Extend 5 兇刃その胸に
今回も引き続きジャンヌ視点です。
「――仕合えよ」
という、ウィルマの声に。
「……いいでしょう。合衆国最強のセンチネルとして。私は何度でも、貴女を止めてみせます。貴女の存在もまた、私の咎に他ならないのだから」
私は、そう応えた。
「あはは。生き辛い奴だよ実際、アンタって奴ぁー……――さ!」
「――ッ」
疾い!?
振り下ろされた刀に伴って、一陣の風が髪を揺らす。
二度目のそれを、私は槍を斜めに構えて受け流す。
反撃で突き出した槍の切っ先は、ウィルマの左頬に新たな傷を作るだけだった。
「――」
「――ッ!」
私は、ウィルマから突き出された刀を、握った。
ガントレットに守られた指先は、刃で切れる事はない。
「ダーティ・スーとは貴女の事ですか? 貴女が世界中のセンチネルを、グリッチャーもろとも鏖殺して回ったのですか? 私の仲間にそうしたように」
「アンタのお仲間ならともかく、他の有象無象なら、そりゃあおれじゃないよ」
「やはり、そう、でしたか」
「どのみち、アンタにできる事は無い。ここで仕留めるからね」
「また手榴弾で自爆でもするつもりでしょう? 周囲の被害も顧みずに」
「あン時だってサシだったぜ? 野暮抜かすなよ」
徐々に徐々に、互いの刃は互いの刃は外側へと広げられ。
やがて横を向いた時、両者は同時に身を退いた。
私は肉薄し、横に斬り結ぶ。
首を狙った一撃はしかし……
「く――ッ!」
虚空を斬った。
彼女は身を屈めていたのだ。
それからすぐさま此方の顎を目掛けて拳が飛来する。
私は急ぎ左へと跳び、拳骨を避ける。
それが拙かった。
胸の鎧に、パキッと火花が散る。
ウィルマは左手で殴ろうとした勢いをそのままに、右手に持った刀を振り上げたのだ。
後少しでも狙いが上にずれていれば、喉を切り裂かれていたかもしれない。
私は体勢を立て直し、斜めに振り下ろされた刀を弾き返すと同時に反撃へと転じる。
相手の脚を狙い澄まし、突き入れる。
すると彼女は片足で蹴り飛ばす事でそれを防ぎ、距離を詰めてきた。
刹那、彼女は反対側の足で蹴りを見舞ってくる。
私は吹き飛ばされながら、驚嘆を隠せずに居た。
……――動きの殆どを見切られている。
かつて対峙した時ですら、こちらの手を半分以上は防ぎきっていたというのに。
何より、エーテル出力が大幅に上がっている。
私は槍を杖代わりに立ち上がり、再び構えた。
ウィルマは右手の枷に左手の指を押し当て、関節をぱきぱきと鳴らしていた。
「暖機運転は終わったかい?」
私は人斬りとは一度だけしか相見えた事がない。
戦法を読もうにも情報は、私の経験を除いて皆無。
故に!
進路を横へと翻る。
何度も突きを入れて牽制しながら、スロープを駆け下りる。
もちろん、ウィルマも並走してくる。
「何故、私にこだわるというのです? 想い人は既に死して久しく、世界は崩壊しつつある。私など、放っておいてもいずれもう一度死ぬというのに」
「だからこそだよ。他人に取られたくない。アンタは世界に復讐しようとしてるだろ。それだけであちこちから命を狙われる」
「――私が悪を演じれば、人々は、かつて英雄と、合衆国最強のセンチネルと呼ばれていた私を脅威と見做し団結してくれる筈です!
故に、これは――何も生まない復讐などに非ず! 乱世を糺す、償いであると!」
「どうかな。結局アンタは手前ェの事見てただけだ――ろ!」
再びの剣戟。
私が槍で戦うのに対し、人斬りは刀だけ。
リーチの差は覆し難い筈なのに、人斬りは物ともしていない。
まるで、槍と同じくらいリーチがあるかのようだった。
それでいて時折、人斬りは刀による斬撃だけではなく、手足による格闘、果ては路傍に転がる石を用いた投石まで織り交ぜてきた。
そのどれもが強烈な衝撃を伴って襲い来る。
私はガラス片をダガーのように投げてきて、とっさに避けた。
戦いの場は徐々にずれて行く。
外の、庭園へ。
私の渾身の一撃は、一本の木に突き刺さり。
「くっ……!」
人斬りは指を振って、ちっちっと舌を鳴らしながら挑発してきた。
更に。
「うらぁッ!」
正眼に構えた刀を、人斬りは振り下ろしてきた。
「くっ……――はぁああっ!」
私は漸く引き抜いた槍の柄による打撃を以て刀を弾き、距離を取る。
劣勢である今、少しでも体力を温存したほうが賢明だ。
雑木林へと身を翻す。
「くっ……うぅ……ッ」
暴れ回る鼓動が、ひどく煩わしい。
SF小説のロボットならば、きっとこの程度では音を上げない。
途切れる呼吸をどうにか制しながら、ほんの僅かな唾液を呑み込んだ。
呼吸が整うまでに幾らかの時間を要するだろうが、もう幾許も猶予は残されていない。
何故なら、気配がすぐ近くにまで迫ってきている!
「十一時方向、距離三十! 鎧の音で丸判りだ! ほら、さっさとお祓いしに来いよ!」
「言われずとも――!」
この付近は斜面になっており、彼女の声は下の方から聞こえた。
だいたいの方角は掴めている。
ウィルマのいる場所は狭い道だから避けられないだろう。
此処なら、勝算がある……私は、一気に坂道を駆け下り。
両手に持った槍を点に掲げ、振り下ろす。
……けれど。
「――あ、え……?」
片手で。
防がれてしまった。
力を込めても、槍の切っ先は、ウィルマの手枷からずるりずるりと滑り落ち。
彼女の左手に掴まれるだけだった。
押し込む事も、引き抜く事も出来ない。
何故か彼女は己自身が掴んで居る様子を見て、呆然としていた。
それから程なくして、何かを確信したかの様に頷いた。
但し、その表情は口元に虚ろな笑みを浮かべたままで。
「――あのさ。さっきから、ぜんぜん手応えが全然ないんだけど」
……。
…………。
ウィルマは、私の槍を引っ掴み。
その場で地面に叩きつけ。
足で勢いよく踏みつけ。
真っ二つに折ってしまった。
「あーあ。もうちょっとスッキリすると思ってたのに……まあいいや」
かと思ったら、急に懐から何か紙を取り出してきた。
「……これ、見てくれる?」
―― ―― ――
30 Apr. '02
一切の望みは絶たれた。
研究記録を巡る水面下の抗争には敗北続きで、既に研究資金も底を突いた。
抗争も、そこに投じられた工作員も公的に存在しないものとされ、私の研究室が受けた被害は全面的に無視された。
それどころか、危険な研究を行なっているとして、設備の殆どは差し押さえ処分を受けた。
ウィルマは今までよく私に献身してくれたが、私はもう手遅れだ。
多くの犠牲と恥辱を生み出した私の魂は、この世の遍く苦痛に限界を迎えた。
私は、これから彼女の友情を手酷く裏切る行為に手を染める。
さらば。
世に呪い有れ。
――――Monika Greighwitz
―― ―― ――
日記。
いや、遺書だった。
ウィルマが仕えていた、センチネルを私的に利用した小悪党――モニカ・グライヒヴィッツの。
「おれが復讐を選んだ理由だ。おれが、おれより強いやつを鏖にする理由だ」
「こ、これが、何だと言うのですか……! こんな感情だけの、自己憐憫が、貴女達の罪を軽くするとでも……!」
読み終えた私が遺書を突き返すと、ウィルマはひったくって懐に仕舞った。
「少なくとも、理想論を掲げて、現実からそっぽ向いて弱い者いじめをする事に比べりゃ大したことないと思うけど? こちとら潔白を証明するのも儘ならなかったのによ」
笑顔で、首を傾げて訊いてくる。
「仮に貴女達が潔白であるというのなら、何故そう訴えなかったのですか! センチネルを研究する資金があったなら弁護士だって――」
――バキィ!!!
ウィルマは、私の顔面を容赦なく殴ってきた。
私は、吹き飛んで倒れた。
ウィルマに髪を掴まれ、上半身を起こされた。
「お嬢が何度も云ったけど、だァ~~~れも聞き入れちゃくれなかったよ。弁護士を頼る前にお尋ね者だ!」
「そ、そんな馬鹿な話が……」
「なあ、ジャンヌさんよ。ずっと一人で戦ってきたつもりか? いつまで、見えないふりをし続けるんだ?」
……。
そう、なのかもしれない。
世界中で戦ってきたけれど、それは。
合衆国を背に、グリッチャーと向き合う……そんな小さな円環でしか完結せず。
「そう……ですね。
貴女の言う通り、私は……他国に目をくれる事など殆どありませんでした。
最期まで欺くばかりだった己の生涯を、私は決して誇ろうとは思いません。
せめて驕らずに死ぬ事こそが、今までの私の所業の末に倒れていった仲間達への、ただ一つの手向けになりましょう。
おめでとうございます、ウィルマ。貴女こそが、真に最強の――」
――ザグンッ
私は胸に、兇刃を受け入れた。
骨をも貫く一撃に、喉までせり上がって冷えていく血の感触。
「あ……」
「おやすみ、薄っぺら。能書きの続きは地獄で垂れなよ」
これで、良かったのだ。
皆に好かれたいという打算の為に友軍を助けに行き。
戦果を嘘だと思わせない為に鍛錬に明け暮れ、実地にて奮戦し。
矮小な女だと侮られない為に時には尊大な態度で皆に接し。
更なる嘘で己を塗り固め。
生きている間にこれらの秘密を打ち明けようと、何度も悩んだ。
それでも私には無理だった。
打ち明けたら、たちまち私の栄光は泡となって消えてしまう。
その恐怖が私の口を何度も塞いだ。
結局、言えなかった。
今度こそ、私は往く。
これだけ多くの悪事を為したのだから、私は喜んで罰を受けよう。
ああ、ウィルマ。
冷雨の中、凍てついた眼差しで私を見下ろす、凶相の復讐者。
裁いてくれて、ありがとう。
「――ウィルマ! その女は私の獲物よ!」
…………。
……………………は?
「どうして殺したの……」
「……お嬢、やっぱりアンタがお嬢なのか」
いや、あの。
……待って。
「ねえ、どうして殺したの!? 私が殺す筈だったのに!! これを作り出すのに、私がどれだけの準備を重ねたと思っているの!?」
「作った!? マジか!?」
「そもそも、なんで貴女が此処に来ているの!? 私のようにホムンクルスの身体を用意した訳でもない筈なのに!」
「いやぁ~、あははは。それには谷より深い訳があって」
「度し難い奴! 洗いざらい話しなさい!」
今まさに丁度いい感じで終わろうとしているのに、何故か痴話喧嘩のようなものを聞かされている。
何、この、何……?
余韻に浸る事すら赦されず、私の意識は闇に沈んだ。




