Final Task 敗北の歓びを教えてやれ
ここに辿り着くまでに随分と遠回りをさせられた。
四足歩きのバカでかいブリキ人形共に追い回されて、逃げ回っているうちに幾つかの家があのブリキ人形にブチ壊された。
確かに俺は一番ヤバい魔物に見えるかもしれんが、それにしたってあんな暴れ方、俺に恨みでも無けりゃあそうそうお目に掛かれるものじゃあない。
まあ片っ端から片付けちまったがね。
手間かけさせやがって。
こちとら、自走式反応防御型の煙の壁を練り出したから、煙の槍をあまり大量には展開できないんだ。
魔物の死骸を触媒に使っているから、まだ節約できているほうだとは思うがね。
さて、問題はその後だ。
ヒイロ・アカシと感動の再会かと思いきや、人斬り歌舞伎女までやってきた。
ヒイロの奴はうんざりしたツラで俺に向き直る。
「ダーティ・スー、お前の知り合いか?」
「ああ。俺に一目惚れなんだとさ」
もっと仕合って楽しい相手は幾らでもいるだろうに。
どうして俺を選びやがるのかね。
「なあ仕合おうぜ。その為にお嬢にも留守番してもらったんだ。雌恫叉が良くて、おれが駄目な理由は無いだろ? レディをあまり待たせるなよ」
……物騒な刀をおっ勃てるのはその辺にしておけよ。
交尾を迫る兎じゃあるまいし。
しかもあの蛇柄女と知り合いだなんて、ますます碌なもんじゃない。
「あいにく俺は、しがない人斬りをレディ扱いできるほどジェントルマンじゃあないんでね。お前さんとてガラじゃあなかろうよ、ウィルマ」
「おれの名前、覚えてくれてたんだ」
「お前さんのツラの真ん中の十字傷と、正義とはどう考えても無縁そうな振る舞い、そして何より俺のほうから名前を訊いた相手だ。俺が忘れるとでも?」
「光栄だ! そうとも、おれはハリケーン・ウィルマ! “鏖の暴風”とは、アッ――おれのことよぅ!」
ウィルマは歌舞伎役者も斯くやといった大見得を切る。
御大層な異名だこと。
だが、そんなウィルマの大見得も、剣を引き摺って戻ってきたイスティにとっちゃあ、ちょいとばかり腹立たしい内容だったらしい。
そういえば、俺が余計な仕事を増やしてやったからなのか、マキトの姿が見えない。
「援軍に感謝しようとしたというのに、何をいちゃついておるのだ、貴様は!」
だがウィルマは涼しい顔で受け流すどころか、目を見開いて指さし始めた。
「あ、あれ……!? お嬢……!? お嬢じゃないか!?」
凄まじいアホ面だ。
(それに“お嬢”はエウリアっていう髪の青いお嬢ちゃんじゃあなかったかい)
対するイスティはそんなウィルマの右手を「気安く指さすな」なんて払いのける。
「誰と間違えている? 貴様を女中として雇った覚えなど無いぞ」
「……いや、アンタの顔がさ、モニカ・グライヒヴィッツって、おれが前世で奉公していたご令嬢と瓜二つなんだ」
なんてウィルマが言って、イスティのツラと来たら!
えらい形相で首を傾げてやがる!
「……? あいにく前世の記憶やらとは無縁でな。他人の空似というやつだろう」
「だよなぁ……アンタの性格、前世のお嬢とは正反対だし……」
なんとも残念そうなツラだ。
「それじゃお嬢、アイツはおれが仕合うからさ、お仲間と一緒に安全なところ行って」
「だから、誰がお嬢だ! 私はまだ戦える。共同で事に臨み、手早く済ませるぞ」
「えー? そりゃ無いヨお嬢、おれはサシで仕合いたいんだけどぬぁ~……?」
「やめっ、やめろ、口を尖らせるな! 頬をつつくな! 私は貴様の“お嬢”ではないが、お嬢とやらも同じように言うだろう。そういう事にしておけ!」
「……お嬢が言うなら仕方ないかな。ま、ビヨンドってのは死ななきゃ何度でも呼び出せるわけだし、今度名指しで誰かに呼ばせりゃいいか!」
「冗談ではない。奴はここで完全に殺す! 今まで明確な殺人をしてこなかったが、とうとう本性を現して、あのような醜悪な……!
彼奴らの行いは褒められたものではなかったが――ゴホッゴホッ、くそ、まだ喉が焼ける……」
ざまあみろ。
「王子様のキスで目が覚めるかもしれないぜって言ったらグレイ・ランサーの野郎、まるで骨を舐める犬だったよなあ」
「彼奴のした事は褒められたものではないが、元はと言えば貴様が歪ませたせいだろう。汚濁を垂れ流すその口を閉じろ!!」
「気に入らないなら塞いでみな。マキトがお留守じゃ無理だろうがね」
怒るかい。
そら怒った、顔が真っ赤だ。
「ウィルマぁあああ!! そいつを挽き肉にしろォオオオ!!」
「あいよ、お嬢」
「そこの男。貴様も加勢しろ!!」
「……確かに、依頼主は死んだが依頼そのものは有効だな」
ウィルマの実力は把握していないが、あの性格じゃあサシでやるほうがより一層に厄介だろうね。
さて、揃ったお相手を確認しようじゃないか。
剣客ウィルマ。
騎士イスティ。
暗殺者ヒイロ。
合わせて3人か。
「ドンキー・スー! 此度こそ貴様の両腕を引きちぎり捨ててくれるぞ!!」
その執念深さに、あともう少し冷静さがあれば言うことなしだったんだがね。
まあいいさ。
「追いかけっこパート2だ」
振り下ろされた光の剣は俺を抉ろうとして、ボロボロの石畳を何枚か溶断しただけだ。
50口径アクションエクスプレスの弾幕は煙の壁を貫いてくるが、まだ何とか防ぎきれるレベルだ。
唯一、ウィルマだけが俺の肌に切れ込みを入れてきた。
今回絡んできた連中の中では、ヒイロとウィルマだけ他と仕上がりが違う。
そりゃそうだ。
ヒイロは一度、世界を救った。
俺に派手なお遊びを控えさせて、単調な撃ち合いしかやらせなかった。
生意気なオモチャを振り回しやがって。
ウィルマはそもそもてめえで人斬りを名乗る酔狂者だ。
そのツラこそ喜びを隠しきれちゃいないが、戦い方、太刀筋はプロそのものだ。
首元を刀の切っ先が掠める。
まったく恐ろしく正確な狙いを決めてきやがるが、こちとら伊達に前世でサンドバッグ生活をしてきた訳じゃあない。
ビヨンドになってからは幾つも死線を蹴飛ばして嘲笑ってきたつもりだ。
その俺を焦らせるとはね。
「おや、飛行船なんて用意していたのかい」
マキト達が空を留守にしたまま闘技場に戻ってきていたのは、そういう事か。
だが、そんな飛行船はあちこちが燃えて、もうもうと烟っている。
言うなれば、オシャカになるまで秒読みだった。
留守番も満足にできないとは、手間のかかる坊やだぜ。
なあ、お前さん達もそう思うだろう。
「まずい! 避けろ!」
イスティが言うが早いか、ウィルマがイスティをお姫様抱っこして飛び退く。
すぐ真上で轟音を立てて飛行船が通り過ぎ、どでかい部品を幾つも撒き散らした。
俺は、地面に突き立った残骸の上に飛び乗る。
「お嬢。大丈夫かい?」
イスティがウィルマの手を払い除ける。
ウィルマも可哀想に!
「……気安く触るな。私はマキトのフィアンセゆえ、この身体はマキトのものだ」
「あっ、そうなの? こりゃ失敬」
「それより、奴だ! あの程度で死ぬとは思えん」
目の付け所は悪くなかったが、俺が上にいるという視点が抜け落ちている。
このままじゃあ、二流止まりの――
「――見えているぞ」
おっと危ない、まさか放物線の軌道を利用した手投げ爆弾とはね。
油断も隙もあったもんじゃない。
「おめでとう。よく見つけたね」
拍手だけはしてやろう。
だが相手にはしない。
お前さん達がすべきだった事を、俺が代わりにやらにゃあならん。
倒すべき相手を間違えちゃいけないぜ。
『ロナ、紀絵、そっちはどうだい』
念話で通信だ。
返答は割とすぐに来た。
『フレンを投げ飛ばして、どうにか試合終了ですよ。他の女どもは戦線離脱して端っこでぐったりでしたし』
『わたくし、スー先生に教えていただいた通りに近くの皆さまを魔術の発動機代わりに使ったら、ちょっと建物を壊してしまいました……』
まったく頼もしい成長ぶりだね!
『そいつらを飛竜のいる場所まで運んでくれ。ショーを開催する』
『ほーい』
『了解ですわ!』
……さて。
積み上げられた瓦礫をトントントンと駆け回り、空中に飛び上がって煙の槍を足元に展開だ。
燃え盛る飛行船の残骸に乗っかった。
そのまま、勝利宣言中の飛竜に狙いを定める。
ズドン、ズドン!
飛竜は翼に穴を開けて、飛べなくなって落ちていく。
俺は煙の槍で上空に飛び、奴の頭に乗っかる。
ズドン、ズドン!
左右から生えているツノを撃ち抜く。
するとどうだろう。鱗が見る見るうちに剥がれていき、人の姿へと変わりながら地面に真っ逆さまだ。
「流石にスイカ割りを見る気はしないね」
煙の槍で骨組みを!
煙の壁で布張りを!
……そら、ダーティ・スペシャルパラソルの完成だ!
ふわりふわりと地面へと近付いていく。
ガキを小脇に抱えた俺に襲い掛かろうとする奴は……いない。
「残念だったね。これでお前さん達のタスクは御破算だ」
「くッ……!」
「悔しいだろう。だが手遅れだ。丁度、頃合いかね」
俺は、イスティ達の背後を指で指し示す。
駆けつけてきた勇者共が、息を切らせている様子を。
「お前さん達は、てめえのやるべきことを完全に見誤った。その結果がこれだ。
勇者達の最強を決めるだと。魔物の襲撃は、予告されていたんじゃあないのかい。調べればきっと掴めていた筈だぜ。
初めから団結して迎え撃つ準備をしていりゃあ、街は燃えずに済んだかもしれん。
これで十二分に証明されただろう。転生者は役立たずどころか、力の振り方を知らない、扱いに困る危険物さ」
「それは結果論だ!」
フレン、黙れよ。
「エッフェル塔にも届くサイズの赤ん坊がいたら誰だって対応に困るだろう。ママのおっぱいは卒業しろよ」
胸元から懐中時計を取り出してみれば、光っていた。
足元から身体が消えかかってきた。
ヒイロも同じように消えかかっている。
元の世界に戻る予兆だった。
ウィルマだけがそれを知っているのか、刀を鞘に収めた。
他の連中は、状況を把握できていないようだった。
帰る前に放り捨てておこうかね。
この飛竜になっていたガキを。
「――ッ」
駆け出したマキトが、ガキをキャッチする。
「生きていたら大切に使えよ。ジョーカーに化けるかもしれん」
「ダーティ・スー……本当に、お前って奴は……」
マキト。
思うところはあるかもしれんが、俺はお前さん達の敵なんだ。
俺は、敵でなければいけない。
「今回の喜劇に居合わせた全てのギャラリー共に、座長の俺様から、ありがたいアドバイスをくれてやろう」
俺は、首を掻き切る仕草と共に、笑ってみせた。
「――その敗北を、楽しめ」
またな。
手間のかかる遊び相手の諸君。
坊主のお経がゼロ秒で済むようなるべく手配してやった。
ここまで壊滅的な状況で死者が少なけりゃあ、さぞかしたまげるだろうよ。
お前さん達は、人を救う道ですら敵である俺様に敗北したという事実を噛みしめるがいい。
そしてどうか願わくば存分に戦慄してくれ。
俺がその気になればいつでもくたばっちまう、てめえの命の儚さに。




