Burnt3 曙光を待ち侘びて
今回はバクフーマー視点です。
確かに。
俺はもう、死体なのかもしれない。
駆けつけてきた藍羽瑠子にも説明して、実際に画面を見せてもらった。
全てが、俺の想像を超えていた。
ただ敵を倒すだけじゃ、平和なんて守れやしなかった。
俺が見てきた光景の、その裏の、更に底の方では、俺が想像する以上におぞましいものが蠢いていた。
皮肉なものだよなあ。
ダーティ・スーが介入してこなくても、遅かれ早かれ侵入されていたどころか、下手を打てば八恵さんが殺されていたかもしれないのだから。
あいつは、むしろ止めてくれた、というわけだ。
実際、調べてみれば、確かに言うとおりだった。
世界のあらゆるものが俺を嘲笑っている事を、俺は見ないふりをしていた。
繋ぎ止める為にどれだけの努力を重ねても結局は無意味だった。
最初は困惑した。
俺は誰を恨めば良かったのか、何を憾めば良かったのかと。
答えは、こうだ。
何も怨む必要がない。
ちょうど良かったのかもしれない。
俺は既に……正しく在ろうとしている事に疲れていた。
だから受け入れた。
――『戸籍上だけでも死人って事にしちまえよ。死体のこさえ方は、手配できる』
俺は自分の手足を切り落として、それを丸焼きにした。
失った手足はナノマシンが自動的に修復してくれた。
驚くほどの速度で、形だけは元通りだ。
身体は人間じゃなくなっていた。
きっと、心はとっくのとうに人間をやめていた。
瑠子が俯いて涙を流す。
――『ごめんなさい。私には、救えなかった……あなた達を愛していたのに……私、帰るわ。元の世界に。主人に、失敗を伝えなきゃいけないもの……もしも、やり直す手段が見つかったら、その時は……』
――『いらないよ。俺のことで気負う必要なんて無い。だから、他の人を探したらいい』
……。
――『そう伝えるわ』
……これで、良かったんだ。
この世界にヒーローなんていらない。
他の世界であれば必要なんだろう。
さあ、行っちまえよ。
泣きながら消えていく瑠子の頭をそっと撫でて、俺は別れの言葉を飲み込んだ。
大丈夫……もう恨んでなんか、いないからさ。
あれから俺と八恵さんは、アメリカに来ていた。
偽装した戸籍と、国籍を手に。
悪の組織はこっちが本場みたいで、そこかしこに戦闘スーツ姿のヒーローが闊歩していた。
亡命と言うと聞こえは悪い。
でも違う。
これは再起だ。
「八恵さん。これからも、ずっと一緒だよ」
「はい、マスター」
表情を崩さないまま、答える。
呼称を改めてはくれないようだった。
いわく彼女の(というより、素体の)記憶は精神的ダメージでかなり損傷していて、殆ど真っ白になっていたという。
それでもいいよ。
八恵さんの身体は生きていて、八恵さんの顔も声もあって、たとえ僅かでも記憶は無いわけじゃない。
あの時、廃人同然になってから、今に至るまでの記録は、少なくともその修復された頭脳の中に残っているんだろ?
上々じゃないか。
俺が関わった記憶を基に、俺をマスターと認識してくれた。
後はまあ、奇跡でも起こってくれる事を待って、楽しい毎日を過ごしていこう。
君が喪った思い出は、俺が全て背負っていくよ。
たとえ無に帰して、何もかもが滅茶苦茶になってしまっても構わない。
最後に、君の隣で眠れるなら。
だって俺は今、幸せを手に入れているのだから!!
俺は、俺という抜け殻を脱ぎ去って“何者でもない誰か”に成り果てちまった!!
これからは、俺が、俺の倒したい誰かを、俺の心の赴くままに殺そう!!
目一杯、残忍な方法で!!
たくさん痛めつけて、悲鳴を世界中に配信して、思い知らせてやるぞ。
「おいで、八恵さん」
「はい」
「あの銀行強盗、俺達で何とかしてしまおうか」
「オーダー、了解。状況を開始します」
ましてや、ちょっと探せば獲物は幾らでも湧いて出る!
「「――変身」」
変身して!
「な、何だてめぇら!? うわぁあ!?」
連れ去って!
「それじゃあ本日は、こちらの強盗犯を紹介します」
晒し者にして!
「逆さ吊りで足を切り刻むゲームだ。さあ、おもらし我慢できるかな! おい、やれ」
「はい、マスター」
切り刻んで!
「漏らしたな。ゲームオーバーだ」
「そ、そんな、やめ――」
最後には、全身を見るに堪えないくらいに痛めつけてやる。
手足をちぎって、表面をこんがり焼いて、内臓を内側から爆破してやる。
売ればそれなりの値段がついただろうそれらを、木っ端微塵に破壊する。
「っはははは……アハハハハ……」
肉片は燃え上がりながら、足元に転がっていく。
俺の人生と同じだ。
何もかもが同じだ。
大義名分のもとに、無意味に痛めつけられ、ゴミみたいに捨てられていく!!!
俺だ!!!
お前は、俺だ……。
「……八恵さん」
「はい、マスター」
軽い口づけをひとつ。
「俺、頑張ったよ。褒めてくれるよね?」
「はい。マスターはよく頑張りました」
膝立ちになる俺の頭を、八恵さんは優しく撫でてくれた。
「今夜はどこで夜を明かそうか。たくさん、しようね」
「マスターの仰せの通りに」
「ああ、それでいい。余計な感情なんて再現してくれなくていい」
少なくとも、今は。
君が、いつか正気に戻って俺の頬を打ってくれるかもしれない、そんな僅かな期待をしてもいいよね?
それまでは、クソ野郎を片付けよう。
世の中にはびこるクソは俺達にとってフリー素材のようなものだ。
毎日、誰かが痛めつけられている。
だからその嫌なヤツを、俺がそれよりもずっと酷い方法で痛めつけてやるんだ。




