Final Task バクフーマー達を始末しろ
リーコック・ノヴェムの動きは何とも掴みどころがない。
達人の武術か何かを真似てやがるのかね。
こちとら頼みの綱の射撃も、煙の槍も、素人の喧嘩殺法でしかない。
お前さんだって改造されて怪人になったとはいえ、素人だろうに。
更に言うなら、イヴァーコルの話によればついさっきまで廃人だった。
ああ、さてはクラウドからダウンロードしてインストールしたとか、そういうカラクリだな!
だが!
「そらよ!」
ズドン!
「――!」
関節を撃ち抜けば、ほらこの通りだ!
見るからにヨタヨタしてやがる。
「マスターの保護を優先します」
「好きにしろよ。あの寝坊助を待っていたのに、いつまでたっても起きやしない」
俺の言葉に返事ひとつしないまま、奴は跳んだ。
片足と両腕だけなのに、大したもんだぜ。
「ロナ、紀絵。少し様子を見よう」
「はいよー」
「ええ」
リーコック・ノヴェムは、瓦礫を何度も放り投げて掘り返す。
ちゃんと、風間丁はその下から出てきた。
煤で汚れてボロボロじゃないか。
見るに堪えないね。
「マスター、起きて下さい」
俺達を警戒しながらも、リーコック・ノヴェムは呼びかける。
「マスター」
いじらしいね。
実に、実に健気なこった。
「うう……」
「マスター。おはようございます」
「八恵、さん……? どうして、その姿に……?」
「エラー。当機の名称は設定されておりません」
「は……? 待って……いや、待って?」
「“八恵”は素体名であり、当機とは別の人物です」
「え……」
「後ほど説明します。想定される脅威、3体。こちらを観察中。いつ攻勢に出るかは不明」
「そん、な……」
状況が飲み込めないらしい!
そりゃあそうだろうさ。
気絶して、目覚ましに来た奴が見知った顔なのに『あなたの知る人じゃない』なんて言われりゃあね!
「立てよ寝坊助。蟲の餌なんざ、まっぴら御免だろう」
「ああ、確かに……こんな悪夢は、終わりにしなくちゃならない……」
「だが事実としてお前さんは丸腰だ。他所の国に高飛びして、お嬢ちゃん達にでも守ってもらえばいい。鼻息荒い義勇軍御一行様も、海の向こうまでは追いかけては来ないだろうさ。じきに忘れる」
「黙れ」
「黙らんよ。俺は、お前さんの正義を検証したかった。既にジョーカーを引いている筈だ。その手札を出す時は今しかない」
やれよ。
お前さん達にとっての地獄とは、同じシステムを使って戦っている事さ。
もう薄々勘付いていると思うがね。
やっちまえよ。
「手出しをしてこなかった事には感謝する。でも、此処から先は貸し借り無しだ」
「どうぞご自由に。俺としちゃあ、万全な状態で立ち向かってきたものを丸焼きにして依頼主に差し出すのがベストでね」
「それは良かった」
とだけ言うと、丁はリーコック・ノヴェムの手を引っ張り、自身の心臓近くにあてがう。
「俺にナノマシンを分けろ」
「警告。その命令は、致命的なリスクを伴います」
「マスターの俺が許可する。やってくれ」
「承諾しました。ナノマシン装甲の投与を開始します」
赤黒い稲妻をバチバチとそこら中に撒き散らしながら、何かが丁に送られていく。
ほんの数秒だったが、なに、お楽しみはこれからだろう。
丁が立ち上がる。
その両目は赤く光っていた。
「もう、同じ過ちは犯さない……」
『MAGINATION SYSTEM STARTIN’ UP』
「俺は今度こそ、ひっくり返す。誰も彼もが絶望しても、この手を止めはしない」
『B.K.F.M.R. IGNISSION』
「――変身」
ジェット機も斯くや、耳を塞いでも聞こえてくる轟音に、俺は思わず顔をしかめた。
土煙と共に現れたのは、禍々しい鎧に身を包んだ、ヒーローとはとても言えない姿の男だ。
「よくお似合いじゃないか。資料で見るより、ずっとサマになっているぜ」
「……」
――!
ドカーンとかましてきやがったな。
危ない、危ない。
「挨拶もナシに仕掛けてくるとは、よほど腹に据えかねたらしい!」
「しィ……」
「よっ、ほっ、そらよ」
空中に爆発を作れるのは、今の姿になってからか。
なるほど厄介だ!
「オォオオオッ」
疾いじゃないか。
凄まじい速度の突進、その進行方向に幾つもの大爆発が生まれる。
周りの被害なんざ、お構いなしだ。
そうだよ、それでいい。
「破損した部位の修復が完了しました。状況を再開します」
おかえり、もうひとりのヒーローさん。
破損じゃなくて“負傷”だが、そこは……まあいいさ。
俺との戦いに勝って、マスターとやらに訂正してもらうといい。
「ロナ、紀絵! そっちは頼んだぜ!」
呼ばれた二人も、いつもの格好に戻る。
変身というよりも“擬態を解く”といった言い方が似合う。
「ようやっと出番ですか」
「あとちょっとでコンボ決まるところだったのに。仕方ありませんわね」
瓦礫を吹っ飛ばして、イヴァーコルも戦線復帰だ。
煤けていてもよく解るくらい、真っ赤なツラをしてやがる。
「あなた達……もう許さないわよ!!」
「許されようとも思わないね。なにせ俺自身この世間様を、イワシの小骨一本分も許しちゃいないのだから!」
てめえが気持ちよくなる為に、殴ってもいい相手を探す。
それが、世間様の正義の本当の姿だ。
お前さん達が守ろうとした人々の、建前を何もかも削ぎ落とした果てにあるものだ。
そして俺自身が実践することで世間様に思い知らせてやろうとした、不都合な真実って奴さ。
フリードリヒ・ニーチェは言った。
――“化け物退治するならてめえも化け物にならないよう気をつけろ”
とね。
さあ穴が開くまでよく見ろよ、俺を!
俺様が、お前さん達を見つめ返してやる!
深淵になってやる。
ちょっとでも馬鹿な考えで手を出してみろ。
お前さん達は、みんな、俺の仲間だ。
「ふはは」
俺の全身に煙がまとわりつく。
蛇のような、質量を持った煙が。
温まるのを待ち望んでいたよ。
「お前は……!?」
「言い忘れていたが、さっきの押しかけ義勇軍の中に怪人になった奴がいてね」
「……」
「そいつの内蔵をちょいとばかり頂戴したのさ。味はまあ、最悪だった。良薬口に苦しとはよく言ったもんだぜ。おかげさまで、新しいスキルを取得できたがね!」
行くぜ。
「――変身」
周りに煙を撒き散らし、俺は鎧に覆われた。
実にクールなデザインだ。
禍々しくて、それでいてちゃんと黄色いし、何ならコートまで付いている。
顔の周りを触ってみると、どうやらヘルメットはサメと狼がベースらしいことが解る。
「行くぜ!」
瞬間移動だ!
まばたき一つする間には、もうお前さんの懐にいる。
煙の槍を1000ほど同時に、拳に纏わせて――スーパーダーティ正拳突きだ!
「があああああ!!」
「どでかいマシンガンを喰らったような痛みが、お前さんを襲っている筈だぜ」
アスファルトに、赤熱した二本線の轍が出来上がる。
そして俺は瞬間移動でもう一度、目の前に。
胸ぐらを掴んで、壁に叩きつけてやった。
衝撃で、コンクリートブロック塀は粉々になる。
「うぐ、く……」
「いやあ悪かったね、バクフーマー。あまり手加減抜きで戦うと、命が幾つあっても足りないだろう」
――ボンッ
「おおっと、まだやる気らしい!」
危ない危ない。
たぶんトラック一台まるごとスクラップにできるくらいの爆発を発生させてくるとはね。
これじゃあ、もう魔法とさして変わらん。
そしてあの野郎、器用にも爆風でジャンプしやがる。
駐車場に逃げ込むつもりだ。
「満車だが、まさかこれを全部、爆破しちまうのかね」
「大当たりだ。ハンバーグになれ」
――――。
耳を覆いたくなるほどの大音響だ。
だがアーマーに守られている俺には、少しも通じやしない。
砂埃が晴れる頃には、バクフーマーの変身は解けていた。
バイオコアには無い安全装置が、その腕時計型デバイスにはあるのさ。
限界を迎えると変身を解除するシステムがね。
映像資料を仕事の合間に見ていたから、わかるぜ。
捨て身の一撃、恐れ入ったぜ。
なりふり構わず攻撃してくる辺りは痺れたよ。
ひょっとしたらお前さんが俺を負かしてくれるんじゃないかって期待もしていた。
……だがお生憎様。
結果はこの通り、無傷の俺がこうして立っている。
それが全てだ。
悪いが俺には、煙の壁っていう攻防一体の便利なスキルがあるのさ。
仰向けに寝転がるお寝坊さんの胸に、俺は足を軽く乗せる。
「お前さんは悪くない。世の中が悪いのさ」
「いきなり何を……」
「これを見ろ」
「は……――!?」
俺はかがみ込んで、スマートフォンの画面を見せてやる。
SNSで、突撃オフを企んだ馬鹿共の会話が書かれている。
ついでに、指輪のインベントリからその部分の印刷した書類を取り出し、バクフーマーに投げ付けた。
ネットカフェを使うアウトローというのも何だか格好の付かない話だろうが、俺の愛情は伝わるだろうさ。
「企画した奴らは、俺が片付けた。時代に合わせて動くべきだったね、坊や」
「……く、うおおおあああああ!!」
自制も自省も、こんな世の中には期待できない。
いつだって自衛を強いられる。
わかっていたじゃないか。
世間様は口を揃えて言うのさ。
――“やられるほうが悪い”ってね。
「どうせお前さんも、死人みたいな人生を送ってやがるんだろう」
「……」
なんてツラしてやがる。
今にも両目から血を流しそうだ。
だが安心してくれ。
こう見えて俺は、お前さんに同情している。
手心の一つや二つ、今の俺には安いもんさ。
パックス・ディアボリカにとっては、お前さんを始末したという事実。
お前さんにとっては、これからの充実した人生。
俺にとっては報酬と、お前さんをブーディカの所に送らなくて済むという安心感。
その全てを実現する、たった一つの冴えたやり方を俺は知っている。
「――それじゃあ、もう一度くたばって貰おうか」
 




