Task04 敵を煽り、焚き付けろ
辿り着いてみりゃあ、なんとも胸クソ悪い光景が広がってやがる。
窓を蹴破って飛び込んだのは正解だったね。
良かったよ、一階の部屋で。
おかげで、サーマルセンサー付きサングラスで中の様子が確認しやすい。
……さて。
パックス・ディアボリカが壊滅する前、連中は一人の女を怪人に改造した。
その女の名前は二ノ前八恵と言って、風間丁の婚約者だった。
互いが恋人同士になって、どれくらいの時に連中がこの女を怪人リーコック・ノヴェムに改造したのかは判らん。
だが、丁にとってその事実は利き腕に刺さったナイフのようなもんだったに違いない。
怪人のコアをブッ壊しても、体内に残ったナノマシンから逆探知ができた。
少なくとも、パックス・ディアボリカが残っていた頃はね。
近所に怪人を、仕上げては投じて、それを繰り返した。
だから互いの被害は増えるばかりだったらしい。
――で、鼻息荒い義勇軍御一行様がそれをタネに住所を特定して、意趣返しに寄ってたかって嬲ったって寸法さ。
体内に残っていたナノマシンに感染して怪人になりかけた奴もいたが、俺は奴自身が状況を理解する前に撃った。
ああ、撃った。
俺自身でも驚くくらい、何の躊躇もせず撃っちまった。
クソ野郎どもの頭を狙ったから、たぶんすぐにでも坊主の仕事の一つになる事だろうさ。
もちろん、リーコック・ノヴェムとバクフーマーは撃たなかった。
そうする必要は無かったからね。
それで丁の野郎に挨拶してやると、どうだ!
この野郎、血走った目で俺の名を呼ぶと、そのまま気絶しちまいやがった!
パックス・ディアボリカを壊滅に追い込んだヒーローも、くたばりかけでガッツなんて残っちゃいなかったんだろう。
頼むぜ……センチメンタルな気分は俺のガラじゃあないんだ。
かつて俺が誰かに向けた懐かしい眼差しを、俺に向けるなんて嬉しいサプライズはやめてくれよ。
「ゴォ、オオオオッ」
おっと、一匹だけ怪人化しているせいか、まだ息がある。
頭をブチ抜かれてもまだ動くってんだから、健気なもんだよ実際。
まあそれならそれで嬉しい誤算だ。
他にもまだ、やりようがある。
「ギャアアアッ!!」
「ほら、我慢しろよ」
内蔵を引っ張り出して、少しずつ魔法の火炎放射スプレーで炙ってやる。
そろそろいい具合かな。
緑色に光っているところは、特に美味そうだ。
じゃあ、頂きます。
「ガアアアアアア、死ヌ、死ヌーウウウッ!!」
「存外、あまり美味くないな。もう少し頑張れよ」
「ウッ……」
ああ、残念。
くたばっちまった。
「ごちそうさん」
体内にナノマシンを取り込んだから俺も怪人になったりしないかね。
そんな手軽にパワーアップできりゃあ、夢のような話じゃないか。
「……そこで何をしているの?」
ポニーテールのセーラー服のお嬢ちゃんが、玄関側からエントリー!
対する俺は、ゾンビ映画みたいな事をしていたところだ。
あまり絵にならない構図だね。
今しがた食事を済ませたばかりだぜ、俺は。
「お前さん、イヴァーコルだね。報告は受けているぜ」
「質問に答えて。何を、しているのと訊いてるのよ、私は」
「見て解らんのかね。ゴミ掃除さ! 鼻息荒い義勇軍御一行様が、俺が頼むまでもなく勝手にターゲットの居場所を探り当ててくれた。俺は喜び勇んで意気揚々と便乗しに行って、辿り着いてみりゃあ、お楽しみ中と来たもんだ」
「……」
「で、用済みだから消した」
奴は部屋中を見回して、それから顔を真っ青にした。
両目には涙が浮かんでやがる。
「八恵さんは廃人で、きっと抵抗なんてできなかった……ちゃんとその男達を止めていれば、こんな事にならずに済んだのに!」
「知らないね。俺が来た時には既におっ始めていた。この結果は、お前さんの油断が招いたものさ」
SNSの使い方くらいは心得ておけば良かったのに、よりにもよってお前さんのせいで住所特定の決定的な証拠ができちまった。
せっかくカラスに化けて尾行を撒くなどといった努力も、まるきり無駄になったね。
「最低……最低よ、あなたも! ロナも、紀絵も! どうしてクラサス様があなたを惜しんだのか解らないわ……!」
「あたしを呼ぶ声が聞こえた気がする」
「あと私も呼んだよね?」
噂をすれば何とやら、だ。
玄関からやってきた。
「この惨状を見て、何も思わないの!?」
お友達にしてはちょいとばかり剣呑すぎるね。
イヴァーコルは、さっと身を引いてロナ達を通す。
「オススメはしないぜ」
忠告はした。
が、二人とも進んでくる。
「どれどれ」
「私も……うッ……」
紀絵は言葉を失って、その場にうずくまる。
ロナは、すっかり麻痺しているらしい。
「これは酷い」
なんてつぶやくだけだった。
「それだけ!?」
「だと思います? でもね、多分あたしも、その辺りの感情を口に出したら、我慢しきれない気がするんで。敢えて、受け入れるのをやめますよ。
醜聞の末に押し掛けられるっていうのは……あたしも、紀絵さんも、似たような思いはしてきたんで」
そう言うと思ったぜ。
こんなもの、とてもじゃないが真正面から受け止められる筈が無かろうよ。
イヴァーコル。
歯噛みしている、お前さんのようには。
「この……! 念のために訊いておくけど、あなたが犯したんじゃないわよね?」
「何故そんな下品な真似を、この俺様がしなくちゃならんのかね」
「……一応、訊いただけよ」
クソ共については、もう少し痛めつけてやりゃあ良かったかもしれん。
いや、下手に長引かせてあの女を苦しませるよりは……妥当な判断だったか。
悪いね。
痛みに寄り添って泣いてやるのは、俺の役目じゃないのさ。
「さて、どうする。俺は手出ししないでおいてやる。お前さんには幾つか選択肢がある。常識的な行動を心掛けるといい」
「それだけ……? こんな状態にまでなって、たったそれだけ!?」
「お前さん、クラサスの肩に掴まっていたなら、この手の悲劇は慣れっこじゃあないのかい」
「慣れるわけない!」
黒い羽を機関銃のように飛ばしてくる。
なるほど、人に化けたカラス、といった風情だ。
「クラサスの野郎よりよっぽど人情に篤いじゃあないか!」
煙の壁で防ぐ。
「ここで戦いなさい……私が相手になるわ。まとめて殺してやる」
「セーラー服姿で戦うつもりかい。隅っこに控えさせるロナと紀絵ならともかく、お前さんがね。それとも変身でもするかい」
「馬鹿にするな! 戦え……私と戦え!!」
頭に血が上るとどいつもこいつも、これだ。
行き場のない感情を目の前の“敵にしていい奴”に向けようとする。
憐れなものだよ。
「望み通り戦ってやる。だがターゲットは、お前さんだけとも限らんだろう」
そう!
例えば、そこでおねんね中のバクフーマーとかね!
バスタード・マグナムを構える。
シリンダーに装填するのは一発だけでいい。
魔女の毒リンゴ。
撃った相手を仮死状態にする、ちょいとばかりえげつない魔弾だ。
仮死状態を解除する方法は、ビヨンドであるお前さんならご存知だよな、イヴァーコル。
「――おや」
今回は撃たせてすら貰えないのかね。
死体を投げつけられて手元が狂った。
俺達以外で、この状況で動けるのは誰だい。
「マスターの危険を感知。これより、システムの再構築を行います。協力者、援護を」
……こりゃあ驚いた。
喋れるようになったのかい……八恵。
「協力者って誰!?」
「お前さん以外で誰がいるのかね。イヴァーコル」
「わ、私なの!?」
「当機は規定のプロセスに従い、防護膜によりマスターを保護。周囲のオブジェクトより必要量のエネルギーを回収します」
死体から飛び出ている血とか脳漿とかが吸い上げられている。
ナノマシンを使って運んでやがるな。
念のために通常弾を装填して撃ってみる。
バギンッとすごい音を立てて弾かれた。
こりゃあちょっとやそっとじゃ、どうにもできそうにない。
「どれ、じゃあ埋めちまうか」
「させない!」
イヴァーコルは背中から翼を生やして、この狭い空間を飛び回る。
「鴉天狗とやらの真似事かい」
「死ね!」
参ったね。
弾が当たらん。
挙げ句、途中で蹴りを入れて壁をぶち抜いた。
空間が広くなればそれだけ、こっちが不利になる。
適度に距離を取って羽を飛ばしてくる。
なるほど、考えたね。
一番手間のかかる相手だ。
おおっと。
ご夫妻らの周りが、火のついたアルコールみたいになってやがる。
「なんか燃やし始めた!?」
「スーさん、あれは……」
「離れたほうが良さそうだ」
煙の槍で遠くに離脱だ。
ほどなくして爆発する。
何十年前に作られたかも判らんボロアパートだ。
そりゃあ、部屋の一つが大爆発でもすりゃあ崩れるのも無理はないってもんさ。
まばたき一つしている間に、嫌な音を立てて瓦礫の山になっちまった。
そんな様子があまりにもおかしくて、笑えてきた。
「ふはははは! ははははは!! はっ――」
――タイヤを顔面キャッチだ!
が、痛覚のない俺は、鼻血が出ていることを漠然と自覚するしかなかった。
それじゃあ出迎えるとしようぜ。
システム再構築、なんて大袈裟なセレモニーまで用意してくれたんだ。
瓦礫から腕を突き出して、ガラガラと音を立ててそいつは出てきた。
「システム再構築完了。外装、再生率78.8%……各種兵装使用不能、格闘モードに移行……」
資料にあったリーコック・ノヴェムと姿は似ているが、ちょいとばかり細かい所が違うようだ。
とはいえ、口元以外の全身を覆っているスーツと、キツネのような耳と尻尾はそのままだ。
「……ターゲット確認。排除開始」
おお、いい心意気だ。
今の俺はパックス・ディアボリカのダーティ・スーだ。
マスメディアもそのように伝えるだろうさ。
俺に歯向かうことで、決別の証明としてくれ。
ついでにバクフーマーの目も覚ましてくれると助かるんだが。
あいつは、俺だ。
生前の、いつかの俺と、同じ目をしていた。
あいつとお前さんの二人組になら、今ここで倒されてやってもいい。




