Extend7 捻転
今回はMISSION11のメインヒロインだったエウリアの視点です。
わたし――エウリアは、サイアンと名乗っている少女を、そっと横に寝かせた。
力を失って小さくなったサイアンは、わたしの小さな身体でも運ぶのに苦労した。
犬人の女性、ドリィが途中から手伝ってくれた。
「もうよろしいのですか?」
「ああ! あんたが治療してくれたおかげでだいぶ良くなったぞ!」
「良かった……」
昨日まで派閥争いでそれぞれ異なる陣営に身を移していたチアリーダー達が再会した。
当然、それが感動的な再会になる筈はなかった。
だって片方――わたしと一緒にいる子たちは、元の世界に戻る方法を模索する派閥。
もう片方――敵対して銃を向けてきたあの子たちは、この世界に留まるよう主張する派閥。
聞けば、ここに迷い込んでくるまでに、既に対立していたという。
だからもう……抗いようのない必然だったのだ。
争い合う彼女達を止める術など、わたしには無い。
そっと見守って、命を落としそうになったら止める。
その間に、サイアンを無力化させる。
……クロエだけど、彼女の動きが途中で鈍くなったのは、何があったのだろうか。
それに、髪の色もピンク色から以前の黒髪に戻った。
乗っ取られていた?
だとしたら、いつから……?
あのエルフを問いただしたかったけど、足取りは掴めなかった。
既に姿を消して、遠くに行ってしまったようだ。
試練は、それだけじゃなかった。
闘技場出入り口付近で、ロナおよび紀絵と戦闘になった。
実際に戦うのはこれが初めてだったけれど、魔術師である紀絵が近距離で叩き込んでくる姿は、暴力的でありながら美しく、わたしは圧倒されてしまった。
もはや何のために戦っているのかも判然としないまま、ただ漠然と、この二人を退けないといけない使命感に駆られた。
カズ君とタケ君もそれからスキンヘッドの男――マットも、あの頃に比べれば強くなった。
けれど、それでも一歩及ばなかった。
――『命までは奪わないよう言われていますので』
――『この辺りで勘弁して差し上げますわ』
膝をついたまま、不思議と無力感に打ちひしがれることなく、落ち着いた気持ちで空を見上げた。
せいぜい口をついて出る言葉は「あーあ、負けちゃった」くらいのものだった。
しばらく休んでいると、ウィルマ達が戻ってきた。
一緒に、闘技場の外の様子を見に行った。
「お嬢、こっち来れる? 会わせたい奴らがいるんだけどさ」
「うん、今行くね」
……その先では、かつてグレイ・ランサー――もといクレフ・マージェイトのパーティにいた女性達が、茫然自失になっていた。
彼女らの境遇は既に、クレフの叫び声を通して聞いている。
一体どれほどの絶望が、彼女らを痛めつけたのだろう?
イスティという騎士さんが言うには、その後にダーティ・スーによって復讐のための武器を提供され、観客達が成り行きを見守る中で、彼女らはクレフに私刑を加えたという。
かつてわたしは、あなた達から復讐という選択肢を消し去りたかった。
あなた達は、打ちひしがれた心に鞭打って立ち上がり、わたし達とは別の道を歩んで、自分らしく在ろうとしたのに。
残酷すぎるこの世界は、あなた達とクレフを再び巡り合わせてしまった。
こんな惨たらしい無常が横たわる世界で、わたし達はあと何回、心臓を失望で締め付ければ良いのだろう?
復讐を遂げた彼女達は報われただろうか。
いや、これは復讐というよりむしろ、自衛なのではないだろうか。
自分達を虐げた者へ仕返しする事で、第三者は彼女らを“無為にやられ続ける存在”とは認識しなくなるだろう。
たとえそれが、ダーティ・スーのお膳立てによって行われたことであっても。
それでも……わたしは諦めるわけにはいかないのだ。
【↑馬鹿な奴。諦めて委ねてしまえば、何もかも楽になるというのに。川の流れに逆らう産卵期の鮭じゃあるまいし】
「もしもまだ立ち上がる勇気があるならば……次は、わたし達と組んでみませんか? 或いはもう立ち上がる気力を使い果たしたならば、安全なところまでお運びします」
「どうして、そこまで私達を……?」
「その……放っておけないから、というのは……駄目でしょうか」
せめて悲劇に見舞われるなら、わたしの目の届くところで。
そうすれば、わたしの無力を原因にできるだろうから。
……その後の作戦会議にて報せを聞き、わたしは更に戦慄した。
死人が、グレイ・ランサー――もといクレフ・マージェイトの連れてきた陣営を除いて皆無だったのだ。
灰色のモヤモヤが急に出てきて攻撃を防いだ、といった話がそこかしこで出てきた。
殺戮を是としていながら、ダーティ・スーはあくまでもクレフの取り巻き達を、彼らに恨みを抱く人達によって排除させ、残りは積極的に救おうとした。
しかも空からやってきた飛竜、レヴィリスの眷族すらも人間の姿に戻してしまった。
わたしよりも小さな彼女は意識こそ取り戻していないものの、マキト達に見守られながら寝息を立てていた。
こんな事、ある?
救う命を選んだかのようだ。
気味が悪い。
そこに割く魔力もタダではないだろう。
わたし達は完全に遊ばれていたのだ。
本気ではない状態でわたし達を圧倒してきた。
そしてわたし達のうち誰一人として、そんな彼を倒すに至らなかったのだ。
サイアンやその他、様々な状況が彼にとって有利に働いただけでとは、とてもじゃないけど考えられない状況だった。
今回も、ダーティ・スーのスタンスは単純明快だ。
誰かの人生に致命的な損害を与えようとした者、或いは既に与えていた者を、見せしめとして殺めた。
聞いた話によればダーティ・スーは消える間際に「その敗北を楽しめ」と言ったという。
まったく恐ろしい男だ。
同時に、かつて制裁を下しながらも生かしておいたクレフ・マージェイトがあんな状態にまで凋落した事については……。
不謹慎ながら愉悦を覚えてしまった。
死体は何も考えられないが、生きている限り苦悩は存在する。
両手足も正気も失って、もはや赤子同然となったあの子。
一方、そんなクレフをかつて騙していたクロエは、やはり度重なる拷問で心折れたらしい。
物言わぬ人形と化していた。
【→↑←↓……ざまああああああああああああああああみろ!!!!!!】
きっと、どちらも罪の重さなど認識していないのだろう。
最後までずっと、自分達は不当な当てこすりの犠牲者であると信じて疑わないのだろう。
悲しいね。
でも、いいよ。
だって“わたしの守りたい人達”は、まだ生きている。
その事実こそが、わたしの縋り付くものの正当性を保証してくれている事に他ならないのだ。
【↑お前の拠り所なんて、そこしか残っていないからな】
それでも、いい。
たとえ踏み外した先は沈み行くだけの薄氷を歩かなくてはならないとしても。
だって、他に縋り付くものが何も残されていないのだから!
……孤児院に捨ててきた、わたしの最初の子は、メルリルと名乗る娼婦となっていた。
それでも貴方を恨んだりはしないよ、デュセヴェル。
あの子に、目を買う金を与えて続けてくれるのだから。
それすらも、捻じくれた視界を糺す口実にしてしまうのだ。
わたしという魔女は。
もしも、すべてを終えたその後に、あの子がわたしに辿り着いたなら。
敗北の泥沼から抜け出せないわたしを、罰して欲しい。
ずるい生き方だ。
我ながら反吐が出る。
エウリア「メイン……ヒロイン……?」




