Intro さる邪竜の花嫁の手記
前回投稿より間が空いてしまい、申し訳ございません。
MISSION17 夢を喰らう島、始まります。
覚えていることを、記録に残しておかないと。
帰り道に、恐ろしいドラゴンが私に襲いかかってきた。
ドラゴンは私を口に咥えて、飛んだ。
気がついたら奇妙な洞窟に、私はいる。
他にも同じように連れ去られてきた人たちがいるみたい。
―― ―― ――
話を聞いてみたけど、
孤児院から引き取り手が現れたと思ったらここにいたとか、
村で生け贄としてドラゴンに捧げられたとか、
奴隷商に高値で売られたとか……そういう人たちばかりだった。
―― ―― ――
ドラゴンは夜に活動するみたいだから、日が高いうちに逃げ道を探そう。
私は、みんなと一緒に計画を立てることにした。
なんとしてでも脱出しないと。
―― ―― ――
ジークリンデは魚釣りが上手い。
釣り方を教えてもらったけれど、私では彼女のように上手く釣れなかった。
仲間の中ではジークリンデが一番多く釣れた。
彼女は、私達にも魚を分けてくれたし、食べきれなかった分は干し魚にしてくれた。
塩と香草で臭みを消すなんて、よく思い付くなあ。
―― ―― ――
この場所で降る雨は、白くてネバネバしている。
辺りの空気まで淀んでいる気がしてくる。
よくわからないけど、ひどく気色が悪い。
―― ―― ――
日に日に、みんなの様子がおかしくなっていく。
ぼんやりして、話しかけても反応しなくなる時が増えてきた。
時々、正気に戻る事もあるのだけれど、もう半分以上はそのまんまだ。
まるで、心が溶けてなくなったみたいに、虚空を見上げている。
戻れなくなった人たちの共通点は、髪が真っ白になってしまっている事だ。
私の毛先も、少しずつ白くなっている。
このまま、この人たちみたいになっちゃうのかな……。
―― ―― ――
とうとう、私だけが残された。
周りは私の後ろに付いて来ているけど、食べるものすら口にしない。
どうすればいい?
頼みの綱だったジークリンデとも、途中ではぐれてしまった。
―― ―― ――
今まで人形みたいになっていた彼女達が、急に凶暴になった。
歯をむき出しにして、暴れまわるようになっていった。
私の苛立ちが伝染した?
―― ―― ――
彼女達の濁りきっていた両目は、今は銀色になっている。
それでいて、瞳孔が縦に長く……。
あのドラゴンと同じだ。
どうして!
―― ―― ――
あれだけ歩きまわっていたのに、出口がどこにも見当たらない。
なんて思っていたけれど、そもそも前提が間違っていた!
出口なんてあるはずがない。
だって、ここは絶海の孤島なのだから。
崖は遥か高く、見渡す限り水平線が広がる。
ドラゴンは初めから、私達を監視する必要が無かった。
……船を作らないと。
かつて一緒に旅をした彼女達には悪いけど、私は一人で逃げる。
―― ―― ――
お腹が痛い。
髪の毛、もうまっしろになった。
色々ありすぎて、疲れてきた。
―― ―― ――
パパとママのかお
思い出せない。
どんなコエだったっけ?
ことば、口に出せなくなった。
せめて、日記だけでも。
―― ―― ――
湖、みつけた
じぶんの顔をみる
あいつらと、いっしょ?
せなか メキメキって音がする
何かはえてきた
こんなの、私じゃない!
―― ―― ――
しらないひと きた
わたし みて
おいかけてくる こわい
かくれた
まだいる
―― ―― ――
しらないひと しんだ
わたしが ころした
しらないひと
だれかの なまえを さけんでた
―― ―― ――
こわい
こわい
わたし
なくなっていく
いやだ
―― ―― ――
(しばらく判別不能な記述が続く)
―― ―― ――
随分と長いこと、眠っていたような気がする……。
何の気なしに辺りをぶらついていたら、見覚えのあるこれを見つけた。
随分と下劣な文体だが、誰の日記だ?
同胞たちに訊いてみたが、妾の他にこれを知る者がおらぬ。
真祖様ならご存知かと愚考するも、妾の声が届かぬ。
他の者は通じるというのに、何故、妾だけが?
―― ―― ――
我が同胞たちもよく育ってきた中で、妾だけが矮小なままだ。
気に入らん。
もっと喰えという事か。
あの豊満な胸……羨ましい。
腐りかけの人間どもの死骸が邪魔だ。
が、片付けるのは明日からにしよう。
今日は何もする気になれぬ。
―― ―― ――
真祖様が戻られた。
人間どもの街を焼き払ったそうだ。
軽い土産話が終わると、真祖様はまた旅立っていった。
妾は同胞たちに演説をする。
懐かしいな。
以前にも同じ事をしていたような気がする。
―― ―― ――
周囲の同胞たちは、日記という習慣を持つ妾を、奇異の眼差しで見てくる。
猪口才な。
何をしようと妾の勝手ぞ。
―― ―― ――
真祖様の声を聞いた。
時は来たと。
真祖様は、妾を依代に選んでくださった。
我々、竜の花嫁は。
真祖様の依代となっている間だけ、離れる事が許されるのだ。
そのように作り変えて頂いた。
最適化して頂いた。
そうして永遠の命と美貌を授かったのだ。
真祖様の依代に相応しい身体となる為に。
ああ、近くに真祖様を感じる。
妾が真祖様へ。
真祖様が妾へと変わっていく。
鱗が全身を覆っていく。
妾は今、絶頂に到るまでの快楽に身を捩らせながら、この日記を書い――
―― ―― ――
(日記は、ここで途切れている)




