外なく、そうであったように)


 それはまた、生存本能と戦略的見地から生まれた“来たるべき時代”への“事前準備”とも言えた。

 魔王を倒せば、その残党の処理をせねばならない。

 人は、戦後の社会を生き抜いて、建て直さねばならない。


 勝てる見込みがあるなら、事後処理について考えておく。

 議会騎士団による統治が為されているグランロイス共和国はもちろん、勇者を最大限利用せんとする皇帝派と勇者不要論を唱える宰相派で割れているルーセンタール帝国も。



 だがルーセンタール帝国は、その方法が常軌を逸していた。

 悪天候ゆえに薄暗いとはいえ、白昼堂々と屋敷に騎士達が押しかける。

 赤いサーコートは宰相派の騎士が身につけているものだ。


 それもその筈で、眠らされた憐れな犠牲者を縄で吊るしている、涼しい顔をした男こそが宰相――ヴィクトラトゥスその人である。


「お目覚めの気分は如何かな、フォン・グレクマール第三大臣?」


 準備を整え、宰相は犠牲者の頬を打つ。

 すぐさま犠牲者の中年男性は、太った腹を揺らしながらも状況を必死に把握しようとした。


「あ、あああ! さ、宰相閣下!? これは、一体!?」


 犠牲者は両手両足を縛られながら吊るし上げられ、悲鳴混じりに、この奇怪極まる暴挙の理由を問おうとした。


「いかにも、私はルーセンタール帝国が宰相、ヴィクトラトゥスだが。

 私が不在の間、四大臣制度は遺憾なく効力を発揮してくれていたようだね」


「宰相閣下、こ、このようなお戯れは、その――」


「――やれ」


「御意に」


 ヴィクトラトゥス宰相の背後に控えていた男――マクシミリアン・デュセヴェルが前に出る。

 デュセヴェルの不敵な笑みは雷鳴に照らされ、一瞬だけ白と黒とのコントラストに彩られた。

 長く伸ばした顎髭が怪人めいた印象をより色濃く表していた。


 そのデュセヴェルが取り出したるは肉切り包丁。

 憐れなるグレクマールは腹を縦に切り裂かれ、臓物を引きずり出された。


 引きずり出された臓物は、繋げられたままグレクマールの眼前にある鍋の中――熱した油へと入れられた。



「うぎ、がッ、ああ、あああぁッ!!」


 内蔵を抉り出される痛みと、その内臓を油で揚げられる痛みが、グレクマールを襲った。


「回復魔法を掛け続けろ。意識を途絶えさせるな」


 ヴィクトラトゥスの指示に、術士達が次々と詠唱を開始し、グレクマールの失われた体力を回復させていく。

 そんな様子を、ヴィクトラトゥスは小さく拍手した。


「素晴らしい。皇帝陛下もさぞかしお喜びになられるだろう。何せ帝国随一の忠義者の腹の中を、60回目の御誕生日に口にする事ができるのだからね」


 なんでもないことのように、その惨たらしい蛮行は為されていた。

 常軌を逸した調理だが、しかしヴィクトラトゥスは味見すらしないで背を向ける。



「火の通りは悪くなさそうだ。脂が多すぎるのは、ハーブを詰めればどうにでもなるだろう」


「そろそろ切りますか?」


「ああ。鋏は必要かな? デュセヴェル君」


「包丁がございます。こう見えて、修道士をしていた頃は誰よりも料理を楽しんでおりました」


「……ふむ。ほう、ほう? おお、見事だな。どうかね、第三大臣。

 いい香りがしてきただろう。私は遠慮しておくが、君は味見しておくべきだ。他ならぬ、君自身のはらわた(・・・・)なのだから」


 問いかけにはグレクマール第三大臣は答えなかった。

 あまりの苦痛に正気を失っているためだ。


「ぎゃ、あああああッ、あっあ、ああああ! あアアアァァ~!? あっ……――」


 そして、泡を吹いて天を仰ぐ。


「気をやってしまったか。存外、呆気ないものだ。ここにいるデュセヴェル管区長ならもう少し粘ってくれていた。そうだろう?」


「ッフ! フフフ、フン……ゾッとしないお話ですな」


「そうだろう、そうだろう」


 にこやかに笑顔を浮かべて談笑する。

 そこへ副官も傍らに立ち、いよいよ賑わう。




 ――ドガァァァ……バンッ!

 壁の向こうで天井が崩れたらしい音が立ち、続いては大きな音を立てて扉が蹴破られる。

 かつて扉だったその木片はバラバラと散らばり、うち幾つかがデュセヴェルの足元に転がった。


「――見下げ果てたものだな、宰相閣下に管区長殿」


「不届き者め! 何者か!」


 副官がサーベルを抜き放ち、入り口を睥睨した。

 残念ながら副管はその人物と面識がなかった。

 だがデュセヴェルは違った。


「おお、これはこれは、オルトハイム卿! 見苦しく命乞いをした挙句、糞便の如く川に流されたと聞き及んでいたが。まさか水底より直接の殴り込みとはね。随分と長い間、惰眠を貪っていたのではないか?」


「はて、何の事かな。私は、貴公らに贖罪の機会を与えに来てやったのだ」


 オルトハイムの言に、ヴィクトラトゥスは首を傾げる。


「随分と、異なことを宣うのだな? 人の身を脱し、魔の側へと付いた裏切り者が、我らに贖罪などと」


「まったくですよな……――さて、オルトハイム卿! 指揮官自らが切り込むそれを、私は高潔と呼んで差し上げれば良いのかな?

 もっとも、卿の事だ。私の浅学さでは考えつかぬような策を張り巡らせていると見受けられるが……」


「その通りだ。猪武者の浅知恵ほど見るに堪えない児戯もあるまい? 貴公が目をかけていた、あのイスティ・ノイルのような!」


 まったく気取ってくれる。

 デュセヴェルからすれば、イスティを特別扱いしているという風評は実に不本意だった。

 ただ、将来有望な若者達に投資をしてきただけだ。

 それを外野(旧態依然な皇帝派や、魔王側との間者をしているオルトハイムのような輩)の妨害行為によって潰されるのは我慢ならなかった。


「貴公はこの帝国騎士団に腐敗をもたらそうとしている」


 そして出て来る決まり文句も、何度も耳にした内容だった。

 腐敗ではなく発酵だというのに。


「卿よ。悪徳は人の本質だ。肉はひとたび喰わねば、その味と尊さは伝えられまい。

 人を殺めねば、それで人が死ぬ事もあると誰も知るまい」


「何を――」


「――歴史はただ事象のみを伝えるのではなく、後に生きる者達に共感と教訓を与えて然るべきものと私は規定している。

 君が何も学ばず、ただ己の感情に服を着せて殺めるだけだというのなら、私は神眼しんがんを持つ者としてこれをたださねばなるまい」


 両目を見開き、そして両手のピースサインをそれぞれ双眸に充てがう。

 神眼――魔眼に対を成す存在。

 正確には、魔眼の源流である。

 これがある故に、難物たるデュセヴェルが管区長の座にまで上り詰めることができたのだ。


神罰光線(おしおきビーム)!!」


 ネーミングセンスは最低だ。

(淡白なヴィクトラトゥスですら、今こうして耳にして「何なのだ、その名付けは」などと顔をしかめる程だ)

 だが、その威力たるや、雷鳴轟かせ、オルトハイムを火達磨にして入口の外まで吹き飛ばすほどだった。


「味わったかね? では土産話を片手に踵を返し、紳士的に失せるがいい。

 オーギュストやゼッデルフォンのように、串刺しにされたくはあるまい?

 それとも、魔王討伐後にその力を皇帝――あの薄汚い豚が簒奪して、新たなる魔王として世界を統治するなどという理想を胸に、ここでスープのダシに参列するのかね!? ンッフフフフ、ククク、ハハハハハハ!!!」


 戦いが始まる。

 魔王の思惑など無視した、大義名分を引き剥がせば我欲ばかりしかない戦いが。




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