Task03 次の前座共も軽くあしらってやれ
グレイ・ランサー。
女のガワを被っただけの、単なるクソ野郎。
何度か地面に叩き付けてやれば、パーツが山ほど飛び散った。
「弱い者いじめをして、そんなに、楽しいか……!」
「ふはは! 色んな奴に力を使って従わせてきたお前さんが、言うに事欠いて、てめえを弱者だと! お前さん、一番言っちゃいかん台詞だぜ、そいつは」
「――ッ」
パチンッ。
煙の槍を鎖の形にして、グレイ・ランサーを簀巻きにする。
長い長い鎖を手に、俺はグレイ・ランサーを即席のハンマーへと変えた。
「好きだったろう。鎖。こいつは痺れるほどのもんじゃあないが、きっと満足できるぜ」
「お前、この……わぁああ!?」
振り回す。
地面に叩き付けてバウンドさせたり、ぐるぐると回しながら鎖を伸ばして周りにぶつけたり、使い方は自由自在だ。
「あッ……がッ……」
そうら、まだまだ足りないだろう。
寝るには早すぎるぜ、坊や。
お前さんはそんなお利口さんじゃあなくて、夜更かし大好きなクソガキのたぐいだった筈だぜ。
周りも早く止においで。
自称弱者クンが可哀想だろう!
ふははははは、ははははははは!!!
『これはひどい』
『完全に公開処刑ですわね』
ロナも紀絵も、念話で俺を茶化すくらい余裕がある。
『まだ遊び足りんが、他で補うさ』
ロナと紀絵、フォルメーテとおまけの誰だかわからん女を、煙の槍で少し遠くに飛ばす。
さあて宣言通り遊んでやろうじゃないか。
俺の武器は引き続き、この“煙の鎖”で簀巻きにしたグレイ・ランサーだ。
ブンブンと振り回しながら人混みに近寄っていく。
誰も、てめえの得物で受け止めようとしない。
大変結構なことじゃないか。
そりゃあ人型の相手はなるべく傷つけたくないだろうさ。
ロナも賢いチョイスをしたもんだ。
フォルメーテは明らかに、グレイ・ランサーと互いに依存した、およそ健全からは程遠い関係性の中にいる。
遠くで主人を物理的にブン回すサマを見せつけられりゃあ、飼い犬として穏やかじゃいられないだろうさ。
だが、そんなお遊びも、残念ながらお開きらしい。
ちょいとばかり甲高い発砲音。
俺の鼓膜がそいつを認識するより早く、俺の左肩を何かがブチ抜いた。
付け焼き刃な俺の“煙の鎖”は、途端に霧散した。
だが、それは別にいい。
「ほう! ついに、この世界で! 人間が! 俺に! 銃を向けたのかい!」
今日は記念日にしよう。
“人類の弾丸記念日”とでも名付けて、来年辺りに(覚えていたら)クルーザーでも借りてお祝いをしよう。
さて。
誰が撃ってくれたのかね!
「おや……フレン。お前さんも、こっちに戻ってきちまったのかね」
左手には猟銃……なるほど、そいつがお前さんの新しい得物かい。
初めてがお前さんなのはちょいとばかり不満だが、まあいいさ。
気掛かりなことがあるから訊いてみよう。
「いつもの忠犬女はどうしたのかね。おチビちゃんやチアリーダー共も見かけないが。振られたかい。こいつみたいにね」
グレイ・ランサーを持ち上げて、揺らしてみる。
振られたという線はどうせ違うと思うが、喧嘩を大安売りするのが今回の作法だ。
「お前に答える義理は無い! みんなが楽しみにしていた武闘大会を、よくもメチャクチャにしてくれたな!」
「お前さんも楽しみにしていたクチかい」
「そりゃそうだろ! 心躍るバトルってのは男のロマンだぞ!?」
「男のロマン……ふはは! そんなガキのような理屈を否定されたのが、そんなに悔しいかよ」
実に、実に、おめでたい野郎だ。
お前さんが縋り付いたそれがどれだけ脆くてカビ臭いものかを、今すぐ教えてやる。
俺は奴の猟銃を、次弾装填を待たずに煙の槍で弾き飛ばした。
ついでにグレイ・ランサーを頭から投げつけてやる。
フレンの土手っ腹に、グレイ・ランサーの頭がぶつかった。
「……お前さん達が求めているのは心躍るバトルなんかじゃない。暴力と勝利だ」
カシャンカシャンと音を立てて、猟銃はスタジアムの地面を転がっていく。
実に寂しい光景だ!
奴がグレイ・ランサーをどかして、剣を構えようとする。
同時に俺は、両足の裏に煙の槍を付けることで縮地のように一瞬で距離を詰め、胸ぐらをつかむ。
「なッ――速ッ、いッ!?」
遙か上空へと煙の槍で打ち上げ、それから、反対側から煙の壁をブチ当てて叩き落とす。
うつ伏せに落ちてきている奴の腹に幾つもの煙の槍を叩き込む。
「うわぁああああ!? あっが、っが、ぐぉ」
奴がゆっくり落下している間に、グレイ・ランサーの両足を引きちぎってやる。
“特等席”からじっくりと、目に焼き付けるといい。
ロブスターの甲殻を剥がすみたいなもんさ。
グレイ・ランサーの両足の中身のメカも、何度も踏みつけてバラバラにしてやった。
で、ようやくフレンが降りてきた。
フレンの顎を突き上げるように、バスタード・マグナムの銃口を当てる。
「なあ……フレンの坊や。勝利――圧倒的なマウンティング、征服、蹂躙こそが、お前さん達が心の奥底で求めていたものさ。今しがた、俺がお前さん達に実演してやったような、ね。
ついでに女を報酬に貰えりゃあなおよし、だろ。貰えるなら抱くぜ、俺は。グレイ・ランサーだろうとね。お前さんもそうだろう」
「違う!」
……“違う”だと。
グレイ・ランサーと似たような事を抜かしやがる。
ヘラヘラした偽善者の仮面を引っ剥がせば、どいつもこいつも似たようなもんだろうに。
男のロマンなんて、一番わかりやすいじゃないか。
何をそんなに必死ブッこいて否定するのかね。
今まで当たり前のようにやってきた事だろう。
「お前さんも、やるかい……“何が違うのかゲーム”」
「――ッ!」
うーん、いいツラだ。
その恐怖は“答えられない”ことを認めるのが怖いという意味に違いない。
「5秒で答えられりゃあ何も問題は無いぜ。答えられりゃあ、の話だがね」
そうら!
ズドン!
……だが、こういう時は当たらんものだと相場が決まっているのさ。
放たれた銃弾が、氷に阻まれた。
俺の目の前に、俺の身の丈くらいの大きな氷の塊を作り出すとは。
これでも一応は周りに気を配ったつもりだったが。
こんな真似ができる奴は、一人だけ心当たりがある。
「フレン、ここまでありがとう。あっちはもう大丈夫」
「……待ってたよ、マキト」
やっぱりお前さんかい。
隣には、イスティ。
ふん……長耳と猫女と寸胴髭はいないのか。
おおかた、外は任せたんだろう。
だが敢えてその判断をコケにしよう。
「随分と早かったじゃないか。おサボりとは感心しないね。ましてや、お友達を囮に使うとは」
「お前が遊んでいる間に、みんなで協力しあって10分の1くらいまで減らしたよ。観客席にいた人達が協力してくれればもう少し早かったかもしれないけど」
おお、言うねえ!
「そんなに派手に啖呵を切るからには、もちろん最初に声掛けはしたんだろう?」
「“空も飛べないのにあんな数を相手にできるか”なんて突っぱねられたよ」
「お気の毒様だが、命は一つしか無いからね。くたばるリスクが少ないほうを選ぶのが人間ってもんさ。
臆病風に吹かれて飛ばずに済むのは、一度くたばって心臓に石ころ詰め込んでスーパーパワーを手にしたタフガイだけだ」
それをわかっていて、誘いをかけたってんなら、こんなに残酷な話もそうあるまいよ。
「それとも何かね、お前さん! “同じ人間なら話せば解る”とでも!」
「僕は、可能性を勝手にゼロにしたくはない。通じる見込みが僅かでもあれば、試すことにしたんだ。たとえ相手がダーティ・スー……お前であっても。お前が教えてくれたことだ」
「勝手に持ち上げてくれても、何も出せやしないぜ。俺は教えた覚えが無い。
話し合って解る事なんて“何もわかり合えない”という事実だけさ」
「……」
嘘だよ。(前半はね)
そんな悲しいツラをするなよ!
「マキト。もういいだろう。あとはこいつを殺すだけだ」
「イスティ、ごめん。僕は、もうちょっと賭けてみるよ」
「まったく、お前さんも物好きが過ぎる。何のために俺が依頼主の企業秘密まで漏らしたと思ってやがる」
「……この闘技大会には、たくさんの能力者が集まる。襲撃が本格化する前に伝えれば、被害が抑えられる」
流石だよ。
俺との付き合いが一番長いからなのか、それとも単にお前さんの物分りがいいのか。
だが、まだ足りん。
「お前さんを含むヒーロー気取りの坊や達がどんな間抜け面を晒して、風車に向かうドン・キホーテを演じてくれるのかを楽しみにしていただけさ」
「風車は、僕の目の前だ」
「気に入った。すると、ドン・キホーテ役は差し詰めお前さんの目の前に転がっている、その女かね」
「あ、そういえば以前に言っていた、口を滑らせて機嫌を損ねた人ってさ。
このグレイ・ランサー? 足が義体化している」
「だったらどうする。お前さんがこいつを抱くのかい」
「冗談だろ。ケアするに決まってる」
「そいつが何をしてきたのかを知った上で抜かしやがるのかい。そいつの心を救っても、そいつにやられた連中の心までは救えないぜ」
どう答えてくれるのかね。
「……救うんじゃない。僕はそこまで自惚れちゃいない。ただ、立ち上がる手伝いをするだけだ。償えるように」
言うようになったじゃないか。
償えるように、だって?
そんな可能性を信じたばかりに、瘡蓋を引っ張られた奴は泣きを見ることになるぜ。
「お前さん……そういうところだぜ!」
煙の槍でグレイ・ランサーを引き寄せて、それからマキトの顔面目掛けて投擲だ。
名付けて、人間手投げ槍!!
「――……!」
ナイスキャッチだ、マキト。
顔面で受け取ってくれりゃあ文句なしだったがね。
「待たせたね、イスティ。俺を挽き肉にしてみろ。やれるものならね。夫婦の共同作業だ! ほら、早くしないと逃げちまうぜ!」
「いい度胸だ。言われずとも、貴様の首は貰い受ける!」
言いながら、こっちの懐に突っ込んでこない辺り、このイノシシ娘も少しは賢くなったらしい。
「おお、そうだ……フレン。お前さんも素敵な奥様方を連れておいで。ここにいる連中も合わせて、まとめて引退させてやる」
「あいつらは、お前の前には出さない」
フレンは吠える。
さては、サメとタコの事を根に持ってやがるな。
「せめて特等席に案内してやろうと思ったが、それも結構だ」
それじゃあ、セッションを始めようか。
 




