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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION18: スワンプマンを待ち侘びて
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Task2 活動拠点を探せ


 ちょいとばかり歩けば、人の住める場所がきちんとある。

 地図と照らし合わせても、元がどうだったかがどうでもよくなるくらいに滅茶苦茶な地形だってのに、笑っちまうぜ。


 ニューヨークのセントラルパークだった場所がグランドキャニオンのようにデコボコになっちまったなんて、誰が信じるというのかね。


 だが、水没して斜めになったビルには、たしかに過去の面影が見える。


 どのビルも、他のビルとの合間に鉄橋をかけている。

 おおかた“ヘリを飛ばすカネも無いのに空から見張りをしたい”なんて事情だろうよ。



「街がご覧の通り。もちろん地下鉄は壊滅状態だわ。隠れ家には、お誂え向きでしょ」


「そこに、ナターリヤさんの本拠地があるんですね?」


「そう。楽しい大冒険が待ってるわ」



 さて……いろいろ調べたところ、だが。

 ユーラシア大陸は、東側が7割くらい消し飛んじまっていた。

 グリッチャーとやらが、人工衛星を馬鹿みたいな速さで落下させたんだとよ。


 それより少し前には、グリッチャーの軍事利用なんかも噂があったらしい。

 結局、何処の国がどう動いたのかなんて推し量ろうにも資料が焼けちまったとか。


 責任の押し付け合いを楽しみたい連中には残念な結果だったのか、それとも“悪者に違いない”と思っていた国が見事に消えてスカッとしたのか。

 ……仲良く消えちまって、それどころじゃないか。


 なにせ比較的無事なアメリカ大陸ですら、こんなザマだ。


「見ろよ。モニターをヘルメットから吊り下げてやがるぜ。それも、何人もだ。

 あんな音量でずっとコマーシャルを垂れ流しなんてしていたら、耳がおかしくなっちまう」


 ムダ毛処理、美容サプリ、ダイエット、借金返済相談所、よくわからんパソコンゲーム!

 よくもまあ晩飯を吐瀉物ゲロに変えたがる性癖の持ち主が、ここまで湧いて出やがったもんだ。


 一番よく目にするコマーシャルが、クソの香りをステキにして毎日のおトイレを幸せにするサプリだぜ。

 ふはは!

 ふははははははは!!



 スラムという単語をこの世から消すために、この世を地獄に変えちまえばいいとお考えかね。

 まったく吐き気が止まらんね!

 ポール・ヴァーホーヴェンでも、こんなシナリオはつまんで屑籠に放り込むだろうよ!!


「ありゃあ一体、なんだ。この世の地獄かい」


 ここで、ロナがタブレットを見せてくれる。


「ネットであれこれ検索かけてみて、かろうじて見つけましたけど“宣伝歩行者”とかいう職業らしいです。

 この国では現状、失職したら強制的にあの仕事に就かされるようですね。無職は市民権剥奪の対象になるとか……ふぅん。これ、あたしが無事死亡するやつじゃん。ブッ殺すぞクソが」


「当然、馬鹿みたいに安くこき使われるんだろう」


「うーわ、マジかよ。時給は日本円換算で300円らしいですよー」


「ストライキという言葉は辞書から便所に流しちまったのかね」


「する余裕は無いんじゃないですか?」


「そりゃあそうか。

 “足の引っ張り合いは人類滅亡に直結する”なんてお題目を唱えときゃ、心優しいやつを黙らせるには充分だもんな」


 SFの90%はクソだという有名な言説があるらしい。

 だとしたら、この世界はその90%側だろう。

 読み物にしたところで楽しめるはずがない。

 胡散臭い自己啓発本のほうが、笑える分まだ有意義ってもんだ。


「検索に手間取ったのは何故ですの?」


「クソみてーなゴミwebサイトが山ほどあって、建設的な情報がほっとんど無かったからですねぇ……」


「どれどれ……? うわっ、本当に!? え、というか、検索結果……一ページごとに占める広告の量エグくありませんこと!?」


「でしょ。しかも検索結果と何も関係ない、美容とエステと旅行とカードローンとオンラインカジノばっかりですよ。ナメすぎでしょ」


「うち半分以上はわたくしも学生時代に沼った経験があるので強くは言えませんけれど……」


「でも“これをやらなきゃいじめられても文句言えないぞ”とか広告に入れます? あたし達の世界だったらフツーに炎上ものですよコレ。昔から、こんなだったんです?」


 ナターリヤは、今にも内臓を吐き出しそうなツラだ。

 すぐにでも倒れて駄々をこねて、酒瓶を何本も空にしちまいたいんじゃないか、そんな失望を両目に湛えていた。

 やっぱり、お前さんは俺とよく似ているよ。


「そう、ね。今ほどじゃないけれど、昔も大概だった。たとえば……風邪ひいても特に療養しないで働き続けたら、悪化するでしょ。それが、これ(・・)よ」


 ナターリヤが頭を抱えるのをよそに、紀絵が双眼鏡を片手に駆け戻ってきた。


「ロナさん、あの船はなんですの?」


「う~ん? これは……“奴隷船”じゃないですかね。ほら、手枷つけられた女の子が、ずらっと並んで乗船してますし」


「……そのようね」


 船に書かれている標語はどれもこれも、ラッピング紙でこしらえた上着みたいに、薄ら寒い。

 “今こそ奉仕が尊ばれる”だの“英雄とは善行を無償で成す者達である”だのと。

 この国じゃあ、そういうのをみんなで蹴飛ばそうとしてきた筈だぜ。


「筆舌に尽くし難い惨状だわ。私が死んだあの時のほうがマシだなんて……でも、私に世界を変える力なんて無い。政治の心得なんて無かったもの」


「いつでも酒に付き合うが、お前さんに限ってはそんなもんじゃ慰めにもならんだろうね」


「ご明察ね。やけ酒なら自殺する前に一度やったきり。二度とごめんだわ」


「口に合わないなら仕方がない」


 だから俺は、ロナに目配せして一口。

 瓶を放り投げると、ロナはひったくるようにキャッチした。


「ぷはぁ。ふられちゃいましたね? 珍しく善意を見せたのに」


「まったく悲しくて涙が出るね! ふははは!」


 どうやって滅茶苦茶にしてやろうか。

 こいつらのモニターを蹴り割ってやりゃいいのかね。

 船を真っ二つにしてやろうかね。


「言っておくけど。彼らに手を出さないでよ。私達の存在が表沙汰になると、色々やりづらくなる」


「お前さんの危惧するような結果にゃあならんさ。これより下の世の中があったら拝んでみたいぜ」


 あるんだろうね。

 俺の足元で絨毯のように敷き詰められた“タウリン5000mg配合アルコール15%ストロング・エナジー・サワー”の空き缶が、物語っている。

 そこら中の壁に書き殴られた“貧乏な黒人とアジア人はセンチネルをするな”だの“奴らの特別扱いをやめろ”だの“グリッチャーはワクチン実験の被害者”だのという呪詛じみた落書きの数々が、物語っている。


 そうすると向こう見ずな連中が、勝手に騒ぎを持ち込んでくれるのさ。

 てめえで考える脳味噌オツムのあるなしに関わらず、決まってそいつらは『自分で考えた!』と抜かしやがる。



「そこまでだ! この船および輸送中の人員は、我々EOFが接収する!!」


 ……ほら。

 こんなふうにね。


「ナターリヤ、ロナ。EOFについてはどこまで調べてあるのかね」


「ニュースによれば、センチネルだけで構成されたテロリストらしいですね。こんなところに女性の社会進出は求めちゃいないんだよなぁ……」


「好都合だわ。任せておけばいい」


 妙案だ。

 ただし……


「そう遠くないうちに、奴らの正義は検証しておいたほうがいい」


 違うかね、ナターリヤ。

 しかめっ面がよく似合ってやがるが、俺が余計なことをしたとして、それが俺自身の不利益(・・・・・・・)になった事は一度も無いんだぜ。


 ああ、お前さんの事は知ったことじゃない。




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