Extend5 復讐の対価
今回は復讐代行業者のヒイロ・アカシくん視点です。
「――俺を呼び出したのは、お前か?」
呼び出された先の世界は、かつて俺が殺された世界と同じ空の色をしていた。
闘技場と思しき建物の中心に、俺は立っていた。
「ああ……せっかく友軍が回復魔法を唱えても、俺の両足は、このザマだ! くそったれ……」
目の前で横たわりながらそう自嘲する、両足を失った女。
そいつの双眸は、かつての俺と同じ色の感情を湛えていた。
彼女は、少しの沈黙と逡巡を挟んでから再び言葉を紡ぐ。
「……俺の代わりに殺して欲しい奴がいる」
両足を失った女の腕の中には、既に息絶えたらしい別の女が抱かれていた。
乱れた衣服と、仄かに漂う性臭……それから周囲に倒れた男達の、ズボンを脱ぎかけた死体が、この女が如何なる末路を遂げたのかを雄弁に語っていた。
「言ってみろ。俺はそのために来た」
「ダーティ・スーを、殺せ……あのクソ野郎の息の根を止めたい。奴の苦しむ顔が見たい……そのためなら、俺はどんな犠牲だって支払ってやる……!」
理由いかんにかかわらず、仇討ちはよく見かける。
ただ、ダーティ・スーという名前を耳にしたのは……きっと久しぶりだろう。
あのクラサスと名乗る黒エルフに一度助けられた時に耳にした、黄色いコートの男。
俺がビヨンドになってから今まで二度目が訪れなかった“踏み荒らす者”。
いつか、この日が来るのではと思っていた。
お前と再び戦う事になる日が来るのではと。
俺は未だに、俺の魂の輪郭を失ってはいない。
ダーティ・スー、お前はどうだ?
「それで、ターゲットであるダーティ・スーは何処に?」
「……闘技場の、外だ。勇者の行くべきところに、代わりに行く、なんて抜かしてやがった」
「わかった」
奴が向かいそうなところは、なんとなくわかる。
男達の亡骸を踏まないように注意深く歩く。
観客席を見回す。
怯えて頭を抱える者。
しきりに、天に祈りを捧げている者。
きっと、目を覆いたくなるような惨劇が、ここで繰り広げられていたのだろう。
赤黒い夕焼け空を時折、飛竜が横切っていく。
……ふん、ああいう空に関は見慣れている。
一瞥しながら俺は出入り口へと向かう。
壁に飛散した鮮血、刻み込まれた爪痕。
倒れた兵士の命を奪った下手人は、もう此処にはいないようだ。
更に歩く。
「――ッ!」
パラリ……天井が僅かに剥がれ落ちる。
咄嗟に飛び退けば、すぐ目の前で瓦礫が崩れた。
こっちのルートは使えないか……。
いや、行ける。
瓦礫の山を駆け上がれば、上の階に。
ここからでも、出られるだろうか。
試してみよう。
カキンッ、カキンッ、ギリリ。
壁の穴から、剣戟の音は幾重にも響き合って俺の耳に届く。
飛び出せば街の石畳を覆い尽くすほどの兵と魔物と死体と炎。
ゴブリン、コボルト、リザードマンにオークか……。
姿形はどこの世界でも、相違点よりも共通点のほうがずっと多い。
そしておおよその場合において、俺の敵ではない。
「お前もFADEの餌食となるがいい」
バラララララララ!
連続的に射出された50AE弾が奴らの肉を穿つ。
「そのイカしたビッグマグナムの名前?」
隣から、転生者らしい少年が俺に問いかけてくる。
フッ……浪漫を解する奴がいるようだな、どうやら。
「フルオート・デザートイーグル……頭文字を取ってFADEと呼んでいる」
専用カスタマイズドスライドによる、フルオート射撃。
ロングマガジンによる13発の装填数と、魔術的自動装填装置で得られた、半永久的に継続可能な火線。
8インチのレイルドフレーム一体型ロングバレルによる、射撃安定性とアサルトライフルに迫る程の拡張性。
何より――本来なら別の銃を使えば済むところを、敢えてこれにするという浪漫。
ああ、特に浪漫は大切だ。
召喚先の世界によっては銃が既に実用化されていることもある。
そんな時に、このオンリーワンなカスタマイズは“それでもこの銃を使うのは俺だけだし、これは俺だけの銃だ”と胸を張って言える。
近くの敵はプラズマソードで両断だ。
集団で固まっていたならグレネードで一網打尽。
スライムや肉塊は火炎瓶で焼き殺せ。
「……む、あんな遠くに」
少年は俺と共闘するつもりは無かったらしく、さっさと次の獲物を探しに走り去ってしまった。
ふむ……まあ、いいか。
更に歩く。
既にかなり抵抗したのか、魔物はほとんど残存していないようだ。
何匹も死骸が横たわっている。
遠くから、ズドン、ズドンと銃声が断続的に響き渡る。
にわかに、右目が疼く。
いつか訪れるこの日のために、あるスキルを購入していた。
――“追憶される致死”
命を奪った誰か、或いはそこに強く結び付いた存在を感知すると、致命傷を受けた箇所が疼くというものだ。
あの時、俺にビヨンドという、摂理の外側の世界を教えてくれたお前を。
俺は忘れやしない。
ずっと訊きたいことがあった。
何が何でも確かめたかった。
疼きが止まる。
気がつけば、奴は目の前の曲がり角から姿を表し、両腕を広げた。
「ごきげんよう、俺だ」
「……知ってるさ」
互いの銃声、同時に交差。
しかし互いの銃弾は互いの肉を抉る事なく、ぶつかり合って石壁を僅かに傷付けるのみ。
物陰に飛び込むダーティ・スー。
俺は愛銃FADEの掃射で火線を作る。
お前なら、どうとでもなるだろう?
逃げてもいいし、隠れてもいい。
「相変わらずだな! 元気にしていたかよ。ヒイロ・アカシ!」
ズドンッ
「亡者の頃よりは幾らかマシになったと思いたいが……お前はなぜ、こんな因果な商売を長々と続けている? 辛くはならないのか?」
バラララララララ
「依頼主連中の目的さえ片付くならそれでいいさ。なにせ、手段は俺が幾らでも選べる」
ズドンッ
「だからロナに任せて自分は早々に自殺などと、ふざけた真似をしたのか」
バラララララララ
「お前さん、もしかして真面目に仕事をしようとしているのかい。ビヨンドなんてもんは、世界の残飯を口ん中に掻ッ込みながら、てめえでも持て余した力を片手間に振り回すくらいが丁度いいのさ」
ズドンッ
それが出来たら、俺も死なずに済んだだろうか?
「ダーティ・スー。俺の依頼主は、お前に死んで欲しいそうだ。あれこれと恨みつらみを涙ながらに語っていたよ」
俺は屋根の上へ。
頭上を取る形で銃を構えた。
だが、ダーティ・スーはその場から動かず、銃をくるくると回転させている。
銃身に映り込んだ奴の眼差しは、既に俺を捉えていた。
「そいつは女かい」
「女の死体を抱えた女だ」
「お前さん、とんだハズレを掴んじまったね」
ダーティ・スーは銃をしまって、瓦礫の山に寝そべる。
俺は、意図を測りかねた。
「――ああいう間抜けはね、俺が仕向けなくても勝手にドジを踏むのさ。どいつもこいつも、俺の予想を少しも裏切らない」
愉悦と嘲笑を多分に含んだ調子で、ダーティ・スーは呟く。
程なくして、依頼主は現れた。
「誰か! 助けてくれ!」
女の死体を抱きかかえ、背後には夥しい数のゾンビを連れて。
そこまでの道のりでは、誰も助けてはくれなかったようだ。
「くそ……フォルメーテだけが蘇ってくれない……なんで、なんでだよ! 俺の死霊術がフォルメーテのと違って未熟だからなのか!? くそ、お前ら、言うことを聞け!」
……ふむ、聞き捨てならないな。
俺は屋根の上から、フックショット型マジックハンドを飛ばす。
拳銃に握り拳が付いたような間抜けなデザインだが、こう見えて便利なアイテムだ。
依頼主を掴んでワイヤーを巻き上げる。
流石にゾンビ達も、屋根の上までは登れないようで、わらわらと群がるだけだった。
「彼らは……先刻倒れていた死体ではなかったか」
「だからどうした!? 使えるものは何でも使う。たとえ死体でもだ!」
「……悪いが、ネクロマンシーには嫌な思い出ばかりでね。できれば彼らを寝かせてやってくれ」
「お前も死体みたいなもんなんだろ! ビヨンドについて聞いたぞ。死体が死体の扱いについて口を出すんじゃねぇよ!」
「聞き入れてはくれないのか」
「は? 黙れ、さっさとあの野郎を殺せ!」
「お前は、魔王に相当する何かを倒したことはあるか?」
「知らねーよ、こっちではスローライフする予定だったんだからよ! それをあのクソ野郎が何もかもメチャクチャにしてくれやがったせいで、台無しなんだよ! 俺のチンコを切り離して他の女、それも他人の恋人を寝取ろうとしたクソビッチに移植された! わかるか!? 俺はその女に騙されてホモカップルを説得しようとしただけなのに! 挙げ句、こんな俺を見捨てずに付いてきてくれた唯一の女、フォルメーテをあいつに殺された! 後戻りができなくてもいいと思って、覚悟決めてチンコを生贄に捧げて呼んだビヨンドがお前だ!」
「………………?」
……しまった。
半分くらいちょっと意味不明すぎて聞き流していた。
ああ、とにかくネクロマンシーをする理由としてはあまりにもお粗末だから、こいつとはもう契約を切る。
「なんか、言えよ……せめて、動けよ! なあ! 支払った代償は安くねーんだぞ、おい聞いて――」
――俺は依頼主を街道に蹴落とした。
ゾンビ達は俺を無視して、依頼主へと群がっていく。
「くそ、なんで、なんでだよ!! なんで俺ばかり、こんな目に!!」
ああ、まただ。
この手の輩は決まってこういうセリフを吐く。
宙に伸ばされた腕は虚しく空を掻き、やがて花が萎れるように力を失っていく。
「転職、しようかな……」
今まで、依頼主の自業自得な逆恨み案件があまりにも多すぎた。
数多の依頼をこなしてきた中で、純然たる被害者なんて数えるほどだ。
「スナージの野郎に相談してみるこった。もっとも、俺はしばらく会っていないから、あいつが元気かどうかわからんがね」
「お前をこの世界から追い出したいと息巻いていたよ」
「そうかい」
ガラランッ……ガシャアンッ
金属の塊が転がってきて、壁に埋まる。
禍々しいデザインは、魔物の鎧だろうか。
振り向くと、刀を持った金髪女が息を切らせていた。
「――うはは。ようやっと追いついたぜ、ダーティ・スー」
……楽しそうだな、この女。
ヒイロ「せっかく戦えると思ったのに、撃ち合いだけで出番が終わる気がする」
ロナ「ドンマイですよ」




