表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION18: スワンプマンを待ち侘びて
238/270

Task4 侵入者から情報を引き出せ


 センチネルのお嬢ちゃんから聞き出せた情報は、それなりに使えそうだ。

 “U.S.C.B”――合衆国センチネル大隊とやらに、このお嬢ちゃんは所属している。

 “EOF”――エンド・オブ・ファルスという、センチネルの自治独立を謳う反逆者共がいて、そのアジトと疑わしい場所をブッ壊すっていうのが、ここに来た目的らしい。


 ご苦労なこった。

 その正義を検証する日は、近々やってくるだろう。


 ちなみに、このお嬢ちゃんの名前は首にかかった識別票ドッグタグに書いてあるし、俺達にとって何ら意味のある情報でもないから、俺は記憶していない。


 一人なのかどうかは、訊いたには訊いたがね。

 一人ずつ完全に別行動をしているから、わからんなどと言われちまった。

(大した対抗策だぜ。どうせ無駄になる事も知らずに)



 そして、ナターリヤは「最後に一つ聞かせて」と前置きした。


「お前にとってジャンヌ・ミストルーンは、どう映った?」


「“青き盾のジャンヌ”様は、あの人は英雄です。最期まで、世界のために戦い続けました。正義と戦いの女神って、きっとああいう人のことを言うと思うんです」


「……」


 ナターリヤのツラはまるで、つぶれたカタツムリでも見ているようだった。

 つまり、グロテスクで哀れな何かを見るツラだ。


 お嬢ちゃんは、ジャンヌとやらにいつの間にか踏み潰されちまったとして、それを思い出すことができない。

 くたばっちまったカタツムリが、てめえの割れた殻を見ることができないのと同じように。


 ナターリヤは我慢したくないらしい。

 口を歪めた。


「私からしたら“力を誇示する事しか頭にないだけの、ただの馬鹿な女”だったわ。どうせ突っ走った末に死ぬなら、私がこの手で殺してやりたかった」


 吐き捨てるように放った言葉。

 これが、これこそが、今回の俺達に依頼した理由の全てだろうさ。


 もちろん、このお嬢ちゃんはそれを知らないし、知ったことじゃない。

 だから、こういう事だって平気で言っちまう。


「嫉妬ですか? 若くないとセンチネルにはなれませんもんね」


 ってね!

 どいつもこいつも、判を押したように同じような事を抜かしやがる!


 そして、ナターリヤはこめかみに青筋を立てて、締め上げていた。


「……そのおめでたい頭を一人でも多く消毒していれば、今みたいな状況にはなっていなかったかもしれないと思うと、腹立たしい事この上ないわね」


「ぎぅ……う、ぐ……!?」


 ロナと紀絵は身を乗り出すが、俺は手で遮った。

 念話で、最低限の指示だけは出しておこう。


『そっとしておこうぜ。ヤバくなったら、俺が止める』


 ロナと紀絵はうなずいて、ナターリヤの首絞めショーを眺める事にした。


「お前はそんなに強くないくせに、あの女の話になると急に気が大きくなるの、どういうこと? お前自身は雑魚だっていうのに! あいつも、あいつも、あいつだってそうだった……どいつもこいつも私を見下して、自分自身はたいしてすごくもないくせに!!」


 おっ、投げ飛ばした。

 それで、体重をかけてあばら骨に地団駄を……


「痛い、痛い!」


 あんな踏み方をしちゃあ、あばら骨がイカれ(・・・)ちまう。

 よし、やめだ。


 パチンッ


 煙の壁で、お嬢ちゃんのあばら骨をガードだ。


「そのへんでやめときな。殴って教育したところで“いつか解る日”とやらが来る前に、こいつが意固地になって細かい内容を忘れるだけだぜ」


「私は教育してやるつもりなんて、もう(・・)無いわ。これは単なる憂さ晴らしにほかならな――」


『――全世界の皆さん。お久しぶりです。私を覚えていてくれていますか? ジャンヌです』


 スタンバイ状態だった筈のモニターが、急に点灯した。

 もともとそういう仕組みなのか、それとも魔法の力でそうしたのかね。


「生まれ変わり!? 生きておいでなの!?」


 とにかく、このお嬢ちゃんは大喜びだ。

 何せモニターに映るその人物は、今回のターゲット。

 つまりナターリヤにとっては、ゲロまみれのソファよりも憎悪と嫌悪をそそられる相手というワケさ。


『特別なエーテルが、私を眠りから呼び覚ましました。肉体も、魂も、本物です。かつての戦友たちの名も、明晰に思い出せます。どうか、聞き逃さないで――』



 ――本当に、坊主がお経でも唱えるみたいに、名前と挨拶の言葉をつらつらと言い連ねていった。

 思い出話は、その戦場で焚き火を囲みながらマグカップを片手にやるような、実にもっともらしい説得力を含ませようとしていた。


 いやいや、まったく涙ぐましい努力じゃないか。

 その思い出話の数々が本当だとして、誰も本当の意味でお前さんの頭の中身を覗き見る事ができないんだ。

 だからお前さんがどういう意図で思い出話に花を咲かせているかも、真に理解できる奴は誰一人としていないだろうさ。


 そこで涙しているお嬢ちゃんとて、同じさ。


『――語るべき友は、まだ数え切れぬほどいますが……いずれ、言葉を交わしましょう。これ以上は、時間を割けません』



「あ、お友達紹介終わりました?」


 と、ロナ。

 言葉とは裏腹に、メモ帳にガリガリと書き込みしている。


「名前を呼ばれなかった方は不憫ですわね」


 と、紀絵。

 さっきからずっと、あくびが止まらないようだ。


「エステ広告よりはマシだったが、退屈な時間には変わりなかったね。ロナ、ナターリヤ、あの中で重要な情報はあるかい」


 揃って首を振る。


「わからないわ。現時点では」


「あたしも同じくです」


「結構なことだ。見晴らしが良すぎるのも考えもんだよな」



 独演会は、なおも続く。


『私が眠りについている間に、世界は荒廃し続けました。もはや人類は以前のような生活を送ることができなくなっています。

 私達が力を合わせて繋ぎ止めた、人類の生存領域。私達が力を合わせて退けた、人類の天敵種……私の愛した祖国……』


 グリッチャーとやらの事か。

 ジャンヌは、悲しそうなツラで机を叩いた。


『私が眠りについている間に、全てが水泡に帰した!』


 我慢していたのかい。


「そんな……ジャンヌ様……?」


 お嬢ちゃんは、認めたくないらしい。


『私が、私達が託した未来は、こんな筈じゃなかった!!

 どうして、一度は抑え込めたグリッチャーを、蘇らせるなどという愚行に走ったのですか!

 人類が手を取り合い、平和を夢見て、共に戦ったあの日々は、やはり(・・・)嘘だったのですか!?』


 画面の向こうでジャンヌは、周りから集まってきた取り巻き連中に抑え込まれて、しばらく息を荒げていた。


 ――ところでお前さん、その“やはり(・・・)”とはどういう意味なのかね。

 心のどこかでは、期待していたのかい。

 なけなしの、良心とやらを。

 希望とやらを。


『私達は、再び戦います――しかし、おそらく私に残された時間は僅か。もはや、平穏を取り戻した世界をこの目で見ることは叶わぬ夢でしょう……ゆえに』


 どうせろくなことを考えちゃいない。

 会話の一つ一つを、ひどく勿体ぶった区切り方で“値上げ”しようとしてやがる。


『人類は選択せねばなりません。皆がセンチネルになるか。私達に殺されるか』


 ほら見ろ!

 やっぱり、ろくなもんじゃなかったぜ!!


『私と共に戦うならば、私はこれまでの傲慢な臆病さを赦しましょう。

 でも、私を冷笑する者らよ。私はあなた達を赦しはしない。一人残らず』


「ジャンヌ様は、人類の味方だった筈……一体どうして……?」


 認めたくない奴がここに、少なくとも一人いる。

 他にもわんさかいると考えるのが自然ってもんだろうさ。


『明日の同じ時間に、答えを聞きます』


 ジャンヌが踵を返すと、映像は暗転した。

 そうして、このアジトは再び静寂を取り戻した。



「……それが、生き返ったらやりたいことなのね」


 ナターリヤの、地の底から湧き出るような声が、この湿気った地下室を少しだけ揺らしているようにも思えた。


 そんなナターリヤの恨み言はさておいて、俺はさっきの“仕掛け弾(ギミックバレット)”を確認しなきゃならん。

 スパイが一人という保証はどこにもない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ