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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION18: スワンプマンを待ち侘びて
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Extend 4 青き盾の悲嘆

 今回は“青き盾のジャンヌ”視点です。


 ジャンヌ・ミストルーン。

 私を、その名で呼ぶ者は少ない。


 大抵は“青き盾の”――或いは“英雄”や“最強のセンチネル”などの枕詞を付けて呼ばれる。

 他にも私の金色の長髪を指して“金髪の戦乙女”といった愛称もあった。


 ビルの最上階のエレベーターを下る。

 強化ガラスを隔てた外は、雨で何も見えない。


 仲間達の定時連絡が途絶え、異常を察知した私は、安否を確認せねばならない。

 雨が不安を煽ってくる。



 エレベーターのドアが開く。

 豪奢な作りのエントランスホール。

 けれど、それだけだ。

 周辺には雑多な備品が散らばり、妙に寒々しい景色が広がっている。


 このビルは他の建物に比べて頑丈にできているようで、他が廃墟同然なのに、この建物だけは煌々と灯っており。

 まるで私。

 空虚な栄光に郷愁を覚え、縋り付く私のよう。

 どんなに明かりが眩しくても、ここに永く留まる者は誰もいない。



 ……こんな筈じゃなかったのに。

 私は、どこで道を誤ってしまったのだろう?


 合衆国の未来を信じて、この槍を振るい続けてきた。

 前大統領への誓いを守って、人々を守り続けてきた。


 たとえ虚偽の戦績を上乗せしようとも。

 たとえ欺瞞に満ち溢れた戦歴でメッキを施そうとも。

 私は世界ランキングNo.1センチネルとして全ての乙女達の目指す先に在り続ける必要があった。


 それこそが、かつて私を見出してくださった前大統領への誓いであった。


 青き盾のジャンヌ。

 私は、悪だ。

 国家単位でのペテンを仕掛け、死の間際までそれを貪った。

 グリッチャーを倒し尽くした未来を夢見て、戦い続けた。


 任期を満了したセンチネルは、引退を希望した場合、エーテルを除去され人間に戻る。

 引退した元センチネルは、人間として人生を全うできるだろうか?

 そんな事は無い。


 そういうカバーストーリーに隠されて、解剖されるだけ。

 時には、家族も巻き添えに。


 解剖された元センチネルから取り出したエーテルは、現役センチネルの稼働期間延長に使われる。


 私は知っていて尚、黙り続けた。

 私の不始末(・・・)の結果、大統領の信頼を損ねてはならないから。


 英雄的活躍をしているというプロパガンダの外殻に隠れないと、私は耀きを失ってしまう。


 人類存亡をかけた戦いなのだから、一時の休息こそ許されども、穏やかな余生など謳歌してなどいられない。

 人類が手を取り合い、平和を夢見て、共に戦っているのだ。

(人類が共に……そんなものがまやかしであると知っていても)


 胸中でそう言い聞かせ、痛む心に蓋をして必死に戦い続けた。

 安寧を脅かす不和の種もまた、必死に摘み取るようにした。

 街のパトロールだとか、そういったTVショーで、公開処刑まがいの事を。

(だって、未曾有の混乱から人々の心の安寧を守るには、そうするしかなかった!)



 ――その報い、だろうか。



 市井を騒がせた、人斬りウィルマ(渦中の人物の、その用心棒)には仇討ちを宣言され。


 ――『怨むなら存分に。私は此方側に立ち、貴女は其方側に立って刃を交える。そこには正義も悪も存在しません。私は只、合衆国の守り手として受けて立つのみ』


 ――『減らず口が過ぎて、いっそ安っぽく見えらぁ』


 死闘の末、私は人斬りウィルマを倒した。

 ウィルマは強かった。

 今まで一度も敵に斬られなかった、私の髪を……ウィルマは斬った。

 そして引き換えに、私はウィルマの両足を斬り落とした。


 ウィルマはテロリストらしい方法で自決した。

 手榴弾をその場で爆発させたのだ。

 私はエーテルシールドを咄嗟に発生させることで、爆風を防ぎきった。


 ウィルマが最期に見せた、諦観と憎悪の入り混じった眼差しが、脳裏に焼き付いて離れない。

 ……私は、決して間違った事を言ったつもりはない筈だ。


 グリッチャーを倒し尽くしていないのに、人と人が戦う。

 きっと、グリッチャーがこの世から根絶されれば、人対人の争いは激化するであろう。

 復興に伴うイニシアティブを巡って、人々は欲望を丸出しにする。

(事実としてそうなった。私の想像を上回るほどの最悪な形で)


 私はそれまでに、誰の追従も許さない程の最強の存在になっていなくてはならないと信じていた。

 もっとエーテルを。

 もっと力を。


 けれども。

 無理をしすぎて私は寿命を削っていた。

 ある日、私は血を吐いて倒れた。


 医師から余命数ヶ月と聞かされた。


 それでも。

 ――『私は命尽きるまで戦います。貴女達に“最強”を求める心があるならば、付いてきなさい』


 身体が限界を迎えつつあるという大義名分があるおかげで、噂ほどの強さが無くとも威厳は保てた。

 赦されたくて、戦って。

 赦されたくて、進み続けて。


 宇宙まで飛んで。

 宇宙のグリッチャーを倒し尽くして。

 でも、その殆どは仲間達に犠牲を強いて。

 私がその戦果を独占して……。


 ああ……なんと、無様な生き方。

 瑕疵は数多で。

 女々しき願望に満ち溢れ。

 されども戦い続けて斃れ、概ね満足して往けた。


 病床に伏す私へ、前大統領が足を運んでくださり。

 勲章と花束を手に、涙を流してくださった。

 私は、私をようやく赦せた気がした。


 きっと、後に続く皆が世界を救ってくれるだろうと。

 それなら、私が遍く病巣を摘出せずにいたという罪も、赦されるだろうと。




 ――でも。




 それから十数年後の現世に呼び戻され。


 挙げ句、一度は殲滅に成功していた筈のグリッチャーは、再び姿を表していた。

 しかも、他ならぬ人類自身の!

 その手によってだ!



 人類の生存圏は、あの頃の半分にも満たない。

 ユーラシア大陸の東端に至っては、核兵器でも使ったのかという惨状だという。


 おそらく、どこぞの極東の小国が、世界大戦に同じく愚かしい行為をし――その代償を支払ったのであろう。

 または(前大統領は悲しまれるだろうが)あの友人とも言える大国が欲望の末に自滅したか。

 それとも冷戦時代に対立していたあの国が、グリッチャーの軍事利用を試みて自壊したのか。

 何にせよ、名前ですら呼んでやるものか。



 そして、祖国アメリカは。

 ほぼ最後の生存圏と言えてしまえる惨状でありながら、私腹を肥やさんとする豚どもが我先にと覇権を握るべく奴隷商売をしている。

 大統領は綺麗事を連ねながら、そんな豚どもを裁けないでいる。


 ……私が頑張ってきた日々は、何だったというの?

 これは、欺瞞に欺瞞を重ねて生きてきた私への、罰だというの?




 私の復活を喜んでくれた同志達は、私の絶望をもまた受け入れてくれた。

 EOF――欺瞞を終わらせる者達は。

 私を拾い上げてくれた。


 だから私は、最後通告をした。

 EOFの理念であるセンチネルだけの国は、守るべき民の為に自ら命を(……それと真実を)捧げた意味がない。

 それなら皆がセンチネルになればいい。


 ……けれど、現大統領は。

 私達に“役目を果たせ”と言った。

 決して前大統領のように“生きて帰ってきて、共に、その絶望と向き合おう”とは言ってくれなかった。



 世界は混迷を極めた。

 私はあくまで、傍観に徹した。

 EOFは結果として分裂したけれど、それでいい。



 世界各地で、グリッチャーの勢いに圧されるセンチネル達。


 かつて私達を家畜のように使役してきた政府高官も、状況を放置すればいずれシェルターにまでグリッチャーの侵入を許すだろうと。

 そうなる前に、また私達に救いと赦しを求めるであろうと。

 自らの行いの愚かさを悔い改める筈だと。


 または。

 奮起したEOFの手によってグリッチャーが再び殲滅され。

 私達を倒しに来てくれたなら。



 ……されど。

 そんな筋書きに。

 どうして背くというのであろう。

 運命というものは。


 グリッチャーの召喚ゲートが相次いで破壊されていった。

 しかもその破壊を実行したのは、たった一人の男だという。

 黄色いコートを羽織った、奇々怪々な男。


 人類、または自分達を守る為に戦う筈のセンチネルは、何故か相次いで忽然と姿を消していった。


 グリッチャーとセンチネルが次々と消えている。

 それは、混乱が急速に終結しつつあるという事だ。



 私は、自らへの罰を与え、世界にも罰を与えるつもりだった。

 私は、世界を罰する事を通して、世界に自らを罰させるつもりだった。

 自らを生贄に、世界への結束を生み出そうとさえ考えていた。


 それなのに、それなのに。


 世界が救われてしまう。

 何処の誰とも判らぬ謎の男に。


 ややもすれば、私の成し遂げんとしていた尽くを、あの男が奪っていくつもりだ。




 ズガァンッ


 扉が蹴破られる音。

 エントランスホールに、雨音が響く。


「まさか、そんな――ッ」


 背中に脂汗が伝う。

 いや、まさか。


「たのもォーう!! いよォ、阿婆擦れ。久方ぶりじゃないの。

 髪伸びた? も一度バッサリやっとく?」


 ……。


 その声は知っている。


 あの男では、なかった。

 けれど、あの男の噂が、貴女だとしたら?

 金色に染めた髪が、黄色いコートに間違えられている事だってあるかもしれない。


 私は蘇っている以上、彼女もまた蘇っていたとて何ら不自然は無いであろう。


 果たして、振り向けば。

 顔に十字傷のある、凶相の女剣客は。

 私の前に再び立っていた。



「……まさか、私の仲間達の連絡が途絶えたのは、貴女の仕業ですか?」


「うんお仲間なら揃いも揃って死にたがってたみたいだから、お望み通り十把一絡げにみなごろしにしてやったよ」


「虚言を……」


 特S級グリッチャー討伐経験のある一流のセンチネルばかりが集まっていた筈なのに、全員が死んだ?

 にわかには信じがたい話だった。


 けれど、ウィルマの引きずった麻袋からは血が滴り落ちていて。

 彼女は徐に袋を開けて。


「証拠はある。頭数が少なかったから、楽だったぜ?」


 ごろごろ。

 転がり出る生首。

 全員だ。

 全員、殺された。


 残り少ない仲間だったのに。

 主義主張の違いから大勢が離反していく中、その人達だけは私に共感してくれたのに。


「なんということを……」


「せっかく無縁墓地からアンタを祟りまくってやろうと、化けて出てきてやったんだぜ? あとはアンタだけだ」


 ウィルマは刀を向けてくる。


「――仕合えよ」


 あの雨の日と、同じように。




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