Extend 01 明日のための休息
ベッドの上で目が覚めて最初に考えたのは、スー先生とロナちゃんの事だ。
私は、立ち止まってしまった。
なんだかちょっとだけ、怖くなってしまったんだ。
人間の醜さを、あんなにも馬鹿正直に暴露していってしまうものだから。
私の前世の世界では、私が中学生の頃に考えたオリキャラ“処刑少女パニッシュ★アルカ”の姿をした生霊が大量発生して、公開処刑を楽しんでいた。
スー先生はそんな生霊をアバター代わりにしていた人達の残虐性を、暴いて丸裸にした。
そうして、彼ら自身が公開処刑される番になった。
ロナちゃんの前世の――デスゲームと化したMMORPGの世界でも、そう。
一部の攻撃的すぎる人達と、それによって引き起こされる悲劇。
そして、そんな悲劇に対してどこまでも無関心で冷徹な第三者達。
……スー先生は、世界中を混乱状態に陥れて、みんなを振り向かせた。
股間を切り落とされ、やむを得ず女体化したクレフ・マージェイト。
逆恨みと八つ当たりを繰り返してきたクレフ、それを甘やかしてきたフォルメーテ。
取り巻きの男達をけしかけて、フォルメーテを慰み者にさせた。
取り巻きの女達には、クレフへの報復をさせた。
ヒーロー生命を絶たれたバクフーマーには、再起を促した。
バクフーマーの奥さんが改造人間で廃人だったりという事前情報もなかなかヘヴィーだったけど、その後にネットリンチ愛好会みたいな人達が奥さんを犯していたのもショッキングだったなぁ……。
結局、奥さんを犯した人達はスー先生に撃ち殺されたけど。
絶望したバクフーマーに、スー先生は復讐者としての道を提示した。
どこまでがスー先生の予想の範疇なのかは知らないけれど、バクフーマーは復讐心に飲み込まれ、とんでもない怪物になってしまった。
沢山の人々が“こうあるべき”とか“これが当たり前”とか思っている事に、真正面から“それはどうかな”と疑問を叩きつける。
スー先生は、ああいった“曖昧な正義”とか“何も考えない人達にとっての常識”というものを何よりも憎んでいる。
特に、その中で強大な力を持つ人達を。
毒をもって毒を制す。
本当ならそんなんじゃ済まされないスケールだけれど、ニュアンスとしてはそう。
ただ、ね……私も助けてもらった身分で言うのもなんだけど……
ほんの少し、疲れてしまった。
頭の中で整理する時間が必要だった。
刺激が強い上に、私が活躍する機会あんまり無いし……いっそ開き直ってズル休みをしてもいいんじゃないかっていう悪魔の囁きが、ね!
いや、まぁズル休みじゃなくて実際しんどいんだけど……。
駄目だ、前世の価値観がどうあがいても邪魔してくる。
真面目をやめようって思ったから爪いじりしたりスマホアプリで遊んだりして一生懸命に現実逃避して被弾率を下げようと頑張ったんですよ!!
でもね。
反動ヤバい。
あとからあとから、私のゴーストが、こう囁くワケですよ。
おう、貴様何サボっとん?
ってな!!!
ヤダヤダヤダヤダ違うの違うの!!!
そうしないとタガが外れそうだったから、適度にガス抜きしたの!!!
でも駄目だ。
日がな一日ゴロゴロする程しか気力が無いのに、胸の奥がウズウズする……。
「あ゛あ゛あ゛あ゛どうすればいいんだこれえええええええ!!」
じたばたじたばたじたばたじたばた――
――ピンポーン
「……え?」
――ピンポーン
スー先生やロナちゃんならチャイムを鳴らす必要が無い筈だ。
確か玄関の外って、真っ暗な中に街道っぽいものがあるだけだったよね?
この異空間への来客……不穏なフレーズに胸騒ぎがする。
ヤバいやつだったらどうしよう?
討ち入り?
拠点の世界で殺された場合、どうなるんだろう?
消滅?
私は魔法の杖を呼び出して、両手でしっかり握りしめる。
階段をゆっくり降りて、玄関の覗き窓から外を見た。
「……」
銀髪のエルフの女性だ。
口には付け髭をしていないけど、ナターリヤさんじゃないか!
私自身はそんなに面識ないけれど、スー先生とロナちゃんは旧知の仲みたいだから。
ロナちゃんいわく何かと不穏な人らしいけど、本拠地に来られたら私一人じゃどうしようもない。
諸々の理由から、私は決意を新たにドアを開けた。
「あら、ごめんあそばせ。来客など初めてだったものですから。すぐにお茶を淹れますわ」
言い訳をしながら、迎え入れる。
ナターリヤさんは不機嫌そうな表情のまま、口を尖らせた。
「……口調」
「へ?」
「別に、繕わなくてもいいわ。どうせ演技でしょう?」
「……おー。初めて“ですぞ”口調じゃないところを見たかも」
思わず、軽く拍手してしまった。
ナターリヤさん当人的にはあんまりおもしろくないのか、遠くを見てフンと鼻を鳴らすだけだった。
「私は今までビヨンドではなかった。それがここに来た。何を意味しているかわからない?」
「……死んだ?」
ナターリヤさんはソファにどっかりと腰掛けつつ、静かにうなずいた。
「死んだのは、これで二度目」
「おお! 私とお揃い!」
……いや、自分で言っておいてアレだが、二度も死んだ事がお揃いで嬉しいかっていうとそうでもないな?
実際ナターリヤさんも、後ろ髪をファサッと片手で払いながら涼しい顔をして……
「まあ、今回はやること全部済ませて自分の意志でそうしたから、少しも不本意じゃないけど」
などと言外に「お前とは違うから」的な事を言ってきた。
そっかぁ~……自殺と聞くと悲壮感が先に立つけど、なるほど確かにナターリヤさんの表情は陰鬱さが滲みつつも、どこか肩の荷が下りたといったすがすがしさも感じられた。
「それで、あなたは留守番?」
「アハハ……お恥ずかしながら、精神的に疲れちゃったから休んでます……」
「別に恥ずかしくないわよ」
「意外ですね。ナターリヤさんバリバリ働いていたから、そういうの許せないほうなのかと」
「……たった一人の親友が息抜きの名人でね。私も毒されちゃったのよ」
紅茶を淹れてあげると、テーブルにはいつの間にかクッキーが皿の上に敷き詰められていた。
うちで使っている皿じゃないから、たぶんナターリヤさんが持参したものだろう。
「会ったことあるんじゃないかしら。ウィルマっていう女剣客」
「――!」
ある。
私は一度だけだったけど、おそらく何度も近くにいた。
「まあ私は意図的に避けてきたんだけど。今更、合わせる顔もないし」
「それは、どうして?」
「一度目の自殺が、人生に絶望して服毒自殺だったんだけどね。あの子を置いてけぼりにしちゃったから」
「……」
「浮かない顔ね」
「大切な誰かを残して自殺、かぁ……」
「ふん。説教なら聞かないわよ」
「いやぁ……羨ましいなって。私もロナちゃんも、死ぬ時は独りだった。私達の死は、きっと誰も悲しんではくれなかった。誰の心にも傷跡をつけられなかった。きっと誰も、自分の至らなさを後悔してなどいなかった」
家族に先立たれた私。
心を隔絶されたロナちゃん。
きっと、スー先生だって……あの感じ、本質は孤独の中にあるとしか思えない。
「でも、あなたはきっと違う」
……だって。
――『あー、悪いね、お嬢。どうしても嫌な予感がしてさ。
ここに散らばってる連中、なんかお嬢もろとも焼き殺す勢いだったから、こりゃあポイっとしなきゃヤバいかなって』
スー先生やロナちゃんから聞いた話を全部統合すると、ウィルマは最初の“お嬢”を守れなかった負い目があるから、今の“お嬢”――エウリアを守ろうとしている。
「羨ましい?」
「そこだけは。普通、人は一度しか死ねないからね」
「そうね……」
ヤダちょっと、しんみりしちゃったじゃん!?
そういう雰囲気になるために来たワケじゃないのに、もう私ってば!(テヘペロ☆)
「え、えっと、そういえばナターリヤさんは何か要件があったんですよね?」
「ああ、忘れていましたぞ! はいコレ」
ナターリヤさんは左手のひらに拳を乗っけるジェスチャー(これ、なんて呼ぶんだろ?)で一拍置いて、コートのポケットから手紙のようなものを取り出した。
「あ、あのう……これは?」
「次の依頼と、ご挨拶――ですな」
片手で促され、私は手紙を開封する。
……。
人造生命体とか受肉召喚とか、なんか難しいことが書いてある。
けれど私は直感した。
これが、この人を最初の死へと至らせた出来事に、密接に関係していると。
きっとこれをするためにエルフという長命種族と、錬金術師という職業を選んだのかな。
「ジルゼガットの奴、私が対抗意識を持っていると思い込んでいたみたいだけど……はじめから、どうでも良かった。数少ない、愉快なことの一つね」
ギィ、ガチャン。
玄関扉の開閉音と二人分の足音が、帰還を告げた。
「ナターリヤ」
スー先生は短く名前を呼んで、手紙に目を通した。
ロナちゃんは、小声で「ただ~いま」とつぶやきながら、私の膝の上に腰掛けた。




