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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION15: 狂乱の主よ、空より来たれ
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Result 15 黒く焦げ付いた心


 赤黒い霧に包まれた空間。

 幾つもの魔法陣が整然と立ち並ぶ、奇妙な部屋だ。


 ……魔界。

 ジルゼガットは、今いるこの場所、魔王との謁見の場をそう呼称している。


 そんな魔界は、いつになく賑やかだ。

 心臓付近に手形のタトゥーがあるせいでダーティ・スーに“手形付き”と呼ばれた男――ゼッデルフォンが、ジルゼガットに詰め寄る。

 その背後では、ローブ姿の魚みたいな顔のオーギュストが、成り行きを見守っていた。


「ジルゼガットよ。此度の失態、どう説明するのだ!?」


「失態?」


「とぼけるな! 彼奴の手のひら返しだ! レヴィリスが贔屓にしている素体ボディを失って、すっかり消沈しているではないか!」


 くだんのレヴィリスは小さなトカゲみたいな姿で、ゼッデルフォンの小脇に抱えられていた。


「生贄花嫁ガチャで一番のレアリティだと思ったのに……最年少で、身長低めで、胸もぺったんこだったんだぞ?」


「いや知らないわよそんなの」


 レヴィリスの(あくまで彼個人としての)悲哀に満ちた恨み節を、ジルゼガットは鼻で笑った。

 この手前勝手を極めた大馬鹿者の妄言は今に始まった事ではないが、生まれ持った巨躯と馬鹿力に物を言わせて搾取を続けるような輩など、見ていて気分が悪い。


「貴様には仲間を慈しむ心が無いのか! 裏切りが発生したのだぞ!?」


 まさか魔族の口からそのような言葉が出てくるとは思わなかったために、ジルゼガットは苦笑した。

 ジルゼガット自身も魔物と名乗れる程には人間離れしているが、元から魔族の生まれだったゼッデルフォンのほうが遙かに人間らしい。


「裏切りですって。あんなの織り込み済みだわ。とはいえ、帝都の民間人が誰も死ななかったのは、私も流石に想定外だったけど」


「人を残しておけば、彼奴らはいずれ復讐のための準備を整えるだろう」


「だから貴方は脳筋なのよ」


「何だと!?」


「建物には壊滅的な打撃を与えておいて、怪我人だけを増やす……復興しながらも食い扶持は据え置きとなれば、足を引っ張られて報復どころじゃなくなるでしょう?

 わざわざ殺して食い扶持を減らすのはリスキーすぎるもの。

 しかも生き残った人達は全員があの魔物達の恐怖を知っている。ダーティ・スーの驚異を覚えている。気まぐれのお蔭で生きながらえたという事実を認識している。噂が広まるのは、きっとあっという間よ」


 事実これまでだってそうだったのだから、と言外に付け足した。

 黄金の獣ダハンリサン、落日の悪夢……様々な異名と共に広まった。

 恐怖はいずれ薄れていくが、伝承の名を借りた噂話は、早々には消えない。


 触れるもの全てを弄ぶ、無敵の番狂わせ。


 今度は何を破壊する?

 今度は何を打ち破る?

 ジルゼガットはすっかり、あの予測不能の奇妙な超人を気に入っていた。


 この退廃的な崩れかけの心を、きっと満足させてくれるだろう。

 何万回も目の当たりにして、見飽きて久しい塵芥のような茶番を、いずれ台無しにしてくれるだろう。

 そんな確信が、彼女の中で生まれつつあった。



「魔王軍を、あのような流れ者の名と共に知らしめるのか!拙者、正直それはどうかと思うのですが!?」


 最奥に備えられたひときわ大きい魔法陣の上に、黒銀の炎が集まる。

 それが巨大な人の形へと収束し、彼らを見下ろすように二つの目が見開かれた。


「問題は無い。引き続き支配領域を拡大せよ」


「ほら、魔王様もそのように仰せだわ」


「そんな……!」


「残念だけど、結果を出せなかった弱者に発言権は認められないわ。悔しかったら業績を出しなさい? ただし、残業禁止だから」


 ゼッデルフォンもレヴィリスも、別に無能ではない。

 人類からすれば、充分に脅威たりうる力を持っている。

 そしてオーギュストも、召喚の力さえ制御できれば比肩しうる程の潜在能力を秘めている。


 だが。

 ジルゼガットは、この世の理の更に外側を見てきた。


 マキトに見せた演算機“深く狭き瞳の書”だって本物だったし、女神を殺すほどの苦労をしたというのも、実際に女神を殺してみせた末に莫大な魔力を手に入れ、演算機に用いたのだ。

 演算機の示したもしも(If)の事象だって、その信憑性は殆ど疑うべくもない程に完璧だった筈だ。


 ダーティ・スーと、ロナと紀絵という存在が、ほんの少し介入しただけでこんなにも変わった。


 仲間を全て失い復讐者となる運命だったマキトは今、勇者達の連合軍のリーダーだ。

 身も心も怪物と成り果てる運命だったサイアンは、叛逆の機会を狙ううちに倒れて、これからどうなるか見当もつかない。

 クレフは勇者として此方に立ち向かってくる運命だったが、己の失言が原因で失墜した末に逆恨みによる報復までもが叶わず、手足も正気も失った。

 ツトムは、眷族化させたフィリエナに監視させているが、元からそんなには変わらないようだった。


 演算機はエネルギーを失い使用不能となった。

 此処から先のIfを演算機は教えてはくれない。


 だが、解りきっている。

 ダーティ・スーが介入しなかった歴史など、今よりも遥かに退屈だったのだと。

 予定調和的に誰かが貶められ、失墜し、そして世界と神々の定めた“主人公”とやらの当て馬にでもなっていたに違いないのだ。


 ――かつてジルゼガットのいた世界が、そうであったように。




 ―― 次回予告 ――




「ごきげんよう、俺だ。


 どこぞのヒーローの話をしよう。

 そいつの惚れた女が悪の秘密結社のせいで廃人になって、釣られてそいつも病んじまったらしい。

 そこに秘密結社の残党は目を付けたが、肝心のてめえらの施設は壊滅状態と来たもんだ。

 なに、やり方は幾らでもあるさ。


 別に特撮ドラマじゃないんだ。

 飛行機で海の向こうの悪党共と手を組んだ所で、咎められるものでもあるまい。


 せいぜい休めよ、ヒーローさん。

 お前さんの代わりは幾らでもいる。


 ……いなきゃ(・・・・)困るんだ(・・・・)


 次回――

 MISSION16: ワールドワイド・バッドガイズ


 さて、お次も眠れない夜になりそうだぜ」




 これにてMISSION15は終了です。

 いつも、お付き合い頂きありがとうございます。

 書き溜めストックをもう切らしてしまっているため、次回まで少しお時間を頂戴したいと思います。

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