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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION18: スワンプマンを待ち侘びて
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Extend 1 地獄生まれの用心棒

 今回はウィルマ視点です。


「お、思い出したぞ、お前は、ウィルマ……枷付きのウィルマ……――」


「――ハ。気安く呼ぶなやい」


 おれは、芋虫みたいに這いつくばる破落戸ごろつきの首を斬り落とす。

 こいつの飼い主が誰かは見当がつく。

 スマートフォンは電波がつながっていた。


 グリッチャーのせいで人工衛星が軒並み落とされて、アメリカでじゃなきゃインターネットは使えない。

 ……どこぞの政見放送かました阿婆擦れ――ジャンヌの本拠地を除いては。




 それにしても厭気イヤケのさす大雨だな。

 莫迦ばかみたいに降りやがって。

 昔を、思い出して駄目だ。


 ひょうたんに入れてあった安酒を一気飲みしたが、冷えた指先は温まりやしない。



 こういう時は、焚き火だ。

 躯にガソリンふりかけて、マッチ一本放り遣れば、あっという間に燃え上がった。

 古巣で嗅ぎ慣れた臭いは、妙に郷愁を誘う。


 不思議だ。

 一寸ちょっと前、 お嬢を守り損ねて仇討ちも仕損じた夜、おれも同じように地面に転がっていたんだろうか。




 齢五つを数える頃まで孤児院暮らしだった。

 そこから南の何処ともつかねェ辺鄙な国のギャングのところに売られて、スラム街の廃ビルの地下で剣闘士の真似事をさせられていた。


 飼い主のクソジジイは、ヤクザ映画が好きだと言っていて、よく映画を観せられた。

 得物は刀だ。


 同じくらいの背丈の、なるべく仕合が一方的にならない相手と組まされた。

 しかも確実に殺さないと、飼い主のクソジジイに折檻されちまう。


 時には、生殖器シモに手を出される事もあった。

 齢が十を数える頃、子供を産めない身体にされてからは、特に。


 そんな生活を十五年も続けて、気が付きゃ地元じゃそこそこ名の売れた看板剣闘士になっていた。

 かといって口答えはできなかったし、隙を見てブチ殺すという選択肢がそもそも頭の中に存在しなかった。

 こんなもんだろう、そんな漠然とした諦めがあった。



 ある日、スラムに面妖な怪物共が現れた。

 大勢が怪物共に殺されて、それが何ヶ月も続いた。

 誰も助けに来なかったけれど、クソジジイは運良く生き延びた。

 どころか、独り占めした飯と水を高値で売り捌いていた。



 路地裏がホームレスの躯で埋まって通れなくなる頃だった。

 あの怪物共に“グリッチャー”という名前が付けられた事を、近くを通った兵隊達の話に聞き耳を立てて知った。


 で、兵隊達に連れられている、鉄板で作った下着みたいな格好をしている女は、センチネル。

 あんな格好でグリッチャーを倒すなんて、血迷ったとしか思えなかった。



 その数日後、国からボスに声がかかる。

 おれはセンチネルの素体として、クソジジイに二束三文で売り払われた。

 クソジジイは看板商品のおれをすっかり持て余していたし、これを機に違法な博打からは足を洗うつもりでいたらしい。


 ベッドが、今まで見た中で一番きれいだった。

 めでたくセンチネルとしてデビューしたけど、エーテル適合率が低いから魔法みたいな力は使えなかったし、グリッチャーに刃は通らなかった。

 専用の刀を用意してもらったのに、駄目だった。


 センチネルの成り損ないが選べる道は少ない。

 安楽死か、さもなきゃ技術屋気取りの変態共のオモチャだ。


 そんなわけで、おれはあちこちで安く売り払われ、そのたびに衝突してきた。

 最終処分場で手枷足枷猿轡なんて惨めな姿にされても、おれは喧嘩をやめなかった。



 ……けれどおれは如何なる因果か、落ち目のセンチネル研究機関に買われた。

 どうせ鉄砲玉にでも使うんだろうと思っていたら、とんでもない大役を担うハメになった。


 用心棒だ。


 そこそこでかい財閥の親父さんがおれを買って、ちんけな研究機関の室長たる娘の用心棒をやれと。

 なんでも、せっかく仕上げたセンチネルを軍部が粗末に扱って犬死にさせられて、たいそうご傷心なんだと。


 ――『へーい、たのもーう! お目通り願いたい!』


 ――『その顔の十字傷、貴女がウィルマ?』


 ――『応さ! 聞いて驚け! 人呼んでみなごろしの暴風! 人斬りウィルマたぁ、アッおれの事よ!』


 ――『はぁ。いい歳して、まるで子供みたいね。センチネルになると頭の成長が止まるなんて報告は無かった筈だけど?』


 ただ、その娘――つまるところ“お嬢”が、おれとは別の方向で難物だった。

 最初は、喧嘩ばかりしていた。

 荷物の置き方ひとつ取っても、やり方の違いってものが出てきた。

 お嬢だって散らかしまくっているのが悪いんだ。

 おれが元位置を訊くたび、違う場所にしてたじゃないか!


 ――『思うに、貴女は観察力が無さすぎる。よくそれで用心棒なんて名乗れたものね。十名の警護官を半年間雇っても、貴女より安く付くわ』


 お嬢が口を尖らせて、そう云った。


 ――『算数の授業ならお断りだ。それにおれは、札付きだから格安だったよ』


 おれが余所見しながら答えると、お嬢はカンカンになっちまったんだっけ。

 懐かしいな。


 ――『人の話を蔑ろにして! 何よ! アル中! 肝硬変で死ねばいいんじゃない!?』


 ――『お嬢こそ珈琲依存症気味で睡眠時間が短すぎるから、少しは健康に気を遣おう。おれの酒より、そっちのが深刻だと思うけどな』


 ――『はぁ!? 休む暇があったら休んでるわよ! お前のせいでイライラする! 今から数十分を気分転換に費やす事になるわ! もう帰れ! 顔も見たくない!』


 お嬢はすっかりオカンムリで、一人で外に出ちまった。



 嫌な予感がして追いかけてみりゃあ、白昼堂々と人攫い共がお嬢を連れ去ろうとしてた所だった。

 おれは人攫い共を斬り殺して、残った一人に尋問をするなどした。


 お嬢にはだいぶ怖い思いをさせちまったけど、どうにか助けることができて良かった。


 ……本当は、さ。

 あの頃おれは、お嬢の事はそんなに好きじゃなかったんだ。

 グスタフの旦那が拾ってくれたから、その義理を果たす事しか頭になかった。

 今でも打ち明けて赦してくれるかどうかわからないから、ずっと云えないだろうなあ。



 でも、ある日を境に、おれは改めざるを得なかった。

 グリッチャーの包囲網を脱出する時、お嬢は不慣れなヘリの操縦をして、廃ビルの上に不時着した。

 でも、おかげでサンフランシスコに向かう筈だったグリッチャーの大群を引き寄せる事ができたし、他のセンチネルがそれを目印に駆けつけてくれた。


 おれが他のセンチネルからさんざっぱら扱き下ろされた時、お嬢はおれを庇ってくれた。


――『私と、私の用心棒に何か不満でも? 不安定な情勢では懐刀も必要です。他人に不適格者の烙印を押す前に、各人の成すべき事を成してくれないかしら。

 私は前線に出られないけれど、私は行動に移しています。

 兵士達が無駄死にしないように、人がセンチネルを管理する世界じゃなくて――人とセンチネルが本当の意味で共に戦えるように。

 貴女達の何割かが真にグリッチャーへの復讐を望んでいるようにね。

 だからお願い。私達の戦いを、嗤わないで』


 あん時のお嬢、最高に格好良かった。


――『いねえ、アンタ。好い。惚れちゃったよ。この安っぽいお命、賭けさせてちょーだい』


 口を衝いて出た言葉は、紛れもなく本音だった。

 思わず差し出した手は、社交辞令なんかじゃなかった。

 本気で命を賭けるに値する相手だと、初めて心の底から思えた。



 お嬢が命を狙われる理由は、単なる邪魔者の排除だけじゃない。

 エーテルは、グリッチャーの死骸から精製しないと手に入れられない。

 既に人の手に渡っているなら、横から掻っ攫うほうが手っ取り早い。

 そして、あわよくば技術も。


 だから人と人が争う。

 研究機関同士の小競り合いが激化している。


 センチネルを生み出せた研究所は政府からバックアップが得られる。

 センチネルになった女も、欠陥品じゃなければ生活がある程度は保証される。

(毎日のようにテレビでツラを拝む、あのジャンヌとかいう女も、さぞかし稼いでるンだろう)

 明日の安寧も掴みかねるこんなご時勢じゃあ、喉から手が出るほど欲しかったに違いない。


 ましてや人死にが出たって、グリッチャーのせいにできる。


 だから、おれが返り討ちにしてやった。

 屑は屑篭へ。

 最後は敵の懐から拝借した拳銃ハジキで、一発で眉間を撃ち抜いた。


 ――『どうだったよ、おれの銃の腕前!』


 ――『やっぱり貴女なんて大嫌いよ』


 そう答えたお嬢の目は、最初の頃よりずっと柔らかかった。




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