Task5 マキト達を倒し、後始末をしろ
マキト達との戦いだが。
こんなもの、数分で終わらせてやったさ。
こいつら、少し休んだくらいじゃあ本調子にならなかったな。
俺が倒れる前はツトムとフィリエナを相手にしていた筈だ。
何やら両方ともボロ雑巾のように斃れてやがるがね。
弾幕のように放たれた魔術だの矢だのは全部、瞬間移動して無力化した。
嘘みたいに身体が軽いと思った。
マキトの治療は、どうやら結構とんでもない効果だったらしい。
その代償が過去の記憶をさらけ出す事なのは、少しばかりリスキーすぎたね。
ジルゼガットの奴は、いつの間にか姿を消してやがった。
俺だって注意を払っていたはずだが、本当に一瞬で消えた。
(まるで宝物のビー玉を排水口に落としたみたいに)
倒れたままのイスティが、恨めしげに口を開く。
「そら、言っただろう! 所詮その男は到底わかり合えるような相手ではないのだ!」
お前さんの言う通りさ。
喉に豆を詰め込まれて豆鉄砲になったお前さんなら理解してくれると信じていた。
それでいい。
「わかり合えると……少しでも、今まで何も知らなくて、ぶつかるだけでしかなかった事の償いをしなくちゃ、そう思っていた……だって、ボンセムの時はそれが正しかったじゃないか!」
片膝をついて息を切らすマキト。
他の連中は言葉を交わす程の気力なんざ、これっぽっちも残っちゃいないらしかった。
「あいつは、ああいうもんに手を出さなきゃくたばるしか無かった」
だが、俺は……。
「俺は、違う。そうしなくても生きていけた。いや、正確には、俺はすでにくたばっていて、亡霊かなにかと変わりゃしないがね」
どうやっても助からない。
助けようとしちゃいけない。
だが無視はさせないし、学ばないまま放っては置かせない。
だから俺は敵なのさ。
「残念だったね、マキト。相手が悪すぎた。次こそ俺を討ち果たしてみろ」
マキトの胸を足の裏で押してやる。
すると仰向けに転がった。
ややあってから、ジルゼガットが小さく拍手しながらやってきた。
「そろそろ茶番は閉幕したかしら?」
「ああ。カーテンコールはとっくのとうに終わったよ。中座するとは行儀が悪いじゃないか。ハムレットを観るのとはワケが違うんだぜ」
「どっちも似たようなものよ。私にとっては」
ジルゼガットは、マキト達が守っていた奴ら……つまりエンリコやジークリンデ達を一瞥した。
「少し、話をするわ」
有無を言わせない声音だ。
「レヴィリスはどういう訳かあなた達を感知できなかったし、眷属は何故かあなたを味方だと思ってる」
「……」
「そこで私は仮説を立てた」
ジルゼガットは口元に添えていた人差し指を、今度はエンリコへと向けた。
「あなた。旧い世界にいたレヴィリスの、生まれ変わりでしょう?」
空気が一瞬にして張り詰める。
なるほど、エンリコがレヴィリスの生まれ変わりという説は、今ジルゼガットが挙げた内容と矛盾しない。
ははあ。
あの世界の遺跡と、こっちの空中迷宮と構造が同じなのも、ダンジョンコアが共通しているからというカラクリってワケか。
そういう事なら合点がいく。
エンリコと、あの島の婆さんの会話を振り返る。
――『あ、あぁ……悪い。何処かで会ったような気がしてな……』
――『同じような人を一人だけ、アタシゃ見てきたんだよ……そいつも、よその世界からやってきてね……何食わぬ顔で溶け込んでいたから、初めは解らなかった。
ひょんなことから、そいつを解析する事になってね……』
ここへ繋がってくるという寸法だ。
「“憑蝕竜”レヴィリスは、あちらの世界では“月下竜”と呼ばれていたらしいわ。僻地の弱小ダンジョンの主として、どこかの世界から転生してきた彼は、次々と眷属を増やして勢力を拡大。あちらの世界のダンジョンをあらかた制圧し、それはそれは幸せな生活をしていた。けれど、長すぎる時間と強すぎる力は、いつしかレヴィリスから正気を失わせた」
渦中のエンリコは、真っ青なツラで首を振った。
「まるで、見てきたかのように言うんだな……」
「発狂する寸前になってようやく、自分の魂と身体を分割できたみたい。魂は旧世界で、もう一度転生して……もうわかるわね、エンリコ?」
「何がだ……!?」
「身体のほうは新世界へ。旧世界と新世界とはまた別の、第三の世界から別の魂を取り込んだ。ダンジョンのコアが欠けていたのは、身体が新世界へ行った時に、もう片方の欠片をゲートにしたからなのね」
「何を一人で納得しているんだ!? 俺に解る言葉で話してくれ!」
面白いくらい狼狽えてやがる。
俺はロナに目配せした。
ロナも、陰険極まりない湿気った笑みを浮かべて俺を見返した。
「そうね。その子も結構、懐いていたんじゃない? シグネ――と名乗っていたかしら?」
「何故、名前を……?」
ああ、そうだろうさ。
初対面の筈なのに、ましてや違う世界で名乗っていた筈なのに。
普通なら絶対に知らない情報だ。
だがお生憎様!
そうあって欲しかった常識は、こいつには備わっちゃいない!
何一つ、何一つとしてだ!
この女が魔王側に与しているのは、この場じゃあ俺とロナだけが知っている。
そのタネ明かしをしたところで、一体誰が信じるというのかね。
(マキトは鵜呑みにしてくれるか、或いは疑うにしても少しは気にかけてくれそうな予感はするが)
さて、こんな宇宙的恐怖の塊みたいな女を前にしてどいつもこいつも言葉を失ってやがる。
だがたった一人、ガッツのある奴がいた。
「記憶を失っていた頃のわたしの話は、あまりしないで頂けませんか。本来の私はあくまでもジークリンデであって、あのシグネではない」
「それでいいわ。でも、この島では、いつまで持つかしら?」
「な、に……何を……?」
ジルゼガットが何か口を開こうとしたが、それは遮られた。
上空から人型の何者かが落っこちてきたせいで、辺りにゃ土煙が立ち込めた。
パラシュートも無しに豪快な着地をキメやがったのは……
「興味深い話を聞かせてもらった」
クラサス。
メガネとチョコレート色の肌がチャーミングなナイスガイのダークエルフだ。
いつもと違って右肩にゃあカラス――イヴァーコルの姿が見えないな。
「お初にお目にかかるよ。ジルゼガット・ニノ・ゲナハ侯爵夫人」
「あら、私ってそんなに有名だった? チョコレート色のエルフさんにも知れ渡っているなんてね? ああ、それとも、ナターリヤから聞き出したのかしら」
「詳細はお答え出来かねるよ。ふむ……ところでダーティ・スー。ミス・カガヤは脱落したのかね?」
「俺の職場じゃあシック・デーが適用されるのさ」
「それは結構な事だ。サンプルは多いほうが何かと便利でね」
「お前さんところのイヴァーコルも見かけないが。シック・デー適用中かい」
「別件で業務遂行中だよ」
そのあとクラサスの野郎は「さて」と一呼吸置いてから、両手のひらをパンと叩いた。
「憑蝕を止めるには、レヴィリスを倒すしかない。そして今、同一のルーツを持つエンリコがこの世界に来た事で、レヴィリスとエンリコの命が繋がってしまった。どちらかを殺せば、必然的にどちらも死ぬ」
「……あなた達の言い回しによれば“ドッペルゲンガー・セオリー”だったかしら?」
「よくご存知だ。が、ここで私が長講釈をすると……彼が」
クラサスは俺を見ながら、拳銃自殺のジェスチャーをしやがる。
ふははは!
この野郎、茶目っ気を覚えやがった!
対するジルゼガットは涼しいツラだ。
辺りを見回して、肩をすくめてみせた。
「で? 誰かいい案ある?」
「生かしておこうぜ」
「できるのかしら? そんな事」
「こいつがある」
そうとも。
旧世界とやらで手に入れた首輪。
他でもないシグネ――もといジークリンデに使う筈だった首輪を、俺は収納空間から取り出してみせた。
「ああ。ドラゴンテイミングの首輪ね?」
「もしかして、お前さんが作ったのかい」
「ご想像にお任せするわ」
相変わらず胡散臭い女だぜ。
まあいい。
あとは、どっちに付けるかだ。




