Task3 ナターリヤに付いていけ
奴隷船は解放者さん共に任せて、楽しい秘密基地へ行こう。
もちろん、案内人は、このナターリヤ。
麗しの銀髪エルフ。
付け髭は捨てたが、ステッキは持っている。
生前のナターリヤの秘密基地ってんなら、そりゃあとんでもないものが出てくるのかね。
それとも「言うほど大したもんじゃないね」とでも言いたくなるものが出てくるか。
後者だろうさ。
期待はしない。
それにしても、地下って事を差っ引いても妙な場所だ。
ここが下水道なのか、それとも地下鉄のホームなのか。
明確な区別なんざ、とうの昔にやめちまったのだろう。
そもそも、俺の知っている形をしていない。
70年代のSFみたいな、無味乾燥と言うにはちょいとばかり郷愁を呼び起こす趣が、ここにはあった。
多すぎる配線、パネル、チューブに配管、ビスに液晶ディスプレイ。
「まるで映画のセットだ。宇宙船は隠れていないのかい」
「無いわよ、そんなの。グリッチャーを地下に誘い込むなどするために要塞化していったってだけ。まあ、その計画も頓挫して、今は単なる地下迷宮だけどね」
「茶化した言い回しの割には、地元の野球チームがボロ負けした時みたいなツラをしやがる」
「その比喩表現は些かも正確ではないわね。どちらかといえば、地元の野球チームで応援していた選手がライバルチームに引き取られたけれど、ろくな扱いをされないままチームをクビになったことを知った時の気持ちに近い」
「結構な事じゃないか。相手チームをブッ潰したい気分に、大義名分がある」
「でも酒には頼らないわ」
「俺は一度断られたら二度は誘わない主義なんだがね。それとも何かね。心に決めた誰かさんと飲む酒が恋しくなったか」
「……」
お、いいねえ。
ツラを歪ませてやがる。
図星だったりするのかい。
「女の恋が必然的だと説くのなら、脳味噌の代わりに入っている琥珀の塊を、今すぐ博物館にでも寄贈することを推奨するわ」
「そいつはいいアイデアだ。果たして何割が、オツムを空っぽにしなくて済むのやら」
「絶滅寸前になるんじゃないですかねぇ」
「でしたら、みんな試験管から産まれれば良いのではなくて?」
「ふへへっ……それな~」
実に建設的な話し合いだ。
試験管から生まれようと木の根の間から生まれようと、泥や灰から生まれようと、育てなきゃならん事には何ら違いはない。
てめえで産んだ子供だろうと、首を絞めたくなるほど邪魔くさくなる瞬間は、きっとある。
だったら……
「母胎を痛めるような手段をわざわざ選んでやる必要なんざ、どこにもないだろうさ」
さて、そろそろ着いてもおかしくはない頃合いだろうが、どうなのかね。
妙に生活感のある、それもただ単にそこら中のタンスをひっくり返しただけじゃあ済まされそうにない部屋に着いたが。
広さとしては、タクシーが6台入れられるくらいだ。
天井は低く、ボロボロの天板がコードの束と一緒にぶら下がってやがる。
「……隠れて。ガサ入れの痕跡があるわ」
ナターリヤは腕で俺達を遮り、小声で警告する。
「お生憎様だぜ。逃げ隠れするのは、サプライズの準備をする時だけと心に決めていてね――」
――ズドン!!
壁に向けてブチ込むのは、ぶつかれば砕ける弱い弾だ。
虚仮威しには丁度いいだろう。
(もちろんこの弾頭は、それだけじゃない。とっておきのギミックも仕込んである)
パチンッ。
この俺様が!
煙の槍で瞬間移動だ!
まだ見ぬ可愛子ちゃんに、とびきりの挨拶をしてやろう!
「ごきげんよう、俺だ」
銃口を突き付ける先には、茶色のボブカットの可愛子ちゃんが肩をビクリと震わせた。
そんな短いスカートで戦えと、誰に言われたのかね。
チアリーダーじゃないんだぜ。
「ひっ――何だ、こいつ……!?」
「お前さん、ダーティ・スーを知ってるかい」
「知りません! 何のことですか!」
「名前を聞かれたから名乗ってやったのに、ずいぶんご挨拶じゃないか」
「いやいや急に瞬間移動してきたら驚くに決まってるじゃないですか!? というか男性のセンチネルなんて都市伝説か何かだと思ったのに!」
「“科学”だけが魔法じゃなくなったご時世だ。なんでもありなら、そういう事だってある」
さて。
掴みはこれで良かろうよ。
「くッ……エーテル・ドレスアップ!!」
へえ、よく光るね。
だが……
「もともと着ている服の上に申し訳程度の“板きれ”と“棒きれ”を足しただけで、随分と御大層な脅し文句を唱えてくれやがるぜ」
「板切れではなく、鎧です!」
まあ、おとなしくしていても良かったが、勇ましく抵抗するのも悪くない。
どっちにしろ、痛い目を見るのには違いあるまいよ。
健気にも、棒きれに炎を纏って突っ込んで来やがる。
「じゃあ俺も――変身」
炎の棒きれがぶつかった瞬間、辺りに土煙が舞い散る。
俺は、ゴキゲンな黄色い外装でオシャレしてみた。
つまり“手加減しなきゃ相手の手首を骨ごと引きずり出しちまうモード”だ。
土煙で、こいつの視界はヒドいもんだろう。
その中で、棒きれなんざ指先で粉々にしてやった。
「嘘ぉ!?」
「サプラ~イズ! 嘘じゃないぜ。本当だ!」
次は、こいつの“板切れ”を上から順ぐりに引っ剥がして放り投げてやった。
センチネル、だったか。
こいつもそうなんだろうよ。
その場に転がっている椅子を煙の槍で引き寄せて、こいつの後ろからぶち当ててやる。
そして同時に!
収納からホールケーキを取り出し、顔面に叩きつける!!
「んぶっ!?」
椅子は見事に仰向けに倒れ、座らされた可愛そうなセンチネルは後頭部を打ち付けそうだ!
オー、これは大変だ!
俺様がこいつの後頭部を足の爪先で受け止めていなけりゃあ、坊さんの仕事が一つ増えていただろうよ!
「たまには両手を縛られながらのティータイムも悪くないもんだぜ、お嬢ちゃん」
ケーキを持ち上げる。
真っ白なツラで、そいつはとうとう泣きはじめた。
「終わった……」
勝手に幕を下ろされちゃ、たまったもんじゃないぜ。
「いいや? これから始まるのさ」
俺はナターリヤに目配せした。
ナターリヤは静かに頷くと、俺の肩を強く殴った。
「隠れろと言った筈。何度、指示を無視すれば気が済むのかしら」
「概ね指示通りだと思うがね。今まで、ずっと」
「どこが!? ブッ殺すわよ!?」
「嫌なら一人でやってもらっても構わないんだぜ。お前さんの大事な大事な組織の御一行サマは、こっちにはいないだろう?」
「くッ……あいつらは、ちゃんと私の言うことを聞いてくれるのに!」
「どーでもいいんですけど、そいつ早く尋問するなりしたらどうです?」
「そうね! そうだったわよね!! クソッ、ちくしょう!」
楽しそうで何よりだ。
「さて、名も知らぬセンチネルのお嬢ちゃん。ここまでで68秒。男がションベン済ませて手を洗わずに便所から出てくるには充分な時間だ」
「……」
「どうした。決死の脱出大作戦とか、そういう秘策は無いのかね。無いなら仕方がない。
お前さんを未熟なまま戦場に放り込みやがった古巣に恨み言の一つでも吐き出すといい。そら、言ってみな」
「何が、目的なんですか……?」
ナターリヤが俺を押しのける。
「他人の家に無断で入り込んだら、その場で撃ち殺されても文句は言えないわよね? “何が目的”ですって? それは私の台詞よ。言っておくけど、私は肌の色がどうあろうと容赦なく締め上げるから。あんたの肌の色は白いけれど、私からすれば知ったことじゃない。弁護士いる? いないわよね! センチネル専門弁護士なんて、大抵すぐ殺されてしまうものね!」
ナターリヤは、両手で何度も机を叩く。
キレたゴリラみたいな暴れ方だ。
ロナがうんざりしたツラで俺を見上げ、袖を引っ張ってきた。
「スーさん、スーさん。なんであの女、闇の深そうな事をヒステリックに叫び始めるんです? 情緒不安定すぎません?」
「聞こえてんのよ、クソがッ!!」
「うぇ、痛ッ」
缶詰が、ロナのこめかみにブチ当たった。
まったく、大した腕前じゃないか。
「前世で悲惨な目に遭ったことは察しが付きますけど、ここで冷静さを失わないでくれませんかねぇ!?」
ロナは、たんこぶをさすりながら、目に涙をにじませる。
気の毒な奴だ、ありゃ相当“利いた”だろう!
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……ふぅ……そうね」
落ち着いたかい。
いい子だ。
「じゃ、改めてお聞かせいただこうかしら……――お前、何しに来た?」
ナターリヤは、杖で床を強く突く。
低く震えるような声音は、今更この俺様をビビらせるほどじゃない。
射抜くような眼光も、今にも鋼鉄すら噛み切りそうに歪ませた口も。
だが、目の前の哀れなセンチネルのお嬢ちゃんには随分と堪えたらしい。
「ひっ……」
ションベンの香りが、辺りに広がった。
 




