Extend 7 さらば愛しき用心棒
今回もナターリヤ視点です。
私は、モダンな造りの廃ビルの、非常階段を登っていく。
向かいのオフィスビルにいたウィルマは、刀を鞘に一度納めた。
そしてロケットランチャーを窓から放ってくる!!
「あんなもの!」
咄嗟に撃ち落とすけれど、これがまずかった。
カッと稲光のような閃光が目の前で炸裂し、耳鳴りがする。
しかも私の視界が奪われている間に催涙弾まで打ち込まれた。
「げほッ、こほッ」
勘も咄嗟の判断力も、単純な腕っぷしも、ウィルマのほうが強い。
いくら私が、錬金術で強い肉体を錬成する事で現世に一時的な復活をしているとはいえ、私は殺し合いの場数をそんなに踏んでいない。
……でもね。
インベントリーから注射器を取り出して打ち込む。
状態異常を急激に和らげる、ホムンクルス専用の回復薬だ。
視界良好。
そして眼下にはウィルマが非常階段へと到達しようとしている。
「これでも喰らえ!!」
私が非常階段の柵に立ちながら、真下に投げ落としたのは……
手榴弾と見せかけているけど、破裂して出てくるものは爆発じゃない。
弾き返して遠くにやっても無駄よ、ウィルマ。
縮小されていた無数のイナゴが、元の大きさに戻って、青い火を纏う。
そして一斉に、ウィルマをめがけて飛びかかった。
「うわなんだコレ嫌がらせか!?」
モシェンニクのフックショットを応用して、建物の看板を切り落とす。
頭をぶつけて、酔いが醒めてくれたりしないかしら。
まあ、無理か。
フックショットで、胴体を狙って撃つ。
ワイヤー巻取り!
接近!
「――千篇雷光掃波! 極光電雷縛熱鎖!」
イナゴごと電気ショックで焼き払ってやる!
感電して動けないだろうウィルマを、蹴り転がして壁際に追い詰める。
辺りを紫電が奔り廻り、さながら電撃デスマッチの様相を呈する。
これで建物の外には出られない。
「火炎腕装!」
モシェンニクが炎を纏う。
ウィルマは、私の振り下ろす杖を最低限の身のこなしで避けながら、奥へ奥へと下がっていった。
散らばった書類、壁、床、観葉植物、次々と燃え広がっていく。
「どう!? これならワイバーンのゲップよりずっと楽しめるでしょ!?」
「なるほど、こりゃあ生前のお嬢にゃできない芸当だ!」
「正面から蜂の巣にしてやるわ!」
アサルトライフルで弾幕を張りつつ、義手に仕込んでおいたレーザーガンを起動。
少しでも掠らせてやる!
命中しないレーザーは、壁を赤熱化させて、線を描いていく。
「隠れ家に火を付けられて炙り出されたのを思い出すね」
「覚えているわ。追手の数がやけに少ない事を指摘された警官が“非常事態で他に人員がいない”ってボヤいてた」
「それで、ちょうどサブマシンガンの弾幕が、こんなふうに」
それだけでは終わらせないわ。
両足だって、何のために私は義手義足で蘇ったのか。
それは、武器を仕込んでおきたいからに決まっている。
細胞の一片に至るまで“宿敵を殺し尽くす”ためだけに特化して作り上げたのだ。
廊下に出たわね。
なら、角に腕だけ出せばいい!
「顔を洗ってあげるわよ!!」
プラズマバーナーだ!
その酔っ払った頭をスッキリさせてやる!
「大技ばかりじゃ小回りが利かなくて苦労するぜ、お嬢!」
後ろ――いえ、上ですって!?
「――ぐぅッ!」
くそ、左肩を撃たれた!
――『どうだったよ、おれの銃の腕前!』
余計なことを思い出させるな!
私を初めて助けてくれたあの日の笑顔が、どうして脳裏をよぎるの!?
今日が、初めてウィルマに撃たれた日だから?
「もらった!」
背後からの声。
私も応える。
「獲らせないわ!」
モシェンニクを構え、トリガーを引く。
フックショットが、柔らかい何かを貫通した。
――バリイイイイイイィィン
ガラスの割れる音に、私は振り向く。
……フックとワイヤーは、ウィルマの腹を突き刺していた。
それだけじゃない。
フックの先端は窓ガラスを突き破って、向かいのビルに刺さっていた。
でも、ウィルマは喜色満面だった。
今にも首を刈り取らんと振られた刀を、私は動きの鈍い左腕で受け止めた。
愛用のインチキステッキ――モシェンニクは手放す。
どうせウィルマに突き刺さったままだもの。
「――」
300kgの荷重に耐えながら時速60kmの速度でワイヤーを巻き取るフックショットだもの。
こうしてウィルマが風のように飛んでいくのは当然よ。
私は助走をつけ、窓から飛び出し着地して、そして見上げる。
杖に内蔵されたフックショットが、ワイヤーを巻き取っていく。
ウィルマは胴体から杖抜き取れないままビルの壁に激突し、その衝撃で盛大に吐血した。
私はレーザーで外壁を削り取り、ウィルマを落とした。
鎖を出現させて、瓦礫ごと受け止めて、そして銃口を突きつける。
「チェックメイトよ」
「ははッ……用心棒いらなくなっちまったじゃないか……強くなった。本当に、強くなったね、お嬢……」
私は、モシェンニクごとウィルマを引っこ抜いた。
鎖が消えて、ズシンッと瓦礫が地面に落ちた。
「……やっぱり貴女なんて大嫌いよ」
視界が滲んでいく。
頬に生暖かく湿った感触が伝うまで、そう時間は掛からなかった。
「ああ、知ってるよ。泣くほど嫌いだろ?」
……ウィルマの、馬鹿。
せっかく我慢していたのに。
涙が、次から次へと流れ落ちる。
まるで、腹に開いた傷から血が流れるかのようだった。
「……涙、今日は拭いてくれないのね」
「だって、おれのために泣いてくれたんだ。おれの安っぽい命が、ようやく報われたような気がしてさ」
ウィルマの馬鹿。
好きよ。
大好き。
「これで、義理を果たせた。」
「これで貴女も、晴れて自由の身よ」
「……悪いね、お嬢。おれは此処までだ」
全身がこわばる。
血の気が引いて、背中が寒くなった。
まるで、胸の中から何かが抜け落ちたような、嫌な喪失感があった。
「説明して」
「おれは死ぬ。どうやってこの世界に来れたかって、簡単だよ。ビヨンドをやめて、この世界に転生したんだ。普通の方法じゃなくて、条件付きだ。そうでもしなきゃ、此処には出られなかったからさ」
「……だったら、私を殺せば良かったじゃない。私なら他の世界でやり直せる」
「腕っぷしだけのおれが負けた。お嬢の集めてきた技術が勝った。それで良くない?」
「だから! 私はその愛情に責任を取れないんだってば! 結局そうやって、自分自身のために生きる事なく、最期まで私の為に死ぬなんて、馬鹿じゃないの!?」
「あはは。返す言葉もないや。でも、おれがおれを赦せる最期を迎えたんだ。それって、おれがおれ自身のために生きてきたって事だよね?」
……。
もう、会えないの……?
いいえ。
それでも前を向きなさい、私。
「……そう。なら、仕方ないわね。本来なら、一度死んだらそこで終わりだもの」
「それでいい」
「ちっとも良くないわよ。お返しできないじゃない」
「じゃ、キスさせて」
「そんな事で良ければ――」
――ウィルマは、額に口づけをくれた。
子犬を撫でる飼い主みたいな微笑みが、妙に癇に障る。
「あばよ、お嬢。達者でな」
畜生、やれやれまったく。
こんなやつを愛してしまったのが運の尽きだわ。
ウィルマは、光へと変わっていく。
熱を失うどころか、私の中へと熔けていって、ぬくもりを増していく。
不思議な気分だった。
ようやく、わかりあえたような気がした。
「……さようなら、ウィルマ」
過去に縛られず生きていく事なんて、きっとできっこないだろう。
けれど……それでも私、過去を背負いながら前を向いて歩くわ。
英雄なんて必要ない世界に、少しでも近付けるために。
英雄を待たなくても救われる世界に、少しでも近づけるように。
「もういいのかい」
ダーティ・スーが、物陰からゆっくりと顔を出してくる。
さながら、映画を見終えてスクリーンが閉じるかのようだった。
「……ええ」
そう思っていたのに。
「ナターリヤ、いいえ、モニカ!
どんなに頑張り続けても、この世が自分の望まない形へとどんどん作り変えられていく絶望感は、私にも覚えがあるわ」
嗚呼、なんという事。
ジルゼガット!
お前の声なんて、この場では特に聞きたくなかったのに!
「少しは余韻に浸らせてよ」
「嫌よ。ふふ。だってグリッチャーが生まれた原因は、私なのですもの! あっはははははは、あぁ~ははははははハハハ!!!」
「……」
……冗談だったとしても、本気だとしても。
私の前で、それを笑いながら口にする事が何を意味するか……いや、貴女はわかっていてそれを言っているに違いない。
「ふん。わざわざ殺されに来たのかしら」
「招待するわ。いらっしゃい?」
「……」
振り返って、ダーティ・スー達を見る。
肩をすくめて薄笑いを浮かべていた。
「本来それは俺の仕事だが、お前さんが協力してくれるなら助かる」
ああもう!
どいつもこいつも、どいつもこいつも!!
「待ちなさいよ。もう少しだけ、付き合ってもらう」
依頼書に内容を書き記す。
そして、見せる。
「――私をホワイトハウスに連れて行って」
大丈夫よ、私。
大丈夫よ、私。
ええ、何も問題はない。
此処に来る前に、研究記録の復元には成功している。




