Task02 バクフーマーの手掛かりを追え
依頼書の端っこに書いてあった管理番号で知っていたが、ここも大概、俺の前世とは地理が違っている。
そこらのファンタジー世界に比べりゃ地図の流通には不自由していないから、楽といえば楽だがね。
道中での見世物は、そりゃあ酷いもんだった。
機動隊に変身ヒーローの装備を与えることで軍国主義化するんじゃないかっていう左巻きのデモ活動が、まずひとつだろう。
現状、怪人に対応できるのはあいつらだけなのに。
お勉強が足りないらしい!
そして右巻きも負けちゃあいない。
怪人が増えるから外国人を片っ端から追い出せと、あちこちで騒いでやがる。
ところが話は違って、怪人は国産のほうが圧倒的に多い。
お勉強が足りないらしい!
どっちを向いても地獄とは、救われん世の中だ。
そんな状況じゃあ、いっそ怪人にでもなっちまって暴れまわったほうが心も身体もスッキリするってもんだろう。
まあ、気持ちはよく解るよ。
とはいえ、狙う相手を間違えているのは頂けないね。
見当違いの方向に八つ当たりなんて、スマートには程遠い。
「――それで、どうだい。良さそうな物件は見つかったかい」
目の前のホームレスめいた爺さんに問いかけてみる。
新聞紙でツラを隠しちゃいるが、やり手の剣呑な香りまでは隠しきれていない。
手が差し出された。
手のひらだけは随分と綺麗だ。
俺は缶詰を差し出し、握らせた。
「……うん、充分だ」
爺さんは缶を振って中身を確かめた。
アンダーグラウンドな空気っていうのも、何処の世界でも共通らしい。
(生前、学校のクソ野郎共に財布係として連れ回されたのは、今となっちゃ悪くない思い出だ。 現金じゃなくてカードを持ち歩けばカツアゲ喰らっても大丈夫と踏んだあの頃の親の英断には、感謝しなきゃな)
「それじゃあ本題だ。調査結果を教えてくれ」
「この辺りと、この辺りに、アメリカから逃げ込んできた奴らがいるよ。あっちはヒーローの本場だからね」
「わざわざこんな狭い島国までご苦労なこった。中国なら土地も広いだろうに」
「あっちは駄目だ。なんちゃら兵団とかいうパワードスーツ部隊がそこかしこにいるし、中国共産党にリストで登録されている超人の自警団も山程いる。10年前とは比べ物にならないくらい治安が良くなったから、同業者はすっかりやる気が失せちまったよ。こっちのほうが法整備も追い付いていないから、むしろ穴場なんだ」
「へえ」
「おたく、見た感じだと、この国の生まれじゃないね?」
「よくわかったね。だが出身地は秘密だ」
「ふん。まあこういう商売だ。おたくのような奴ぁ珍しくないよ。パックス・ディアボリカがバクフーマーと共倒れになってからは、チャンスとばかりにあちこちから押し寄せてくる。こんなシケた国からも、根こそぎ毟り取ろうとしやがる」
「ふぅん」
よそから押し寄せてくるのも大概だが、身内も叩けばホコリは幾らでも出てきそうだ。
それにしても、毟り取るものか。
心当たりは、なくもない。
「女かい」
「ああ。改造しやすく、寿命も長い。その上、心折れるのが早くて従順と来た。どっかのでかい組織じゃあ、専用の牧場まであるそうだ。品種改良して怪人の素体にするんだと」
「ゾッとしないね」
「それでいて、この国の政財界や芸能界の中にもそういう組織とつるんで、お楽しみの後に被害者の記憶を消して、名目上は保護って事にするんだとか。あいつらは自分達の代で世の中がそれなりの体裁を保っていれば、後のことなんてどうでもいいんだよ」
「随分と酒の旨くなる話だ」
だがそんな時にバクフーマーは出てこない。
機動隊はヒーロースーツ部隊みたいになっているし、俺のいた世界よりずっと忙しそうだ。
怪人は毎日のようにあちこちで湧いて出てくるが、発生原因や傾向の割り出しは上手く行っているようには見えないらしい。
つまり、ちょっとした内戦状態って事さ。
思ったより仕事がしやすくて助かるよ。
どうもありがとう、小さな小さな掃き溜めの国!
―― ―― ――
爺さんの情報を頼りに、来日中の悪党を幾つか探る。
数日間かけて割り出して出てきたのは、中々の粒揃いだ。
自家用ジェットのエンジントラブルで目的地のロシアまで辿り着けず、日本で足止めを食っている“シェルシフター”。
各地で華僑マフィアに雇われながら生計を立てている、不眠不休のサイボーグ傭兵“楊=ジ・アサルト”。
偽装した植物を通じてハーブ怪人を作り出す“ドクターフラウロス”
さて、この中のどれくらいが、しっかり付いてきてくれるかな。
無駄になる予感しかしないが。
僻地のガレージにて。
いかにも、ヤクの取引に使われそうな場所だ。
予想に反して、どいつもこいつも時間きっちり出てきやがった。
おとり捜査なんかを疑うんじゃないかと戦々恐々だったぜ。
(なんてね。嘘だよ)
「さて、お前さんがたに集まってもらったのは他でもない。潜伏中のバクフーマーが、いつ牙を剥くか判ったもんじゃない。あちこちで陽動して欲しい。人探しについては、余計な手出しは無用だ。こっちでツテがある」
ツテは半分本当だが、もう半分は嘘だ。
別に頼んじゃいない。
「バクフーマー? あいにくジャップ――あいや失礼、日本のヒーローには疎くてね」
と、シェルシフター。
華奢そうな名前の割には、その見た目は酒肥りした中年だ。
とてもじゃないが元ヒーローとは思えんね。
「……報酬次第だ。安く見積もるなら帰らせてもらう」
とは、楊。
癖のある黒髪の、なんとも鋭い目つきをした女だ。
パーカー越しにもわかるくらいの細身だが、サイボーグだから飯の心配は無用だろう。
「ミーは積極的な排除に賛成ザンス。商売道具の植物を燃やされたら、たまったもんじゃないザンスからネー! ハッシシシシ!」
あー……ここはオランダでもカナダでもないから、大麻は合法じゃないぜ。
まあ口調はどうあれ、乗り気なのは助かる。
「報酬については心配無用だ。言い値で払う。
それで、クソ白んぼ、ああ失礼! シェルシフターの旦那はどうお考えかな。ロシア行きのジェットが手配できるようになるまでの暇潰しに」
「何故それを知っている?」
「企業秘密だよ。まあ、極東の島国で暴れたところでハク付けにもなりゃしないとお考えなら、別に構わんさ。ダーティ・スーなんてぽっと出なんざ目じゃない事くらい百も承知だ」
おっと、空気が変わった。
一体、俺が何を言ったというのかね。
「今、ダーティ・スーと言ったのか?」
シェルシフターは静かに訊いてくる。
なんとも神妙なツラをしやがるぜ。
「そうだが」
「道理で似ていると思ったよ。我が国で同名のカートゥーンが流行っていてね」
「へえ、興味深い。どんな間抜けの小悪党に描かれているのかい」
「冷酷非道な大悪党だよ」
「そいつは素晴らしい。来年のエイプリルフールまで待てなかったのかね」
「まったく同感だ。なにせ君はここで死ぬのだから」
シェルシフターが指を鳴らす。
と、すぐさま金属音が部屋中からガチャガチャと響き渡る。
オチは読めていたよ。
「さらばだ、コスプレ小僧!」
なんて言いながら、シェルシフターはフックショットでさっさと上の鉄骨に飛んでいっちまった。
楊の奴も察しが早い。
テーブルを倒してバリケードを作り、屈み込む。
笑えるのがドクターフラウロスだ。
楊の隣で震えてやがる。
一呼吸挟む暇なく、雨のような銃弾が迫ってくる。
だが、俺にはこれがある。
パチンッ
「マジック!」
俺はそう叫びつつ、四方を囲む煙の壁で銃弾を片っ端からせき止めてやった。
グレネードランチャーまで飛んできたが、跳ね返って爆発するだけだし、その爆風だって煙の壁に阻まれて俺達には届いちゃいない。
ああ、伝わってくるぜ……お前さん達のビックリがよ……。
「俺をコスプレ小僧と呼びやがったな」
「……」
だが結果はこれだ。
気の早いカエル共が沈黙に彩りを与える。
パチンッ
煙の槍を展開。
周りにいるフルフェイス野郎共を一人残らずブッ飛ばしてやった。
「――おめでとう、俺が本物だ」
「馬鹿な……!? 有り得ん!!」
知るかよ。
現に、有り得ちまったんだから俺に文句を言わないでくれ。
「さっさと降りてこい。お前さんの汚いケツにサインを書いてやる」
クソ野郎同士、仲良くしようぜ。




